ーーその関係性の名はーー
心許ない薄い月明かりの廊下を
は
苛立ちを隠せないまま歩いていく。
尊敬していた先輩からあの手の話をされるとは思わなかった。というか、この面倒から距離を置きたいのにわざわざ渦中に引き入れられるようなことにいささか
ショックでもあった。
(「ったくもう、硝子さんまでどうしてそういう・・・」)
「あれ、まだ居た」
今、最も距離を置きたいその人の声。
廊下の合流する一方からのんびりと歩いてきた悟に
は
隠すことないげんなり顔を向けた。
「え、まさか負傷した?え、ウソ、今日って定期巡回だけって言ってなかった?」
カチン、とくるような神経を逆撫でする言い方しかできない人だ。
その言葉の裏に含まれる『あの程度の等級のエリアで負傷なんてしたのか』という嫌味は、今のタイミングで聞くには最悪と言えた。
この本性がツラに出ないというのに、ツラが良いだけで無関係な自分が面倒に巻き込まれているなんて、本当にいい迷惑だ。
「はぁ・・・負傷なんてしてません。硝子さんの雑務に付き合っていただけです」
「の割に不機嫌じゃん」
「お陰様で」
誰の所為だ、と声高に言えないことがフラストレーションに拍車をかける。
は
面倒と厄介な思考から距離を取るように歩みを早める。今日はさっさと帰って寝てしまおう。安眠こそ正義だ。
が、どういうつもりなのかソレは後を付いて来る。
「任務は終わってるのでお帰りくださいお疲れさまでした」
「そういや、明日って暇でしょ?伊地知がやっとあの店予約してくれてさ〜」
いや、そもそも妙な勘繰りの矛先が自分に向いていることが原因だろう。
勝手に槍玉に挙げられているこの構図がそもそも気に入らない。
「明日は別の任務が入っているので無理です」
「この数量限定『メガ盛りふわふわクリームデラックスソルティキャラメルチョコレートパフェ3種のケーキ乗せ』ってのがさ二人以上必要なんだよね〜」
その場凌ぎの苦しい言い訳で今の面倒を回避しても、時間を置いてまた同じ事態が繰り返されることが想像に容易い。
「学長経由の依頼なので絶対無理です」
「任務調整なら伊地知がやるし、明日予定空けといてね〜」
ということはつまり、面倒の根幹を叩けば自分には今後七面倒臭いことに巻き込まれる必要がない、ということだ。
「んじゃ、時間はーー」
「五条さん」
「ん?」
半ば無意識に応酬していた
の
歩みがピタリと止まり、追いかけていた構図の悟に振り返った。
廊下で向き合う形になり、両者の間が沈黙で満たされる。
「え、何?」
「御三家って、歴史ある呪術名門の家系ですよね?」
「まぁ、そうだけど・・・・え、今聞くこと?」
「ということは、一般庶民じゃ想像が難しいですが強力な術式を持った家系との許嫁が居たり見合いしたりとかしないんですか?」
「・・・は?」
「五条さんってもうアラサーですよ?」
「まだ25だわ」
「さっさと身を固めないんですか?」
「・・・」
「そういえば、歌姫さんとよくーー」
ーーガシッーー
「待て待て待て」
捲し立てる
に
悟は思わず肩を掴んだ。
見下される形になるも怪訝そうに見返す
に
悟は続ける。
「今、カフェに行く話しをてたよね?」
「さっさと結婚しないのかって話しをしてましたが?」
「・・・」
「黙っても現実は変わーーうわっ!」
言いかけた
を
小脇に抱えた悟は、大股で医務室へと歩みを進める。
そして、
ーーバダンッ!ーー
「硝子!」
「うるせっ」
ノックもなく荒々しく扉を開けられたことで、硝子からの低い恫喝が返される。
だが、入り口に立つ2名の姿を認めた硝子は気怠けに返した。
「何だお前らか」
「ちょっと、何が異常無しだよ異常ありありだよ」
「藪から棒だな。今朝診たときは
に
異常は無いって言ったろ」
「だから異常だって」
「・・・当人を目の前に異常者呼ばわりするの止めてください。あといい加減下ろせ」
荷物のように脇に抱えられた
が、
持ち前の身軽さを活かして悟の腰にゲシッと蹴りを入れる。
ようやく解放された
は
大きく悟と距離を置いたところで不機嫌そうな表情を浮かべていれば、つい先程の別れとなった硝子が問うた。
「
、
お前帰ったんじゃないのか?」
「帰ってましたが拉致られたんです」
「話してるの僕なんだけど!」
「だからうるせぇ五条」
ぴしゃりと切り返され悟は不満そうに口を尖らせる。
騒音が収まったところで硝子は改めて事情を聞いた。
「で?痴話喧嘩なら聞かんぞ」
「いや、だから私は帰るとーー」
ーーガシッーー
「硝子、いいからさっさと
に
反転かけてよ」
「面倒な奴らだな、何があったか要点だけ言え」
去ろうとした
の
腕を確保した悟とその拘束を外そうと奮闘する
の
両者から食い違う話を一通り聞き終えた硝子は、懐に入れていたタバコに火を付けた。
「なるほどな」
「ほら、やっぱり僕の言った通りじゃん」
「私は真っ当な事しか言ってないはずですけど」
「よーしお前ら、手っ取り早い解決方法がある。教えてやるから黙れ」
硝子の言葉に言い争いは静まる。
従順に応じる様子に、まず硝子は
に
向いた。
「それじゃまず
、
お前廊下に出て右側に出ろ」
「え、それだけですか?」
「それだけ、簡単だろ」
「ま、まぁ」
呪具の入ったショルダーバッグを担いだ
は
言われた通り、医務室の廊下へと出ていく。
次いで、硝子は不貞腐れ顔の悟に顎で指した。
「んで、五条。お前は廊下に出て左だ」
「ちょーっと、体よく追い出すって?」
「ちげーよ。出れば分かるわ」
硝子の言葉に、渋々といった体で悟も廊下の左側へと出た。
その後に付いてきた硝子に、先に廊下に出ていた
が
不審そうに訊ねた。
「それで硝子さん、これかーー」
ーーバタンッ、ガチャーー
瞬間、医務室の扉は勢いよく閉められた上に施錠音まで上がる。
文字通りの締め出しだ。
呆気にとられるしかない
と
悟に扉越しに硝子は声を張った。
『お前ら二人の問題だ、腹割って話せ。ドア壊したら学長に連絡するかんな。以上、解散、お疲れ』
「「・・・」」
往く場所を失った
と
悟は屋外の自販機エリアへと向かう事となった。
帰り道の途中でもあったため、そのまま帰ろうとした
を
悟に物理的に止められ両者は再び向き合うこととなる。
「そんで、どうしてあんな素っ頓狂な話になったわけ?」
「・・・」
「言う気無いなら伊地知に聞くけど」
「止めてください、胃に穴を開かせちゃいます」
「おま、僕の話は無視するくせに・・・」
苛立ちを見せる悟にベンチに座っていた
は
怪訝な表情を返したが、興味を失ったのか小さくため息を吐いて続けた。
「はぁ、どうかしてたのは認めます。なんだかもう・・・色々面倒で手っ取り早い方法がこれだな、って思いまして」
「それでがどうして見合いだよ」
「笑ってもらっていいんですが、五条さん目当てで新人から色々聞かれるのが続いてまして正直、うんざりしてたんです」
「・・・」
「それに飽き足らず私に対しても邪推されたので、もう身を固めて貰えればそういう話も消えるなと思ったんですよ」
「・・・・・・」
そう、面倒の根幹。
それはこの外面の良い先輩が独身でなくなれば、要らぬ矛先も面倒も消えてくれるというもの。
安直だが自身の思惑で近づきたい目的の大多数は公の事実に退くことが予想される。それでも近づく如何わしい目的の少数派は当人に処理させれば問題ない、は
ずだ。
頭が一杯だっただあの時はこれこそが最善手、と考えたわけだが冷静になった今になって改めて言葉にすると段々と短絡的な気がしてきていたたまれない気持ち
が募ってきた。
特に、当人を目の前でその人から無反応なのが普段との落差で不気味だ。
「あの・・・無言だと私が恥ずかしいんですけど」
「聞きたいんだけどさ」
稀に聞く真剣な声が響く。
思わず顔を上げれば壁際に立ったその人はいつの間にか外された目隠しから、闇をも見通す蒼天の瞳で
を
射た。
「それってお前がそいつらに嫉妬したってこと?」
二人の間を夜風が駆ける。
今放たれた言葉を反芻するよう
は
身動きを止める。
そして、風に遊ばれた
の
後れ毛が元に戻ったころ
は
ゆっくりと口を開いた。
「いいえ、それは全く」
気不味さを粉砕する完全否定のそれに、悟から低い疑問符だけがこぼれた。
「・・・は?」
「私が抱いたのは言葉通りです。辟易して任務に支障が出そうっていう話しです」
「・・・」
「そもそもプライベートな話を仕事場に持ち込まれること自体、私マジ嫌いですから」
が
重ねる言葉の度に悟から表情は消え、終いには首がうなだれていく。
「とはいえ、五条さんに強要するのも違う話でしたよね。そこはすみませんでした。この件はどうにか対策を立てますので」
じゃ、お疲れですと荷物を肩に
は
颯爽と帰っていく。
その足取りは軽く、とても誰かさんに嫉妬していた心を隠すものではない意気揚々としたものだった。
呆然と取り残された男に、からかいと同情がにじむ声がかけられる。
「いやー、見事な玉砕ぶりだな」
「傷心の同級生にかける第一声がそれ?」
いつの間に現れたのか、悟の同期である硝子が白衣を引っ掛けた姿で感心したように呟いた。
そしてフラフラとベンチへと沈む悟を横目に、自販機で飲み物を買い始めた。
「お前、ボロクソ言われていたぞ。小学生並のちょっかいのかけ方だな。普段、どういう対応してんだよ」
「・・・」
「夏油と一緒に居たんだ、多少なりとも女に対しての気遣いとか見てたはずだろうが」
「あいつは、非術者と違うでしょ」
「気遣いについては変わらんだろ」
「オーバーキル止めて」
完全に不貞腐れた悟に、硝子は肩越しに一瞥だけ投げる。
これが日本で最高実力者の術師であると誰が思おうか。
共に過ごした学生時代からも、もうひとりの同期とは違ってワガママで不器用で短絡的。ある意味、箱入りの典型であったこともあって後輩陣との折り合いは一
番悪い方だった。
それがどういう経緯か、こういう事態になっているのは傍目に見ている分にはまぁまぁ面白い状況ではある。
「ねぇ」
「面倒なことなら知らんぞ」
「・・・あいつって傑が好きなの?」
「・・・」
本日二度目のかつての同期の名を聞いたことで、硝子は思わず吹き出した。
「ぶっ!」
「ちょ!笑い事じゃないんだけど!」
「はは!あー、お前らホントウケるわ」
「ウケないし!」
「あーあ、あいつも板挟みにされてご愁傷さまだな」
タバコに火をつけ咥えた硝子は、隣でぎゃんぎゃんと騒ぐ同期を無視しながら立ち上る煙を見上げた。
先輩後輩でもない、上司部下とも違う。同僚と呼ぶにはいささか的ハズレ。
では友達かと問われれば、命を張っている中では少し違う気がする。どちらかと言えば戦友、同志、仲間という名前が近しいだろう。
だが、この両者を見ていると称される名称は現状では決まってしまった。
「ま、このまま一方通行で終わりたくないならやり方変えろ」
「ちょっと!僕が空回りしてるみたいじゃん!」
「事実だろうが」
「何回もカフェ行ってるもん!」
「それ仕事の範疇だと思われてるぞ」
「・・・マジか」
肩を落とす悟に、つーか、あいつそこまで甘いもの好きじゃないしな、とトドメで応じた硝子は一息吸った煙を吐き出す。
とはいえ、その関係も早々に変わるかもしれない。
向こうは真面目過ぎて他意を排した言葉を額面通りに受け取っている。ここに本来の意味を知らしめればどう転ぶかは分からない。
とはいえ、不器用同士である故そのうちなし崩し的な関係に落ち着く可能性もさもありなんとは思うが。
「ま、お前らの好きにやってくれ」
今しばらく、淡い関係を傍観して楽しめそうだ。
買った甘ったるい飲み物を唸る悟の横に置いて言い捨てると硝子は医務室へと足を向けるのだった。
ーー数日後、とある術師の婚約速報により一時任務が滞る事となるのだった
「伊地知くんお疲れさま」
伊「
さ
ん!あ、あの話しは本当ですか!?」
「ん?あぁ、学長から聞いたの?」
伊「き、聞きましたが!突然どうして!」
「どうしてって・・・まぁ、あれだよ流れで?」
伊「なんで疑問系なんですか!?」
「別に焦ること無いでしょ、任務には支障出さないからさ」
伊「そんな!支障なんてどころの話じゃーー」
ーードゴーーーンッ!ーー
『おいー!いい加減そっちのイケメンを病院に寄越すな!業務妨害だっ!!』
家「おー、そりゃ悪い。学長に言っとくわ」
『あと妙な言いがかりも止めさせろ!婚約者出せって誰の話だよ!こちとらほぼ既婚勢だわっ!』
家「ははー、あいつはまた斜め上のやり方しかしでかさない奴だなー」
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2026.02.02