頃は春。
うららかな陽気が芽吹きのように人の心持ちさえも弾ませる時期。別れを経て新たな門出となる者が多いこのシーズンは歳を重ねる度に段々と気重になりつつ
あった。
「あ、あの・・・
術
師、ちょっとよろしいでしょうか?」
「・・・」
あぁ、またあの手の話しか。
正直よろしくないのだが、こちらの心境を他所に新人補助監督らしい向こうは周囲の人目を一応確認し声を潜めた。
「その、聞きたんですが・・・五条さんって彼女いるんですか?」
「・・・はぁ」
ーーその関係性の名はーー
予想が的中したことで
は
重いため息をついた。
自分達の先輩方は何しろ顔がいい。外見を売りにしても問題ないくらいのルックスなので新人が入ってくる時期は一定回数こういう話をされることになる。
なぜにその相手が自分になるのかは本当に謎なのだが。
そして、学生時代の付き合いを知らない第三者目線から見られれば、その先輩の本性を知らない連中からはこれに類するやっかみ系を食らうのが恒例行事だ。
「以前、親しそうに話してたのでどんなタイプが好きか教えてください!」
自分で聞け、と思う上に物好きな事だと毎度げんなりする。
「あの、どうして私に聞くんです?」
「だって仲良いですよね」
「・・・うん?」
「いつも親密そうだし」
「うーん」
「どうにかなりたいと思わないんですか?」
どうにかなりたいと思わないんですか?
「・・・思わないですね」
「嘘!あんなイケメンとずっと一緒で少しもそういう空気にならないなんて!」
そろそろ頭が痛くなってきた。
はなからこちらの意見を聞く気がないような応酬に、
は
気持ちを切り替えるように一つ咳払いをした。
「えー、まず仲が良いだの偏見満載の意見について理由を・・・聞くのも面倒なので、仲は良くないですから」
「それは変ですよ!だって先週の任務はわざわざ指名を受けて一緒に行動してますよね?補助監督に空きがあったのに!」
(「それは伊地知くんが別件で不在だったから、使い勝手のいい私にお鉢が回ってきただけ・・・」)
大変な誤解だ。事情を知らないというだけでお花畑な妄想ができるとは新人であるが故か。
そもそも補助監督という立場であっても命の危険は付き纏うというのは知っているんじゃないのか。そもそも特級を冠する術師が対応する案件は悉くが面倒極ま
りないか危険極まりないものばかり。
新人補助監督が務められるのは難しいと言うのに、そういう考えには至らないらしい。
正直、一般社会とは一線を画した世界に身を置いていると思考がそっちに行くものなのか、と半ば動物を観察するような境地になる。
要するに暇なことで羨ましい限り、という心境になるわけだが、そんな面倒な相手をあしらったあとに奇しくも噂の渦中の人物と仕事の打ち合わせとなった。
嫌でも先ほど巻き込まれた話に思考が割かれ、任務のスケジュールの確認を詰めつつ対面に座る男へ視線を向けた。
整った顔立ち、毛穴のない白磁の肌、今は隠されているが長いまつ毛に吸い込まれるような空を流し込んだような六眼の瞳。
(「まぁ、傍目に見れば羨ましがられる立ち位置ではあるのか」)
学生時代から素顔を晒せば近所迷惑に近い騒がれようだったし、口を閉じていれば異性からの黄色い声はひっきりなしだった。
先輩とはいえ、そんな人とこうして近い位置で仕事をしていればやっかみの一つや二つも言いたくなるものか。
(「ホンット、癪だけど顔だけは良いんだよな。黙ってれば目の保よーー」)
ーーバチンッ!ーー
「うわっ!」
要らん思考の先行きを潰すように頬を張る。
突き抜ける痛みに雑念は見事に霧散した。
だが思った以上にいい音が出てしまい、目の前で見せられた悟は当然とドン引きした表情を見せた。
「怖っ、いきなり何?」
「失礼しました。ちょっと目障りだったもので(思考が)」
「目の前でディスるじゃん」
「・・・通常運転で何よりです」
大気圏を突き抜けるような自己肯定感の高さに毎度脱帽だ。
自身のことを貶されたと思ったらしい悟に、ヒリヒリする頬をそのままに
は
散らばっていた紙の資料を手早く一つにまとめる。
するべき仕事の話は終わった、今日はこのあと2件の任務が押し込まれているから向かわなければならない。
一人、思考を切り替えようと黙々と作業を進める
に、
普段なら返される反論が無かったためか、悟から怪訝そうな口ぶりを返された。
「え、マジで仕事し過ぎとか?」
「できない気遣いは結構ですから。では、明日の任務は打ち合わせ通りにお願いします」
追求に応じることなく、打ち合わせに使用したタブレットとその他資料を手にした
は
足早に立ち上がる。
これ以上この場にいても碌なことにならないだろう。
それにまた難癖をつけられて後日その相手をする気力は今の
に
は皆無だった。
翌日。
他の仕事を片付けるべく早めに高専に到着した
は、
終わった仕事を片手に軋む廊下を歩いていた。
(「あとはこの報告書を提出すれば終わり。少し時間あるからコーヒー飲んでかーー」)
「お、ちょうどよかった」
と、医務室からひょっこり顔を出した先輩でありダウナー系美人に手招きされる。
尊敬枠に入っているその人に進路を変えると
は
ペコリと会釈を返した。
「お疲れさまです硝子さん、急ぎで何かありました?」
「いんや、ちょっとそのままな」
「はい?なんのーーはぶっ!」
言うが早いか、硝子から顔を捕まれ上下左右に向けられ脈取られなどなど、いわゆる身体所見を診られていることで
は
たじろいだ。
「ちょ、一体何を・・・」
「異常なしだな」
「当たり前です、これから任務に行くのに呪いだって受けていませんけど」
「過保護なこった」
「はい?何の話をーー」
「それは戻ってきてからな。待たせてるんだろ?」
「え?あぁ、まぁはい。では後で聞かせていただきますから」
話の脈絡についていけなかったが、これから任務があることも事実であるためひとまずの疑問は置いて当初の目的地へと足が向けられた。
その後、日がとっぷりと暮れた頃に再び高専に戻った
は
硝子が居るだろう医務室の扉をノックした。
「失礼します。硝子さん、お疲れさまです。戻りました」
「お疲れ。負傷は?」
「私は定期のみでしたから負傷は無しです」
「何より。コーヒーでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
備え付けの応接スペースの椅子に腰を下ろし、肩に掛けていたバッグを置く。
その間にコーヒーを淹れた硝子からカップを受け取り一口飲むと、小さく息を付き用件に戻った。
「それで行きがけの話ですが」
「あぁそれな」
硝子もコーヒーを傾けたので、
も
再び口をつけながら今朝方へと記憶を遡らせる。
何かしらの隠していた負傷を見つけようとしていたのだろうか?それにしてはいつもより暴き立てよう感が無かったが。それとも何か気になることでもーー
「お前、五条と付き合ってるって?」
「ごふっ!」
鼻からもコーヒーが出るかと思った。
予想外の暴投球に口元からコーヒーを滴らせながら呆然と硝子を見返す
に
当人は可笑しそうに笑った。
「ははは、予想以上の動揺っぷりだな(REC.)」
「ちょ!撮らな、ゴホッゴホッ!」
我に返れば液体が気道に入ってしまい盛大にむせた。
しばらくして咳も収まり、コーヒーが無残に散った床をきれいにし新しいコーヒーを手にした
に
先ほどと語調を変えぬまま硝子が続けた。
「いやー、だってお前この間の長期出張、五条と二人だったんだろ?」
「今に始まったことでは無いはずですが・・・」
「その割に動揺してたな」
「硝子さんがそんな根も葉もない噂に踊らされていたことに驚いたんですけどね」
「なんだ、つまらんな」
「私に面白さを求められても困りますよ」
「悪くない組み合わせだと思うがな」
有り得ない発言に脳がフリーズした。
「・・・・・・・・・はい?」
「随分溜めたな」
ニヤける硝子にしばらく眉間を揉んだ
は
深呼吸の後に口を開いた。
「お酒飲まれてます?」
「コーヒーだけな」
「御三家の方ですよ?」
「知ってる」
「しかもあの五条さんです」
「おぅ」
「パンピー出の平凡を地で行く私が釣り合うと?」
「そう言ってる」
「はん、ご冗談を」
どうやら酔っていないシラフでの発言なことで、
は
バッサリと切り返した。
「やけに言い切るな」
「有り得ませんから」
「根拠は?」
「御三家当主の坊々様なんてご立派な方は昔ながらのしきたりやなんだと決まってるでしょう。一般庶民には一生縁も関わり合いにすらならない話です」
「そーかぁ?」
「そもそもあの人が好意を寄せる人が存在してるなんて想像すらできませんよ、強いて言えば夏油さんとか?異性相手の場合って本当に人間なんですかね」
「ほーん」
「というか、あの人にこの間・・・(パシられ、嫌味、ウザ絡み、とばっちりエピソードetc...)」
か
ら滔々と止まる事ない愚痴、というかチクリを硝子は右から左へ華麗に聞き流す。
「・・・とまぁ、こういうクズな仕打ちを受けて私は散々迷惑を被ってるわけです」
「なるほどな」
「だから妙な認識を持たないで下さいよ」
「思うんだが」
「はい?」
「お前にそれだけ気を許してるってことにならないか?」
「・・・」
総括された一言に
は
処理落ちし完全に思考が放棄された。
その後、再起動し発言を否定できる根拠を音にしようとするもパクパクと反論が見つからず、歪な間が過ぎた後。
「ならないでしょ」
「間w」
「面白がってません?」
「割と真面目だぞ」
「あのですね、伊地知くんだって同じ目に遇ってます。だからこれは後輩を使い倒してる延長です」
「ヤケに必死に言い訳するな」
「だからそんなこと!・・・っ!」
硝子の言葉に思わず言い返そうとしたが、口で勝てる気がしない上に堂々巡りになると悟り残っていたコーヒーを一気に流し込み、カップをテーブルへと乱暴に
置いた。
ーーガンッーー
「ごちそうさまです。ご用件は済んだので、失礼します」
「
」
ショルダーバッグを肩にかけ足早に去ろうとする後輩を呼び止めた硝子に、
は
嫌々ながらも振り返った。
「私はお前が幸せならそれが一番だからな」
「・・・どうも」
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2026.02.02