ダアトにいた間で覚えているのは、常にこちらの安全確保に余念がなかったということ。
前導師の守護役補佐だったこともあってか、時折、現導師守護役フォンマスターガーディアンに指導する姿も頼もしいもので。
不逞の輩はもとより、大詠師派との派閥抗争の心労さえ梅雨払いしてしまう有能さ。
一言で現せば、『鉄壁』
だがそれは、いつ休んでいるのか分からないほどでこちらが心配してしまうほど・・・
しかし気遣いの言葉は、上手くかわされ最後はこちらの心配で終わる。
それはエンゲーブへ左遷された後も、部下達へ引き継がれ今も続いている。
自分はいつか、この忠義へ報いることができるのだろうか・・・
































































































































































ーーNo.19 鬼ごっこに空中ダイブからのお姫様抱っこーー
































































































































































外へ出るとまた熱気に包まれた。
そして、街に戻る階段を下りながらカンタビレは解析機にかけた音譜盤フォンディスクをガイに渡した。

「ほれ」
「これは?」
「いつまでも物欲しそうな目で見られるのはごめんだからな」
「ははは、気付いてたか。珍しい模様だったからつい、な」

そう言って受け取ったガイは、しげしげと音譜盤フォンディスクを眺める。
その横顔は無邪気な少年そのもの。
そんなものにどうしてそこまで夢中になれのか、果てしなく謎だ。
と、キムラスカ兵がこちらに向かって走ってきた。

「こちらにおいででしたか。
船の準備が整いましたのでキムラスカ側の港へーー」
「!イオン様!」

瞬間、カンタビレはイオンを腕に庇う。
そして、キムラスカ兵に足払いをかけた。

「うわっ!」
ーーガシャンッ!ーー

直前までキムラスカ兵の頭があった部分を何かが通る。
鎧が地面に叩き付けられる音に皆の注意が兵士に向く。
が、カンタビレだけは襲撃して来た者の姿を目の端に捕らえた。
しかしイオンを抱えたままでは何もする事ができない。
そして襲撃者はすぐに進路を変え、音譜盤フォンディスクを持っていたガイの腕に掌底を打ち込む。
不意を突かれた攻撃に、ガイの手から音譜盤フォンディスクが転がり落ちた。
すかさずそれを拾った襲撃者、シンクはこちらに振り返る。

「解析結果も渡してもらう」
「ここで諍いを起こしては迷惑です。船へ!」

ジェイドの言葉に皆が走り出す。
カンタビレはイオンをアニスに任せると、シンクの死角からジェイドに呟く。

「俺が囮になる」
「任せていいのですか?」
「ふん、封印術アンチフォンスロット食らった奴より使える」

それはそれは、と面白そうに眼鏡を押し上げるジェイド。
すれ違う間際、カンタビレは小さく呟いた。

「イオン様を頼む」

ジェイドが小さく頷いた姿を確認すると、カンタビレはシンクへ歩み寄った。

「どきなよ」
「聞けない相談だ」

対峙した深緑と暗紫。
周囲には騒ぎを聞きつけた野次馬が集まり始めていた。
この場でやり合うには具合が悪いか。

「次は容赦しないと言ってやったろ?」
「あんたに関係ないだろ」

やはりこれ以上は無駄かと、やる気満々の相手にカンタビレは懐に手を入れた。

「そんなに大事なもんのようだな、コレは」
「それを渡せ!」

怒気にじませるシンクに、カンタビレは不敵に笑んだ。

「欲しいなら・・・」
「!逃がすか!」
「奪ってみろ!」

路地に身を翻したカンタビレを追い、シンクもその後を追い出した。












































































































カンタビレと別れ、他のメンバーは用意された船へと走る。
直前の出来事に、ルークは先頭を走るジェイドに叫んだ。

「おい!どうすんだよ!」
「兎も角、船へ急ぎます」
「カンタビレを置き去りにするのか!?」

最後尾のガイが息を弾ませながら、僅かな非難を含ませる。
しかしジェイドの顔色は変わらなかった。

「囮になると言いました。
それに、あの人ならどうにかしてバチカルにも辿り着けるはずです」

程なくして、用意された船に乗船できた。
ルークは息を切らせて空を仰ぐ。

「だぁー!つ、疲れた・・・」
「どうにか、船には乗れたけど・・・」
「このまま出航しちゃうのかな?」
「カンタビレ・・・」

不安気にイオンは街並みを見つめる。
しかし、いくら辺りを見回しても探し人の姿はない。
敵襲に備え皆は辺りを警戒する。
しかし、すぐに出航ということもできずただ、時間だけが歯痒くゆっくりと過ぎて行く。
と、

「どこに行くんだ?ジェイド?」
「船長と話をしてきます」
「話って・・・カンタビレを助けに行かないのか?」
「地理に疎い我々が行っては、囮となったカンタビレの意味がありませんよ」
「それはそうだが・・・」

歯切れ悪く答えるガイ。
他のメンバーも一様に不安な面持ちを見せる。
それを見たジェイドは小さく嘆息すると、眼鏡を押し上げた。

「少々、考えがあります」
「考え?」
「ええ。気付くかどうかは、あの人次第でしょうがね」

ジェイドはただそれだけ答えると船橋へと姿を消した。
その頃。
カンタビレとシンクは文字通りの鬼ごっこが展開されていた。
しかし、入り組んだ道では碌な攻撃もできず、シンクの盛大な舌打ちが響く。

「ちっ!」

いい気味だとばかりに、カンタビレは走り続ける。

(「そろそろ船に着いたか・・・!」)

縦横無尽な細道を出鱈目に走りながら独白する。
イオンは無事に船に乗れただろうか?
どのタイミングで船に向かおうか考えていた。
その時、

ーーボーーーッ!ーー

出航を知らせる汽笛に、カンタビレは進路を変えた。
視界は薄闇から光に包まれる。
細い裏道から大通りに出ると潮風に包まれた。
勢いを殺して地面を滑り、カンタビレは振り返る。
間をおかず、シンクが追いついた。

「ここまでだよ」
「・・・どうかな?」

にじり寄るシンクに、カンタビレは後ろに下がる。
が、すぐに足場はなくなり、背後は海原。
これ以上の逃げ場はない、とシンクは構えた。

「さぁ、分析結果を渡してもらうよ」

その言葉に、カンタビレは懐から紙束を取り出した。
そして、

「ああ、渡してやる・・・よ!
「なっ!!」

紙束は青空に大きな弧を描く。
シンクがそれに気を取られた瞬間、カンタビレは桟橋に向け走り出す。
コマ送りのように景色が後ろに流れて行く。

「逃すか!唸れ烈風、大気の刃よ切り刻め、タービュランス!」

しかしシンクは海へと落ちる紙束は追わず、その無防備な背中めがけ譜術を発動する。
そして、

「なっ!?」
ーーザパーーーン!ーー

が、直撃の間際、カンタビレは足元の桟橋を斬撃で破壊する。
豪快な水柱が上がった。

「何!?」

飛沫から現れたのは、桟橋の破片に乗りシンクの譜術を利用したカンタビレが飛び出す所だった。
そして、それは出航した船へと向かっており、追跡は不可能な事実は明白。

「ちっ・・・」
「なんだぁ?シテやられたってか、情けねぇ」

シンクの背後、薄暗い物陰から男の声が響く。
それに一瞥を返したシンクは、鼻を鳴らした。

「ふん、手傷は負わせた。
それに任務は遂行し、完了した。念の為の解析結果もーー」
「それはコレのことか?」

拾ってやったぜ、と薄ら笑いを浮かべる男にシンクは仮面の下で忌々しそうな表情を浮かべ、盛大に舌打ちした。

「礼は言わないよ」
「いやいや、俺は真面目な相手をおちょくる趣味はねぇよ」
「・・・」
ーーバシッーー

説得力に欠ける態度で男はそう告げると、その姿は消える。
それを見送ることなく、シンクは海水に濡れた目的の物のページをめくった。












































































































耳に届くのは船が砕くさざ波の音、そして自分の多少乱れた鼓動。
甲板に腰を降ろしたカンタビレを皆が囲んでいた。

「にしても、カンタビレは無茶がすぎるぜ」
「ホ〜ント。まさかシンクの譜術をぶっ放した勢い使って飛び乗るなんて」

ガイとアニスの言葉に、肩で息をついたカンタビレは片手を振って返した。

「カンタビレ、大丈夫ですか?」
「イオン様こそ、お怪我は・・・ありませんね?」

気遣うイオンにカンタビレはすぐに問い返す。
はい、というイオンにカンタビレはホッとしたように肩の力を抜いた。

「カンタビレ教官、怪我はありませんか?」

膝をついたティアだが、不要だとばかりにカンタビレは片手で行動を遮った。

「俺のことより、イオン様を船室にお連れしろ。
潮風はお体に障るだろうが」

その言葉に、慌てたように分かりました、と言うティアだがイオンが不安気な表情を浮かべる。

「カンタビレは一緒に来ないのですか?」
「俺は、鬼ごっこのおかげで汗だくな上、こんな濡れ鼠ですからね。
着替えてから向かわせていただきます」
「え、でも・・・」
「あー、うっせぇな。
後で来るってんだから、オレ達は先に部屋で休もうぜ」

ルークのわがままっぷりに、不承不承、イオンは同意すると他の面々を連れ歩き出した。
今回ばかりは自分に有利に働いたわがままにカンタビレは薄く笑う。
そして消えた姿にようやく体の力を抜こうとした。
が、まだその場を動かない人物がいた。

(「そうだった・・・」)

彼には言うべきことが残っていた。

「イオン様の事、礼を言う。それと気の利いた機転もな」
「いえ、それほどでも」
「あんたも船室に戻れよ」
「私にはやることあるので」

何をだ?と疑問符を浮かべるカンタビレに、膝を折って視線を合わせたジェイドは人を食った笑みを浮かべた。
嫌な予感に思わず身を引く。
が、背後はすぐに欄干。逃げ場はない。

「な、何だ・・・」
「では、医務室に行きましょうか」
「は?何を言ってる」
「私の目は節穴ではありませんよ」
「言われている意味が分からん」

眉間に皺を寄せるカンタビレだが、ジェイドは不気味な笑顔を変えない。

「これでも隠し事を見抜くのは得意なんですv」
「何を隠すーーって、おい!

浮遊感に包まれたカンタビレは声を荒げた。
横抱きにされた醜態を晒している状況に、怒りに血が上る。
思わず、腰の剣に手が伸びた。

「放せってのがーー」
「騒ぐとイオン様に気付かれますよ」

ぼそりと言われた言葉に、カンタビレの動きがぴたりと止まる。
静かになったことで、ジェイドは歩きながら話を続けた。

「全く、無茶をしたものですよ」
「覚えがねぇ、んなこと」
「立ち上がれないほど両足を怪我して、ですか?」
「・・・・・・」

内心、舌打ちをつく。

(「気付いてたのか・・・」)

シンクの譜術を利用しあの状況を脱した訳だが、無傷とまではいかなかった。
人の跳躍力では開き過ぎていた距離を何とかするには、あの方法しか思い付かなかった。
結果、両足を負傷。
だが、まさかそれに気付かれるとは・・・
大した観察眼だ、とも思うがこの状況では目障り以外に他ならない。
しかしこれ以上抵抗してはこちらの分が悪くなるばかりだ。
カンタビレはもう口を噤み、何も言わないと決めた。




















































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2018.12.29