峠での出来事に、一行の口数はさらに減った。
特に事情を知っているようなイオン、ジェイド、カンタビレの口は重い。
いや、カンタビレもジェイドも普段からそこまで喋ることはないが・・・
ただ、カンタビレとイオンの取り巻く雰囲気は無言の中ではとてもぎこちない。
だが、すでに目と鼻の先に捉えたアクゼリュスを目の前にどうにか足だけは急ぎ、この一件を終えた後に詳しい話をすることになるだろうと誰もが思っていた。
・・・ただ一人を除いて。































































































































ーーNo.36 瘴気に呑まれる街ーー





























































































































到着した町の様子は予想以上に酷い惨状だった。
瘴気の影響か見通しは悪く、通りには倒れている多数の人。
立って作業している人数の方が少なかった。

「こいつは・・・」
「想像以上ですね・・・」

状況を目の当たりにしたガイとジェイドの固い呟きがこぼれる。
と、近くに踞っていた住人にナタリアは駆け寄った。
するとそれを見ていたルークは思わず口を開く。

「お、おい、ナタリア。汚ねぇからやめろよ。伝染るかも知れないぞ」

その言葉にナタリアは今までルークに向けたことがないほどの視線を向けた。
これまで積み上げてきた何かにヒビが入るような、まるで敵対しなければならない悲しさを押し殺すそれ。
返された視線にたじろぐルークに構わず、ナタリアの唇は震えた。

「・・・何が汚いの?何が伝染るの!
馬鹿なこと仰らないで!
・・・・・・大丈夫ですか?」

一人、ナタリアは治療を開始する。
同じように、ティアが、ガイが、アニスが、イオンが、ジェイドが、カンタビレがそれぞれ自分が出来ることをしていく。
ルークはただ立ち尽くすことしかできない。
と、

「あんた達キムラスカ側から来たのかい?」

現れたのは、どうやらアクゼリュスの住人らしい男。
立って言葉を交わせるということは、そこまで瘴気の影響を受けてないようだ。

「あ・・・あの・・・・・・」
「私はキムラスカ王女、ナタリアです。ピオニー陛下から依頼を受けて、皆を救出に来ました」

問いかけに答えられないルークを遮り、ナタリアが答えれば男の表情が僅かに明るくなった。

「ああ!グランツさんから話は聞いてます。
自分はパイロープです。そこの坑道で現場監督をしてます。
村長が倒れてるんで、自分が代理で雑務を請け負ってるんでさぁ」
「グランツ謡将と救助隊は?」

ジェイドの問いに、バイロープは足元の先の一角を指差した。

「グランツさんなら14坑道の奥でさぁ。あっちで倒れてる仲間を助けて下さってます」
「坑道の奥の状況はどうなってるんだ?」
「かなり酷いって話でさぁ。
自力で動くことができないみたいで、こっちも手が足りなくて・・・」
「こっちも坑道に行った方が良いかもな」
「そうですわね。ルーク!聞いていますの?」
「あ、あぁ・・・」

上の空のルークの様子を見咎め、ナタリアが問うもやはり様子が変わることはない。

「イオン様ぁ、体は大丈夫ですかぁ?」
「はい、大丈夫です。
それよりもここの住民の方が心配ですね・・・」
「自分はエンゲーブからの単身赴任なんですが、間の悪いことに息子が遊びに来た日に瘴気が出ちまって。
息子を無事帰さねぇと気が気じゃないんでさぁ」
「兄ちゃんたちがおいらを助けてくれるんだろ!」

パイロープの後ろからひょっこりと現れたのは、まだ幼い少年。
と、その視線がある人物で止まると少年は嬉しそうな声を上げた。

「あ!カンタビレだ!」
「おぅ、ジョン。元気そうだな」

走り寄ってきた少年にカンタビレは僅かに表情を柔らげる。

「だっておいら、教えてもらった通りちゃんとしゅぎょーしてるもんね!」
「なら、帰ったら相手しやる。ちょっとだけ待ってろな」
「うん!早くしろよな!」
「わーってんだよ」

少年の頭をぐしゃぐしゃと撫でたカンタビレにジョンはきゃーきゃーと嬉しそうに声を上げる。

「あんたがカンタビレさんでしたか。
息子からよく聞いとります。いつも面倒を見てもらってるようで・・・」
「暇な時しか構ってねぇがな」
「いえいえ!嫁からも世話になっとると聞いてました。
ありがとうございます」

ジョンが間に入りながらも、パイロープとカンタビレは話し込む。
そんなやりとりを聞いていたカンタビレの後ろで、アニスが小さく呟いた。

「ほわぁ、なんか色んな意味ですごいお子様ですね」
「修行ってどんな恐ろしいことしてんだ?」
「教官は訓練兵でもない相手にそんな危ない修行はーー」
「おや、しないのですか?」
「え、その・・・しない、とは思いますけど」
「濁す辺りが信憑性は高そうですね」
「ティアが断言できないんだもんな」
「容赦ないなんてこわっ!」
「全部聞こえてんぞ、てめぇら」

低い声にジェイド以外の肩が跳ね上がった。
恐る恐る視線を戻せば、すでにパイロープとジョンの姿はなく。
カンタビレの睥睨の視線が突き刺さる。

「くだらんこと駄弁ってる暇あんなら蹴り飛ばすぞ、少しは手足動かしやがれ」
「は〜いv」
「す、すまん」
「申し訳ありません!」

蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げたアニス、ガイ、ティア。
もう一人はいつの間にかその場から離れた所で住民と話し込んでいる。
逃げるのが上手い奴だ。

「・・・もう、良かったのですか?」
「ええ。俺の部隊が到着してることも聞けましたし。
これ以上時間も無駄にできませんから」

後半を離れた所にいるメンバーに追撃を食らわせたカンタビレは、イオンに視線を戻した。
ぎこちない様子に気付いていながらも、カンタビレはいつも通りにイオンの前で膝を折った。

「イオン様、許されるのであれば部隊から話を聞いてきたいと思います」
「・・・ええ、お願いします」
「感謝致します」


















































































































ジェイドらと別れたカンタビレは街中を適当に歩いていた。

(「・・・大人気なかったか・・・」)

歩みは自然に止まる。
峠から自身の態度の余所余所しさは自覚していた。
世間から隠蔽された事実。
それを知る者は限られる。
それを教団のトップに立つ人物であるイオンが知っていたとて不思議じゃない。
だというのに、あのような振る舞いをしてしまうとは自分もまだまだ至っていないということか。

ーーパンッーー
「っ!」

頬を叩いたカンタビレは深く息を吐き出した。

(「餓鬼じゃあるまいし、さっさと片付けるか」)

気持ちを切り替え、再び歩き出す。
目的もなく歩いていたのは、特に待ち合わせ場所を決めていなかったからだ。
だが、名ばかりの親善大使などと違って、自身の部下達が優秀なことは分かっている。

(「アースに言ったんだ。
治療となりゃ宿屋か、病人を収容できるデカイ建物ってところか」)

そう思い、手近な宿屋へ入れば案の定。
自身の部隊で何度か顔を会わせた兵士が病人の治療を行っていた。
と、こちらに気付いた男は声を上げる。

「カンタビレ師団長!」
「よ、アースクラとマールスの部隊の者だな?」
「はっ!私はアースクラ医療班長から指示を受けました、フランツと申します」
「で、部隊は何人だ?」
「治癒術師50名、護衛150名です」

ふむ、とカンタビレは軽く考え込む。
急な指示にしては上々の数だ。

「状況は?」
「はい、瘴気の影響で亡くなる方をなんとか食い止めている状況です。
しかし、このままでは・・・」
「埒があかない、か・・・」

後を引き継いだカンタビレに、はい・・・とフランツは力なく頷いた。
その時、

ーーバタン!ーー
神託の盾オラクル騎士団第六師団師団長カンタビレ殿ですね?」

荒々しく入ってきた神託の盾オラクル兵に、カンタビレはすいと視線を細めた。

「そう言うテメぇらは何処の部隊だ?」
「あなたにはスパイ容疑そして導師誘拐の嫌疑がかけられています」
「なっ!師団長がそんなことする訳がーー」
「大詠師勅令もここに。
ご同行願います、手荒なことは・・・したくありませんので」

こちらの話を聞くつもりはないのか、神託の盾オラクル兵はフランツに剣を向ける。
病人がいるここで騒ぎを起こすのも忍びなく、カンタビレは首を縦に振った。

「いいだろう」
「そんな、師団長!」
「お前はこのまま治療を続けろ。
他の班にも病人と住民の救出を最優先と伝令しとけ」

分かったな、というカンタビレに悔しげな表情を浮かべながらも敬礼が返る。

「承知、しました・・・」
「己が力を尽くせ、死ぬ事は許さん」
「はっ!」

そして、武器を取り上げられたカンタビレは連行されるようにその場を後にした。
































































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2020.12.2