ーーNo.27 静寂に落ちる雫ーー















































































































「って〜・・・」
「大丈夫かルーク?悪いな思いっきり引っ張っちまった」
「そりゃいいけどよ・・・」

背後のガイに答えたルークは痛む背中をさすりながら視線を足元に向ける。
目の前には、ぽっかりと空いた穴。
周りを見れば、残っていたのはナタリアから離れていたメンバーばかりだった。

「どうやら、足場が腐食していたようですね。
我々の重さに耐えられなかったのでしょう」
「おい、どうすんだよ?」
「このまま出口に向かいましょう。カンタビレならそうするでしょう」
「だな。戦力的にも向こうなら問題ないだろうし」
「問題っていうなら・・・」
「ナタリアは大丈夫かしら・・・」
「「「「「・・・・・・」」」」」」

ティアの言葉に返されたのは沈黙。
直前の険悪なやりとりに一行は閉口するしかない。
そんな空気とは裏腹に、ジェイドが気軽に口を開いた。

「ま、カンタビレも一国の殿下相手に見捨てる事はしないでしょう」
「軽く言うな、旦那」
「それは勿論。私が面倒を見るわけではありませんからv」
「ハハハ、さいで・・・」

当人達が居ないことを良いことにジェイドは飄々と飾らず語る。
その当人らが居れば、その言葉を聞いて黙っているはずがないだろうことは簡単に予測がついた。
間違っても本人達の耳に入らない事を祈るしかない。
ガイは乾いた笑いしか返す事ができなかった。
所変わり。
薄い闇の中で、カンタビレはとんでもなく不機嫌な表情で瓦礫を背にしていた。

(「・・・最高だぜ、全くよ・・・」)

とんでもない貧乏くじ。
ここ最近で一番の不運が詰め込まれたスペシャルパッケージを贈られた気分だ。
どうして自分がそんなものを受け取らなければならないんだ、最高に気分が悪い。
それともコレは何かの罰ゲームなのか?それにしたって趣味が悪すぎる。
自分はただイオンを奪還する為だけにまた同行したくもない一行と行動を共ただけ。
だというのに、どうしてこう毎度面倒を引き寄せなければならないんだ。
お人好しになったつもりはない。
ただ、咄嗟だった。
場所的にも引き上げられることは叶わず、共に落ちるしかなかった。
いや、正確には先に落ちた方が何の回避行動を取らず、呑気に気絶した為に思わず手が出てしまった、か。
非公式任務とはいえ、相手は一国の王女。
同行を責任者が許したとはいえ、その場に居合わせて何もしてないとなれば、後々面倒になるのは目に見えていた。
ぶつけようのない苛立ちは一体誰に向けたものなのか・・・
カンタビレは苛立ちを紛らわすように深々とため息をついた。
と、

「うっ・・・一体何が・・・」
「足場が抜けたんだ」
「!」

ようやくお目覚めの相手に、カンタビレは淡々と続ける。

「分断されたがこのまま先に進む。
俺は時間を無駄にする為にこの場にいるんじゃないからな」

まだ状況を把握していないのか、呆然としているナタリアに更にカンタビレは畳み掛けた。

「3つだけ言っておく。
一つ、身分を捨てたなら勝手な行動は慎め。
一つ、イオン様の件はそちらの警備不手際な事も自覚しろ。
一つ、俺は機嫌が悪い。面倒事をこれ以上起こすな」

それと、とカンタビレは続けた。

「今後、死ぬかもしれないのにお気楽に気絶するな。
いつでもお守りされてる王宮とは違うぞ」
「わ、私は!」
「言い訳を聞くつもりはない。理解したならさっさと立て、行くぞ」

相手の答えを待たず、カンタビレは先に続いてそうな出口に向け歩き出した。































































































































































カンタビレらと分断されたルーク達はどんどん奥へと進んでいた。
会話が途切れれば、時折雫が落ちる音が辺りを打つだけの静寂。
そして辿り着いたのは異様に広い空間。
ここが廃工場の最奥なのかと周囲を探索していたその時、今までと違う異様な臭いにルーク達の足が止まった。

「なんか臭うな」
「油臭いよぅ!」
「この工場が機能していた頃の名残かな?それにしちゃ・・・」


ルーク、アニス、ガイが不審気に辺りを見回す。
息を殺して異変を探すが、辺りに響くのは雫の音だけ。
その時、

「待って!音が聞こえる・・・何か、いる?」
「何も聞こえねぇぞ」
「いえ・・・いますね、魔物か?」

皆が武器を構える。
索敵したくても、雫の反響音が嫌に耳についた。
と、ジェイドが一番に声を上げた。

「上です!」
ーーズーーーンッ!ーー
「どわっ!」
「うわっ!でたー!」

ジェイドの声で寸前で飛び退いたルークが立っていた場所に、大人3人分の高さはあるかという巨大な塊が落下してきた。
冷静に距離を測っていたガイ、そして体勢を戻したルークが先行して魔物に斬りかかる。
しかし、

「くっ!斬撃が入らん」
「くそ!ぬめぬめしてて攻撃が効かねえ!」
「なら、その油をぶっ飛ばす!
ひっさつぱんち!昂龍ーーはうわ!

続いたアニスの攻撃も、魔物は素早い動きで弾き飛ばす。

「体格の割に俊敏ですね」
「なら、動きを止めるまでです!ノクターナルライト!」
「煌めきよ威を示せ、フォトン!」

冷静に状況を判断したジェイドとティアが譜術と短剣で応戦する。
が、魔物は全く堪えた様子はない。

「効きませんか」
「数では押せてるはずなのに」

にじり寄る魔物にルーク達は決定打を打てない中、時間だけが過ぎていく。
複数の足が複数の攻撃を阻み、逆に攻撃を加えルークらを押していく。
そして、攻撃をした弾みで体勢を大きく崩したルーク。
その隙を見逃さず、油にまみれた太い塊がルークに襲いかかった。

「やべっ!」
「ルーク!」

襲い来る痛みにルークは目を瞑った。
しかし、それは一向に訪れない。

「っ・・・あれ?」

恐る恐る目を開ければ、そこにあったのは国境界でも見た背中、薄闇に走る斬光。
そして、ルークの前に魔物の足だろう切り落とされた油の塊が落ちた。

ーーボドッーー
「ボケッとしてんな。まだ戦闘中だぞ」
「なっ!わかってるっつの!」

捨て台詞にルークは噛み付き、体勢を戻す。
カンタビレはただ剣に付いた液体を払い、再び剣を構えた。

「教官!」
「ナタリア!無事だったか!」
「目の前に集中しろ。ヤツはまだ本気を出してねぇぞ」
「見ろ!ヤツが何かする気だぞ!」
「させるか!」
「てやぁっ!」
「ちっ!阿保が!」

飛び出したルークとアニスにカンタビレは苦言を呈する。
しかし、追うことはせずその場で敵の出方を伺う。
そして魔物は足を斬り落とされた怒りからか、攻撃を仕掛けてきたルークとアニスを振り払うようにその巨体の長い足で振り払った。

「うわっ!」
「はうぁ!」

ちょうど空中にあったルークとアニスの体は弾き飛ばされる。
その二人をティアとナタリアが治癒術でフォローする間、カンタビレは魔物と距離を取りながら斬撃を放つ。

「無駄に飛び出すからだ、馬鹿が」
「まぁまぁ、小言は相手さんを倒してからにしようぜ」

前衛となったガイからの宥めに、カンタビレは鼻を鳴らすだけで返す。
と。
攻撃を続けていた魔物が自身の身を固くするように蠢いた。
今までに見ない動きに、前衛は警戒を強める。
そして、ピタリと動きが止まったその時。
魔物の体から染み出すように大量の何かがこちらに這い出し迫ってきた。

「きしょ!」
「子グモ!?」
「厄介ですね」

床一面を覆い尽くさんばかりな大量の子グモ。
まだ大物一匹の方がやりようがあったが、これではジェイドの言う通り厄介以外の何でもなかった。
戦闘経験の経験の浅い者達は目に見えて焦りを見せ始める。
それを見留め、カンタビレはいつもと変わりない調子で子グモを薙ぎ払いながら言い放つ。

「各個撃破だ」
「でも、親の方はどうする!」
「何とかする」
「そんな!この大量の子グモを相手にしながらだなんて、無茶です!」
「俺が相手にするのは親玉だ。
このままじゃ囲まれて魔物の餌だ。黙って数を減らせ」
「は、はい!」

ティアにぴしゃりと返したカンタビレは、小さく息を吸った。
そして、最前へと立つと愛刀の柄を握り直し、

「衝皇震!」

大量の子グモが這う海に斬撃を放ったと同時にカンタビレは駆けた。
斬撃の箇所だけが、海が割れたように道を開ける。
しかしその後ろは閉じ、どんどん退路は無くなっていく。
それに構うこと無くカンタビレは親グモの塊と距離を詰めた。
相手も威嚇するように耳障りな音を上げる。

ーーキシィィィッ!ーー

更にカンタビレは速度を上げる。
そして、束になった太い塊がカンタビレめがけ振り下ろされる。
が、それを見切り振り下ろされたと同時に跳び上がる。
そして、

「冥葬虎幻」

皆が見えたのは、束の根元に光が一閃したことだけ。
カンタビレは技を出した反動を使い、今度は空中から元の場所、子グモの海の前へと戻った。
そして着地したと同時に、半分の足を失った魔物が崩れ落ちた。
だが、それにも関わらず魔物はまだ蠢いていた。
早技もさる事ながら、あっという間に敵の足を斬り落とした腕前に敵前にも関わらず皆の感嘆がこほれた。

「マジかよ・・・」
「うわー」
「やるな」
「無駄口叩くヒマあるなら早く殲滅しろ」

戻った開口一番そう言うと、カンタビレは目の前の子グモの海を再び薙ぎ払う。
と、親グモが距離を取り出したのを見たカンタビレは、後衛にいるナタリアに向いた。

「ナタリア、残りの足全てを射貫け。
マスターランクなら余裕だろうが」
「は、はい!」

再び剣を構えたカンタビレの冷静な指示にナタリアは弓を絞る。
しかし、それを邪魔するように子グモが躍りかかった。

「きゃぁっ!」
ーーザンッーー
「集中しろ、お前の邪魔はさせん」

ナタリアの前で子グモを斬撃で退けたカンタビレは振り返らずに言う。
目の前の障害を睨みつけるカンタビレの横顔を音素フォニムと化した仄かな光が照らした。

「こいつはここで消す」

その後間もなく、油にまみれた巨大な魔物の動きが崩れ落ちた。
今まで見たこととがない魔物に、ルークとガイは音素フォニムへと消えていくそれを見下ろす。

「な、なんだったんだ。この魔物はよ・・・」
「この辺じゃ見かけない魔物だな。中身はクモみたいだったぜ?」
「廃工場ですもの。
クモぐらいいてもおかしくはないけれど・・・」
「油を食料にしているうちに音素フォニム暴走による突然変異を起こしたのかもしれませんね」

冷静に判じたジェイドがメガネを押し上げながら呟く。
そして、魔物が消えたことで鞘に剣を収めるカンタビレにガイが声をかけた。

「無事に合流だな」
「ああ・・・」
「しかし気のせいかもしれないが、恨みこもってなかったか?」
「アイツの所為で無駄な遠回りさせられたからな。
当然だろ」
「ほえ?どういう事?」

首を傾げるアニスに、気付いてないのか?とカンタビレは目を眇めた。

「足場が抜けた位置がどう見ても不自然だったろ。
兵器工場跡ならこの人数でそもそも抜けるような造りはあり得ないだろうが」
「あ、なるほど」
「あの場所が獲物の捕食場だったのでしょうね。
他にも奇妙な腐食部がありましたから」

事情を知っていたらしいジェイド。
わざわざ他のメンバーに教えてなかった辺り、相変わらず食えない奴だとカンタビレは小さく息を吐く。
と、近づく気配に肩越しに振り返れは、そこには道中、無言のまま共に進む事になった人物が立っていた。

「・・・あ、あの、カンタビレ」
「なんだ?」

言葉少ななカンタビレの返事に、言葉を探すナタリアだったが意を決したように続きを口にした。

「ここまでありがとうございました、助かりましたわ。
・・・あなたにもみんなにも迷惑をかけてしまいましたわね」

廃工場の入り口の時とは打って変わったナタリアの素直な態度にカンタビレは肩を竦めて返す。

「別に構わん」
「はぁ?よくねぇよ、足ひっぱんーー」
ーービシッ!ーー
「痛ってぇな!何しやがる!」

ルークの心ない言葉を指弾で遮ったカンタビレは先に進む。
きゃんきゃんと騒ぐルークにティアの小言が飛び、ガイが宥めにかかる。
煩いやり取りを背中越しに聞きながら、カンタビレは空気の流れを追ってその足を進める。
と、

「あなたがその若さで師団長を務めた理由が分かった気がします」

まるで行き先を読んで待っていたようなジェイドに、カンタビレは不機嫌に言い返す。

「歳を言った覚えはねぇが?」
「マルクトの情報網を甘く見られては困りますね」
「ふん、こっちの情報操作も侮るなよ?」

不遜に笑うカンタビレにジェイドは楽しそうに目を細めた。





























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2020.1.11