ようやく船旅が終わった。
イオンとの約束も無事に果たせた。
あとは国王に謁見できれば、導師の話を頭ごなしにはね除けはしないだろう。
何もなければ、イオンの考えていた通りに事が運ぶはずだ。
イオンの望みが叶う。
あの時の約束通りに。
だが・・・

「・・・はあぁ・・・」

これから待ち受けるイベントにカンタビレは気重に溜め息をつくしかなかった。













































































































ーーNo.21 栄光の都市バチカルーー














































































































船を下りると、出迎えたのはキムラスカ軍の将官二人だった。
両者とも戦場ではそこそこ名の知れた将校だ。
ま、人の事を言えた義理ではないが。

「お初にお目にかかります。
キムラスカ・ランバルディア王国軍第一師団師団長のゴールドバーグです。
この度は無事のご帰国おめでとうございます」
「ご苦労」

さすがは貴族様、と言った所か。
王族らしいといえばらしいルークの態度だが、自分が仕えるのはごめんだな、とカンタビレは内心ひとりごちる。

(「ま、気安過ぎも考えものか・・・」)

と、古い知り合いを思い浮かべながらカンタビレは小さく嘆息した。

「アルマンダイン伯爵より鳩が届きました。
マルクト帝国から和平の使者が同行しておられるとか・・・」

ゴールドバーグの言葉に、カンタビレの隣にいたイオンがルークの隣へと進み出た。

「ローレライ教団導師イオンです。
マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下に請われ、親書をお持ちしました。
国王インゴベルト六世陛下にお取り次ぎ願えますか?」
「無論です。皆様のことは、このセシル将軍が責任を持って城にお連れします」
「セシル少将であります。よろしくお願いします」

アンバーの髪を結い上げたセシルが声を上げる。
と、ガイはびくりと肩が跳ね、それを見留めたセシルが不思議そうな視線を向けた。

「?どうかしましたか?」
「お、い、いや私は・・・」
「・・・」

動揺を見せるガイに、カンタビレはボソリと呟いた。

「ナンパなら時と場合を考えろよ」
「なっ!?ち、違っ!」
「ガイってば不潔〜」
「・・・最低」
「待て待て待て!俺は何も言ってないだろ!!」
「・・・・・・」

慌てふためくガイにセシルから冷たい視線が返る。
そして、ようやく取り繕うようにガイは咳払いをした。

「ごほん。
失礼しました・・・ガイといいます。ルーク様の使用人です」
「ローレライ教団神託の盾オラクル騎士団情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」
「同じく導師守護役フォンマスターガーディアン所属、アニス・タトリン奏長です」
「・・・」

ティア、アニスと続いた挨拶が、途中で切れる。
順番的に自分なのだろうが、いちいち名乗るのも面倒だと口を噤んでいたカンタビレだったが、
痺れを切らしたゴールドバーグが問うた。

「そちらの方も神託の盾オラクルの方の様ですが?」
「そう見えんとは、この国の質も落ちたもんだな」
「なっ!?」
「カ、カンタビレ・・・」

イオンが困ったように見上げたために、カンタビレは仕方なさそうに溜め息をついた。

「イオン様の御意志により、親書を届ける旅路に同行した。
左に同じく、第六師団師団長。
あんたらにはヴェルトロって名の方が通りが良いかもな」
「!ま、まさか・・・」
「あなたが、猟犬・・・」

目に見えての反応。
両軍人の顔に一瞬走った怯え。
まったく、自分の噂は尾ひれがついてどこまで大袈裟に育ってるんだか・・・
再び溜め息をついたカンタビレは腕を組むと自分の後ろにビッと親指を指した。

「ふん、俺は喧嘩を売りに来たんじゃねぇ。同行だっつってんだろ。
お宅らの本命はコレだろうが」
「おやおや、なんとも雑な振り方ですねぇ」

そう言って一歩踏み出したジェイドは二人の将官の前に進み出た。

「マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティスです。
陛下の名代として参りました」
「貴公があのジェイド・カーティス・・・!」
「ケセドニア北部の戦いではセシル将軍に痛い思いをさせられました」
(「よく言う・・・」)

慇懃な態度にカンタビレは呆れ返る。
数年前に発生したあの紛争では、自分も参戦する羽目になった。
が、結果と言えばダアトが介入する必要はなく、マルクトの圧勝という惨状だったのだ。
それを身に染みて分かっているだろうセシルは苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、言葉を絞り出した。

「ご冗談を・・・私の軍はほぼ全滅でした」
「皇帝の懐刀と名高い大佐が名代として来られるとは・・・
なるほど、マルクトも本気という訳ですか・・・」
「国境の緊張状態がホド戦争開戦時より厳しい今、本気にならざるを得ません」
「・・・」

軍人同士の会話にひときわ表情の固いガイは口を引き結ぶ。
だがそれに気付く者はなく、ゴールドバーグは話を打ち切った。

「仰る通りだ。では、ルーク様は私共バチカル守備隊とご自宅へーー」
「待ってくれ!
オレはイオンから伯父上への取り次ぎを頼まれたんだ。オレが城へ連れて行く」
「ありがとう。心強いです」
「ルーク、見直したわ。
あなたも自分の責任をきちんと理解しているのね!」
「う、うん・・・まあ・・・」
「・・・・・・」

ルークの態度にカンタビレは不審気な視線を向ける。
今までがワガママ全開だったにもかかわらず、ここに来て彼が自分から進んで行動するなど初めて見た気がした。

「承知しました。ならば公爵への使いをセシル将軍に頼みましょう。
セシル将軍、行ってくれるか?」
「了解です」

だが、今更どうこう言ったところで始まらない。
それにこのまま案内してもらったほうがイオンにプラスに働くのならその方が得策だろう。
一応、傍には懐刀が控えているのだ。
表立ったような事は向こうもしまい。
そう結論づけたカンタビレは、皆が歩き出す中一人足を止めた。

「イオン様、申し訳ありません」
「カンタビレ、どうかしましたか?」
「俺はここで部下と落ち合うことになってまして・・・」
「そうなのですか?」
「ええ、最後までお供できず申し訳ありません」

大丈夫です、というイオンにカンタビレは頭を下げた。
そして顔を上げるとガイが爽やかな笑顔で手を差し出した。

「残念だな、カンタビレとはゆっくり話したかったんだが」
「その余力は主人の世話に回してくれ」
ーーパンッーー

軽く手を打ち合って皮肉を返されたガイは苦笑を返す。
それをガイの後ろで聞いていたルークは口を尖らせる。

「けっ、オレに世話はいらねーっての」
「オツムには必要だろうが」
「なんだとっ!」

その言葉にルークは怒り狂うが、ガイがまぁまぁと宥める。
そして今度は入れ替わるようにアニスが猫被りモード全開でカンタビレに近付いた。

「ここまで助かりました、カンタビレ師団長v」
「少しは仕事を全うしろよ、奏長」

頭をポンポンと撫でられ、子供扱いにアニスはぶーぶーと呟く。

「・・・カンタビレさん、もうお別れですの?」
「主人を守んな」
「はいですの!」

ティアの腕の中にいるミュウを一撫でし、視線を上げれば深海色の瞳とかち合う。

「ありがとうございました、カンタビレ教官」
「生真面目も程々にな」

額をポンと叩いたカンタビレにティアは顔を赤くして頷く。
そのまま踵を返そうとしたカンタビレに、嫌みったらしい声がかかる。

「おや、私にはないんですか?」
「・・・借りは返す」
「そのままでも構いませんよv」
「嫌いな奴に貸しを作っとくほど腑抜けてないんでね」

ぴしゃりと言い返したカンタビレにこれは手厳しいと笑ったジェイド。
偽りの仮面を纏う男にこれ以上付き合ってられるかと、カンタビレは視線を外す。
そして、再びイオンの前に片膝を付く。

「それではイオン様、ご無事にお務め果たしくださいませ」
「はい、ありがとうございました」

柔らかく笑うイオンに、カンタビレは今度こそその場を後にした。
カンタビレと別れたルーク達は、天空滑車へと乗り込み街中へと降り立った。

「ここが・・・バチカル?」

周囲を見渡すルークが、ポツリと零す。
見るもの全てがどれもこれも目新しい物ばかり。
他のメンバーと同じ反応をするルークに、ガイは首を傾げながら問う。

「なんだよ。初めて見たみたいな反応して」
「仕方ねえだろ!覚えてねえんだ!」
「そうか・・・記憶失ってから外には出てなかったけな」
「すっごい街!縦長だよぉ!」
「チーグルの森の何倍もあるですの」
「ここは空の譜石が落下して出来た地面の窪みに作られた街なんだよ」
「自然の城壁に囲まれてるって訳ね。合理的だわ」
(「くそ・・・ちっとも帰ってきた気がしねえや」)

ガイの説明に一行は感心しながら街中を進む。
だがルークだけは、懐かしさなど微塵も感じる事が出来ないまま、落ち着かない心中を誤魔化すように歩みを早めた。

















































































































「・・・なるほど。そいつはあたしらの得意分野だ」
「報酬ははずんでもらうでゲスよ」
「しかしこいつは大仕事になりますね、ノワール様」

なかば観光のように街中へ進んだ時だった。
見覚えのある3人組、漆黒の翼が神託の盾オラクル兵と話し込んでいる所をルークが見つけた。

「なんだ、またスリでもしようってのか?」
「!で、では頼むぞ!失礼します、導師イオン!」

目に見えて動揺しながら、神託の盾オラクル兵はイオンに敬礼を返すとそそくさとその場を立ち去った。
その一部始終を見ていた漆黒の翼の女が企み顔で、イオンを見つめる。

「へぇ〜、そちらのぼっちゃまがイオン様かい」
「何なんですか、おばさん!」
「つるぺたおチビは黙っといで」
「んな!?」

イオンの前に立ち塞がったアニスはまるで威嚇するように視線を鋭くするが、
対峙している女の方は余裕顔を残しルーク達に背を向けた。

「楽しみにしといで、坊やたちv
行くよお前達」
「「へい!」」

取り巻きらしい男2人を引き連れ、女は立ち去っていった。
それを怒り収まらぬアニスが地団駄を踏みそうな勢いで苛立ちを見せた。

「何なのあいつら!サーカス団みたいなカッコして!」
「そういや、あいつらどことなくサーカス団の『漆黒の夢』に似てるな。
昔、一度見たきりだから自信はないが・・・」
「なんだよ!おまえオレに内緒でサーカスなんか見にいってたのかよ!」
「あ、ああ。悪い悪い」

怒るルークにガイは苦笑しながら宥めにかかる。
去って行く3人組に、ジェイドは不審気にその後ろ背を見送った。

「・・・気になりますね。妙な事を企んでいそうですが」
「・・・ええ。それにイオン様を気にしていたみたい。
どうかお気をつけて、イオン様」
「はい、わかりました」

天空滑車と昇降機を乗り継ぎ、ルーク達は王城の前へと辿り着いた。
光の都、バチカル城。

「ただいま大詠師モースが陛下に謁見中です。
しばらくお待ちください」

イオン達を引き連れたルークに、衛兵が進行を阻んだ。

「モースってのは戦争起こそうとしてるんだろ?
伯父上に変な事を吹き込まれる前に入ろうぜ」
「お止めください!」
「どけ」

衛兵を押し退け、ルークは謁見の間の荘厳な扉を押し開いた。
広々とした空間。
そこには3人の男が話をしているようだった。

「マルクト帝国は首都グランコクマの防衛を強化しております。
エンゲーブを補給拠点としてセントビナーまでーー」
「無礼者!誰の許しを得て謁見の間にーー」
「うるせえ!黙ってろ!」

無断で入ってきたルークの態度に内務大臣アルバインは渋面を作る。
すると玉座に座っていた壮年の男が、驚いたようにルークを見た。

「その方は・・・ルークか?シュザンヌの息子の・・・」
「そうです、伯父上」
「そうか!話は聞いている。よくマルクトから無事に戻ってくれた。
すると横に居るのが・・・」
「はい、ローレライ教団の導師イオンとマルクト軍のジェイドです」

インゴベルトがルークの隣に視線を移すと、紹介を受けたイオンが一歩進み出た。

「ご無沙汰しております、陛下。イオンにございます」
「導師イオン・・・お、お捜ししておりましたぞ・・・」

目に見えて狼狽するモースに、イオンは鋭く一言クギを刺すに留めた。

「モース。話は後にしましょう。
陛下、こちらがピオニー九世陛下の名代ジェイド・カーティ大佐です」
「御前を失礼致します。
我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました」

膝を折り、親書を差し出したジェイドからアルバインが受け取る。
それを確認すると、ルークは声を大にしてインゴベルトへ言った。

「伯父上。モースが言ってる事はデタラメだからな。
オレはこの目でマルクトを見てきた。
首都には近づけなかったけど、エンゲーブやセントビナーは平和なもんだったぜ」
「な、何を言うか!私はマルクトの脅威を陛下にーー」
「うるせえ!戦争起こそうとしてやがるんだろうが!おまえマジうぜーんだよ!」

恫喝に近い怒鳴りにモースは怒りに顔を染めるが、図星の為か、相手の立場の為か碌に言い返すこともできずぐっと言葉を呑み込む。

「ルーク、落ち着け。こうして親書が届けられたのだ。
私とて、それを無視はせぬ。
皆の者、長旅ご苦労であった。まずはゆっくりと旅の疲れを癒されよ」
「使者の方々のお部屋を城内にご用意しています。
よろしければご案内しますが・・・」

アルバインの言葉に、少々考え込んだイオンがルークを見やる。

「もしよければ、僕はルークのお屋敷を拝見したいです」
「オレの?別にいいけどよ」
「ではご用がお済みでしたら城へいらしてください」
「ティアは残りなさい。
例の件、お前から報告を受けねばならぬ」
「モース様、わたしにはルークをお屋敷に届ける義務がございます。
後ほど改めてご報告に伺います」
「・・・よかろう。それでは陛下、私はこれで失礼します」

モースはインゴベルトへ頭を下げその場を後にする。
去り際にルークへ悔し気な一瞥を投げたが、それだけに留めそそくさと退散していった。

「やっぱりモースの野郎、戦争を起こそうとしてるみたいだな。
マルクトの事でデタラメな事を伯父上に吹き込んでいたぜ」

謁見の間を後にしたルークが、苛立たし気に去り際のモースを思い出し吐き出した。

「ともかく陛下は親書を受け取って下さった訳ですし。
お言葉通り、無碍になさる事もないでしょう」
「あとでもっとちゃんと話できるように言っておいてやるよ」
「頼もしいですねぇ。さすがの七光りです」
「いちいちカンに触るヤツだな・・・」

ジト目でジェイドを見やればルークに返されたのはあの腹の底が読めない笑みだけだった。

「これは失礼。実際助かりました。あなたのおかげです」
「へっ、調子いいこと言いやがってよ」














































































































一方その頃。
宿屋に到着したカンタビレはようやく一息ついていた。
一人でいる空間は静かで、何かに気を煩わせることもない。
流石は栄光の都市と謂われるだけあり、窓も大きく風格のある部屋だ。

ーーコンコンーー

ノック音にカンタビレは立ち上がる。
ゆっくりとドアに近づき、そしてドアノブを回そうとした。
瞬間、

「よっ!」
ーータン、キィン!ーー
「のわっ!」

窓に向かって放たれた二本の短剣。
一本は壁に刺さり、もう一本はいつの間にか侵入した小柄な人物の双剣で阻まれた。
そいつは不恰好に背中からひっくり返っていたが・・・
呆れたように溜め息をついたカンタビレは、今度こそドアを開いた。
廊下にはマントを羽織った銀髪の女性が立っていた。

「だから言ったんです。普通にこちらから入るようにと」
「それじゃ面白くないじゃん!」

カンタビレの背後から憤然とした声が響く。
だが、その声を気にする事なくカンタビレは銀髪の女性に向け気を許した笑みを向けた。

「よ、アース。暫くだったな」
「あなたからの呼び出しだから」

アースと呼ばれた女性は柔らかく微笑む。
そこらの男だったらすぐにでも落とせる、まるで女神の微笑み。

「ま、話は後だ。先に済ませてくれるか?」
「もちろん」
「ヘルメス、大人しくしとけよ」
「もっちん☆」

部屋で胡座をかいた侵入者は、それまで被っていたフードを外す。
現れたのは少年というにふさわしい面立ち、結われた紺碧、眼鏡越しに映る先を見通すような深緑の瞳だった。
























































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2019.2.1