ーーNo.28 合わせ鏡と謎の介入者ーー
ようやく外に出た。
工場内で時間の感覚がなかったのは、この曇天のせいでもあったらしい。
弱々しい陽光の下、しとしとと細かく降る雨が全身を包む。
一行の目の前にあったのは、所属不明の陸艦、多くの神託の盾兵、イオンを拘束しているような漆黒のマントを纏う者と烈風のシンク。
そして、こちらに背を向ける鮮血のような長髪だった。
探し人が見つかった事で、ルークは走り出す。
「イオンを返せーーーっ!」
何も考えていない行動に悪態をつきそうになる。
しかし文句よりイオンの奪い返すのが先だと、カンタビレもその後を追おうとする。
が、
ーーパシッ!ーー
「!何しやがる!」
腕を掴まれた事で、即座にカンタビレは怒りを露にする。
「待って下さい」
「ふざけるな!」
「あの人数を相手にするつもりですか?」
「あんたの講釈はどうでもいい!」
口論している時間はない。
しかし、その間にもルークとアッシュの距離は縮まり剣が交わる。
繰り出される剣技はーー
「なっ!?」
「お前かっ!」
ーーまるで合わせ鏡。
そして、二人が距離を取った事で、ルークと同じ技を使ったアッシュの姿が皆の目に飛び込んできた。
(「やはり・・・」)
カンタビレは唇を噛む。
ジェイドとカンタビレ以外が息を呑んだ。
それは正面から見たルークも例外ではない。
剣を手にしたまま、茫然自失のルーク。
対する鮮血も剣は手にしたまま相手を鋭い視線で睨み返すだけ。
と、その背中にシンクが声をかけた。
「アッシュ!今はイオンが優先だ!」
「分かっている!」
仕方ない、とばかりにアッシュは剣を収めた。
そしてルークの後方、こちらに一瞥を向けるとルークに吐き捨てた。
「いいご身分だな!ちゃらちゃら女を引き連れやがって!」
アッシュからの言葉にルークは呆然とするばかり。
だが、このまま黙って行かせるわけにいくか。
カンタビレはジェイドの腕を払い除け、ぬかるむ地面をものともせず駆けた。
神託の盾兵が立ちはだかるが敵ではない。
あっという間に片付け、あと一歩でイオンを拘束している漆黒のマントに剣が届く。
その時、
「!」
ーーギィーーーーーンッ!ーー
本能的に危険を察し、剣を振り上げれば突然の襲撃者の一撃を阻む。
ぬかるむ足場を滑りながら、体勢を崩すこと無く相手を睨みつける。
霧雨に舞うは神託の盾騎士団の団服、目元を隠すほどの長いくすんだ髪。
そして、こちらを馬鹿にしきっている歪んだ口元。
「ほぉ、俺の一撃を防ぐたぁなかなかやるな」
「ちっ・・・何者だ」
今は時間が惜しい。
言葉を交わす間すらない。
「悪ぃが、導師にはやってもらわにゃならんことがあってな。
奪い返されるわけにはいかねぇ」
「聞いてやる義理はない、どけっ!」
ーーガキィーーーーンッ!ーー
男の剣を弾き返し、体勢を崩した敵にカンタビレは容赦なく斬撃を見舞う。
が、
ーーギィーーーーーンッ!ーー
「!?」
まるでその剣筋を読んでいたかのようにいなされ、カンタビレの剣は男の短剣と鞘で受け止められていた。
「はっは〜、確かにそうだな。
だが、こっちもこっちで捜し人の仕事もあるんだ、お引き取り願う、ぜっ!」
ーーギィーーーーーンッ!!ーー
「ちっ!」
押し戻されたカンタビレが再び体勢を整えた時、もう全てが遅かった。
イオンは陸艦へと姿を消し、もう人の足で追いかけるのは不可能だった。
ぐっと柄を握る手に力が籠るが、もう時既に遅し。
仕方なくカンタビレが皆の所へ戻れば、踞るルークに皆の視線が集まっていた。
どう声をかけていいのか分からない、といった感じだ。
当然だ。
普通ならあのような光景を目にして動揺しない方がどうかしている。
「ところで、イオン様が連れて行かれましたが」
「・・・あああ!!しまったーっ!」
「どちらにしても六神将に会った時点で囮作戦は失敗ですね」
「バチカルに戻って船を使った方がいいんじゃないか?」
沈黙を破ったジェイドにガイが提案する。
が、それをナタリアが打ち消した。
「無駄ですわ、お父様はまだマルクトを信じていませんの。
囮の船を出港させた後、海からの侵略に備えて港を封鎖したはずです」
「陸路を行ってイオン様を追いましょう。
仮にイオン様が命を落とせば今回の和平に影響が出る可能性もゼロではないわ」
「そうですよ!イオン様を捜して下さい!ついででもいいですから!」
「決めて下さい、ルーク。
イオン様を捜しながら陸路を行くか、或はナタリアを陛下に引き渡して、港の封鎖を解いてもらうというのも・・・」
皆の言葉をまとめるようにジェイドがルークに問う。
引き合いに出されたナタリアは弾かれたように、未だに項垂れているルークに詰め寄った。
「そんなのダメですわ!ルーク!分かってますわね!」
「あー!うるさいっ!大体、何でオレが決めるんだよ!」
癇癪を起こした子供のようなルークに、表情を変えずジェイドがしれっと言い返す。
「責任者はあなたなのでしょう?」
「・・・イヤミな奴だよ、ホント。
陸路!ナタリアを連れてかないと色々ヤバいからな」
そう言ってルークは拗ねたように背中を向けた。
「イオン様・・・どこに連れてかれちゃったんでしょう?」
「・・・陸艦が向かったのは東。オアシスのある方向だ」
これまで沈黙していたカンタビレが呟く。
その言葉にアニスは念を押すようにルークに言った。
「オアシスだったら、あたし達も寄る予定でしたよね、ルーク様ぁ。
追いかけてくれますよねっ!」
「ああ・・・」
気弱ながらもアニスに返事を返す。
皆が続々と動き出す。
だがカンタビレの足は動かない。
それに気付いたジェイドは口を開いた。
「行かないのですか?」
「何故止めた?」
鋭くなるアメジストの瞳と夕焼け色の瞳が交差する。
仕方なさそうにジェイドは小さくため息をついた。
「あなたは無茶が過ぎる」
「あんたにどうこう言われる筋合いはねぇ」
「どうしてそこまでイオン様にこだわるんです?」
「話す義理はない」
「信頼されてないとは悲しいですねぇ」
「信頼してねぇ奴に言われたくねぇな」
「おや、おかしいですね〜」
「・・・不愉快だ」
吐き捨てるように言い、カンタビレはジェイドを追い抜き歩き出す。
その後背に、ジェイドの声がかかった。
「貸しを返して欲しいと言ったらどうします?」
「力尽くでやってみろ」
「おやおや、私は女性に手を挙げる趣味はありませんよ」
その言葉にピクリとカンタビレの動きが止まった。
数呼吸の後、ようやくカンタビレが口を開いた。
「死霊使いともあろう男が、落ちたもんだ」
もう話す事は無い、とばかりなカンタビレはジェイドを置いて歩き出した。
背後から届いた溜め息は聞こえないように頭から閉め出す。
ジェイドに怒りを覚えていたカンタビレだが、他にも要因はあった。
(「俺の剣筋を易々と・・・あいつ、一体何者だ・・・」)
神託の盾騎士団のようだったが、見かけない姿だった。
自分が左遷されている間に入ったのか?
自分と張り合えるほど剣の腕前を持っている者が現れようとは・・・
厄介な旅路になりそうな予感に、カンタビレは忌々し気に拳を握った。
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2020.1.11