「さて、まずは損傷具合をーー」
ーーチャキッーー
カンタビレを横抱きに、医務室に連行し終えたジェイドの言葉は突き付けられた切っ先に阻まれた。
「これ以上は要らん」
「おや、一応医師免許も持っていますよ?」
「処置ぐらい、一人で十分だ。
それに万が一に、襲撃があってイオン様を守る戦力はアレだけでは万全じゃない」
味方に向けるには不穏な鋭い眼光。
まるで手負いの獣のようなそれ。
しかし、その者の口から語られる第一優先は常に決まっていた。
「私を当てにしてると?」
「曲解するな。
和平の使者が教団のトップをキズモノにして和平交渉ができるとお粗末にでも考えてんのか?」
言外の脅し。
それが分からないジェイドではない。
頑として譲らないカンタビレに、ジェイドの深紅の瞳が見据える。
強い意志が込められたアメジストの瞳。
決して折れない気高いまでの、その姿勢。
それは昔、とても穏やかな者だったものと一瞬重なった。
「はぁ・・・仕方ありませんねぇ。
では、先にあなたから渡されたコレに目を通しておきましょう」
「・・・そうしてくれ」
諦めたジェイドのため息を追い返し、医務室にはカンタビレが残った。
その後、似たようなため息が医務室に響くのだった。
ーーNo.20 無策な襲撃者ーー
医務室で処置と着替えを終えたカンタビレが船室に向かうと、そこではジェイドが解析結果に目を通していた。
イオンがこちらに気付いたことで、カンタビレは安心させるように淡く笑む。
「カンタビレ、戻ったんですね」
「ご心配をおかけしました、イオン様。
俺はだいぶ聞きそびれましたか?」
「いや、そうでもないさ。
ジェイドが解析結果に目を通しているところだ。
でもあれは、カンタビレが受け取ったはずじゃなかったか?」
「あのどさくさに紛れて渡しておいたんだ。
シンクの襲撃目的は読めてたしな」
「うえー、カンタビレってば、怖っ」
「せいぜい気をつける事だな」
ニヒルな笑みに、アニスはビクついてイオンに身を寄せる。
アニスを苦笑しながら宥めるイオンをそのままにカンタビレは壁に背中を預けた。
そして解析結果を捲り終えたジェイドは説明を始めた。
「どうやら同位体の研究のようですね。
3.14159265358979323846・・・これはローレライの音素振動数か」
「ローレライ?同位体?音素振動数?訳わからねー」
「ローレライは第七音素の意識集合体の総称よ」
「音素は一定以上数集まると自我を持つらしいですよ。
それを操ると高等譜術を使えるんです」
「それぞれ名前がついているんだ。
第一音素集合体がシャドウとか第六音素がレムとか・・・」
「ローレライはまだ観測されていません。いるのではないかという仮説です」
「はー、みんなよく知ってるな」
一人感心するルーク。
それに微妙な間が空き、ガイがフォローするように苦笑する。
「まぁ・・・常識なんだよ、ホントは」
「仕方ないわ。これから知ればいいのよ」
「なんか・・・ティアってば突然ルーク様に優しくなったね」
ジト目で見返すアニスにティアは明らかな動揺を見せながらも、口では懸命に否定した。
「そ、そんなことないわ。
そ、そうだ!音素振動数にはね全ての物質が発してるもので、指紋みたいに同じ人はいないのよ」
「ものすごい不自然な話の逸らせ方だな・・・」
「ガイは黙ってて!」
「はひ!」
(「・・・タヌキの情報部でこの程度なら敵じゃねぇな。
部隊に持つならこの辺は指導要ってとこか」)
ずいっと身を寄せたティアに、距離が開いていたはずのガイは身を竦ませ、さらに船室の端へと飛び退いた。
そして壁際でやり取りを聞いていたカンタビレは、一人心中で敵対相手の勢力分析と部隊強化策を巡らす。
「同位体は音素振動数が全く同じ二つの個体の事よ。人為的に作らないと存在しないけど」
「ふーん、なるほどな」
ティアの説明に納得した風のルーク。
ジェイドもそれ以上語らない所をみると、どうやら解析結果はそれ以上のことは記されていないらしい。
説明を聞き終えたカンタビレは苦々しく呟いた。
「同位体なんざ厄介なものを・・・」
「ええ、同位体がそこらに存在していたら、あちこちで超振動が起きていい迷惑ですよ」
ジェイドが眼鏡を押し上げる。
そのやり取りにルークの肩が跳ねた。
それを目敏く見つけたカンタビレだったが、それ以上の反応がなかったため捨て置く。
「確か同位体研究は兵器に転用できるので軍部は注目していますね」
「昔研究されてたっていうフォミクリーって技術なら同位体が作れるんですよね?」
ティアに続いたアニスの言葉に部屋の空気が僅かに止まる。
カンタビレは腕を掴んだ手に力を込め、静かにアメジストの瞳を伏せた。
古傷を掠める、忌まわしい記憶。
「フォミクリーって複写機みたいなもんだろ?」
「いえ、フォミクリーで作られるレプリカは、所詮ただの模造品です。
見た目はそっくりですが、音素振動数は変わってしまいます。
同位体はできませんよ」
ガイの言葉をきっぱりと否定したジェイド。
それを聞きながら、カンタビレは胸をよぎる痛みを奥へ奥へと押し込める。
そして自身の理解の範疇外の話題に、ルークが騒ぎ始めた。
「あーもー!訳わかんねっ!難しい話はやめようぜ。その書類はジェイドがーー」
ーーバタンッ!ーー
「た、大変です!
ケセドアニア方面から多数の魔物と・・・正体不明の譜業反応が!」
突如、部屋に入ってきた伝令のキムラスカ兵。
瞬間、カンタビレの纏う空気が一変する。
次いで部屋に神託の盾兵が侵入してきた。
が、
ーードサッドサッドサッーー
「襲撃が早すぎるな」
ーーパチンッーー
倒れたキムラスカ兵と神託の盾兵を見下ろし剣を鞘に戻す。
だが見られているような視線に、カンタビレは首を巡らせた。
すると、皆が呆気にとられた様子でこちらを見つめていた。
「なんだ?」
「・・・つぇえ・・・」
「あ?」
ルークの呟きに、やや不機嫌そうなカンタビレの返事が返る。
「い、いや。カンタビレが早すぎだなって・・・」
「ヒヨっ子相手だ、当然だ」
「でもキムラスカ兵まで倒す必要あったのか?」
「邪魔だったんだ。それに背後から迫られてるのに気付けないこいつがトロい」
「うはー、隠居してたのにこの強さは反則ですよぅ」
引き気味のアニスを捨て置き、カンタビレは昏倒させた神託の盾兵を拘束する。
それを手伝うティアが、まさか、とカンタビレに問う。
「イオン様と親書をキムラスカに届けさせまいとしてるんでしょうか?」
「・・・」
「船ごと沈められたりするんじゃねぇか?」
「ご主人様、大変ですの!ミュウは泳げないですの!」
「うるせぇ、勝手に溺れ死ね!」
ルークがミュウを蹴り飛ばす。
それを見咎めたティアがルークに小言を零し、ガイが宥めるいつもの騒がしいやり取り。
これ以上の面倒な会話を打ち切ろうとカンタビレはジェイドを見た。
「どう見る?」
「そうですね・・・
水没させるつもりもないようですし、このタイミング、計画性があるとは思えません」
「なら船橋を確保すればいいな?」
問題ないでしょう、と眼鏡を押し上げたジェイドにカンタビレはまた厄介事かと深々と嘆息した。
「神託の盾の奴ら、そんなに戦争させたいのかよ。
めんどくせーな」
「面倒くさがらずに、行きますよ」
魔物と残りの神託の盾兵を倒し、拘束をキムラスカ兵に任せ探索を続ける。
乗っている連絡船が小さいことが幸いしたか。
探す手間も省け、後は首謀者を見つけ出すだけだ。
だが、カンタビレにはこのような無駄で無意味で無策な追撃をしてくる相手に心当たりがあった。
大変、不本意だが。
(「なんだってこんな時に・・・」)
最後の捜索場所である甲板と船橋に向かいながら、悪い予感が当たりそうだと気分は降下していく。
「もー!どうして襲ってくるのー!」
「海上で襲われたら逃げ場が無いわ。
もしかしたら、敵の狙いはそこだったのかもしれないわね」
「どうだかな」
「ただ無計画なだけでしょう」
二者の重なった発言に、それぞれ視線が返される。
「どうしました、カンタビレ?」
「いえ、別に・・・」
「大佐も、なんだかテンション低くないですか?
さっき自分で面倒くさがらずって言ってたのに」
「気のせいですよ。それこそ面倒なことになる前に船橋に急ぎましょう」
「そうね。急ぎましょう」
納得したように皆は歩みの速度を戻す。
が、とある者らだけは鉛のように足が進まない。
(「この一件計画性のありそうな、そのくせ、胡散臭い襲撃・・・」)
(「あのバカしかいねぇよな・・・」)
両者の思惑は数分後に的中することとなる。
「ハーッハッハッハ!ハーッハッハッハ!」
耳障りな笑い声が空から響き渡る。
やっぱりか、というカンタビレの予想通り、その声の主が上から現れた。
そこには、自分に陶酔しているような男が、自身の胸に指を当てこれ見よがしなポーズを決めていた。
「野蛮な猿ども、とくと聞くがいい。美しき我が名を!
我こそは神託の盾六神将、薔薇のーー」
「おや、鼻垂れディストじゃないですか」
「薔薇!バ・ラ!薔薇のディスト様だ!」
「死神ディストでしょ〜」
続いたアニスの声に金切り声が響く。
「黙らっしゃい!そんな二つ名、認めるかぁっ!
薔薇だ、薔薇ぁっ!」
「なんだ、知り合いなのか?」
浮遊椅子に座りながら、器用に地団駄を踏んでいる男を指したルークの問いかけにアニスは首を縦に振る。
「私は同じ神託の盾騎士団だから・・・でも、大佐は?」
「そこの陰険ジェイドはこの天才ディスト様のかつての友」
「どこのジェイドですか?そんな物好きは」
「何ですって!?」
「ほらほら、怒るとまた鼻水が出ますよ」
「キィーーー!!出ませんよ!」
二人の楽しげ(?)なやりとりにカンタビレは一応かけていた柄から手を離した。
あほらし、置いてけぼりだな、というルークとガイの小言がばっちりとジェイドの耳に届いていることに二人は気付いていないだろう。
あえて言うつもりもないが。
「・・・まあいいでしょう。
さあ、音譜盤の解析結果を出しなさい!」
「なんだ、海水浴したシンクからデータを受け取らなかったのか?」
馬鹿にしたように腕を組んだカンタビレの姿に、ディストは目くじらを立てた。
「カンタビレ!あなたよくも邪魔してくれましたね!」
「おかげで俺の暇潰しがなくなった。本代、弁償しろ」
「シンクに言いいなさい!偽物を渡すなんて卑怯ですよ!」
「勝手な勘違いしたのはそっちだろうが。
ご丁寧に本物だと宣言してやるほどお人好しじゃねぇんだよ」
「お探しの物はこちらですか?」
そう言ったジェイドは紙の束を手に取って見せた。
瞬間、浮遊椅子に座ったディストがさっと奪い取る。
ジェイドとカンタビレ以外が驚愕の顔をする中、ディストはしたり顔をみせる。
「ハハハッ!油断しましたねぇジェイド!」
「差し上げますよ。その書類の内容はすべて覚えましたから」
(「・・・だろうと思った」)
そうでなければ、迂闊に差し出すわけがないだろう。
涼しげなジェイドの笑顔に、ディストはみるみる怒りに表情を染めた。
「ムキーーーーー!!猿が私を小馬鹿にして!
この私のスーパーウルトラゴージャスな技を食らって後悔するがいい!」
その言葉に、上から機械人形が飛び降りてきた。
色々面倒になったカンタビレは、助太刀は無用だと判断し戦いを他のメンバーに任せ、イオンを安全な場所へと誘導した。
「さ、イオン様どうぞこちらへ。
時間はかからないと思いますが、どうぞお座りください」
「はい・・・あの、カンタビレは行かなくていいんですか?」
空き箱の上に座ったイオンの心配そうな声に、隣に並んだカンタビレは愚問だとばかりに頷いた。
「俺が行く必要ないでしょう。
友人同士の戯れに無粋な横槍は趣味じゃないので」
「た、戯れですか・・・」
機械人形の腕が出す空気が唸る音は、間違いなく当たれば致命傷は免れない。
戯れなどとはほど遠い戦闘状況を見ながら、イオンは乾いた笑みを浮かべるしかない。
だがカンタビレの言う通り、しばらくして戦いは終わった。
無策な襲撃者は遠い彼方へ飛ばされて行ったが、それを誰も見送る事なくこちらに歩いてくる。
「イオン様、もう安全でしょうが念のため皆と一緒にいてください」
「あなたはどうするのですか?」
「一応、船橋を見て参ります」
そう言ってイオンの背中を押し、皆の元へと送る。
そして、歩き出そうとしたところで背後からブーツの音が響いた。
「いや〜、実力が分かっている方がいると助かります」
「喧嘩なら高値で買ってやるぞ?」
怖いですねぇ、とうそぶくジェイドにカンタビレの視線が鋭くなる。
その時、ガイの声が響いた。
「なんだ、カンタビレも船橋に行くのか?」
「・・・ああ、俺もいーー」
ーーガシッーー
「ガイ、私達は用事ができてしまったので船橋は任せます」
「は?」
「お願いしますねv」
「わ、分かったよ」
満面の笑顔にガイは顔を強張らせて頷く。
彼を見送り、カンタビレは全身から怒りのオーラを昇らせた。
「おい、放せ」
「聞こえませんねぇ」
「俺は歩ける」
「完治していないでしょう?」
「・・・・・・」
いちいち癇に障る。
腕を取るその背中に、殺意さえ芽生える。
「恐らくもう襲撃はないでしょう。バチカル到着までは安静にしてて下さいねv」
「・・・貸しにはせんぞ」
腕を振りほどいたカンタビレは肩を怒らせて立ち去る。
ゆっくりと歩き出した背中を柔らかく見つめていたのを知る者は誰もいなかった。
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2019.1.21