ずっと苛立ちは募っていた。
まぁこれは最近の話ではなく、大昔からだ。
それが目に見えて大きく膨らんできたのは、バチカルでイオンを目の前で拐われた時。
冷や水を浴びせられた気がした。
お前には手が届くはずもない、と。
にやけた口元を思い出す度に激情に駆られ、あの二人にも少々加減ができなかった。
だが、結果として奪還は果たした。
この旅路の目的も同じように果たすだけだ。
胸騒ぎに近い燻る焦燥から目を背けるが、苛立ちはまだ胸の奥にしこりのような棘を残していた。
ーーNo.35 魔弾、強襲ーー
ーーガウンッ!ーー
「止まれ!」
下り坂がようやくなだらかになった時だ。
足元に撃ち込まれた譜弾に全員の足が止まる。
視線を上げれば、崖上からこちらを見下ろすリグレットがいた。
「ティア、何故そんな奴らといつまでも行動を共にしている」
「モース様のご命令です。
教官こそどうしてイオン様をさらってセフィロトを回っているんですか!」
「人間の意志と自由を勝ち取るためだ」
「どういう意味ですか・・・」
対峙したまま不審感を露わにするティアにリグレットは続けた。
「この世界は預言に支配されている。
何をするにも預言を詠み、それに従って生きるなどおかしいとは思わないか?」
「預言は人を支配する為にあるのではなく、人が正しい道を進む為の道具に過ぎません」
「導師、あなたはそうでもこの世界の多くの人々は預言に頼り支配されている。
酷い者になれば、夕食の献立すら預言に頼る始末だ。
お前達もそうだろう?」
嫌悪感を露わにするリグレットに、困惑しながらもアニスは言った。
「そこまで酷くはないけど・・・預言に未来が詠まれてるならその通りに生きた方が・・・」
「誕生日に詠まれる預言はそれなりに参考になるしな」
「そうですわ。それに生まれた時から自分の人生の預言を聞いていますのよ。
だから・・・」
「結局の所、大衆が預言に頼るのは楽な生き方って訳だ」
「もっともユリアの預言以外は曖昧で、詠み解くのが大変ですがね」
カンタビレに続いてジェイドも眼鏡を押し上げて言う。
自身の言葉に完全な否定を示せない一行に、リグレットは蔑む口調を強めた。
「そういうことだ。
この世界は狂っている、誰かが変えなくてはならないのだ。
ティア・・・!私達と共に来なさい」
「わたしはまだ兄を疑っています。
あなたは兄の忠実な片腕、兄への疑いが晴れるまではあなたの元には戻れません」
「では、力尽くでもお前を止める!」
言うが早いか、リグレットは譜業銃のトリガーを弾いた。
譜弾はティアと他のメンバーを分断するように撃ち込まれていく。
「ティア、その馬鹿な坊やから離れなさい」
「教官こそ兄と一緒になって何を企んでるんですか!」
飛び退りリグレットと距離を取るティアと入れ替わるようにガイが飛び出した。
距離を詰めるガイにリグレットは距離を取りながら譜弾を浴びせる。
至近距離でそれを弾きながら、ガイはリグレットと鍔迫り合った。
高い金属音が響き、火花が散る。
「俺達を邪魔する事もヴァン様の指示なのか?」
「ここで説明する事は何もない。私はティアを止めたいだけだ!」
ーードゴォーーーンッ!ーー
突如、二人の足元から鋭い岩柱が突き出す。
味方識別されたガイは、ギョッとするがリグレットは危なげなく回避する。
普段より冷えた紅の双眸でリグレットを見据えたジェイドは眼鏡を押し上げた。
「理由も聞かずにそちらの言うことを聞くわけにはいきませんねぇ」
「くそ!オレを無視するな!」
完全に蚊帳の外になっていたルークは苛立ちをぶつけるようにリグレットに斬り掛かる。
しかしどの斬撃もリグレットは易々とかわす。
喚きながらも攻撃の手を緩めないルークと、それ以外のメンバーが隙を突いていく。
「くっ!何処までも面倒な奴らだ、邪魔をするな!」
攻勢に出れず苦々しく吐き捨てたリグレットは地を蹴り、一気に距離を取った。
皆が警戒する中、稼げた時間でリグレットの足元に譜陣が広がっていく。
「光の欠片よ!敵を撃て!ーープリズムバレット!」
「うわっ!」
「遅い!」
「ルーク!」
譜術によって威力の上がった譜弾がルークを襲う。
辛うじて回避したが体勢を崩したルークにティアが駆け、治癒術をかける。
「・・・はぁ」
と、それまで静観していたカンタビレが、小さく嘆息すると、アニスへイオンを守るよう目配せし步を進める。
どう見てもキレが無い迷いの残る動き。
これ以上は時間の無駄だと、カンタビレは抜刀し瞬く間にリグレットと距離を詰めた。
「悪いな」
「しまっ!」
ーーザンッーー
ーーガキィーーーンッーー
カンタビレの一閃でリグレットの譜業銃は弾き飛ばされ、勝負は決した。
当然だ。
そもそもいくら飛び道具を持っていても1対多人数。
勝負は初めから見えていた。
「交渉するには時期を見誤ったなリグレット」
「カンタビレ・・・」
「教え子を慮るのは結構だが、勧誘なら邪魔の入らない場所を選べ。
力尽くが聞いて呆れる」
手を押さえ片膝をつくリグレットに、無傷のカンタビレ。
睥睨するカンタビレの視線を受けたリグレットは、僅かな苛立ちのこもった視線を返した。
「つーか、やる気が半端の癖に俺の道を塞ぐな。見てるだけで腹立つ」
「カンタビレ・・・お前には分かっているだろう。
この世界が狂っていることを、預言が世界を、人類を破滅に導いていることに。
お前は本来ならこちら側にあるべきなのだ!」
「はぁ?勝手に決めてんじゃねぇよ。
預言への依存体質の今の世界が正しい、正しくないなんざ俺には関係ねぇ。
ヴァンにも言ったはずだ、俺には俺の信念があって行動していると」
そう言ったカンタビレは小さく嘆息すると、リグレットに突き付けていた愛刀を納めた。
そして先ほどと違う敵意のない真っ直ぐな瞳でリグレットを見据えた。
「てめぇらがやろうとしている事は、俺の信念の対極だ。
邪魔だからって取り込むのは悪くない策だが、俺がそっちにつく可能性は有り得ん」
断言し、歩き出すカンタビレにリグレットは小さく舌打ちをつくとその視線を当初の人物に向けた。
「ティア・・・その出来損ないの傍から離れなさい!」
「で、出来損ないってオレのことか!」
リグレットの言葉に、一変してカンタビレとジェイドの空気が鋭さを増した。
「・・・そうか、やはりお前達か!禁忌の技術を復活させたのは!」
「ジェイド!いけません!知らなければいいことも世の中にはある」
「!イオン様、何故ご存じなのです!?」
先ほどとは打って変わり、カンタビレはイオンの言葉に驚きを隠せない。
辺りを支配するのは緊迫と困惑。
しかし、ただ一人だけが取り残されたまま。
「な、なんだよ・・・なんなんだよ?
オレを置いてけぼりにして話を進めるな!
何言ってんだ、オレに関係あることなんだろ!?」
当事者であろうルークは騒ぎ出すが、その存在は無視されたまま話は進められていく。
「・・・誰の発案だ。ディストか?」
「フォミクリーのことか?知ってどうする?」
「おいおい、どうするだ?分かりきったことを聞くもんだな、リグレット」
イオンに向けていた視線をリグレットに戻したカンタビレは鞘を掴みジェイドに並ぶように進み出た。
「てめぇらの企みは潰させてもらう」
「やはり貴様は我らの障害となるか」
「は!己の決心すら絆される輩にどうこう言われる筋合いねぇよ。
それにお前にはもっと詳しい話を吐いてもらう必要があるようだしな」
臨戦態勢万全のカンタビレの発する殺気に味方でさえ息を呑む。
リグレットも退く様子はない。
一触即発・・・だが、
「すでに采は投げられた。もう神だろうがユリアだろうが止められねぇさ」
突如、リグレットの背後から一人の男が現れた。
「貴様っ!」
カンタビレは声を荒げた。
その男は、バチカルでカンタビレと斬り結び阻んだ相手だ。
「ザイン・・・」
「なーに遊んでんだよリグレット。当初の目的は失敗してんだろ。
調べ物だって分かってねぇってのに、ここでくっちゃべってる暇あんのか?」
「・・・分かっている」
ほらよ、と男は譜業銃をリグレットへ渡す。
ザインと呼んだ男の言い分にリグレットは渋々ながらも武器を収めた。
弾き飛ばしたはずのそれがいつの間に回収されたのか、そもそも何故気配もなく現れたのか。
聞きたいことは山のようにある。
隣の動きを見ながら、この場を立ち去ろうとする二人にカンタビレは口を開いた。
「おいおい、また尻尾を巻いて逃げるのか?ヴァンの配下はどいつもこいつも腰抜け揃
いだな」
カンタビレの言葉に纏う空気を尖らせるリグレットだが、ザインがそれを制した。
「安い挑発に乗ってやるほど、こっちは暇じゃないんでな。
舞台が整ったらいつでも相手してやんぜ」
「貴様らがいくら足掻こうと無駄なことだ。カンタビレ、死霊使いジェイド!」
閃光が視界を奪う。
リグレットの閃光譜弾。
すぐに後を追おうとしたが、すでにリグレットとザインの姿は消えていた。
隣を見ても、どうやら足跡は捉えられてはいないようだった。
完全に逃げられた。
「・・・くっ!冗談ではない!!」
怒声を上げ激昂するジェイド。
普段の様子とは一線を画すその姿にアニスは身を竦ませた。
「大佐・・・珍しく本気で怒ってますね・・・」
「・・・失礼、取り乱しました。
もう・・・大丈夫です。アクゼリュスへ急ぎましょう」
皆が動き出す中、カンタビレもゆっくり歩き出す。
イオンに真意を問い質したいが、重い空気に踏み切れない。
そして、また新たに発生した謎。
(「さっきの状況で、俺は気を抜いていなかった。
なのに、あいつが声を上げるまで俺はその気配に気付けなかった・・・」)
謎は深まるばかりだ。
背後に響くルークのわめき声を後にしながら、視界にダッグブルーが掠めた。
横目に見ればいつもとは違う態度を見たばかりの男がいつもよりも強張った表情を浮かべていた。
「・・・らしくねぇのな」
ぼそりと呟かれた声にジェイドが視線を移せば、カンタビレと視線が交錯する。
「そうですね・・・それよりも・・・」
探るようなジェイドの夕焼け色の瞳がアメジストを見据えた。
「あなたはどうしてフォミクリーのことを?」
「俺を誰だと思って思ってる、六神将のディストとは不本意ながら同僚だ。
かの譜業博士ってことも知ってたしな」
そうでしたか、と呟いたジェイドの追及はそれだけで打ち切られる。
常であればさらに突っ込まれると思っていたカンタビレは思わず目を瞬いた。
先ほどの事が相当だったのか?
「ま、細かいことは本人を締め上げて吐いてもらうしかねぇな」
「それしかないでしょうね」
まったく、困ったものですと嘆息するジェイドは歩き出す速度を上げた。
その背中を見送りながらカンタビレは独白した。
(「なぁ、あんたはどうする?これが運命の悪戯なら・・・」)
思い出すのはかつての教え子。
強情で素直じゃない、矜持ばかりが無駄に高かったあいつ。
「・・・やりきれない、な・・・」
小さな呟きは風に運び去られた。
>skit『苛立ち』
L「・・・くそっ!みんなでオレを馬鹿にしやがって!」
T「ルーク・・・確かにわたし達も説明不足だったわ。
でもあなたのあの態度はみんなから説明の意欲をそいでしまったことも事実よ」
L「ふん、また説教かよ!ガミガミうるせぇな!冷血女!」
T「いい加減にして、子供みたいに!」
L「うるさい!師匠はそんな風にオレを馬鹿にしなかった!
いつもオレに優しかった!オレの知らないこともちゃんと説明してくれた!師匠はーー」
T「なら、あなたは兄が居なければ何もできないお人形さんなのね」
L「何だと!」
T「もういいわ。ただ、一つ忠告しておくけど、あなた、少しは自分の頭でものを考えないと、今に取り返しのつかないことになるわよ」
L「・・・くそっ・・・師匠・・・」
Next
Back
2020.12.1