「・・・なんだったんだ」
「カンタビレ教官?」
「ティア、船に乗ってた時、何か気付いたか」
「え?」
「・・・いや、何でもない。忘れろ」

聞く相手を間違えたか。
しかし、船で感じた違和感。
誰かの声を聞いたような気がしたのだ。
聞き覚えがなかったのに、その声はすごく懐かしい気がした。
まるで迷子の子どもがやっと見つけてもらったような、嬉しい感情を溢れさせた・・・









































































ーーNo.18 流通拠点ケセドニアーー









































































船を降りると、まとわりつくような熱気に包まれる。
静かな海上と違い、賑やかな喧騒に包まれた街。
商人ギルドが自治権を持つ、世界の流通拠点ケセドニア。

「私はここで失礼する。アリエッタをダアトの監査官に引き渡さねばならぬのでな」

アリエッタを抱き抱えたヴァンのセリフに、ルークが早速不満の声を上げる。

「えーっ!師匠も一緒に行こうぜ!」
「後から私もバチカルへ行く。わがままばかり言うものではない」
「・・・だってよぉ」
「・・・」

その様子を、ティアが複雑な面持ちで見やる。
まるで幼子の駄々のようなそれ。
いや、その様子はかつての故郷で自分も同じような事を言っていた時と重なった。

「船はキムラスカ側の港から出る。キムラスカの領事館で聞くといい。
ではまたバチカルでな。ティアもルークを頼んだぞ」
「あ、はい!兄さん・・・」

物思いに耽っていたティアは慌ててヴァンに返事を返す。
そして、一行はキムラスカの領事館で手続きを済ませる。
だが船が出るまではまだ時間を要するとのことで、このまま観光するかという話になった。
カンタビレは思い出したようにイオンの前に膝を折った。

「イオン様、お時間が許されるならこの音譜盤フォンディスクを解析したいのですが・・・」
音譜盤フォンディスクの解析機でしたら、ケセドアニア商人のアスター氏がお持ちだと思います」

領事の話にカンタビレはなるほど、あいつかと頷いた。

「よろしければご案内をーー」
「不要だ。奴とは面識がある、場所も知ってるからな」
「アスターでしたら挨拶をしたいと思っていました、僕も行きます」
「なぁルーク、俺達も行ってみないか?バチカルに着いてからじゃ皆も忙しいだろうし」
「私も興味はありますね」
「ふーん。ま、いいぜ。オレも観光してーしな」
「では、お時間になりましたら兵が報せに参ります」

領事に頷き一行は街へと繰り出した。
アスターの屋敷に行く道すがら並ぶのは露天マーケット。
賑やかな商人の掛け声、行き交う人々の活気ある様。
店先のものを物色しながら、ガイが先頭を歩くカンタビレに問う。

「なぁ、その音譜盤フォンディスクの解析してどうするんだ?」
「別にまだどうもするつもりはねぇさ。
ただ、六神将が持ってたんだ。何かの企みの手がかりになるかもだろ?」
「ふーん、そんなもんか?」

後頭で腕を組んだルークが、興味無さげに言う。

「確かに貴重な情報が得られそうですよ。初歩の譜業技術の記録かもしれませんけどね」
「はわぁ〜、財宝の隠し場所だったらどうしよv」
「いやいや、未知の譜業設計図かもしれないぞ。
ティアはどう思う?」
「え!わ、わたし!?・・・思いつかないわ」
「きっと、おいしいキノコの森の場所ですの!」
「んなわけねぇーだろ!」

ミュウを怒鳴りつけたルーク。
勝手な妄想話を更に花を咲かせながら歩き進む。
と、向こうから腰をくねらせてきた女が、不意にルークに絡み付いてきた。

「あらん、この辺りには似つかわしくない品のいいお方v」
「あ?な、なんだよ」

大胆に胸を開き、ボディラインを強調する服にガイは勢い良くザザッとルークから離れる。
つつつつ、と顎を指でなぞる化粧の濃い女に、ルークは眉をひそめた。

「うふv
せっかくお美しいお顔立ちですのに、そんな風に眉間に皺を寄せられては・・・
ダ・イ・ナ・シですわヨv」
「きゃぅ〜、アニスのルーク様が年増にぃ・・・」

アニスの年増発言に、女の米神にピクリと青筋が浮き笑顔が強張る。

「あら〜ん、ごめんなさいネお嬢ちゃん・・・お邪魔みたいだから行くわネ」

腰をくねらせて離れて行く女に、ティアが行く手を遮った。

「待ちなさい」
「あらん?」
「・・・盗ったものを返しなさい」
「へ?あ"ー!財布がねーっ!!」
「はん、ぼんくらばかりじゃなかったか。ヨーク!」

先ほどの態度と一変。
女は財布を投げた。
放り投げた財布を受け取った、ヨークと呼ばれた痩躯の男はさっと背を向けて走り出す。

「後は任せた!ずらからうよ、ウルシー!」
「なっ!?ま、待て!」

女とウルシーと呼ばれた太身の男は反対方向に走り出す。
咄嗟にどちらを追いかければいいかルークは迷うが、ティアは躊躇わずにヨークへナイフを投げる。
それに足を取られた男は転び、すぐに起き上がった。
が、

ーーチャキッーー
「動かないで」

首筋にナイフを突きつけたティア。
無駄のない彼女の行動に、ほう、と感心したようにジェイドが呟く。

「盗ったものを返せば無傷で解放するわ」
「・・・甘いな」

渋い声を出すカンタビレ。
ヨークは財布を返すと脱兎のごとくその場を逃げ出した。
しばらくして屋根の上から逃げ出した三人組がこちらに顔を出した。

「俺達『漆黒の翼』を敵に回すたぁ、いい度胸だ。覚えてろよ」

負け犬の常套文句に、カンタビレはふ〜ん、と口端を上げた。

「・・・おもしれぇ」

この小声を聞いたのは傍にいたジェイドだけだろう。
すっと目を閉じたカンタビレをそのままに、ジェイドは騒ぐルークらに視線を戻す。

「あいつらが漆黒の翼か!
知ってりゃもう、ぎったぎたにしてやったのに」
「あら、財布をすられた人の発言とは思えないわね」

にべもない言葉にルークは閉口するしかない。
その時、

ーードーーーンッ!ーー
『『『ギャーーー!!!』』』

遠くで起きた騒音に、憲兵が走って行ったり、野次馬が集まり出しだりと騒ぎになる。
ジェイドは隣を見やった。

「・・・んだよ?」
「いえ、別に」
「ところで・・・大佐と教官はどうしてルークがすられるのを黙って見逃したんですか?」

財布をルークに渡したティアが、不満気に言えばジェイドはにこやかに笑い返した。

「やー、ばれてましたか。面白そうだったので、つい」
「あんなあからさまな絡みに、隙を見せてる方が悪いだろ」

しれっと返したカンタビレ。
最年長組みだろう両者の言葉にティアは無言で頭を押さえた。
教えろよ、と口を尖らすルークだったが、口で勝てそうもなかったので仕方なくぶすっとむくれるしかなかった。






































街の中央、マルクトとキムラスカを分断する境界線上にアスターの屋敷はあった。
砂漠の枯れた地にも関わらず、花や緑が茂り、こんこんと沸き出す水が訪れた人を涼しげな空気で包む。
商人ギルドを統べるだけあり、その屋敷は豪邸というにふさわしいものだった。
応接室に通された一行は、しばらくしてその家主を出迎えた。

「これはこれはイオン様ではございませんか!
前もってお知らせいただければ、盛大にお迎えさせていただきましたものを・・・」

小柄な体躯に、大きな赤い鉤鼻、左右にピンと伸びる特徴的な髭。
流通拠点の街の代表者、アスターが堂々とした貫禄で立っていた。

「よいのです、忍びの旅ですから」
「領事からここに音譜盤フォンディスクの解析機があると聞いたが」

イオンに続き、カンタビレが聞くとそれに同意が返された。

「ヒヒヒ、確かに我が家にございますよ」
「よろしければ解析機で音譜盤フォンディスクを解析してもらえませんか?」
「我らケセドアニア商人ギルド、イオン様のためならなんなりと」

深々と礼を返したアスター。
使用人に音譜盤フォンディスクを渡すと、解析には時間がかからないとのことなのでそのまま待たせてもらうことにした。
その間にカンタビレは立ち上がるとイオンの前で膝を折った。

「イオン様。申し訳ありませんが、少々席を外しても構いませんか?」
「はい・・・でも、どうかしたんですか?」
「ええ。少し気になることがあるので、部下に連絡を入れてきます」
「分かりました」

イオンに断りを入れたカンタビレはすぐにその場を後にした。
それを見送りルークはイオンに問うた。

「イオンはこいつと知り合いだったのか?」
「私共は導師のお力で国境上にこうして流通拠点を設けることができたのでございますよ」
「どう言う事だ?」
「商人ギルドはダアトに莫大な献金をしているの。
見返りに教団はケセドニアを自治区として認めさせている訳」
「アスター様って、すっごいお金持ちですよねv
あたし感激しちゃいましたv
はわー、あたしもこんな所に住んでみたいですぅv」

ティアの説明に納得したルーク。
次いだ露骨な愛嬌を振りまくアニスに皆がげんなりとする中、ジェイドが話を変える。

「カンタビレとも面識があったようですが?」
「はい、あの方には我が商隊を幾度も魔物の襲撃から守っていただいております。
いやぁ、サンドワームの変種が出た折はどの商隊護衛も手も足も出ず困り果てていたところを見事に退治いただきました」
「そうでしたか」
「顔が広い訳だな」
「さすがは教官です」
「実に見事な腕前。是非とも我がギルドに来ていただきたいものですな」
「その話は随分前に断ったはずだがな」

戻ったカンタビレは睥睨の視線でアスターを睨みつける。
今にもアスターの交渉が始まろうとしている様子を察し、不機嫌さを隠さない相手にアスターは物怖じすることなくにこやかに返した。

「おや、お早いお戻りですな」
「イオン様に直談判ってか。相変わらず抜け目ない奴だ」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」

開き直ったアスターにカンタビレは嘆息する。
そしてイオンの後ろに進むと、余計な事を聞かされていないか耳打ちする。

「俺の何のお話をされていたのですか?」
「あんたの武勇伝を少しな」
「武勇伝だ?」
「こちらでも活躍しているようですね」
「相手がジジイか魔物かの違いでやってる事は変わりません。
ま、荒事が増えたのは確かですがね」

にこにこと笑うイオンになんとなく話された内容の予測がつき、カンタビレが肩を竦めて返す。
どうやら心労になるような事は言われてないようだ。
と、解析が終わったらしくアスターの使用人から音譜盤フォンディスクと解析結果だろう紙の束が返された。

「すごい量だな」
「こりゃ、船で読んだ方がいいな」

パラパラと紙を捲れば、短時間で読むには無理がある量だ。
ルークとガイの言葉に、用は済んだとばかりにカンタビレは懐に受け取った品をしまう。

「では行きましょう、お世話になりました」

立ち上がったジェイドに皆が倣う。

「何かご入用の際には、いつでもこの私にお申し付けください。ヒヒヒ」

出口まで見送るアスターにイオンは頷き、一行はアスターの屋敷を後にした。





















Next
Back
2018.12.29