しんしんと静かに立花が舞い落ちる。
途切れること無く後から後から降り積もり、周囲は一面の白に染まっていく。
僅かな音さえも吸収されてしまうような錯覚を覚える景色。
そんな窓から見える冬らしい風情を一切顧みず、粉砕するような声が地を這った。
「どういうことですか?」
『ふは、声低っ』
ーー冬の話ーー
開口一番の文句は軽く一笑に付された。
だが笑いで済まされることではないと、
は更に続ける。
「療養できるところに搬送するって話しでしたよね?」
『だから、療養できる施設だろうが』
「旅館のどこに当てはまるワードがあるんですか」
『お前なー、低体温症なめすぎ』
電話口からでも分かるほど、相手の呆れ顔がありありと目の前にあるような錯覚を抱ける声音に
の表情は曇った。
『あと一歩で死んでたぞ』
「私に無用のレクチャーですが」
『知識あったくせに回避できてない奴が偉そうに言うな』
「・・・」
『意識飛ばしたとなれば、中程度の進行。普段の負傷と違って反転かけて終わりってわけにいくか』
「今は旅館は搬送先に当たらないって話しですよ」
『別に問題無いだろ。どうせ今からそっち出発したところで東京に何時に着くと思ってんだ。
一泊して帰ればいいだろ』
「そんなの車内で温かく保温してれば問題ないでしょう」
『伊地知にそこまで無理させたいのか?』
硝子の指摘に今まで即座に切り返していた
の反論が止まった。
畳み込むようにさらに硝子は続ける。
『山中駆けずり回った挙げ句、お前の意識が戻るまで声枯れるまで名前叫びながら自分のコートお前に譲ってやった上に直肌で温めてやったっつーのによ』
「あらぬことまで捏造しないでください」
『ほぼ事実だろ』
「これ以上、尊敬したくない人を増やしたくないのですが」
『伊地知が手ぇ出せるか見ものだしな』
「ルビがうざいです」
徐々に話をはぐらかされてきていることに、苛立ちを隠さなくなってきた
の声は棘を増していく。
それを硝子も分かっていて煽っているのか、ひとまず話をまとめるように一旦言葉を切った。
『ま、時間も時間だ。どうせ明日は任務無いだろ。骨休めとでも思ってゆっくりしろよ』
「ですがーー」
『学長の許可は取ったぞ』
鶴の一声のフレーズ。
がそれで反論できないのを分かっていてあえて最後に付け加えたのだろう。
苦虫を30匹は噛み潰したような苦々しい表情の
の反応が分かっているか、からかいを大きくした硝子の口調は軽快になった。
「・・・」
『二人だけが寂しいってんなら、五条を向かわせてやろうか?』
「要りません」
『じゃ、ちゃんと温まってろよ。温泉はまぁ・・・平熱に戻ったら問題無いだろ』
「・・・分かりました」
『言っとくが、伊地知はお前が抜け出さないための監視役でもあるからな。夜中に勝手に帰ろうとすんなよ』
どれだけ釘を差すつもりなのか、ダメ押しとばかりなさらなる念押し。
は悪態を返そうとしたがその前に通話は切られ、言ってやろうとした文句はため息へと変わった。
「はぁ・・・」
「家入さんですか?」
かけられた声に視線を移す。
部屋の入り口にはフロントで用件を済ませてきたらしい潔高が入ってくるところだった。
布団から起き上がっていた
はスマホを枕元に放り投げると険が抜けきらない声音で応じた。
「そう。一泊許可下りてるって。そっちにも連絡来た?」
「はい、新田さんからメールが届いていました」
「そっか」
「は、はい・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「伊地知くん」
「ひぇ!すみません」
声をかけただけにも関わらず条件反射的に謝られたことで、
の表情は怪訝さを加えて不満を返した。
「なんでよ」
「し、失礼しました。つい・・・」
「五条さんのパワハラ、訴えたら勝てるよ」
「それは・・・はい、検討しておきます」
恐縮するような潔高に、
は一度嘆息をこぼす。
そして、気を取り直すように居住まいを正すと潔高に深々と頭を下げた。
「改めて、ありがとうございました」
「・・・え」
「応急処置のおかげでこの通り、回復したしね」
「まだ完全ではないのでは?」
「保温と安静で治るんだから同義でしょ」
ずれてきた肩掛けを引き上げた
はぞんざいに言い捨てここに至るまでのことを思い返す。
雪山で回収班と合流し、
が運び込まれたのは病院、ではなく雪山に一番近い温泉旅館だった。
とはいえ、回収班と合流後、しばらく意識が無かったため目覚ましたのはつい先程で、病院ではなかったことで冒頭でのやりとりに至る、という訳だったが。
だがすでに外堀を埋められた上に学長からの許可まで下りていては今更、病院に移ることも帰ることも選択肢からは消えたことになる。
今回の任務はどれ一つ取っても自身の思惑通りに進まず、本当に踏んだり蹴ったりだ。
だんだんと苛立ちが募るのが分かって、
は深々と重い溜息を吐いた。
「伊地知くんも相当身体冷えたでしょ?温泉で温まってきてよ」
「いえ、ですが」
「私が逃げるか不安なら車のキーは伊地知くんが持ってて」
「い、いえ・・・」
「ならフロントに私の車の手配は受け付けないように言えばいいでしょ」
「・・・」
「まだ不安?」
「いや・・・」
「ならスマホ渡しておく?身ぐるみでも渡せばいい?何がそんなに信用できないの!」
思った以上に荒れた声に我に返った。
目の前で固まる潔高を見た
は、ようやく失言だったと悟り顔を背けた。
「ごめん・・・・・・やっぱりまだダメみたいだ」
震える声で呟いた
は、潔高から逃げるように布団を頭から被り膝を抱える。
情けない。
情けないにも程がある。
こんなの単なる八つ当たりだ。
癇癪を起こす子供でもあるまいし、自分の失態の苛立ちを誰かにぶつけようだなんて最低だ。
このまま寝てしまえればよかったが、悶々としたまま自己嫌悪で一向に睡魔は近付く気配は皆無。
もう全てが裏目に出すぎていて泣きなくなってきた頃、布団越しに肩を叩かれた。
ーーポンッーー
「
さん」
かけられた声に
は反応を示さないが、潔高はさらに続けた。
「生姜湯、淹れてもらったんです。コーヒーは明日までは駄目だと家入さんに言われてしまったので」
「・・・伊地知くんこそ飲んだほうがいいでしょ」
「はい、自分の分もありますから」
ゆっくりと布団がめくられ、薄闇に慣れた視界が眩しさに染まり
は目を細める。
「折角ですから、温かいうちに飲みませんか?」
先程の
の失言が無かったような、いつもの相手を気遣う口調と笑顔。
直視できなくなった
は、気まずそうに視線を躱すと布団から這い出る。
そして保温に抜かり無いほど、肩掛けの上から更に毛布をかけられ、足元にはもう一枚かけられ、準備万端の状態でテーブル挟んで潔高が運んできた生姜湯を手
にする。
しばらく、重い沈黙が支配していたが出し抜けに潔高が小さく呟いた。
「先程はすみませんでした」
「・・・伊地知くんは悪くないでしょ」
「いや、お一人になりたいところをあえて邪魔したようなものでしたし」
申し訳無さそうな表情の潔高に、ふい、と再び視線を外した
はぽつりと言い捨てる。
「・・・単なる八つ当たりだよ」
「ですがーー」
「やめて」
それ以上を遮る拒絶。
テーブルに突っ伏した
はくぐもった声で続けた。
「ホント、ごめん。でも謝らないで。
自分が情け無さすぎて、もう・・・・・・今は何も聞き入れられそうもない」
表情は見えないが、弱々しく響いてくる声は震えていた。
どうにかして震えまいと耐えている様子に、潔高は湯呑を見下ろす。
「これは独り言になりますが・・・」
液面に揺れる自身の姿を見つめながら潔高はゆっくりと語り始める。
「とても馴染みのある顔に見えたんです」
重なる光景はかつて共に過ごした青々しい高専時代へと記憶が戻っていく。
「私は術師には不向きで、先輩は凄い人達ばかりで、後輩の方が才能があって・・・同級生は私より才能があって戦える女の子でした。
いつも助けられてばかりで悔しくて、呪霊に足が竦んでしまう弱虫な自分が嫌いで・・・自分の存在意義があるのか、ってよく考えてしまってました」
任務のたびに怪我を負うのも、救助者を優先するのも、こちらを庇うのも、呪霊を倒すのも、ほとんど自分ではなかった。
自分が傷つくことには頓着せず、こちらの負傷はいち早く気付いて手当をし、いつも周りを優先する。
それが余計に自身の劣等感を増していき、きっと嫉妬もしていた。
だが、ある時気付いた。
「そんな不安や心細さを押し隠していたのに、私の同級生は屈託なく言ってくれるんです。
ありがとうとかおかげで助かったとか。
私より強いはずなのに、たまに思い詰めて無理をしてしまったり。
時には私の陰口に猛然と言い負かしに行ってくれたり・・・あ、私が逆の事をして失敗した時は仕返しに行ってもくれましたっけ」
「・・・」
「些細な言葉、雄弁な行動をずっとそばで見てきたそれは私にもここに居ていい存在意義を与えてくれたようなものでした」
出会って最初の頃は必要最少限の会話で、とっつきにくい相手かと思ったが、すぐに言葉よりも行動が雄弁であることが分かった。
彼女は誰よりも優しく、仲間を気遣ってくれていた。
本人はどうということないと言っても、優しさを受けたこちらにとっては世界が一変するようなことなのに。
だが、あの日から変わった。
尊敬する先輩を喪った後、表面からでもより分かるように言葉も表情も行動に伴うように、いやより拍車をかけて仮面を付けるようになったことを知っている。
心に負った傷は相当のはず。
だがそのような素振りは見せず、常に穏やかに仲間には寄り添ってより気遣いを増した。
それはいつしか本音すらも隠され、弱音を吐くことをなくしてしまったような気がした。
だからこそ、誰よりも見てきた。可能な限りそばで支えようと思った。
きっと自分がこの人の弱った姿を見てきた数少ない相手だから。
もし膝を折りそうになったら何もできなくてもせめてそばには在ろうと。
「その上、彼女は常に味方になってくれる、そんな気持ちにさせてくれるんです。
というか、補助監督の為に他の術師に怒ってくれたり、五条さんの無茶振りに一言物申してくれるのはその人くらいでーー」
「もうそれくらいで勘弁・・・」
小さく消え入りそうな声が抗議した。
だが、先ほどとは質が違う。
唯一見える耳は赤く染まっていた。
恐らく、長い付き合いの者しか知らないだろう、本気で照れたときに耳まで赤くなることを知る者はもう片手で数えるくらいしか居なくなっていた。
「お節介を承知で言わせてもらえれば、今のあなたを一人にしたくないんです」
少しほっとしたように潔高は両手に収めていた湯呑を横に置く。
「私が、あなたがそばに居てくれたからここまで来れたように。
僅かでもあなたの支えになりたいんです」
そして手を伸ばし、テーブルに流れるいつもは結っている髪を
の耳にかける。
暫くして長いため息が響いた。
「・・・どこで覚えてくるかな、そんな殺し文句」
突っ伏した体勢から
がジト目で見上げれば、潔高は困ったように笑い返す。
メンタルの状態を戻され、むっくり起き上がった
は少し冷めた生姜湯を一気に流し込んだ。
「はぁ、伊地知くんがこんなにたらしだったなんて」
「そ、そんな事ないですよ」
「へー、じゃぁ私限定ってこと?」
「ふぁ!?そ、そそんな、ことは!!」
「ありがとね」
冗談交じりにからかっていた
は穏やかな声音ではっきりと、今度はしっかりと潔高の顔を見て続ける。
「あと、八つ当たりしてごめん」
「それは気にしないでください」
「気にするでしょ。それと前も言ったけど伊地知くんには十分支えてもらってるんだからね。
これで役不足と思ってるなんて、過労死特急コースに乗るの止めてよね」
「ど、努力はしたいですが・・・」
しどろもどろながらも、同意に分類できる回答に十分だとばかりに
は頷いた。
「ほんと、色々ありがとう」
「そんな、もう十分ですから」
「冬場の任務の調整もね」
「いえいえ、それは大したこーー!」
今度は潔高の方が言葉に詰まった。
問いの答えを意図的に導かれた誘導尋問に近しいそれ。
固まってしまった潔高だったが、看破した
の得意気な笑みに観念したのか小さく嘆息した。
「あの・・・いつから」
「んー、まぁそこそこ前から」
「・・・」
小首を傾げながら呟く
に、潔高は後ろめたさから小さくなる。
だが、当人である
からは特に気にした様子もなく情報源について訊ねた。
「報告書で?」
「・・・ええ、あとはーー」
「学長からか」
「はい・・・」
推測通りだったことに、
はなるほどとばかりに一つ頷く。
そして、追加の葛湯を自身と潔高の湯呑に注ぎながら続けた。
「ま、術師をサポートする以上、事情を知るのも仕事のうちだから構わないけどね」
「・・・すみません」
「なんで謝るかな」
「ですが!私はすべて読んだわけではないので!」
「え・・・それ、逆にダメじゃない?」
「だ、だって・・・
さんに断りもせずにそんな盗み見るようなことは・・・」
「相変わらず真面目だねぇ、伊地知くんは」
今更過去をひけらかすようなことは好まないが、別に隠しているわけでもない。
ただ、楽しい話でも明るい話でもないだけに話してこなかっただけに過ぎない。
それ故に、後ろめたさを感じさせるのは
の本意ではなかった。
「どこまで読んだの?」
「え?」
「今聞いた理屈で言えば、本人から聞けば問題ないでしょ?」
「・・・ご両親が呪霊により殺されたということは把握していますが・・・」
おずおずという表現がぴったりなほど、潔高は小さく呟いた。
はその当時の記憶を手繰るように腕を組んでしばらく唸ってから口を開いた。
「えーっと確か私が小学生低、いや中?学年くらいの時期だったかな」
普段は忘れているに等しい記憶。
それだけに人に聞かせる話しとするために、覚えのあるところから話し始めた。
「両親がおかしくなってきたのは呪霊の影響だろうってのはなんとなく分かってたかな。
とはいえ、当時の私は世間的に言う虐待されてた時期だから、記憶が心もとなくてね」
「・・・」
「物心ついた時期から呪霊は見えていたか、両親に憑いた呪霊の影響で見えたかはわからないけど、最初は一般的な両親だった、と思う。
それがいつからか呪霊が長く憑いたことで、人格に影響を与えていったみたい」
自身の半生だが、淡々と他人事のように話せるようになったのはいつからだろう。
実のところ悲しみはほとんど感じない。
幼いながらも、仕方がないという諦めが勝ったことで、己の心を守ろうとしただけかもしれないが。
ただこの手の話は世間では『不幸』に分類されることは、助けられた後の正道からの対応で察していた。
「で、冬の時期。
ついに呪霊に憑依されて両親同士が殺し合って、あわや私もってところで運良く学長に助けられた感じ」
「それは・・・」
「感傷はいいって。昔のことだしね。
その後は、親戚の病院経営してるところで引き取られてしばらくは入院生活。
退院後は中学いっぱいまではその親戚が面倒みてくれたかな。
とはいえ、保険金で生活の方はどうとでもなったから一人暮らしでも良かったんだけど、まぁそこは病院やってる以上、世間体があったから引き取るって形にし
たって感じか」
その親戚での暮らしでも思い出というものは特に無い。
何しろ保護者に当たる人達との接点は引き取られた際と高専入学のために家を出るときにくらい。
病院経営者ということもあり、自宅には家政婦を雇っていたからその人とはある程度、思い出らしいものはあるがそれも高専入学後に自分が困らないための自活
力を備えるためのもの。
学校は学校で、預けられた親戚から提示された条件を守り、問題を起こさずなるべく目立たぬようにするようにしていた。
高専に入れば疎遠になることが分かっていたこともあって、友人というのもあえて必要とも思わず、ただ術師としての道を歩むために必要な体力と知識とを付け
るための学校生活。
その姿は同年代からしてみれば早々に自立した印象を抱かせ、後ろ盾になっている親戚の病院経営者の看板も相まって周囲からは距離があったが、
にとっては面倒がなくて好都合だった。
だが、どれほどの年月が過ぎても幼い頃の傷となっている寒い時期だけは感情が荒れていた。
「報告書の内容は以上じゃないかな・・・って」
ざっくりと、書かれているだろうことと補足となる背景を含めて語り終えてみれば、横に座る潔高はこれまで見たことが無い号泣という表現がピッタリなほど嗚
咽していた。
「ちょ、伊地知くん、顔」
「・・・ず、ずみ"ま"ぜん"」
「大丈夫?」
手近のティッシュ箱を手にした
は潔高の前へと置けば、しばらく目元を拭い鼻をかみの時間となった。
落ち着くまでしばらくかかると思った
は備え付けの急須とポットでお茶の準備を進める。
そしてお茶を淹れ終えた頃、やっと落ち着いたのかまだ鼻をすする潔高が深く息を吐いた。
「はあぁ・・・私は随分と、無神経なことを・・・学生時代から・・・」
「いや、どこまで遡るかな」
後ろめたい思いをさせたくないように話したのに、自己嫌悪を促しては本末転倒すぎる。
は肩を落とす潔高に向け、ひらひらと気安い調子で続けた。
「別にこの業界じゃ、珍しい話じゃないでしょ。衣食住に不自由なかっただけ私はマシなケースだし」
「・・・」
「それに、伊地知くんや灰原先輩から聞く家族の話とか、私は楽しかったよ」
「・・・え」
「自分の方は、まぁ不運だったから仕方ないことだと割り切ってたし」
言い方は悪いが、過ぎたことはどうしようもない。
だから中学時代は周囲の家族の話には興味も無かったが、高専に入って家族に関する話題となったときは、以前よりは前のめりに話を聞けていた。
それは話す相手が自分と同じ術師であるからか、家族の話をするのが明るく尊敬する先輩や信頼できる同期だからだったかもしれない。
「帰省する時に買うお土産の相談とか感想とか、誕生日プレゼント何にするかとか、進路についてこう言われたとか、些細なことの話しを聞いてるだけでも自分
も一緒に加わってるみたいでさ」
こちらかの何気ないアドバイスに助かったと言われたり、その後の事後報告で喜んでいた、と教えてもらったり。
『家族』という本来の形に触れられたようで、胸が暖かくなった。
「ありがとね。おかげで真っ当な感覚持てて、半分子育てみたいな事もできるようになったしね」
任務の合間に面倒を見ている幼い二人の顔が浮かぶ。
奔放な先輩から半ば巻き込まれる形で対面したが、今では本来の後見人よりも接する時間が長くなっていた。
そんな
の事情を知る数少ない一人である潔高ははにかむように笑った。
「
さんはそもそも面倒見がいいですからね」
「そう?私以上の人に言われると説得力あるから、そう思っておこうかな」
話すべきことは終わった。
は凝り固まったような肩をほぐすように腕を回す。
「ふー・・・、昔の話なんて久しぶりにしたな」
「す、すみません!」
「謝らないでよ。聞いても気分良い話じゃなかったから、逆にこっちが謝らないといけないでしょ」
「そんな!そんなことは・・・」
正直、気分もスッキリした気がする。
冬の時期に無駄に苛立っていた要因をはっきり告げたことで、もうまどろっこしい言い訳をしなくていいと思えば気分も軽い。
は未だに恐縮しているような潔高に向かってずいっと手を差し出した。
「ん」
「はい?」
「これで情報共有完了ってことにしない?」
まるで秘密の共有の成立を誓うようなそれ。
いたずら完了とばかりな、気軽な調子を見せる
につられるように潔高も表情を緩め握手を交わした。
「ありがとう、ございます」
「こちらこそ。聞いてくれてありがとね」
「・・・」
「で?」
突然の問うような返答。
当然、脈絡を掴めない潔高は握手したまま首を傾げた。
「え?」
「手、冷たくないよね」
「え・・・あ、はい。そう思いますが」
「よーし、じゃ、温泉にでも行こうか」
「それもいいですね」
「伊地知くんは監視役って硝子さんから聞いたけど、一緒に入る?」
「なっ!そ、そんなことできるわけ無いじゃないですか!!!」
ーー本気だし
「なんだ、残念」
伊「か、からかわないでください!」
「ごめんごめん」
伊「私はあの子達と違って大人なんですから、冗談でもそう言うことはーー」
「冗談じゃないけど」(ボソッ)
伊「ーー異性相手に言・・・え?」
「じゃ、温泉行ってきまーす」
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2024.3.12