ーー冬の話ーー















































































































GPS機能を駆使し、落としたスマホは思いのほか短時間で見つかった。
あとはと合流し、雪崩に巻き込まれた際に落とした呪具を探し出せれば、任務は完了となる。
潔高は別れ際の説明を受けた場所へと足を進める。
深い谷だった場合を想定し、は谷の縁側から潔高は谷底側からという打ち合わせを済ませていた。
冬場のためか、切り立った深い谷の底である川に水はなかった。
足場の悪い中、なるだけ早く合流すべく歩みを進めれば飛び込んできたのは斜面に取り付いているような同期の姿。
ヒュッと上がりそうになった悲鳴をかろうじて収め、声をかければこちらの動揺とは裏腹に落ち着いた返事が返される。
心臓が止まるかと思ったが、どうやら大丈夫なようだ。
しかし、手慣れた様子で降りてくるの様子にハラハラと見守りながらも、自身も合流すべく歩みを早めた。
いや、違う。
正確には言いようのない嫌な予感に足は無意識に大股に変わっていく。
と、それまでするすると降りていたの身体が止まったかと思うとゆっくりと谷底側へと傾いた。
ゾッと身が竦むより早く、潔高の足は足場が悪い道を駆けた。

さんっ!!!」
ーードサッ!ーー

積雪も幸運に働いた。
バランスを崩したの身体は雪面を滑るように滑落した。
石が剥き出しの沢に落ちる前に、どうにかを抱き留めた潔高は素早く安否確認に移る。

さん! さん!怪我はありませんか!?」
「はっ、はっ、はっ・・・」

しかし、常ならば何かしらの返答をする相手から返されたのは荒い呼吸のみ。
ここに医療知識があるのは言葉を返せないのみ。
しかもこの場には潔高との二人だけ。
負傷の応急処置の知識はあるものの、つたない知識しかない時点で自身の手には負えない。
目の前が真っ暗になる状況を悟ってしまった男の声は狼狽を見せた。

「ど、どうすれば・・・ さん、しっかりしてください!私は、どうーー」
『まずは落ち着く』
「!」

懐かしい声が耳元で響いた気がした。
それは高専生時代、卒業を控えた頃の記憶。







『すみません、付き合わせてしまって・・・』
『それは気にしなくていいけど、どの教科でも優等生の伊地知くんが応急処置を落とすとはね』
『そんな・・・だって難しいじゃないですか・・・』
『そう?応急処置なんて言葉通り、その場をしのげる程度ができればいいものでしょ』
『簡単に言いますが・・・』
『実際簡単でしょ?』
『いやいやいや!そうではないから補習になったわけで・・・』
『じゃぁ、私がここで手首切ったらどうする?』
ひぇ!止めてください』
『例え話だから。目の前に血が止まらない負傷、どうする?』
え!そ、それは・・・家入先輩をーー』
『硝子先輩は二日酔いでそれどころではありません。伊地知くんしかいません状況です。さーて、どうする?』
『ふあ!え、ええと、す、すぐに110ーー』
『まずは落ち着く』
『・・・え?』
『今の伊地知くんの反応見て言えることは、まずは伊地知くんが落ち着いて』
『は、はい』
『そして状況観察。例えば出血が止まらない負傷なら血を止める』
『ど、どうやってですか?』
『別になんでもいいよ。基本は圧迫止血、つまりは傷口を塞ぐの。手でも布でもテープでもなんでもいいからとにかく出てるものは止める』
『は、はい!』
『熱があるなら冷ます、冷えてるなら温める。とりあえずこれだけできてれば応急処置としては十分だよ』
『なるほど、覚えておきます』
『うん。それと救急車呼ぶなら119番ね』
『・・・はい』






(「落ち着く・・・」)

深呼吸を繰り返し、鼓動を落ち着かせ、潔高はを再び見下ろした。
荒い呼吸。
呼吸を止めるわけにもいかないから、恐らくこれは自分ではどうにもできない。
次に気付いたのは唇が紫になっていた。
これは呼吸が荒い所為かと手袋を外した手を頬に伸ばした。

っ!冷たい」

触れた頬は皮膚とは思えないほど凍てついてた。
そして、合流した時から見せていたの様子に潔高は自身のコートをにかけ、凍ったように冷たいの手を握る。
しばらくして、今度は震えを見せる。
症状が変わったことで再び焦りが走るが、潔高はスマホを持っていることをようやく思い出し高専へとかけた。

『おう、どうした?』
「家入さん、 さんが!」
『またか。どんな状況だ』
「先ほど雪の斜面から滑落して、地面に落ちる前に受け止めたのですが、呼吸が荒く唇が紫色で、呼びかけているのですが意識がありません。
身体が酷く冷えてコートを二重にしてるのですが、手が氷のようなままで・・・他に何を、何ができますか!?」

的確かつ端的な説明。
普段なら感情の話しが邪魔をして、硝子が質問しそれに答えるだけの構図が逆転してることに、スマホから返される声に驚きが含まれる。

『お前・・・いや。まず、しないだろうが荒っぽく動かすな。
可能なら室内、それが無理なら風や冷気が当たらない場所へ移動しろ、ただしなるべく動かさずにだ』
「分かりました」
『恐らく低体温症だ、今は体温を上げるのが最優先。ただし、絶対ヒーターとかで急激に上げるな。
ゆっくり体温を上げる必要がある、震えててもビビんなよ。
手握ってるならそのままお前の体温で上げてやれ』
「は、はい」
『お前が携帯使えてるなら、GPSで拾いに行けるな。落ち着ける場所に着いたらそのまま動かず待ってろ』
「ありがとうございます、お願いします」

通話を終えた潔高はすぐに場所を移した。
しばらくして硝子の言葉通りの場所を見つけ、を抱きかかえたまま迎えを待っていた。
言われた通り、可能な限り揺らさず保温を続ければ、呼吸は落ち着きを取り戻し、唇にも僅かに血色が戻ってきた。
しかし意識は未だ戻らず、ずっと震えているを見下ろしながら潔高は絞り出すように呟いた。

「・・・すみません」

コート越しに、震えが止まらない身体を抱きしめる。
腕の中に収まってしまう、自分よりも小柄な体躯。
同じ世界にいても、立っている場所・直面している危険は天と地ほどの差がある。
慕っていた先輩を目の前で失った時も。
尊敬する先輩が袂を分かった時も。
この小さな体躯で抱えきれないほどの悲しみを背負い、弱音らしい弱音も吐かず、呪術師として戦い続けている。
一体、自分はどれほど彼女を支えることができてきたであろうか。

「すみません・・・私はいつも気付くのが遅過ぎますね・・・」
「・・・ぅ」
さん?」

小さな声に潔高は祈るように相手の反応を待てば、ゆるゆると視線をさまよわせたがやっと間近にある相手の名を呟いた。

「いじ、ち・・・」
「良かった、意識が戻ったんですね」
「っ!」
「無理に動かないでください。家入さんが言うには低体温症だそうです。
今、回収班が向かってますのでもう少し待っててください」
「・・・」
さん?」
「ん。分かった」

コートの下で握られた手が僅かに握り返され、潔高はほっとしたように息を吐いた。
これならもう心配することも少ない。
安堵の表情を見せる潔高に、抱きかかえられる状態のは直前の記憶も相まって言葉を紡いだ。

「ごめん・・・」
「え・・・」
「あと・・・ありがと」
「それは、こちらのセリフです」
「?」
「あなたの意識が無くなった時、私は何もできなくなったんです。
でも、昔あなたから言われた言葉を思い出して・・・」
「・・・まずは落ち着け?」
「ええ」

学生時代のその時を思い出してかの表情がわずかに緩む。
余談だが、潔高とのやりとり後、硝子が通りかかったことで悪ノリから実践訓練だとばかりに本気で自分が実験台になりそうになって高専内で鬼ごっことなり、最後は全員が怒られた散々だった今となっては笑い話がある。
若気の至りの青い時代、功を奏した結果となったなら僥倖の一言に尽きた。

「あの時のやりとりが無ければ、私は途方に暮れたままでした。
いえ、下手をすれば何もできずあなたを見殺しにすることになったかもしれません」
「・・・」
「ありがとうございました」

礼を述べている割に、まるで赦しを乞うような声音。
はなかなか自由が利かない身体でどうにか潔高の胸に頭を預けた。

「違うでしょ」
さん?」
「ソレお互い様、ってやつ」
「!」

の言葉に潔高は目を見張る。
対して、は眉間にシワを寄せ目を閉じ深々と息を吐いた。
低体温症により未だに震えが止まらず、体温が戻ってきていることによる感覚の麻痺が薄れ末梢部位はずっとチクチクと痛みを持っている。
まるで心の痛みを現しているようだ。

「はぁ・・・私も苛ついてて、油断してた。ごめん」
「い、いえ!そもそも先に私が・・・」

互いにこぼれた言葉にお互い見つめ合う。
これでは先程と同じやりとりになっていることに言葉の代わりに笑いが返った。
ひとしきり笑うと、は大きく身じろぐと暖を求めるようにコートの中で更に丸まった。

「あー、もー寒っ。回収班おっそい」
「すみません・・・」
「そう思うならしっかり抱いてて」
「ふぁ!か、かしこまりました!」
「落ち着きはどうしたの?」
「こ、この状況では無理ですっ!」
「さっきまではやりたい放題だったのにね」
「ひぇ!何もしていませんよ!」



























































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2024.01.12