ーーNo.26 高飛車王女の登場ーー
あまり使われていない天空滑車に乗り、薄暗い廃工場に入った一行。
淀んだ空気は、人の立ち入りが消えそれなりな年数が経過していることを感じ取れた。
「バチカルが譜石の落下跡だってのは知ってるか?」
「ああ、それくらいならな」
「ここから奥へ進んで行くと落下の衝撃でできた自然の壁を突き抜けられるはずだ」
ガイの説明にジェイドも合点がついた。
「なるほど、工場跡なら排水を流す施設がある・・・」
「ああ。死んだ排水施設なら通れる、って訳ーー」
「まぁ、ガイ。あなた詳しいのね」
突如響いた女性の声に、皆が一斉に振り返る。
そこに立っていたのは薄闇に映える黄金色の髪、矢筒を背負った旅装束というには上品な出で立ち。
その人物が誰か分かったカンタビレは、どうしてこんなところにいるんだ、と眉間に皺を寄せた。
「見つけましたわ」
「なんだ、おまえ。
そんなカッコでどうしてこんなトコに・・・」
「決まってますわ。
宿敵同士が和平を結ぶという大事な時に、王女の私が出て行かなくてどうしますの?」
分からんでもない理屈だが、これ以上の面倒事を抱え込むのはごめんだ。
恐らく自分と同じ心境だろうと思う人物を見上げる(癪だ・・・)と、人を食ったような笑顔が返ってきた。
「お断りしますv」
「・・・まだ何も言ってねぇぞ」
「ご自身でやってください」
「時間が惜しいと思ってんだろ?」
「親書を届ける仕事は終わりましたから」
ちっ、と舌打ちをついたカンタビレはルークと言い合いを続ける人物に近づいて行った。
「・・・アホか、おまえ。
外の世界はな、お姫様がのほほんとしてられる世界じゃないんだよ。
下手したら魔物だけじゃなくて、人間ともーー」
「ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア王女」
目の前に立ち塞がるカンタビレに、不満気に表情を歪めたナタリア。
気位の高さは流石、一国を治める王女といえる。
だが、自分には関係ない。
「俺は神託の盾騎士団第六師団師団長カンタビレ」
「まぁ、あなたが!
戦場での活躍は我が軍でも聞き及んでいましてよ」
「単刀直入に言う。
世間知らずは邪魔だ、黙って城でお姫様やってろ」
一石を投じた台詞に周囲の空気が凍った。
これが公的な場であれば、不敬罪だなんだと国際問題だろうがこんな薄汚れた場所ではその必要もないし、はっきり言ってする義理もない。
そもそも、今回の一件がキムラスカ側の不手際なら殊更こちらが折れる謂れもない。
暫くして、侮辱されたと分かったナタリアの柳眉が跳ねた。
「ぶ、無礼な!
私は三年前、ケセドアニア北部の戦で、慰問に出かけたことがあります!」
「慰問と実際の戦いは違うしぃ〜
足手まといになるから残られた方がいいと思いま〜すv」
「失礼ながら、同感です」
「それに単なる小競り合い程度のアレを戦と呼んでる時点で世間知らずと呼ぶには十分だ」
追撃とばかりにアニス、ティアに続けたカンタビレのとっとと帰れという言外なトドメ。
軍属側の尤もな発言の連発で、ナタリアは怒り心頭といった様子だ。
その証拠に怒りのあまり言葉が音とならず、まるで魚のように口をぱくぱくと開閉を続ける。
その様子見兼ねたのかガイが助け舟を出す。
「ま、まあまあ、ナタリア様。
お気持ちも分かりますが陛下も心配なさってるでしょうし、城へお戻りになった方がーー」
「お黙りなさい!私はランバルディア流アーチェリーのマスターランクですわ!
それに、治癒術師としての学問も修めました!
この礼儀知らずな神託の盾や、そこの頭の悪そうな神託の盾と無愛想な神託の盾より役に立つはずですわ」
ナタリアの発言に、ジェイド以外の表情が引き攣った。
(「「「「怖いもの知らずだ・・・」」」」)
皆が同時に同じ事を思い、こちらからは表情が見えないカンタビレの背中をこわごわと見つめる。
だがナタリアの発言にいち早い反応を示したのはアニスの方だった。
「・・・何よ、この高慢女!」
「下品ですわね、浅学が滲んでいてよ」
「呆れたお姫様だわ・・・」
「これは面白くなってきましたねぇ」
「だから、女は怖いんだよ・・・」
一人だけこの状況を楽しむジェイド。
対して声を潜めるガイ。
既にカンタビレは話し合うのも無駄だとばかりに早々に無関心を決め込んでいる。
睨み合うナタリア、アニス、ティア。
そこに一応この一行の責任者らしいルークが声を上げた。
「何でもいいから、ついてくんな!」
「・・・あのことをバラしますわよ」
「な、なんだよあのことって」
「私、聞いてしまいましたの。あなたがヴァン謡将と城の地下でーー」
「うわっ!ちょっと待て!」
途端に動揺を見せたルークがナタリアの手を引き、皆から離れた事を確認すると声を潜めナタリアに問う。
「おい、どこまで聞いた!?」
「あなたを誘拐したのがあの方でダアトに亡命なさる・・・ということですわ」
「・・・その前は?」
「聞いていません。私、立ち聞きしに言ったわけではありませんもの。
ただあなたに私を連れて行ってくださるようお願いしようと思って・・・」
「・・・連れて行ったら黙ってるか?」
「亡命なさっても、私との約束を思い出していただけるなら」
ナタリアの言葉にしばし考え込むルーク。
しかし、取れる選択肢など彼の中では一つしかなかった。
「よし、わかった。指切りだ」
「指切り、お嫌いではなかったの?」
「へ?」
「・・・いいえ、何でもありませんわ」
ルークとナタリアの密談になっていない密談を遠巻きに、他のメンバーは成り行きを見守る。
ナタリアから出た上司の名にわずかに引っかかるものがあったが聞いたところで素直に話すとは思えない。
関わるだけ無駄か、とカンタビレは溜め息をつき歩き出した。
「おや、どちらへ?」
「餓鬼のお守りはごめんだ。後は勝手にしろ」
「一人では危険ですよ?」
「俺には無用の言葉だな。世間知らず消える分、格段に安全だ」
「イオン様を捜すのに、人手がいるのでは?」
「否定はしないが、別にいたところで邪ーー」
「ナタリアに来てもらう事にした」
ルークの言葉に、全員から白い視線が向けられる。
それをものともせず、満面の笑顔のナタリア。
「よろしくお願いしますわ」
「・・・ルーク、見損なったわ」
「う・・・うるせーなっ!とにかく親善大使はオレだ!
オレの言う事は絶対だ!いいな!」
ティアの非難を言い返したルーク。
カンタビレは頭痛が治まらない米神を押さえ、とんだ災難を呼び込む自分を呪うしかなかった。
廃工場内を歩き出ししばらく経った。
「ガイ、まだ出口ではありませんの?」
「そう言われましても・・・俺も入ったのは初めてですし」
ガイの苦笑混じりの言葉に、問うた本人は目に見えて肩を落とした。
「埃っぽいし、油の臭いはしてますし、嫌なところですわね」
「嫌なら帰れよ」
「まぁ!そうやって厄介払いするおつもりですわね!駄目ですわ!」
「厄介だと思ってるなら帰ればいいのに」
アニスの小声でない呟きに同調した者は多いだろう。
が、そんな事を露骨にやれば時間の無駄が再び始まるので同調者らは沈黙に留める。
そして案の定、ナタリアはきっと眦を上げた。
「何かおっしゃいまして?」
「わーん、ルーク様こわーい。ナタリアがいじめるよぉ〜」
「ルーク!あなたそんな子供の味方をしますの?」
「はぁ!?こいつから引っ付いてきたんだろ!」
「ルーク様ぁ、早く婚約破棄して若いあたしと一緒になりましょうね〜」
「あなたのような浅学な子供をルークが選ぶはずありませんわ」
「なによ!」
「なんですの!」
五十歩百歩。
子供の喧嘩並みな低レベルさだ。
ルークに抱き付きながらアニスはナタリアと睨み合う。
それを傍観していたティアは呆れたように嘆息した。
「・・・ルーク、あなたって最低だわ」
「なんでだよ!俺のせいかよ!」
「やー、仲が良さそうで何よりです」
「あんたの目は節穴かっつーの!」
(「煩え・・・」)
カンタビレの機嫌は降下の一途を辿るばかりだった。
廃工場の中は薄暗い。
空気が淀み、外界から遮断されたそこは流れる時間の感覚さえも麻痺してしまう。
「・・・」
「ティア?」
「きゃぁぁっ!」
そわそわと周囲を不必要までに警戒していたティアにジェイドが声をかければ悲鳴が上がる。
それに皆の足が止まり、何事だとばかりにティアに視線が集中する。
そしてそれをしでかした本人は我に返ったように皆を見た。
「あ・・・」
「どうしました?」
「何か気になることでもあったのか?」
「な、なんでもないわ」
「なんでしょうね、ルーク様?」
「さぁな?」
ティアの悲鳴にかこつけてルークに抱きついていただろうアニス。
それを見咎めたナタリアが再びアニスを引き剥がそうとする。
「離れなさい!」
「いや〜、だってここ暗くてジメジメしててオバケとか出そーー」
「出ないわよ!」
アニスを遮るティアの悲鳴に近い声。
あまりにも必死なそれに、再び皆の視線が集中する。
その場の空気に居たたまれず、ティアは動揺を隠すように早足で歩き出す。
「で、出ないんだかーー」
ーーパキッーー
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
「うるっせ」
ーードシュッーー
「あうっ」
完全に一人コントと化していたティアに手刀を落としたカンタビレ。
蹲るティアに小言が飛んでいるのか、少女はしきりに頭を下げる。
それを傍観していたジェイドは直前の行動に合点がついた。
「怖いようですね」
「嘘だろ・・・」
「カンタビレの方が怖い気もするが」
「聞こえてんぞソコ」
外野の小言にカンタビレが睨み返せば、思わず溢れた本音にガイは慌てて視線を逸らすのだった。
またしばらく歩いた。
相変わらず出口の気配は見えない。
そんな中、一行より先行し過ぎているナタリアにルークが咎めるように言う。
「おい、ナタリア!もう少しゆっくり歩けよ!」
「なんですの?もう疲れましたの?だらしないことですわねぇ」
「そ、そんなんじゃねぇよっ!」
「・・・うはー。
お姫様のくせに何、この体力馬鹿」
「何か仰いました?」
「べっつにー」
猫被る少女にナタリアは腰に両手を当て言った。
「導師イオンが拐かされたのですよ?
それに私達は、苦しんでいる人々のために、少しでも急がなければなりません。
違っていまして?」
「確かにその通りだけどこの辺りは暗いから、少し慎重に進んだ方がいいと思うわ」
「そうですよ、ナタリア様。少しゆっくり歩きませんか?」
ティアに続いたガイに、ナタリアは弾かれたように言い返した。
「ガイ!私の事は呼び捨てにしなさいと言った筈です」
「おっと、そうでした。
失礼・・・ではなくて、悪かったな」
「これだから世間知らずと一緒ーー」
ーーピシッーー
耳に届いた僅かな不穏な音。
それを聞き留めたカンタビレは文句を止め鋭く叫んだ。
「散れ!」
しかし、その甲斐なく足元の感覚は消え、崩れ落ちる音と共に重力のまま視界は暗転した。
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2020.1.10