街を一つの人影が見下ろしていた。
大地にぽっかりと口を開けた大きな穴は底が見えない。
ちっぽけな人がちっぽけな手で、これほどの穴を大地に穿った。
まるで人間の欲望に底がないことを表わしているようなソレ。
その強欲さがこの因果な事態を招いたことに思わず嘲笑が浮かぶ。
と、

「・・・ザイン様、準備が整いました」

背後からかけられた声に、名を呼ばれた男が振り返ればそこには従者であるマントを目深に被った者が佇んでいた。

「あいつは?」
「・・・当初の通り動きを」
「ふん。そうか、そりゃあいい。
目論見通りに行くかどうか見てやろうじゃねぇか」

楽しむような、嘲るような声。
それを見た従者は数瞬、迷ったようだが続きを口にした。

「・・・ザイン様・・・」
「あ?」
「・・・一体、ここで何が起こるのですか?」

胸を掠めたのは、不安。
何かが起ころうとしている。
瘴気に包まれ、未だ多くの人が取り残されているあの町で何かが・・・
そんな不安を読んだのか、ザインはしばし従者に視線を送った後、ニヒルな笑みを浮かべた。

「んなもん、見てりゃあ分かる」

その笑みがさらなる不安に拍車をかける。
だが、それを止める手立てを持たない従者は沈黙を守るしかできなかった。





























































































































ーーNo.37 張り巡らされるは・・・ーー




























































































































カンタビレと別れたルーク達は、アクゼリュスの街中を見回っていた。
だがどこを見ても瘴気が立ち込め、住民のほとんどが大地の毒に侵されているのは容易に見て取れた。

「どこも酷い状況ですわ・・・」
「これじゃあ死者が出てもおかしくないよ。急がないとヤバい感じ」
「野ざらしになってる人や、まだ坑道に取り残されてる人も居るみたいだ・・・こりゃ大変だぞ」
「まだ軽度の人も何人か居るようですが、彼らに救助を手伝ってもらうのも酷ですね」

表情を険しくするイオンに同意するようにティアも頷いた。

「手分けした方が良いかもしれないわ」
「現状を正確に把握しないといけませんね。
手分けするかどうかは、その後決めましょう」
「カンタビレも部隊を派遣してるって言ってたしね。
そっちと協力すれば何とかなるかな?」

この場にいない者に期待を込めて言ったアニスだったが、年長者のジェイドは楽観視を抱かずに淡々と続ける。

「どちらにしろ、街を隅々まで調査しなければいけません。
無策のまま行動すれば人命に関わりますからね」
「ルーク、それで良いわね?」
「・・・」
「ルーク!聞いていますの?」
「あ、ああ・・・」

ティア、ナタリアからの念押しにルークは変わらず上の空の返事を返す。
きょろきょろと辺りを見回すだけで、全く話を聞いていないその様子にジェイドは眼鏡を押し上げ、これみよがしに言った。

「やれやれ、親善大使殿はどうやらあてにはならないようですね」
「人手が足りないのに〜、もぉ〜」
「ま、当初から期待薄ではありましたしね」

肩を竦めたジェイドは周囲を見回す。
住民に治癒術をかけるティアの側で、他の住民を介抱しながらアニスは尖らせた口を元に戻せない。
同じように言葉にしないまでも、内心は同意しているようなほとんどのメンバーにガイは苦笑しながらもフォローを入れる。

「仕方がないかもな。こんなの初めてだろうし」
「ルークもきっと数日すれば、王族として親善大使としてその役割を果たしてくれるでしょう。
それまでは私達だけでも頑張りましょう。苦しんでいる民の為に」
「しかし、このままこの街に長期滞在すると、私達も瘴気に侵されてしまいます。
使えない人間は頭数に入れない方が賢明だと思いますよ。
迅速な行動の弊害になりますから」

軍人の視点からジェイドが淡々と言い捨てる。
的を得てはいても、なかなかの切れ味に流石のアニスも表情をひくつかせた。

「きっついなー。大佐」
「事実なのだから仕方ありません。
この場に居ない人物も同じ事を言うと思いますよ」
「まぁ、そうかもしれないな・・・」

長年の従者もそれ以上の言葉を紡げない。
そんなガイの視線の先では、目の前で倒れている住民より自身の探し人を探す主人の後ろ背。
その姿がナタリアが言ったようになる事を願いながら、ガイは再び住民の介抱をすべく足を動かした。
その後、一行は住民の手当てを進めつつ先遣隊が向かったとされる第14坑道へ向かっていた。
と、その時。
一人の神託の盾オラクル兵が駆け寄り、ティアの前で敬礼を返した。

「グランツ響長ですね!
自分はモース様に第七譜石の件をお知らせしたハイマンであります」
「ご苦労様です」

敬礼を返したティアに、ハイマンは敬礼を解く。
と、届いた報告にイオンは驚きを見せた。

「第七譜石?まさか発見されたのですか!」
「はい。ただ真偽のほどは掘り出してみないと何とも・・・」
「ティア、あなたは第七譜石を確認して下さい。
僕はルーク達と先遣隊を追います」
「承知しました」

深く頭を下げたティアはハイマンと共に走り去る。
その後ろ姿を見送り、一行は再び第14坑道へ進みながらアニスは声を荒げながら大股で歩き出す。

「うげー、イオン様に報告してないなんて、モースの奴まじムカつく!」
「まあまあ。本当に第七譜石だったら大発見じゃないか」
「そうですわね、この星の未来史が書かれているんですものね」
「新たな争いの火種にならないことを祈りますよ」

三者三様の言葉が交わされながら一行は地底への入り口のような薄暗い第14坑道へと足を進めていった。


















































































































一方その頃。
カンタビレは陸上戦艦の細長い廊下を連行されていた。

「おい、どういう訳か説明しろ」

後ろ手を縛られたまま、陸艦の中を歩くカンタビレの声に答えは返らない。
ここで抵抗しても良かったが、このまま拘束時間が長くなっては面倒だったこともあって仕方なく沈黙を守る。
そして、ある一室の扉が開けられた。
瞬間、

ーーヒュッ!ーー
「っ!」

部屋に突き飛ばされたと同時に、腕に痛みが走る。
どうにか受け身を取ったが、直後、視界がぐにゃりと歪んだ。

「・・・毒か!?」

平衡感覚を失うが、どうにか片膝は付く。
そしてこちらに近づいてくる足音に視線を起こした。

「っ・・・どういう、つもりだ・・・!」
「申し訳ありません。カンタビレ師団長、あなたの存在は邪魔なのです」
「・・・ヴァンの、差し金か・・・」

分かりきったことだったが、このタイミングでここまで直接的な手を打ってくるとは迂闊だった。
ぎりっとカンタビレは歯を食いしばる。
だが、頭の中では冷静に状況分析が進む。
自身は後ろ手を縛られた状態で武器を取り上げられた丸腰。
相手は通常装備の歩兵三人。
常ならば瞬殺だが、毒が回った身体ではどこまで相手ができるか・・・

「教官であったあなたを手にかけるのは残念ですが・・・」
「これも世界の為なのです」
「ご理解ください」

剣を構え近づいてくる神託の盾オラクル兵。
並べられる口上に、カンタビレは吐き捨てた。

「はっ!ヴァンに感化された、腰巾着共が抜かしてんじゃねぇ」
「なっ!」

その言葉に、三人の雰囲気が尖る。
それを見てカンタビレはさらに口端を上げた。

「『任務は迅速に』俺の教え子なら叩き込んだはずだろうが」
「では苦しまずに送りましょう」

3つの剣が振り上げられる。
カンタビレの瞳はその切っ先から視線を逸らすことなく、しゃんと背を伸ばしたまま。
そして、刃は同じ軌跡を描いた。

ーーヒュンッ!ーー
「っ!!」

カンタビレは身体を捩る。
縄と一緒に腕も割け、拘束が解かれた。
そして素早く体勢を立て直し、敵と距離を取る。
が、

「ぐっ・・・ちぃ・・・!」

急に動き回ったことで毒がさらに回ったらしい。
壁を支えに立っているのがやっとだ。

「丸腰相手だ、やれ!」
「・・・舐められた、もんだ・・・」

どうにか剣筋を避けるが、毒の影響か全ては避けきれない。
身体には赤い筋がどんどん刻み込まれていく。

「ちっ・・・」

毒が回り視界はどんどん悪くなる。
はっきり言って最悪だ。

『何をするんです!』

突如響いた少女の声に、敵の動きが僅かに止まる。
その隙を見逃さず、カンタビレは譜術を紡いだ。

「沈めーーグラビティ!」
「「ぐわっ!」」

敵の二人はまるで叩き潰されたように床にめり込み動かなくなった。
が、一人逃した。
カンタビレは敵の剣を拾い、おぼつかない足で剣を構える。
残った神託の盾オラクル兵は、恐れ慄いたように後ずさった。

「そんな!なぜあなたが譜術を・・・」
「っせぇな、さっきの威勢はどこ行った?ここまで無駄口叩きにきたのか?」
「く、くそぉっ!」

壁を支えに動けないカンタビレの挑発に、神託の盾オラクル兵はがむしゃらに剣を振り上げる。
そして、それは避けられることなく深々と脇腹を貫いた。


















































































































「?」

ふと、歩みの止まった足。
気のせいか。
何か、嫌な予感がした気がした。

「どうかしたのか、旦那?」
「・・・いえ、何でもありません」

そんな論理的でない事を考えるなど、どうかしている。
ガイの問いかけに首を振ったジェイドは手にした槍を一閃させると、急所を狙われた魔物はあっという間に音素フォニムと化した。
第14坑道。
ヴァンと先遣隊が向かった後を追って足を進めていた一行だったが、坑道内も変わらず瘴気で満ちていた。
そして魔物の歓迎も何故か熱い。

「せい!
参ったな、こうも魔物が多いとなかなか先に・・・!ルーク!
ーーザンッーー
「おい、ボサッとするな」
「わ、わかってるっつーの!」

ガイのたしなめに、肩を怒らせたルークは大股で離れて行く。
仕方ない奴だ、とばかりにその背中を見送るガイの後ろで、ナタリアは不安げに呟いた。

「ルーク、どうなってしまったのでしょう・・・」
「まぁ、あいつも大役で気負ってるんだろうさ」
「そう、ですわよね・・・」
「・・・」

ガイの言葉にジェイドは黙した。
ルークの姿は気負うというより、『浮き足立つ』だ。
そわそわと周囲を見回すばかりで、敵を前にしても攻撃の手が甘い。

「大佐ぁ、どうかしました?」
「いえ別に」
「ふ〜ん。それよりナタリア、平気?
ティアが連れて行かれちゃったから回復役一人でしょ?」
「大丈夫ですわ。
この先で救助を待っている方々がいるのです。早く行かなければなりませんわ」
「それはそうですが、あまり無理はしないでくださいね」

気遣うイオンにナタリアは柔らかく笑い返す。
一行は瘴気の濃くなる坑道の奥へ奥へとさらに足を進めた。






























































>Skit『果すべき役目』
L「・・・」
G「ルーク、俺達まで元気がなくなっちまったら、街のみんなが不安になるぜ。しっかりしようや」
L「元気にったって、親善大使のオレがここでやることなんて何もねーじゃん」
G「おいおい、やることは山ほどあるだろう。
   病人運んだり、荷物運んだり・・・カンタビレが戻ってきたらもっとやる事は増えるはずだぜ」
L「だから、どーしてオレがそんなことしなきゃいけねーんだよ」
G「ルーク・・・」
L「な、なんだよ」
G「お前・・・本当に、本当にそう思うのか?もう少し、ちゃんと考えてみろ」
L「・・・まったく。一人ずつ助けてもラチあかねーじゃんか。
     オレの超振動なら瘴気を一気に消せるんだ。
     さてと・・・まずは師匠を探さねーとな」




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2020.12.2