ーーそれでも前へーー
所変わり、高専医務室。
ベッド脇に腰を下ろしていた硝子はソファーでくつろぐ悟へ鋭い一瞥を投げつけた。
「おい五条。お前、人の話し何聞いてんだ」
タバコを咥えたまま硝子は苛立ちを隠さぬ声をこの場のもう一人へと刺していた。
「様子見てこいってのをどう聞いたらボコってこいって解釈になるんだ」
「やー、ちょっと勢い余っちった」
「・・・」
「すんませーん」
態度が伴わない行動に硝子の視線はますます険しくなった。
「しかも意識失うまではやり過ぎだ、どクズ」
「ちょーい、それは激しすぎる誤解だよ。元々呪骸相手の後に僕が少しだけ相手してやったの」
「ボコったことに変わりないだろ」
「どんだけ信用無いの?」
もはや開き直っている悟へ硝子は深々とため息を吐くと腰を上げ、昂ぶった感情を落ち着かせようと淹れたコーヒーに口をつけた。
「お前が近接をわざわざ鍛錬してやるって、どういう腹積もりだ?」
「それ僕に言われてもね」
「・・・ん?
が自分で始めてたのか?」
「そーみたい」
悟からの言葉に、それまでの勢いが無くなった硝子は思案を深めた。
「近接できることに越した事はないだろうが・・・」
「今更ムダな足掻きだよね〜」
「お前、どうせまたそういうデリカシーに欠けたこと言ったんだろうな」
「どゆこと?僕は事実しか言わないイケメンだけど?」
「はぁ・・・」
呆れるしかない硝子は再びカップを傾ける。
その後、ベッドで眠る
を一瞥し仕方なさそうに嘆息した。
「ま、手加減しないお前だから、か」
「え?
って被虐趣味!?」
「お前マジで一回殴られて顔面歪め」
診療用の椅子に腰掛けた硝子は、机にカップを置くと足を組みベッドに視線を向けながら続ける。
「こいつは相変わらず自分が傷付くのは厭わない。拍車がかかってきてるのが目に余る」
「ま、近接もこなせんならそれはそれで強みでしょ。相手したけどスジは悪くはなかったし」
「長物は苦手だったろう」
「それは相変わらず。木刀の半分の長さ、遠心力かからない辺りまでがギリだね」
「本人に言ってやれ」
「んなこと、もう分かってるでしょ」
気安く応じながら悟は医務室内の冷蔵庫を開け、いつの間にか入れていた菓子を頬張りながら硝子と同じくベッドに視線を向けた。
「ホント、コイツってば器用貧乏だよね」
「お前が言うと嫌味にしか聞こえん」
「えー」
「呪力のキャパと身体能力を考えて、こいつなりに悩んでんだろ」
「毎度毎度、負傷してるけど」
「楽だからな」
悟へ即答した硝子だったが、言い返された当人は口元を隠したわざとらしい仕草を見せた。
「やっぱり、
はマzーー」
「そういう意味じゃない」
完璧に誤解が進んでいる悟に硝子がぴしゃりと引っ叩く勢いで告げた。
「他人が傷付くより、自分が傷付く方がコイツ的には圧倒的に楽なんだよ」
「?意味分からん」
「無限使ってるお前ならそうだろうな」
何を言っても徒労になることが分かった硝子はそれ以上の話を切り上げるように悟を医務室から追い出すと、自身の仕事を片付けるべく机に向かうのだった。
数時間後。
キーボードを叩いていた硝子は、衣擦れの音に気付いて振り返る。
そこにはまだ起き抜けだと分かる表情の
がむっくり起き上がっていたことで声をかけた。
「起きたか?」
「・・・はい」
寝ぼけ眼ながらも何かを探していた様子の
だったが、見つからなかったらしく諦めて言葉を重ねた。
「今、何時です?」
「夜10時」
「・・・え、うわ、すみません、遅くまでお邪魔してしまい」
「五条に相手してもらったって?」
硝子の言葉にベッドから下りようとした
は身動きを止めた。
次いで、さぁと青くなった顔でまさか、と動揺した声で問い返す。
「え、あの人がここまで運んだとかですか?」
「安心しろ、学長だ」
「よか・・・いや、それもあんまり良くない」
ホッとしたのもつかの間、やらかしてしまった、とばかりなバツの悪い表情となった
はベッドに腰掛けで腕を組む。
その様子から会ったときの言い訳を考えていることは予想できたが、問題となっているのはそこじゃないことで硝子は椅子を
側へ向けた。
「
」
「?」
「私は前線向きじゃない。だから戦いに関してどうこうは言えんが・・・」
向き合う形となりながら、硝子は静かに続けた。
「安易に敵の攻撃を受けるような、自分を盾にしたり誰かを庇うような立ち回りを自重しろ」
「すみまーー」
「それと図星突かれた時のその条件反射の謝罪もな」
「うっ」
淡々とした語調ながらも、普段より嗜めを強め硝子は小さくなる
に更に続けた。
「反転術式だって万能じゃない、限界があるんだ。そんなことお前は分かってるはずだろ」
「・・・はい」
「呪術師だろ?お前が負傷して動けない間にも、お前が助けられる人がいる」
「ええ、仰る通りです」
「だから生き急ぐなよ」
うなだれた頭を撫で、硝子はさっさと帰るように
を送り出した。
まるで学生時代に見た、自身を追い詰め過ぎて空回っていた時期を思い出される姿。
あの頃は、言い諭しても結局向こうが逃げる形で終わっていた。
年月が過ぎ、こうして最後まで話しを聞くようになっただけ成長した、と言えるのかもしれないが効果の程は大してあるとも思えないことで硝子は小さくため息をこぼした。
(「どれだけ響いてるかね・・・」)
昔と違い、あの時のように空回りを引き止めた相手はもう居ない。
いや、居なくなってしまったからこそ表面上からは簡単に切羽詰まった様子を見せなくなってしまった。
今もあの頃も、かわいい後輩を引き止められない無力感を感じつつも、どうにかなるかと開き直った硝子は仕事の手を再開するのだった。
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2025.12.07