ーーもう一つの選択ーー





















































































































敵の手中に落ち、数日が経過した。
囚われの身であるが、食事は運ばれ、手当の器材も運ばれてくる。
ただ、当然ながら武器や逃走の助けになりそうなものは一切含まれていなかった。
場所が場所、状況が状況だけに差し入れられるものの水以外を拒否し続けている はこの場に立ち入る悉くを追い返す日々。
そんな牢獄というには明るい和室の一室の窓辺に寄りかかり、代わり映えしない和風庭園を眺めていた に声がかかった。

「顔色が良くないね」

かけられた声に視線だけ移す。
和室の入口に立つ五条袈裟姿でこちらを見下ろす傑に は視線を眇めただけで再び元の位置へと戻した。

「食事にもほとんど手をつけてないようだし」
「・・・」
「毒は入れてないんだ、少しでも食べないと身が保たないよ」
「・・・」
「それに睡眠もそこまで取ってないね、眠れないのかい?」
「・・・」


固く沈黙を守る にしびれを切らしたのか、傑は入り口から距離を詰めると窓辺に同じように座り続けた。

「私とくらい話をしてくれてもいいんじゃないか?」

困ったように気弱に笑いかける傑に は視線は合わさぬまま深々とため息をついた。

「はぁ・・・軟禁されてる身の上なんですけど。どうして敵であるあなたの言葉を鵜呑みにしないといけないんですか
「手厳しいね」
「事実しか言っていません」

ピシャリと言い返した は不機嫌さを隠すことなく言い返す。
拒絶する言葉、頑なな態度。
再会した時から変わっていない冷えた関係を理解しつつも、傑は手を伸ばし今は下ろされた の髪を掬った。

「君は私を許さないだろうね」
「・・・」
「分かっていたことだけどね」

沈黙が二人を包む。
できるならいつものように部屋から追い出してやりたかった。
だが、いつもならできる行動ができない。
痛みを錯覚させる時間の流れに、先に耐えられなくなった は声を絞り出した。

「じゃあ・・・なんで、助けたんですか?」

声に苛立ちが滲む。
ゆっくりと動いた視線を合わせた の表情に傑は目を見張った。
声音とは裏腹の、今にも泣きそうなのに決して涙を流すまいと、どうにか踏み留まろうと足掻いている顔。
もうこれ以上声を震わせまいと、 は唇を噛みながらこれまでの記憶を辿る。
こうなる直前の記憶は忘れることなく覚えていた。
ありふれた無知な好奇心を持った非術者が呪霊に襲われたための救出及び祓除任務だった。
トドメの間際、錯乱した非術者が介入したことで呪霊を祓う一撃は逸れ、代わりに放たれたカウンターを身代わりとして引き受け致命傷を負った。
意識が沈む間際、自身の失態に悪態を付きそうになり、自身の訃報に心を痛めるだろう先輩や同期への申し訳無さが募った。
だが、意識を取り戻した状況はご覧の通りとなっている。

「放っておけば良かったんです、どうせあの程度の呪霊に勝てないなら遅かれ早かれーー」
ーーパンッ!ーー

乾いた音が響き続きを遮った。
しかし は特に驚いた反応は見せず、ただ傑を見据えるだけ。
そんな を傑の方が痛々しそうに見つめ返した。

「そうやって君は命を投げ出すばかりだ」
「・・・」
「君が身を挺して守る価値のある人間じゃなかった」
「・・・」
「もう呪術師なんて辞めてくれ」
「・・・貴方に言われる筋合いなんてーー」
「殺してあげるよ」

その言葉に初めて の表情に暗い以外の感情が走る。
しかしそれも瞬く間に懐疑のものへと変わる。
傑は続けた。

「そんなに死にたいなら、私が君を殺す」
「・・・見殺しにもできなかったくせに」
「君の意志を確かめずに手を下せなかっただけだ」

命の奪い合いを告げる会話。
それなのに交わされるのはまるで敵同士とは思えない願い乞うやりとり。

「嘘をつくのが上手になりましたね」

行動が伴っていない現状に、 は吐き捨てるように告げた。

「昔の貴方はもっと分かり易かった」
「処世術はサル相手だと磨きがかかるようだからね」
「私相手でも発揮されてるなら何よりじゃないですか」
「君に嘘をついたことはないよ」

傑の返答に は傷付いたように表情を歪めた。
そしてそれ以上顔を見てられなくなったのか、傑から隠れるように身体ごと背を向ける。
目の前で見せられた全てを拒む様子の に傑は仕方なさそうにため息を付くと、腰を上げ再度言い含めるように告げた。

「今日はちゃんと食べてゆっくり眠ってくれ」
「・・・」
「それができないなら私が腕尽くで実力行使する事になるからね」

から返答が返らないことでしばらく傑は待っていたが、やはり言葉は返らない。
諦めたように嘆息するとゆっくりと部屋の外へと歩き出した。

「・・・嘘つき」

立ち去る後ろ背に小さく声が返される。
震えた の一言に一瞬、傑は足を止めたが振り返ることなくそのまま部屋を後にした。
障子戸が閉められた軽い音が退室したことを示し、 は体勢を戻し再び庭園へと投げやりな視線を向ける。
窓辺に頭を預けていた は深くため息を吐くも、心中が僅かでも晴れることはなかった。
































































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2025.05.30