ーーもう一つの選択ーー























































































































古風な屋敷の一角。
うららかな昼下がりに、離れである小部屋では流れるような解説が続いていた。

「ーーなので、これは動詞に分類されるわけです。主な分類として現在進行形、動名詞、そして分詞の3つです」
「・・・よく分かんない」
「同じく」

解説を無に帰すような返し。
だが、それを受けた は怒るでもなく先ほどと同じ語調で続けた。

「何も今、全部を理解しろとは言ってません。詳しいことはこの後に解説するので最初は頭の隅にでも置いておけばいいんです」
「でも、中学レベルの英語覚えたって仕方なくない?」
「しゃべれるようになるわけじゃないし」
「そういう生意気な事は覚えてから言うのが筋ですね。簡単な日常会話と言われるものは中学で習う単語を網羅していれば可能と言われます」
「「マジ!?」」
「で、でも!この前、あんたが真奈美の代わりに話してたのって難しい感じだったじゃん!」
「絶対中学レベルの単語じゃないし」
「はぁ・・・あの時のは英語じゃなくてドイツ語なので別物ですよ」
「「マジか!?」」

滔々と応酬していた だったがこれ以上のやり取りを打ち切るようにテーブルを叩いた。

ーードンッ!ーー
「って、なんであなた達にのんきに英語の教鞭を取らないといけないんですか」
「今更」
「夏油様があんたが適任だって」
「・・・」

そういう意味じゃないっつーの。
頭痛で重い頭を抱えながら、室内に居座るもうひとりを は睨みつける。
するとすぐに気付いたらしく、悪びれるでもなく向こうは笑い返した。

「まぁまぁ、いいじゃない。時間持て余してるんでしょ?それにこうやって対外向けの理由付けだってしてるんだし」
「捕虜を教師にしてることが問題だと言う私の言葉を理解する人は皆無なんですか?」
「だ・か・ら、脅された体に見えるようにあたしがこうして見張りしてるんじゃないv」
「・・・はぁ」

語尾のハートがうざい。
どうかしている。
たとえ丸腰だとしても、自身は敵対相手であって同じテーブルを囲んでのんきに勉強を教わる状況がそもそもあり得ないというのに。

「私に教わるくらいなら、お仲間の方にやってもらえばいいでしょ」
「えー、真奈美に教わるのはなんかやだ」
「同じく」
「敵に教わるよかよほど健全でしょうが」
「だってー、あいつ夏油様とやたら一緒に居るし」
「・・・殺意」
「ちゃんと教えてくれるか信用できないよね」
「うん」
「・・・」

うわ、女同士の牽制を見せられているようで余計に面倒くさい。

「うふっ、まぁ傑ちゃんは人気者だからね」
「あなた方の思惑はどうあれ、結局私には一切無関係なんですけどね」
「でも文句言いながらも教えてくれるなんて、あなたも相当なお人好しね」
「Don't be ridiculous. I'm not telling guys this out of the kindness.」『冗談じゃない、私が親切に好きで教えてるわけ無いでしょうが』
「あん、あたしは英語はむ・りだから、何言われても知らないわよぉ」
「...You've even though have a balls, shit!『玉付きのくせに、ク ソが
「ちょっと!酷いこと言わないでくれる!!」
「意味分かってるじゃないですか」

そう切り返せば、どういう意味だなんの話だとまた騒ぎが大きくなる。
己が求める静寂さとは程遠い状況に、 は何度目とも分からない深い溜め息をこぼすのだった。


















































深夜。
手入れの行き届いた庭に草を踏む音が静かに上がる。
そして部屋のそばで待っていたらしいラウルは訪客を警戒するでもなく親しげに声をかけた。

「お帰りなさい、傑ちゃん」
「ただいま。今日は急な頼みをしてしまって悪かったね」
「あらん、気にしないでちょうだい」

縁側から一室に入り、扉が閉められたタイミングで傑は再び口を開いた。

「それで、どんな様子だった?」
「ミミナナは文句言いながらだけど、話し聞いてたみたいよ。あの子の説明が分かりやすかったみたいね」
「高専でもたまに授業を受け持ってたらしいからね。その辺りはまぁ、予想通りかな」

含み笑いで応じた傑は脱いだ輪袈裟を法衣掛けに通しながら気軽に応じる。
まるで最初から分かっていたような答え。
特級を冠する男が絶対の信を置いている物言いは、敵情視察の分析から上がっていた情報とは食い違っていたことでラウルは前々から気になっていた疑問を投げ た。

「ねぇ、あの子って本当に言われるほど落ちこぼれだったの?」

ラウルのその言葉に傑の手が止まる。

「傑ちゃんの手当の手際を見てたけど、普通にお医者さんで通じるレベルだったわ。
それに機材も揃っていないからできない、って風にはならないで代わりになる指示を出せるのってただ学校で学んだだけでどうにかなるレベルじゃないと思うん だけど。
その上、傑ちゃんが出向いた呪霊を一人で対応していたなら術師としてもそれなりなはずよね?」

滔々と語られる的確な指摘を反論すること無く聞いていた傑は、しばらくして手元を再び動かしながら、険を含めた言葉を返した。

「高専上層部が正当な評価をできる連中じゃないのは知ってるだろ」
「それはそうだけど・・・正直、あそこまで有能だと嫌味の一つも言いたくなるわ」
「当人もそれを自覚してくれるなら良かったんだけどね。どうにも他人に発揮できる観察眼は自分には向けれない子でね、自分を軽く見すぎているところがいつ もやきもきさせるよ」

対外向け装いを外し終え、浴衣姿となった傑にラウルはお茶を淹れた。
礼を言ってそれを受け取った傑へ他の連絡事項の報告を済ませ終える。
本来ならそれで退室するところだが、今日に限ってはまだ仕事は終わっていなかった。

「それで?」
「ん?」

やり取りの最中、話してくれるかと思ったがそれがないためラウルから水を差し向けた。

「あたしを見張りにしたのは単なる監視だけじゃ無いじゃない?何を確認して欲しかったの?」
「・・・」

回りくどさを排した直球の問い。
浅い付き合いではない二人だからこそ可能な踏み込んだそれに、静かに湯呑を置いた傑は逡巡したのち言いにくそうに問うた。

「様子はどうだった?」
「どうと言われてもね・・・ほら、あんな状況だったから苛立ってはいたわよ。とはいえ文句言いながらも色々教えてたけどね」
「そうか、元気そうなら良かったよ」
「あら、あの子体調でも悪いの?」

わずかに陰った表情が晴れたが、ラウルの問いに傑は腕を組むとしばし思案顔を浮かべた。

「・・・彼女の行動範囲はあの部屋と周辺の庭に限ってたんだが、最後に見た時に部屋に花が飾られててね」
「花?でも、誰かが飾るわけ・・・」
「あぁ、恐らく庭で咲いてたものを摘んで飾ってたんだと思う」
「あら、案外女の子らしいことするじゃない」
「はは、彼女は目的もなくそういうことはしないよ」
「どういうこと?まさか庭にあるその花で傑ちゃんを毒殺でもしようとしてるっていうの?」
「それは無いかな。けど、今自分が置かれている状況が分からない子じゃない。無茶を通せば逃げられなくもないだろうが、どうもそういうことを考えているよ うにも見えないし・・・」

目的が分からない故に行動の真意を掴みたい。
だが、当人が素直に話すのは当然あり得ない。
だからこそ行動や状況から探ろうと思っていたが中々に難しい。

「それで思ったのが、彼女自身が必要だったのかなってね」
「でも・・・庭にある花なんてたかが知れてるじゃない。一体何に・・・」

ラウルの言葉に、傑は眉間を揉むようにして思案を深めた。
学生時代から部屋にわざわざ花を飾っていたとは聞いたことはない、そんなことをしていれば同期が話題にしないことはないだろう。
己の力量を自覚し現実主義である性格を考えれば、どう考えても目的があったという結論にしかならない。
術式が絡んでいることもあり得ない。
となれば、高い医療知識を持つ彼女なら有り得そうな可能性が一つ残っている。

「確か、私の手当をしている最中に傷が開いたっていう話しがあったけど・・・」
「ん?えぇ、でも傷を直接見たわけじゃないし、あの時は傑ちゃんの血で汚れてたからはっきりとしたことは言えないんだけどね」
「もし傷が開いていたとしてそれが原因で不調を来していたとしたら、治療の最中なら自分に薬をいくらでも打てるけど、終わった今となってはそうはいかない んじゃないか?」

傑の指摘にラウルも考え込む。
復帰しているとはいえ、先日の負傷が完治するほど日は経っていない。
何より 自身が負傷者だった最中に傑の治療が行われたという事実が目の前にある。

「確かに、部屋に戻る時に武器になりそうなものは無いか一応確認はしたけど・・・」
「仮にあの子が体調を崩していたとして、私達に素直に言う子じゃないし、自分でどうにかしてしまおうと考える方が自然だからね」
「え、じゃぁ・・・」

知識として植物に薬効があるというのは知っている。だが、どれがどんな効果を持つかなどの知識は持ち合わせていない。
まして現代医療を知っていれば、そんなものより効果が高い薬で済ませられる。
では彼女は?
医療処置の手際も薬の知識もこの場の誰よりも高い。でも現代医学の先端を知るものがわざわざそんなことを知り得るのだろうか?
もんもんと本格的に考え出すラウルに、傑は飲みかけの湯呑を持ちながら不敵に笑った。

「だから見張りも兼ねて倒れてないか気になってね」
「そこは素直に心配になったって言ったほうが可愛げがあるわよ」
「はは、言ったところで受け取ってもらえないからね」

軽口を叩きながらもその裏にある不器用な心配が見えたことでラウルは小さく息を吐いた。

「それで?」
「うん?もう確認してもらったから話はーー」
「違うわよ」

本当に聞かねばならないことはまだ得ていない。
きっと彼に苦しい決断を迫るざるを得ない答え。

「あの子をこれからどうするの?」
「・・・」

今までの気遣いを排した、組織を束ねる長の判断を質す問い。

「有能な子だし、組織のために残ってもらえるならこれ以上の人材は無いわ。
高専の術師ということを差し引いてもね。
でも、あの子に対して風当たりが強まっているのも事実なのよ。だからあえてミミナナを巻き込んで一人にさせないようにしているんでしょう?」
「面白いことを考えるね」

ラウルの問いにヒヤリとさせる笑みが返される。
だがこれまでのやり取りを聞いていれば、痛々しいとさえ錯覚してしまうほどだが傑はなおも笑んだ無感情のまま続けた。

「彼女は呪術師で敵だよ。殺すことはあっても家族に迎えるなんてことはできないよ」
「組織にとってはそういう考えは間違いじゃないかもだけど・・・傑ちゃんは?」

長としての答えを求めていたはずのラウルの個への問いに傑の表情は消える。

「あなたはどうしたいの?」

重ねた問いに、傑は小さく息を吐くと表情を変えぬまま立ち上がった。

「私は大義のために成すことをするだけだよ」

それだけ言い残すと、ラウルの続きを待たず傑は部屋を出る。
一人残された薄暗い部屋でラウルも同じように詰めていた息を吐いた。

「はぁ・・・あたしは、あなたにこそあの子が必要だと思うんだけどね」

静寂となる空間に困ったような声が響くが、宵闇はすべてを飲み込み元の静寂へと返って行くのだった。
































































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2026.03.28