僅かな船旅を終え、カイツール軍港に到着した。
そして軍港より東へ進んで行くと、道は徐々に勾配を上げていく。
険しい山道のため商人でさえこの峠を通る者はいない。
だが、マルクトとバチカルの緊張状態が高まっている中、マルクト側からの道が寸断されてはこの峠越えがアクゼリュスに辿り着く唯一の道となっていた。
ーーNo.34 決裂のデオ峠ーー
峠の入口に到着した。
同時に、キョロキョロと辺りを見回したルークは傍目に見て分かるほど不貞腐れた表情を浮かべた。
「ちぇっ。師匠には追いつけなさそうだな。
砂漠で寄り道なんかしなけりゃよかった」
「ちょっと!寄り道ってどういう意味・・・ですか」
思わず語気を強めたアニスだったが、途中で自制心がかかったのか、かろうじて口調を改めた。
だが、そんなアニスの様子を気にも止めていないルークはさらに無神経なことを口走る。
「寄り道は寄り道だろ。
今はイオンがいなくてもオレがいれば戦争は起きねーんーー」
ーーパァンッ!ーー
まるで空気を割いたような乾いた音が響く。
呆然としたように頬を押さえるルーク。
ようやく自分が叩かれたのだと分かると、その相手に向かって詰め寄った。
「お、おまえ!何しやがる!」
「たかが餓鬼一人が、思い上がるなよ」
「なっ!」
カンタビレの言葉にルークは息を呑む。
続くようにナタリアが口を開いた。
「ルーク、この和平はお父様とマルクトの皇帝が、導師に敬意を払っているから成り立っていますのよ。
イオンがいなくなれば調停役が存在しなくなりますわ」
「いえ、両国とも僕に敬意を持っている訳じゃない。『ユリアの残した預言』が欲しいだけです。
本当は僕なんてーー」
「そんなことありません」
力強く遮られた一言にイオンは続きを失う。
見上げればそこには真剣な眼差しをイオンに注ぐカンタビレがいた。
そして、カンタビレは膝を折りイオンと視線を合わせ続けた。
「そんなことありませんよ。イオン様」
「カンタビレ・・・」
力なく呟くイオンだが、カンタビレの真剣な視線は外れない。
気まずい雰囲気に、ガイは仕切り直すように口を開いた。
「俺も同意見だな。
イオンには抑止力があるんだ、それがユリアの預言のおかげでもね」
「なるほどなるほど、皆さん若いですね。
じゃ、そろそろ行きましょう」
そう言い残したジェイドは颯爽と先頭をきって歩いて行く。
取り残された皆も呆気に取られていたが、徐々にそれにならい足を進め出して行った。
「この状況でよくあーいう台詞が出るよな。
食えないおっさんだぜ」
軽口で応じるガイだが、すでにその場には自分と主人の姿しか残っていない。
誰一人としてルークに視線を向ける者はいなかった。
その様子にガイは己の主人に向かって呟いた。
(「しかしルークお坊ちゃんよ。さっきのはかなりマズかったな・・・」)
孤立していくルークの姿に、ガイは打てる手立てを見いだせず小さく息を吐いた。
「はぁ・・・はぁ、はぁ」
暫く険しい山道の途中。
体力のないイオンがついに膝をついた。
「イオン様!」
「大丈夫ですか?少し休みましょうか?」
「いえ・・・僕は大丈夫です」
「イオン様、まだ先があります。
ここで小休止しませんと、後に響きます」
この坂を上り終えた場所で休みましょう、というカンタビレに先に進んでいたルークが駄々っ子のような声を上げた。
「休むぅ?何言ってんだよ!師匠が先に行ってんだぞ!」
「ルーク!よろしいではありませんか!」
「そうだぜ。キツイ山道だし、仕方ないだろう?」
「親善大使はオレなんだぞ!オレが行くって言えば行くんだよ!」
その言葉に皆の冷たい視線がルークに突き刺さる。
「「「「「・・・・・・」」」」」
「ア・・・アンタねぇ!」
たまらず怒り出すアニスだったが、それを遮るようにジェイドが口を挟んだ。
「では、少し休みましょう。
イオン様、よろしいですね?」
「おい!」
「ルーク、すみません。僕のせいで・・・」
「・・・ちぇっ、わかったよ・・・少しだけだぞ」
「ありがとうございます」
青白い顔で礼を述べたイオンにも、ルークの不機嫌さは変わることはなかった。
小休止をすることになった。
だが、誰も言葉を交わすことはない。
そしてルークは皆から離れたところで、そわそわとこれからの行き先へと視線を向けていた。
と、
「おい・・・」
「・・・んだよ、オレに何の用だよ」
肩越しに振り返れば、そこにいたのは嫌いな奴の姿。
峠の入口で自分を殴ったカンタビレを見たルークはさらに不機嫌さを増したようにつっけんどんに言い返す。
だが、カンタビレの視線も仲間に向けるには冷たすぎる視線をルークに向けていた。
「一つだけ言わせてもらうぞ」
「へっ、説教かよ。さすが冷血女の教官ってーー」
ーーカンッ!ーー
鞘を地面に突いて続きを遮ったカンタビレはルークに続きを言わせない。
「ヴァンに肩入れするのは構わんがな、少しは自分の頭で考えることをするんだな」
「何だと!オレが何も考えてないって言うのか!」
怒りのあまり、身体ごとカンタビレに向いたルークが吠える。
反対にカンタビレは背を向け去り際にただ一言残した。
「取り返しのつかないことになる前に、考えるこった」
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2020.3.21