翌日。
ドアのノックする音に、寝ぼけ眼のまま使用人の入室を許した。

「おはようございますルーク様。
今日もいいお天気ですわ」
「・・・おー」
「今朝方、ナタリア殿下から使者が参りまして、ご登城なさるようにとのことでした」

・・・とじょう、登城?
その言葉の意味にルークの意識は覚醒した。

「・・・オレ、屋敷の外に出ていいのか?」
「よろしいようですよ」

今迄の籠の鳥のような生活が嘘のような、呆気ないほどの幕引き。
窓から見える空は昨日と変わらない、つまらないままの空模様だった。

















































































































ーーNo.23 和平への道ーー
















































































































玄関から外に出れば、護衛が付くわけでもなくそのまま城へと向かう事になった。
今迄の軟禁生活は何だったんだと、腹立たしさ半分、自由になった実感が掴めない半分な気持ちのままルークは城門をくぐる。
すると、そこではモースとティアが話し込んでいるようだった。

「それでは第七譜石はアクゼリュスに・・・?」
「そうだ。おそらくルークがアクゼリュスに・・・」
「オレがどうした?」

自分の名前に思わず声をかければモースは驚いたようにこちらに振り返った。

「!これはルーク様。お待ちしておりました。
カーティス大佐は、もう中でお待ちですよ」
「・・・ジェイドが?」
「参りましょう」

そそくさと急ぐモースと共にルークは謁見の間へと向かい、その後からティアも続いた。
到着すればルークを待っていたように皆の視線が集まる。
そこにはキムラスカ国王インゴベルト、王女ナタリア、国務大臣アルバイン、ルークの父ファブレ公爵、マルクト軍ジェイド。

「昨夜緊急議会が招集され、マルクト帝国と和平条約を締結することで合意しました」

謁見の間へ到着早々、アルバインが口火を切る。

「親書には和平条約締結の提案と共に救援の要請があったのだ」
「現在、マルクト帝国のアクゼリュスという鉱山都市が、瘴気なる大地の毒素で壊滅の危機に陥っているということです」
「マルクト側で住民を救出したくても、アクゼリュスへつながる街道が瘴気で完全にやられているそうよ」
「だが、アクゼリュスは元々我が国の領土。
当然カイツール側からも街道が繋がっている。
そこで我が国に住民の保護を要請してきたのだ」
「そりゃ、あっちの人間を助けりゃ和平の印にはなるだろうな。
でもオレに何の関係があるんだよ」

手短に要点を話したインゴベルト、アルバイン、ナタリアの話に内容の理解はした。
したが、やっと自由の身になったと言うのに、自分と条約がどう関わってくるのか見当もつかない。
そんなルークに、父であるファブレ公爵は結論を口にした。

「陛下はありがたくもおまえをキムラスカ・ランバルディア王国の親善大使として任命されたのだ」
「オレぇ!?嫌だよ!もう戦ったりすんのはごめんだ」

冗談じゃない。
またわざわざ命を危険に晒すなんて願い下げだ。
全身でそれを跳ね除けるようなルーク。
腕を組みそっぽを向いたルークに、インゴベルトは手札を切った。

「ナタリアからヴァンの話を聞いた」
「!」
「ヴァンが犯人であるかどうか我々も計りかねている。そこで、だ。
お前が親善大使としてアクゼリュスへ行ってくれれば、ヴァンを解放し協力させよう」
「ヴァン師匠は捕まってるか!?」
「城の地下に捕らえられていますわ」

交換条件。
暗にそう示されている言葉にルークは逡巡する。
また屋敷の外に出れば命の危険がある。
しかし、自分が引き受ければ師匠は解放される。
それにもしかしたら一緒に旅ができるかもしれない。

「・・・わかった。師匠を解放してくれるんなら・・・」
「ヴァン謡将が関わると聞き分けがいいですね」
「うるせぇ」

小声でないジェイドの小言にルークは噛み付く。

「しかしよく決心してくれた。
実はな、この役目お前ではなければならない意味があるのだ」
「・・・え?」
「この譜石ををご覧。
これは我が国の領土に降ったユリア・ジュエの第六譜石の一部だ」
「ティアよ。この譜石の下の方に記された預言を詠んでみなさい」
「・・・はい」

兵士が手にした譜石に、ティアの細い指が当てられる。
そして、第七音素フォニムを使い記された文字を言葉に乗せた。

「『ND2000。
ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王家に連なる赤い髪の男児なり。
名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう』」
「だー!意味分かんねえー!」
「これはルーク、お前の事だ」
「へ?」
「『ルーク』とは古代イスパニア語で『聖なる焔の光』という意味です」
「・・・オレのこと、なのか・・・」

ほのかな音素フォニムの光に包まれたティアをルークは見つめる。
預言スコアは続く。

「『ND2018。
ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。
そこで・・・』・・・この先は欠けています」
「結構。つまりルーク、お前は選ばれたのだ。
超振動という力がお前を英雄にしてくれる」
「英雄・・・オレが英雄・・・」
「今までその力を狙う者から護るため、やむなく軟禁生活を強いていたが、今こそ英雄となる時なのだ」
(「そうか・・・やっぱり師匠の言う通りなんだ」)

船の上で聞いたヴァンの話。
辻褄があった話にルークは目を輝かせた。
しかし、その場で話を聞いていたジェイドだけは眼鏡を押し上げた。

「英雄ねぇ・・・」
「何か?カーティス大佐」
「・・・いえ。それでは同行者は私と誰になりましょう?」

アルバインの問いをはぐらかしたジェイド。
それにモースがいち早く声を上げた。

「ローレライ教団としてはティアとヴァンを同行させたいと存じます」
「ルーク。お前は誰を連れて行きたい?
おおそうだ。ガイを世話係りに連れて行くといい」
「何でもいいや。師匠がいるなら」
「お父様、やはり私も使者として一緒に・・・」
「それはならぬと昨晩も申したはず!」

ナタリアの弾む声をインゴベルトは両断した。
不機嫌顔全開でナタリアはむくれ、その場には何とも言えない空気となる。
しかし、そのやり取りすらルークは聞いていないのかそわそわとしながらインゴベルトに聞いた。

「伯父上、オレ、師匠に会ってきていいですか?」
「好きにしなさい。他の同行者は城の前に待たせておこう」

その言葉を聞くや、ルークはすぐにその場から駆け出して行った。
その後ろ背を、ジェイドは探るようにガラス越しの緋色の瞳を細めるのだった。













































































































バチカル城地下牢。
そこは主に重犯罪者や国家間・国政関係の罪人が主に投獄される。
城内の華やかさとは一転した、暗澹たるそこ。
軽やかに階段を駆け下りたルークは、牢から出されたらしい目的の人物に声を弾ませた。

「師匠!」
「簡単ないきさつはご説明してあります」

見張りの兵はそれだけ伝えると、その場を後にした。
それを見送り、完全に出て行ったことを確認したヴァンはルークと距離を詰めた。

「今ここには私達しかいない。だから私の言うことを落ち着いて聞いて欲しい」
「師匠?」
「私の元へ来ないか?神託の盾オラクル騎士団の一員として」
「・・・師匠?何言ってんだよ?」
「お前はアクゼリュス行きを簡単に考えているだろう。
だが、その役目を果たすことで、お前はキムラスカの飼い犬として一生バチカルに縛り付けられて生きることになる」

今までに見た事がない、ヴァンの真剣で焦りを見せた顔。
それを目にしたルークはたじろいだ。

「ど、どうしてだよ。師匠が言ったんだぜ。
英雄になれば、自由になれるって・・・」
「しかしアクゼリュスはまずいのだ。お前もユリア・ジュエの預言スコアを聞いただろう」
「ああ。オレがキムラスカを繁栄に導くとかって」
「その預言スコアには続きがある。『若者は力を災いとしキムラスカの武器となって』と。
教団の上層部では、お前がルグニカ平野に戦争をもたらすと考えている」

重々しい表情で語るヴァンに、ルークは後退った。

「オレが、戦争を・・・?そんな馬鹿な」
「ユリアの預言スコアは今まで一度も外れたこがない。一度も、だ。
私はお前が戦争に利用される前に助けてやりたいのだ!」
「でもどうしたらいいんだよ・・・オレがアクゼリュスに行かないと街がヤバいんだろ?」

それに唯一尊敬する師匠でさえこのままでは牢獄の中だ。
どうしたら良いのか分からないルークに、ヴァンは安心させるように笑んだ。

預言スコアはこう詠まれている。
お前がアクゼリュスの人々を連れて移動する。
その結果、戦争が起こる、と。
だからアクゼリュスから住民を動かさず、瘴気を無くせばいい」
「瘴気って大地の毒素ってやつだろ?どうやって・・・」
「超振動を起こして瘴気を中和する。その後、私と共にダアトに亡命すればいい。
これで戦争は回避され、お前は自由を手に入れる」
「・・・やれるかな。超振動だって自分で起こせるかどうか」
「私も力を貸す。船の上で超振動の暴走を収めてやったようにな」

そうだ。
あの時、自分ではどうにもできなかったのに師匠が止めてくれたんだ。
その師匠が一緒に来てくれるなら何も心配することは無い。

「・・・わかった。オレ、やってみる」
「この計画のことは、直前まで誰にも言ってはならないぞ。
特にキムラスカの人間に知れれば、お前をダアトに亡命させる機会が無くなってしまう」
「なぁ、師匠はどうしてそんなにオレのことを親身になってくれるんだ?」

不思議だった、ずっと・・・
父でさえ、真っ直ぐに自分を見てくれないのに。
師匠だけはいつも優しかった。
理不尽に怒られた事なんて一度もなくて・・・

「・・・お前は記憶障害で忘れてしまったのだったな」
「・・・オレが何か言ったのか?」

僅かに悲しげなヴァンの表情。
瞳を伏せたヴァンはルークに背を向け、当時を思い出すように続けた。

「私と共にダアトへ行きたい・・・幼いお前はそう言った。
超振動の研究で酷い実験を受けたお前は、この国から逃げたがっていたのだ。だから・・・
私がお前を攫った、7年前のあの日に」
「師匠が!?オレを誘拐したのはマルクトじゃなくて、師匠だったのか!?」
「今度はしくじったりしない。私にはお前が必要なのだ」

振り返ったヴァンは真っ直ぐに自分を見て言い切った。
それは今までどんな仲間にも見たことがない眼差しで・・・

「・・・オレ・・・」

例えそれが、自分の記憶を失うキッカケを作った人物だったとしても。
・・・ひどく心を揺さぶられた。

「・・・オレ、人に必要だなんて言われたの初めてだ。
師匠だけは、いつもオレのこと褒めたり叱ったり、本気で接してくれたもんな。
オレ・・・師匠についてくよ!」
「よし。では行こうか。お前自身の未来を、掴み取るために」
「はいっ!!」























































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2019.11.12