ーーもう一つの選択ーー





















































































































意識の認識が暗い底から水面への覚醒側へと向かっていく。
それと同時に身体は本来の重量を思い出したように四肢の感覚が繋がっていくのが分かる。
全身に重しを乗せられているようで覚醒したくない気持ちもあったが、あまり寝過ぎては身体が鈍るし仕事が増えるのはごめんだ。
嫌々ながらも閉じていた瞼をどうにか持ち上げてみれば、見覚えのない天井が飛び込んできた。

(「・・・ここ、高専じゃーー」)
「あら、目が覚めた?」

聞き覚えのない声に視線をずらす。
すると飛び込んできたのは、筋骨隆々な半裸の出立ちには目立つハート型のファンシーなニップルシール。
しかも素肌に直。
負傷の最中、目覚めたて直後に見るにはハード過ぎる絵面だ。
予想以上に突飛な状況に、どう返すべきかと考えを巡らせていれば相手の方が先に口を開いた。

「聞いてた通り肝が据わった子ね」
「・・・」
「あぁ、そう警戒しないで。取って食いやしないわ」
「・・・ここは?」
「そうね、まずは飲み物と食事、用意しないとね。質問はその後に答えてあげるv」

一方的に喋られ、男(?)は部屋から出て行った。
なんだろうあの自分中心で話を進める奔放な唯我独尊感、デジャヴだ。
起き抜けから気力へのダメージを受けたが、このまま悠長に寝ているわけにはいかなくなった。
は痛む身体でどうにか起き上がり自身の状況を確認する。
身に付けているのは見覚えのない浴衣、手当を終えたことが分かる至る所に巻かれた包帯。
当然、室内も見覚えがない上に、手近なところに私物も呪具も無いとなれば全て失ったと考えるべきか。
痛みが残る両手を何度か開いて握り、ひとまずは毒の類は盛られていない事を確認して立ち上がる。
さっきの男、術師だ。
丸腰となっている上、この場所も正体も分からないのにじっと留まるなんて選択肢があり得るはずもない。
は動かすたびに軋む身体に鞭打ち、近くに人の気配が無いことを確認すると部屋抜け出した。

ところ変わり。
の部屋へと向かう長い廊下には甲高い非難の声が響いていた。

「ちょっと、ラウル!なんであんな奴の看病してんのよ!」
「あたしに言われてもね、でも気になってる子らしいし」

両手に持ったお盆の上には飲み物と病人食らしい軽食が乗せられている。
それを持って歩く筋骨隆々とした男の後ろには、セーラー服姿の茶髪の少女が眦を釣り上げ更に声を荒げた。

「そんなこと言ってんじゃなくて!敵を看病してどーすんのって話ししてんでしょ!」
「私はただ傑ちゃんが悲しむ顔見たくないだけよ?」
「ちょっと!いい加減に夏油様をちゃん付けて呼ぶのやめなさいよ!」
「もー、キャンキャンうるさいわねぇ、あの子がびっくりして逃げちゃうでしょ」

嗜めつつ手慣れた様子で文句をスルーしたラウルは目的の障子戸を開けた。
しかし、室内は無人。
先ほどまで布団に居たことが分かる形跡だけを残した室内を見た菜々子は、小馬鹿にしたように隣を見上げた。

「あんたの格好見た方が逃げたくなるってことじゃん」
「んま!失礼ね!」















































































































「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

部屋を抜け出した は気配を探りつつ、人気がない廊下を進んでいた。
応急処置だけされた身体は当然と重く、体力・呪力共に回復しきっていない現状では敵に見つかれは簡単に捕まってしまう。
だからこそ、すぐにでもこの場を離れられる道を探しているのだが・・・

(「何か、おかしい・・・」)

部屋を出てから、廊下が続くばかりで出口らしい出口に辿り着けない。
自身が寝かされていた部屋の造りから、それなりの規模の大きさの屋敷だろうことは分かっていた。
だからこそ、最も異様なことに進むほどに警戒心が高まっていく。

(「人の気配が、ない・・・無人の割に荒れてもない・・・」)

初めて遭遇した状況ではないが、タイミングが最悪だ。
何かの術式に嵌っていると考えるのが妥当なのだが、本調子には程遠い現状では気配が探れないため大元を直接叩くこともできない。
はそれまで動かし続けていた足を止め、壁に手を付くと呪力が薄い場所を探し始める。
武器らしい手持ちは今はない。
ならば取れるべき選択肢はひとつだけだ。

(「よし・・・」)

探っていた場所を見つけ目を閉じた。
この際、苦手だからできないなどと言ってられない。
呪力を練り上げ、右拳に集中させる。
可能な限り全てを、そして鋭く・・・現時点での一撃を叩き込む

ーードゴーーーンッ!ーー

呪力で覆った拳で壁に穴が開く。
どうにか通り抜けられるほどの穴だが、今は選り好みできる状況ではないためすぐに飛び込み屋敷の外へと通じる場所を目指し走り出した。

(「兎に角、出ぐーー」)
ーードンッ!ーー
「おっと」

誰かとぶつかったと理解するまで時間を要すほど、全ての感覚が突き抜ける痛みで覆われる。
激痛をどうにかやり過ごし、壁に手をつき倒れまいと体勢を支える は喘ぎながら戻ってきた感覚にどうにか自分以外の存在を認識した。

「っ・・・」
「もう動けるとは流石だね」
「!」

幻聴か?
いや、痛みで遠い記憶が重なっただけだ。
だってこの場この声が聞こえるはずが・・・

「やぁ」

恐る恐る視線を上げればかち合う視線。
相手を認識した瞬間、すとん、と血液が体外へ流れ落ちた錯覚さえ起こした。
目の前に立っていたのは、特級呪詛師・夏油傑。
怒涛のような感情が溢れ出す。
今すべきことはこの場から逃げることだと分かっているのに、叩きつけるなら恨み言だと決めていたのに、全てが無視され口から出たのは月並みの言葉だった。

「・・・なん、で」
「答えてもいいけど、場所を変えよう。病み上がりの上、君のそんな格好も誰かに見せたくないしね」

穏やかに語られながらこちらに伸ばされた手に、我に返った は反射的に跳ねつけた。

ーーパシッ!ーー

だが、その瞬間に走った鋭い痛みがついに膝を付かせた。

「っ!」
「ほら、まだ傷は塞がっていないんだ。無理はしないほうがいい」

昔と変わらない、後輩を慮る声。
だが、全てが変わった。
こうやって対峙している両者は正反対の立場にいる。

「・・・どういうつもりですか?」
「何がだい?」
「・・・」
「そんな怖い顔をしないでくれ」
「させているのは貴方です」

まるで手負いの獣のように、傑が近づくことを拒む。
射殺せるほど睨みつける相手にやれやれ、と困ったように肩を竦めた傑は膝を折ると と視線を合わせ続けた。

「兎も角、危害を加えるつもりはないよ。傷が開く前に横になってくれ」

なおも抵抗を見せた だったが、それ以上痛みで動けなくなったため傑に抱え上げられる。
途中、呪詛師の仲間らしい相手と言葉を交わした傑だったが、会話から情報らしい情報は得られないまま再び同じ部屋に戻された。
痛みのために運ばれている間は暴れなかった だったが、部屋に戻ってからは再び睨み合いが再開される。
とはいえ、好戦的なのは一方のみでもう一方はのらりくらりと躱す体は変わらずだった。

「どういうつもりですか?」

同じ質問を は繰り返す。
はぐらかす事を許さない、今にも襲いかかりそうなほどの睥睨。
それから逃げることなく、傑はゆっくりと口を開いた。

「まずは傷を癒すのが先じゃないかな」
「質問に答えてください」
「今の君に答えたくはないね」

突き放す言葉に、敵意を向けていたはずの は一瞬、息を呑んだ。
しかしそれを悟られまいと視線はますます鋭くなる。
だが淡々とした態度のまま傑は言い含めるように続けた。

「もう気付いていると思うけど、この部屋からは私の許可がないと出られない。
さっき出られたのはーー」
「わざとだと言うのは知ってます」
「何よりだ」

抵抗が無駄であることをわざわざ示すように言い残した傑はそのまま部屋を後にする。
障子戸が閉まれば、部屋は当然と静寂が戻ってきた。
思いがけない望まぬ再会と自身が置かれた状況、そして目を逸らし蓋をしたはずの感情。
これまでにないジレンマに陥った はただ己が身を掻き抱くしかできなかった。
































































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2025.05.30