一路、ザオ砂漠へと向かっていた。
が・・・
「な、なんか〜空気がピリピリしてない?」
「おい、ティア。カンタビレどうしたんだ?」
「わ、わたしに聞かれても・・・」
「い、息が詰まりそうですわ」
「ジェイドと何かあったんじゃーー」
ーーバキッーー
『『『『『ビクッ!』』』』』
潜めた声と同時に道端の小枝の折れた音が異様に大きく響き、アニス、ガイ、ティア、ナタリア、ルークの肩が跳ねる。
廃工場を出てから一言も言葉を発しないカンタビレ。
おかげでその一挙手一投足、放つ刺々しい空気に皆はビクついていた。
当人は全く気にしてないだろうが、周囲は迷惑この上ないだろう。
ーーザシュッ!ーー
『『『『『ビクッ!!』』』』』
ジェイド以外がビクつく中、空気を読めず襲って来た魔物をカンタビレは瞬殺で両断した。
「ふん、雑魚が」
剣を収めたカンタビレが忌々しく吐き捨てる。
(「こわっ!」)
(「怖ぇえ」)
(「怖い・・・」)
(「怖いですわ」)
(「怖っ」)
皆が同じ心境の中、ただ一人は別のようだった。
「いやいや〜、楽できていいですねぇ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
きっとこんな空気の中、そんな事を言えるのはジェイドだけだと皆が思った。
ーー
No.29 忘却のザオ遺跡ーー
廃工場から南東、イニスタ湿原の横を通り東アベリア平野をしばらく歩く。
徐々に足元は砂地へと変わっていき、そこから北へ進路を変える。
すると乾いた風と熱砂のザオ砂漠で唯一の水源であるオアシスがあった。
『・・・ろ・・・応えろ・・・応えろ!』
「いてぇ・・・なんだ・・・!?」
オアシスに到着して早々、ルークは久しぶりに走った割れるような痛みに膝をついた。
「ルーク!また例の頭痛か?」
「例の頭痛?」
「誘拐された時の後遺症なのか、たまに頭痛がして幻聴まで聞こえるらしい」
ガイの説明にティアがさらに心配顔を深くする。
だがルークは周囲に反応すらできず、ただ痛みに翻弄されるように痛みと頭に響く何かに意識を持っていかれる。
『応えろ!グズ!』
「誰だ・・・おまえは・・・!」
『分かってるだろうよ、そっくりさん』
「おまえ、アッシュか!?」
『どこをほっつき歩いてんだアホが。イオンがどうなっても知らないぜ』
「おまえ!・・・っ!一体、どこに・・・」
まるで誰かと会話しているようなそれ。
姿は見えないというのに、相手の馬鹿にした顔がまるで自分を見下ろしているようなそれにルークは苛立たしげに言葉を絞り出す。
『ザオ遺跡・・・おまえには来られないだろうな。グズのお坊ちゃん』
「ま、待て!」
急に解放されたように頭が軽くなった気がした。
目の前に居たような相手に向けて怒鳴るが、そこに居るのは心配そうにこちらを見つめる仲間の顔だった。
「ルーク様!大丈夫ですか?」
「ご主人様、気分悪いんですの?」
「しっかりして」
「また幻聴か?」
「幻聴、なのかな・・・」
「アッシュがどうとかって・・・仰ってましたわよね。アッシュって、あの神託の盾の?」
心配と矢継ぎ早な問い。
軽くなった頭が、再び重みを得たようにルークはよろけた。
それに肩を貸したガイは近くのベンチへと座らせる。
しばらくして落ち着いたのか、ルークは続きを口にした。
「・・・さっきの声は確かにアッシュだった。イオンとザオ遺跡にいるって・・・」
「ザオ遺跡!?そこにイオン様が!?」
「ザオ遺跡・・・2000年前のあのザオ遺跡のことでしょうか?」
「それはどこにあるんだ?」
心当たりがあるようなジェイドにルークが問う。
しかし、返されたのは飄々とした表情とお手上げとばかりに肩を竦ませた軍人の姿。
「さあ、残念ながら知りません。
責任者の方が探してくださると助かりますが」
「・・・あんた、ホントに意地が悪いよな」
「いえいえ、悲しいぐらい善良で真面目です」
「大佐!ルークをからかうのはやめて下さい!」
「そうだぜ。な、カンタビレ?」
「あれ?カンタビレは?」
オアシスに来てから一度も会話に加わっていなかったその人物を皆が探す。
すると、そこには今にもオアシスから出発しようとする後ろ姿があった。
「どこに行かれますの!」
「寝呆けるな、イオン様の奪還に決まってる」
「しかし教官!ザオ遺跡の場所がまだ」
「お前らが駄弁ってる間に住民から話は聞いて当たりの場所は見当はついた。
これ以上、お前らと付き合うつもりはない。
後は勝手にしろ」
そう言い捨て、カンタビレは再び過酷な砂地へと歩き出した。
その後を追うように、アニス、ティアが続く。
ナタリアはルークが心配なのか、どうしたものかと視線を彷徨わせる。
ジェイドは日影で成り行きを見ているだけ。
自分を蔑ろにされたことで、置き去り状態のルークは怒声を上げた。
「お、おい!責任者のオレを置いていくんじゃねえ!」
「ははは、それだけ元気があれば大丈夫だな。俺達も行くか」
2000年前に作られたのだと伝えられているザオ遺跡。
砂漠に呑まれたそこは経過した年数による風化によって脆い構造となっていた。
「この中か・・・」
「中は暗そうですわね」
「風があるせいか、周囲に陸艦の痕跡が残っていませんね」
「立ち去った後か、それともまだ居るのか・・・」
「・・・」
「カンタビレ?」
「中へ向かう足跡だけだ。待ち伏せにゃ適した場所だな」
「警戒して進まないとな」
崩れる足場をやり過ごしながら、どうにか最奥地へと辿り着く。
出迎えたのは、巨大な体躯に大鎌を持つ黒獅子ラルゴ。
鳥のくちばしのような仮面を被る烈風のシンク。
そしてイオンの隣でこちらに振り返った鮮血のアッシュだった。
「導師イオンは儀式の真っ最中だ。おとなしくしていてもらおう」
ラルゴの言葉に皆の歩みが止まる。
「なんです、お前達は!
仕えるべき方を拐かしておきながら、太々しい!」
「シンク!ラルゴ!イオン様を返してっ!」
ナタリアより前に出たアニスが叫ぶ。
「そうはいかない。奴にはまだ働いてもらう」
「なら力尽くでも・・・」
シンクの言葉にルークは剣を抜いて言った。
すると、それを見ていたラルゴは豪快に笑った。
「こいつは面白い。タルタロスでのへっぴり腰からどう成長したか見せてもらおうか」
「はん・・・ジェイドに負けて死にかけた奴が、でかい口叩くな!」
「わははははっ、違いない!
ただ今回はそう簡単には負けぬぞ、小僧」
「六神将、烈風のシンク・・・本気で行くよ」
「同じく黒獅子ラルゴ。いざ、尋常に勝負!」
構える六神将二人。
ルーク達もそれぞれの武器を構え、臨戦態勢だ。
だがその時、一人がその間を縫って進み出た。
「貴様・・・」
「よぅ、ラルゴ。久々でなんだが、退いてくれ」
片手をポケットに突っ込み、もう片手を上げたカンタビレ。
まるで世間話をするような気軽なやり取り。
一触即発の場にまるで不釣り合いな突飛な言葉に、シンクとラルゴは呆気に取られた。
「・・・言われている意味が分からんな」
「おいおい、話が分かるあんただから言ってる」
そこの餓鬼じゃ話にならん、と顎で示すカンタビレにシンクが腹立たしげに声を荒げた。
「すっこんでなよ、カンタビレ」
「なぁラルゴ。俺は今、無っ性に機嫌が悪い。
警告できてる理性が働いてるだけで拍手もんだぜ。
抜く前に決めろ」
シンクを無視し、カンタビレはまっすぐにラルゴを射抜く。
「・・・悪いが、聞けん相談だ」
「相談?
勘違いすんなよーー」
カンタビレの双眸がすっと細められる。
ポケットから手を出したカンタビレはそのまま鞘を右手で持ち、ざっと肩幅に足を開いた。
「ーーその首、飛ばすぞ」
その顔に浮かんだ表情に、ラルゴの背は粟立った。
まるで自分が獲物と決定付けられたような心境。
自分よりも小柄だと言うのに、その戦闘力は神託の盾騎士団のトップを務めている者と肩を並べると聞く。
紫電の瞳に射竦められている中、隣から好戦的な声が響いた。
「そっくり返してやるよ、隻眼!
あんたには借りがある」
「・・・貴様とは本気で刃を交えてみたいと思っていた。
もとより我々は退くつもりはない」
二人の回答にカンタビレは小さく息を吐き、静かに腰を落とす。
それが合図だったかのように、一気に間を詰めてくるシンクとラルゴ。
吸い込まれるように突き立てられる凶刃はルーク達の誰にも止められない。
だが窮地にも関わらず、カンタビレの口元にははうっそりと笑みが浮かぶ。
そして、黒い風が吹いた。
「・・・なぁ、見えたか?」
「残念ながら、最後の一太刀しか・・・」
「マジかよ」
「あ、ありえん・・・」
「・・・」
「夢でも、見ているのですの?」
圧倒的、という言葉がぴったりだった。
急所から血を流す二人の足下の砂が重く湿る。
カンタビレは最初と同じ場所から動いていなかった。
ようやく意識を保っているような様子の二人に怒声が響く。
「二人がかりで何やってんだ!屑が!」
剣を抜いたアッシュが駆けてくるがカンタビレは動かない。
しかし、ルークが動いた。
斬り結ぶ剣戟はーー
「「双牙斬!!」」
ーーやはり合わせ鏡。
繰り出されたそれに、ルークは声を張り上げた。
「今の・・・今のはヴァン師匠の技だ!
どうしてそれをおまえが使えるんだ!」
「決まってるだろうが!同じ流派だからだよ、ボケがっ!
俺はーー」
「アッシュ」
静かな声なのに、口を噤んでしまう威圧感。
アッシュが振り返れば、見えたのはカンタビレの後ろ姿。
表情は見えなくとも、どんな表情を浮かべてるかなど簡単に分かると思っていた。
それだけの経験を積んできたと自負していた。
だが、今カンタビレがどんな表情を浮かべているかアッシュには分からなかった。
「イオン様を渡せ。こっちはそれで構わん」
「おい!このまま倒せばーー」
「口を挟むな、ガイ」
ただ一言で、ガイの動きが止まった。
味方のはずなのに、威圧されるそれ。
カンタビレが振り返れば、アッシュが見たのは自分が記憶している通りの、いつものカンタビレの凛とした顔だった。
「それとヴァンに言付けだ」
「・・・何だ」
「警告はした、ってな」
それだけか、とばかりに元々あるアッシュの眉間の皺がさらに深くなる。
「こっちは急いでる。答えは?」
「フン、選ばせているつもりか?」
「一応な」
しばらくの沈黙の後、アッシュは剣を収めイオンが立つ祭壇へと歩いて行った。
そしてその背中を押すと、イオンはゆっくりとこちらに歩いてきた。
真っ先にアニスはイオンに駆け寄る。
「イオン様!心配しました・・・」
「・・・アニス、迷惑をかけてしまいましたね。
カンタビレ、あなたにも・・・」
「いえ、お怪我がないようで何よりです」
いつもの、イオンに向けられる笑顔が浮かぶ。
そのやり取りを見ていたジェイドは眼鏡を押し上げた。
「行きましょう。陸路を進んでいる分、こちらは遅れている」
「そうですね。ルーク、行きましょう」
「あ、あぁ・・・」
「俺達も行こう、ナタリア」
「ええ・・・」
ガイに促されたナタリアは頷く。
と、その名前に僅かに反応したラルゴが動いたのが分かった。
それに気付いたカンタビレだったが、それ以上は何もすることなく、皆が歩き出すのを待った。
そして、殿となったカンタビレはアッシュに振り返る。
「セフィロトに何の用だ?」
「俺が知るか。ヴァンの指示だ」
「・・・くっ、アッシュ、貴様・・・」
息も絶え絶えなシンクの言葉を聞き流し、顎に手を当てたカンタビレは思案にふける。
「ま、今はいい。後はお前に任せる」
お前がいればどうにかなるだろ、というカンタビレにアッシュはさも嫌そうな顔をした。
「なんだ、不満顔だな?」
「当たり前だ」
「コイツらに貸しが作れるだろ?」
「借りになんてなるか」
それもそうだ、だが手を貸すつもりもない。
カンタビレは今度こそその場を後にした。
先行していたルーク達に追い付くと、最短距離で出口へと向かう。
薄暗い地下遺跡から遮るもののない砂漠へと出た。
眩む視界にアニスは伸び伸びと体を伸ばした。
「ふー、やっぱり暑くても、砂だらけで埃っぽくても、外の方がいい」
「みなさん。ご迷惑をおかけしました。僕が油断したばかりに・・・」
「そうですよ、イオン様!ホント大変だったんですから!」
「責めるべきは城のお粗末具合だろうが」
「良いんです、カンタビレ。僕が油断したのは事実ですから」
「人質を取られては致し方ありません。ご自分を責めませんように」
その言葉にイオンは驚いた顔を向ける。
バチカルでイオンの足取りを追っていた時、昏倒していたキムラスカ兵から事情は既に聞いていた。
彼が責任を感じる必要はどこにもない。
全て生ぬるい鍛え方を良しとしてるキムラスカ軍のが悪いのだから、後日その責任を取ってもらうよう直接出向くつもりだ。
イオンにのみ柔らかい表情を向けるカンタビレの心情を他所に、ジェイドが問いを口にした。
「ところでイオン様。彼らはあなたに何をさせていたのです?ここもセフィロトなんですね?」
「・・・はい。ローレライ教団ではセフィロトを護るため、ダアト式封咒と言う封印を施しています。
これは歴代導師にしか解呪できないのですが、彼らはそれを開けるようにと・・・」
「なんでセフィロトを護ってるんだ?」
「それは・・・教団の最高機密です。
でも封印を開いたところで、何も出来ないはずなのですが・・・」
ガイに答えたイオンが考え込む。
カンタビレも思案を巡らせる。
本当にアッシュの言う通りなら、ヴァンは何がしたい?何が目的なんだ?
「んー、なんでもいいけどよ。とっとと街へ行こうぜ。干からびちまうよ」
沈黙していた一行の中で早々にルークが声を上げる。
間を置かずナタリアも賛同の声を上げ、イオンをこのままこの場に置くわけなもいかないと、皆は近場の街ケセドニアを目指すこととなった。
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2020.1.16