翌日早朝。
カンタビレは薄い霧に包まれた街に降り立った。
日の出後間もないこともあり、ありがたいことに人通りはなく、心地よい静かさだ。
これからどのような経路を取ろうか、とつらつら考えながら人通りの少ない街を歩く。
(「アクゼリュスには何で行くかねぇ・・・」)
ベストな選択を取れば、航路。
何より短い時間で現地に到着できるし、指揮する部隊ともタイミング良く合流できる。
・・・が、何分こういうご時世だ。
旅券がなければ身動きが取れない。
今まではイオン様と一緒だったお陰でノーパス。
何より足はすべてマルクトで用立ててもらっていたために楽が出来た。
それに陸路を取れば時間ばかり食われてしまう。
(「今から旅券取るにしても手間と時間がなぁ。
だからって、立場を誇示して押し乗ーー」)
ーードンッ!ーー
「おっと」
「きゃ!」
考え込んでいた所で衝撃が走り、下に視線を向ける。
そこには見覚えがあるような小さな体躯があり、そこから地を這うような声が上がった。
「てめぇ、どこに目ぇつけてーー」
「・・・おー、あんな所に金持ちが」
「玉の輿v」
猫をいきなり被った少女に、カンタビレは何事も無かったように歩き出す。
が、そのまま簡単には行かせてくれないようだった。
「カンタビレ、ちょうど良かった!」
「俺は良くねぇ。放せ」
裾を掴まれたカンタビレは、アニスに視線を合わせぬまま歩き出そうとする。
だが、アニスは焦ったように続けた。
「イオン様が誘拐されたの!」
「・・・何だと」
不穏な内容に、カンタビレは歩みを止め振り返る。
アニスの話では、城に宿泊したはずイオンが朝起きたらベッドはもぬけの殻。
街を捜したらサーカス団の格好をした輩と歩いている所を見たという目撃情報があったらしい。
「導師守護役だろうが、なぜ追いかけない?」
「だって〜、街の外も探そうとしたけどシンクが塞いでて・・・」
「はぁ・・・ったく、城の警備もお粗末なもんだぜ。
恐らく漆黒の翼の仕業だろ」
そんな目立つ奇天烈な格好をするのはあの三人組ぐらいだ。
よからぬことをするなら、少しは考えればいいものを。
ま、今回は逆に功を奏しているわけだが。
頭痛がするような米神を押さえたカンタビレは深々と一息ついた。
「お前は話の通じる面子を呼べ。
導師の誘拐沙汰なんざ、噂だけで大騒ぎだ。イオン様の足取りは俺が追う」
「手伝ってくれるの?」
ツインテールの少女に憮然とした顔が返った。
「イオン様が攫われて黙ってられるか。
救出した後はヴァチカルを出る。後はちゃんと仕事しろよ」
「分かってるよぅ。エンゲーブに戻るの?」
「いや、野暮用でアクゼリュスに行かにゃぁならん」
「ほぇ?じゃあーー」
「悠長にしてる場合か、さっさと行け」
「はうぁ!そうだった!」
背中の人形を揺らしながら走り出す少女をカンタビレは見送る。
なかなか平穏に進まない旅路に、カンタビレは頭を掻いた。
(「なんかに憑かれてるんかね・・・」)
そう思いながら、カンタビレは霧濃い街中へと身を翻すのだった。
ーーNo.24 再びの面子ーー
地下牢での密談を終えたルークとヴァン。
二人はバチカル城前へ行くと、そこには謁見の間で話しに出ていたティア、ガイ、ジェイドの3人が待っていた。
「兄さん・・・」
「話は聞いた。いつ出発だ?」
「そのことでジェイドから提案があるらしいですよ」
ガイからの振りに、少々間を置いたジェイドが眼鏡を押さえた手をどかした。
「ヴァン謡将にお話しするのは気が引けるのですが・・・まぁ、いいでしょう。
中央大海を神託の盾の船が監視しているようです。
大詠師派の妨害工作でしょう」
「・・・大佐」
非難を含ませるティアに、ジェイドは再び眼鏡を押し上げた。
「事実です。
まぁ大詠師派かどうかは未確認ですが・・・とにかく海は危険です」
「じゃぁどうするんだよ」
「海へ囮の船を出向させて、我々は陸路でケセドニアへ行きましょう。
ケセドニアから先のローテルロー橋はマルクトの制圧下にあります。
船でカイツールへ向かうことは難しくありません」
ジェイドの提案にしばし思案したヴァンは一つ頷いた。
「なるほど。
では、こうしよう。私が囮の船に乗る」
「えー!?」
「私がアクゼリュス救援隊に同行することは発表されているのだろう?
ならば私の乗船で信憑性も増す。
神託の盾はなおのこと船を救援隊の本隊だと思うだろう」
「よろしいでしょう。どのみちあなたを信じるより他にはありません」
この作戦の肝は、陸路組の安全が確保されること。
公表されている者が注意を引けば、この作戦の成功率はさらに高まる。
しかし、その提案に反対する一声が上がった。
「けど!」
「ルーク。私を信じられないか?」
即座に切り返したヴァン。
その落ち着いた声音にルークは渋々といった体でぶっきらぼうに呟いた。
「・・・わかったよ」
「では私は港へ行く。ティア、ルークを頼むぞ」
「はい」
「こちらは少人数の方が目立たなくてすみます。
これ以上同行者を増やさないようにしましょう」
後半をある一名に向けてジェイドが釘を刺すが、その当人は不機嫌顔で全く気づいていない。
やれやれ、と眼鏡を押し上げたジェイドはその場から歩き出した。
「ジェイド、どこに行くんだ?」
「話を通しておきますので街の出口で待っていてください」
言い含めるようにそう言ったジェイドはそのままヴァンの後に続いて港へと歩き出した。
ヴァン、ジェイドを見送った後、ルークはその場に残ったメンバーにうんざりと呟いた。
「あーあ、師匠行っちまったぜ。せっかく一緒に旅できると思ったのによ。
で、残ったのが冷血女と女嫌いか・・・」
「誤解を招く招く言い方をするな!女性は大好きだ!」
「女好きだと声高に言うのもどうかしら・・・」
「そうじゃないっ!そうじゃなくて!」
「さぁ、行きましょう」
「人の話を聞けーっ!」
一人虚しい男の叫びがヴァチカルの空に響いたが、それを聞くものは誰もいなかった。
背後から近づいてきた気配に、ヴァンは振り返らずに問うた。
「まだ私に用でも?」
「いえ、乗船名簿に名前だけでも書いておこうと思いまして」
「なるほど、流石は死霊使い殿。抜け目がないことだな」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
当たり障りのない会話を交わしながら昇降機を降り、二人は港へと向かう。
道すがら、こちらに気付いた兵士達は慌てて敬礼を返す。
「ところで、猟犬としばらく行動していたと聞いているが?」
「ええ。イオン様が同行を求められた流れで」
「あれには苦労しただろう。
何しろ上官の指令無視、上層部にも平気で食って掛かってたいたからな」
「確かに、あの性格では謡将も扱いづらいでしょう」
「お陰で顔を合わせれば口論が絶えん」
恥ずかしい話をしたな、とヴァンは破顔する。
確かに、両者が顔を揃えた時の空気は、上司と部下に流れるものとは違っていた。
カンタビレは常にヴァンを警戒もしくは懐疑の目で見ていた。
だがそれ以外は・・・
「とはいえ、師団長の肩書きにあった働きばかりでしたよ。
正直、同行してもらえて助かりました」
「ほぉ、懐刀にそう称されるとは相変わらず流石だな」
その言葉尻に、僅かに不穏な影がちらついたような気がした。
隣の男の横顔は特に変化はない。
だが、前を見据える目に孕むのは発した言葉の対極が宿っているようだった。
「・・・時に、カンタビレは謡将と同期だと聞いてますが?」
「いや、奴とは戦場を共にした事が多いだけで同期ではない。
尤も、出征の数だけ言えば古株の神託の盾と肩を並べるだろうがな」
「なるほど。卓越した状況判断に剣術の腕前はそういうことですか」
「少しはマルクトの情報収集になったなら幸いだ」
「おや、ただの世間話のつもりですけどね」
これ以上詮索するなとばかりな返しに、ジェイドはしれっとうそぶいた。
そうこうしているうちに、港へと到着した。
乗船名簿にジェイドが人数分の名前を書き終えると、ヴァンはタラップへと踏み出した。
「カーティス大佐」
と、ジェイドに背を向けたままヴァンは続けた。
「あれは異常なまでに導師に肩入れし過ぎている。
万が一が無いよう、導師をバチカルまで送り届け願いたい」
含みを持たせた言葉を残し、ヴァンは船へと消えていった。
意味深な忠告を受けた後、ジェイドが街中へと戻ってみればちょうどルーク達が昇降機から降りてきた所だった。
「お待たせしました」
「もう済んだのか?」
「ええ。乗船名簿に名前を書きに行っただけですから」
「あーっ!ルーク様ぁ!」
遠くからでも響く高い少女の声。
通りの先から飛ぶように距離を詰めたアニスはルークの前で急停止する。
もちろん、そばに居たガイは飛び退いた。
「ひっ」
「会いたかったですぅv
・・・でもルーク様はいつもティアと一緒なんですね・・・ずるいなぁ」
「ご、ごめんなさい。でも安心してアニス。好きで一緒にいる訳じゃないから」
(「・・・なんか傷つく」)
ティアの言葉に微妙な表情を浮かべるルークに気付く者はいない。
と、いつもなら一緒にあるはずの姿が無い事にジェイドは少女に問う。
「アニス、イオン様に付いていなくていいんですか?」
「大佐!それが・・・」
アニスはこれまでの経緯を手短に説明した。
城からイオンが消えた事、探せばサーカス団の不審者と一緒にいた事。
話を聞いた皆が皆、ヴァチカルに到着した時の事を思い出した。
「サーカス団って・・・おい、まさか」
「やられましたね、多分漆黒の翼の仕業だ」
「なんだと!?あ、そういえば神託の盾の奴と何か話してたな。
あいつらもグルか!」
「追いかけようぜ!」
「あ、それはカンタビレが足取り追ってくれてて〜。
それと街の外を探そうにもシンクがいてあたし邪魔されちゃったんですよ〜」
しゅん、と肩を落とすアニス。
対して、ティアは表情を険しくした。
「まずいわ、六神将がいたらわたし達が陸路を行く事も知られてしまう」
「ほえ?ルーク様達、船でアクゼリュスへ行くんじゃないんですか?」
「いや、そっちは囮だ。くそ!何とかして外に出ないと・・・」
「それならあたしも途中まで連れて行って!
街の外に出られればイオン様を捜せるから!」
「ジェイド、どうする?」
ルークだけでなく、他のメンバーの視線が集まる。
同行者を増やさないようにと、念押ししたジェイドだったがこの状況では取るべき選択は限られた。
「仕方ないでしょう。
しかし今回のイオン様誘拐にはモースの介入がないようですね」
「そうですね。めっちゃ怒ってましたもん、モース様」
「という事は、やっぱり六神将とモース様は繋がっていないということでしょうか?」
「だからと言って、モースが戦争を求めている事の否定にはなりませんがね」
「・・・それは」
即座にティアの推測をジェイドが打ち消す。
微妙な空気となるが、それをガイがなだめる。
「ま、まぁまぁ。今はそれは置いておこうぜ」
「にしても、六神将はイオンをどうしたいんだ?
前の時は確か・・・セフィロトってとこに連れて行かれたよな?」
「推測するには情報が少ないですね」
「兎も角、カンタビレと合流しようぜ」
「そうですね」
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2019.12.9