ーーNo.17 海を越えてーー

































































































































一行は再びカイツール軍港に到着した。
ヴァンが担当司令官に事情を話すということで、一旦別れ皆はひとまず港へ向かう事となった。

「皆さん!お待ちしておりました!」
「この度は隊長を助けてくださって、ありがとうございました!」

軍港を出る前、さらわれた整備士隊長の部下である二人組みの整備士が一行へと駆け寄る。
嬉しそうな二人とは裏腹にルークはその時のことを思い出してか、うんざりとした表情で呟いた。

「あー、もう大変だったぜ・・・」
「ルーク様、大活躍でしたよv」
「・・・へ、へへへ。それほどでもあるかな」

アニスの言葉に一転して、照れたように胸を張るルーク。
が、

「・・・さらわれてたくせに」
「うるせっつーの!」

小さなティアの小言にルークは噛み付き、ガイがそれを宥めすかす。
その様子に笑みをこぼした二人組みは、イオンの前に進むと深々と頭を下げた。

「導師イオン、ありがとうございました!」
「これもユリアのーー」
「御託は結構だ。
船の修理具合はどうなってる?」

整備士の言葉を遮ったカンタビレが問えば、もう一人がそれに答えた。

「はい。そちらは順調に進んでいます。
明日には出航となるはずかと」
「分かりました、ありがとうございます」
「では、我々は会談場所とやらに向かいましょう」

整備士と別れ一行は港内に用意された会談場所の扉を押し開いた。
そこには、ヴァンともう一人の男がこちらへと視線を向けた。

「これはこれはルーク様」
「?」
「覚えておられませんか?幼い頃一度バチカルのお屋敷でお目にかかりました。アルマンダインにございます」
「覚えてねえや・・・」

記憶を手繰るようにしていたルークの言葉に、アルマンダインは残念そうに肩を落とす。

「ルーク様はまだお小さかったですからな。
仕方ありません」
「イオン様。アルマンダイン伯爵にはアリエッタの件をお話ししておきました」
「我がしもべの不手際、お許し下さい」
「ダアトからの誠意ある対応を期待しておりますぞ」

イオンの謝罪に僅かな険を残して返したアルマンダインだったが、それに割り入るようにルークが声を上げた。

「そうだ。伯爵から親父に伝令を出せないか?」
「ご伝言ですか?伝書鳩ならバチカルご到着前にお伝えできるかと思いますが」
「それでいい。
これから導師イオンとマルクト軍のジェイド・カーティス大佐を連れてくって伝えてくれ」
(「おいおい・・・」)
「・・・ルーク。あなたは思慮がなさ過ぎますね」

ルークの軽はずみな発言に、入り口近くで傍観を決め込んでいたカンタビレは呆れ返る。
どうやら同じ心境だったらしいジェイドも深々とした嘆息が続く。
するとその名を聞いたアルマンダインはさっと顔色を変えた。

「カーティス大佐とは死霊使いネクロマンサージェイドのことか」
「その通り。ご挨拶もせず大変失礼致しました。
マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の名代として和平の親書を預かっております」
「・・・随分、貧相な使節団ですな」
「イオン様を前にして随分な口だな」

アルマンダインの嫌味に、それまで沈黙を守っていたカンタビレが口を挟んだ。
それにより初めて入り口近くにいた人物に視線を移したアルマンダインは驚きの表情を見せる。

「まさかキムラスカは中身よか体面を重視してるって訳か?」
「!貴殿はーー」
「俺のことよか、礼儀払う相手は目の前にいんだろうが」
「し、失礼しました。
それではカーティス大佐、イオン様こちらへ」

態度を改めたアルマンダインはジェイドとイオンからこれまでの経緯を聞く為、二人に席を進めた。
他のメンバーは先に休む事となり、その場にはカンタビレが残った。

「知り合いだったのですか?」

程なくして話が終わり、用意された客室へと戻る途中。
イオンからの問いにさっきの事を言われてると気付いたカンタビレは肩を竦めた。

「ああ、大した事ありません。
向こうが魔物に襲われてるのに出くわして、手を貸したってだけです」
「そうでしたか」
「伯爵のあの驚きようから何かしでかしたのかと思いましたよ」
「あんたの名声の方がよっぽどだろうが」
「おや、ではお互い様ということですね」
「ふふ、そうかもしれませんね」
「・・・冗談じゃないですよ」
























































































翌日。
船の修理が無事に終わり、一路ケセドニアを目指す。
順調に航行は進み辺りは静かな夜。
寝付けず甲板に出たルークは一人漆黒の波間を眺めていた。
その時、

「・・・ってぇ・・・いてぇ・・・っ」

キムラスカに居た時以来、自身を苛む頭痛に襲われ膝をつきそうになった。
瞬間、体は重力に逆らった。

(「体が勝手に・・・動く・・・?」)

いや、正確には違う。
頭痛が突如消えたと思えば、自分の意思に反して体から力が抜けた。
だが倒れることにもならない。
例えるなら、まるで釣り糸に吊られた人形のよう。

「な、なんで勝手に動くんだよ・・・」
『ようやく捉えた』
「だ、誰だ!」
『我と同じ力、見せてみよ・・・』
「おまえがオレを操ってるのか!?おまえ何なんだ!やっぱり幻聴じゃ・・・」

不気味な声が響く。
しかし、それは頭痛の度に聞いていたような聞き覚えのある声。
ルークの両手は欄干に向けられる。
そして、光が集まったと思ったら向けられた欄干が跡形もなく消え失せた。
同時に、どっと冷や汗が流れる。
まるで体から何かが奪われたようだ。
しかしその手は未だ自身の自由にならない。
目の前の現実に呆然とするも、その後襲ってきたのは恐怖。
何よりそれをやったのは間違いなく自分であるのに、自分の意思ではない不安と焦燥で目の前が真っ暗になった。

「な、なんだよこれ・・・!イヤだ!やめろぉ!!」
「ルーク!落ち着け!落ち着いて深呼吸しろ」

その時。
自身が唯一尊敬する男の手が、再び光が集まった自分の手を掴む。
安心できる声に、言われた通りに呼吸を深くする。

「・・・そうだ、そのままゆっくり意識を両手の先に持っていけ。
ルーク。私の声に耳を傾けろ。
力を抜いてそのまま・・・」

ヴァンがルークの前に回り、大きな手が視界を塞ぐ。
視界は奪われるも、安心できる師の大きく温かい手にルークは安心したように体から力が抜ける。
耳に届くのは自身の呼吸音とヴァンの声。
どれほど時間が経っただろうか。
しばらくすると、ヴァンがこちらを気遣わし気に覗き込んでいた。

「ルーク、大丈夫か?」
「オレ・・・一体何が・・・」

やっと自分の意思で動かせる両手を見下ろす。
しかし、先ほどの恐怖はまだ残っているようで、指先は震えてた。

「超振動が発動したのだろう」
「超振動?タタル渓谷に吹き飛ばされた時の・・・」
「確かにあの力の正体も超振動だ。不完全ではあるがな」
「師匠・・・オレどうなっちまったんだ・・・?」

いつの間に自分は座り込んだのだろうか。
ヴァンを見上げるルークに男はゆっくりと話しだした。

「お前は自分が誘拐され、七年間も軟禁されていた事を疑問に思ったことはないか?」
「それは・・・父上たちが心配して・・・」
「違う。世界でただ一人、単独で超振動を起こせるお前を、キムラスカで飼い殺しにする為だ」
「師匠、待ってくれよ。何がなんだか・・・だいたい超振動って・・・?」

思考が追いつかない。
どういうことだ?
ティアも自分は第七音素セブンスフォニムを扱う要素があると言っていた。
それがどうしてそんな話になるのかまるで分からなかった。

「超振動は第七音素セブンスフォニム同士が干渉し合って発生する力だ。
あらゆる物質を破壊し、再構成する。
本来は特殊な条件の下、第七音素セブンスフォニム譜術士フォニマーが 二人いて初めて発生する」
「それをオレは一人で起こせる?今みたいに・・・?」
「そうだ。訓練すれば自在に使える。
それは戦争に有利に働くだろう。
お前の父も国王もそれ知っている。だからマルクトもお前を欲した」
「じゃあオレは兵器として軟禁されてたってのか!?・・・まさか一生このまま!?」
「ナタリア王女と婚約しているのだから、軟禁場所が城に変わるだけだろう」

ヴァンの言葉にルークは弾かれたように立ち上がった。

そんなのごめんだ!
確かに外は面倒な事が多いけど、ずっと家に閉じ込められて戦争になったら働けなんて・・・」

声が震える。
漆黒の波間はまるで自分の行く末を見ているようでさらに不安に駆られる。
と、ヴァンがルークの肩を叩きゆっくりと語った。

「落ち着きなさいルーク、まずは戦争を回避するのだ。
そしてその功を内外に知らしめる。
そうなれば平和を守った英雄として、お前の地位は確立される。
少なくとも理不尽な軟禁からは解放されよう」
「・・・そうかな。師匠、本当にそうなるかな」
「大丈夫だ、自信を持て。お前は選ばれたのだ。
超振動という力がお前を英雄にしてくれる」

大きな両手が肩に置かれ、ヴァンは余裕がある笑顔をこちらに向ける。
力強い言葉が、ゆっくりと身体に染み込んでいく。
それは先ほどの恐怖や不安が覆い隠されるほど。
ルークはヴァンが自分に向けた言葉を繰り返した。

「英雄・・・オレが英雄・・・」
「さあ、少し休みなさい。
未来の英雄が覇気のない顔していては様にならないぞ」

まるで父親がそうするように、頭を撫でられたルークは嬉しそうに頷くと船室へと戻って行った。

























































































ーー・・・ーー
「?」

カンタビレは耳についた何かに横になっていたベッドから起き上がった。
空耳かと周囲の音に気を配る。
しかし、やはり耳につく何か。
違和感の元凶を探るべくカンタビレは船室から出た。
頬を撫でる潮風。
夜も深まろうとしている中、肌寒ささえ感じる。

(「なんだ・・・?」)

敵襲の前兆、のようには思えない。
嫌いな奴が乗っているからといって、休めないほど細い神経でもないのは自覚済みだ。

「カンタビレ?どうかしましたか」

と、角から現れた姿に、カンタビレはやや目を見張る。

「イオン様、まだ起きてらしたんですか」
「少し、風に当たりたかったので」
「程々になさってください。
アニス、後でイオン様を客室でお休みさせろよ」
「ぶーぶー、分かってるよぅ」
「誰か探しているんですか?」

周囲を見渡すカンタビレにイオンが問えば、カンタビレは歯切れ悪く答えた。

「そういう訳では・・・
いえ。ちょっと、気になる事がありますのでこれで失礼します」

口早にそう言うと、カンタビレは再び歩きだす。
イオンの気配ではない。
理由は分からないがそう断言できる。
しかし、ぐるりと船内を一周したが原因は分からずじまいだった。

(「やはり気の所為か・・・」)

と、部屋に戻ろうとした時だった。
船橋から出て来たらしいジェイドと出くわした。
交錯する視線。

「・・・」
「・・・」

だが、先に視線を剥がしたカンタビレは歩き出した。

「何か言いたそうですね」
「人に突っ込まれる後ろめたいことがあるからそう言ってんのか?」
「これは手厳しい」
「言う気がない奴に構ってやるほどこっちは暇人じゃねぇんだよ」

険ある台詞を残し、カンタビレは当てがわれた船室へと戻る。
心中は先ほどの事から昔の記憶に考えが移っていた。

(「まさか・・・まさかと思うが・・・あの研究は放棄したと聞いたし。
・・・だが、もし他の誰かが引継いでいたのだとしたら・・・」)

掠める一抹の不安。
それは先ほどの違和感と相まって酷く胸中を騒つかせるのだった。













































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2018.12.28