ーーコンコンーー
学長室のドアが礼儀正しくノックされ、扉が静かに開かれた。

「失礼します」

そこにはいつもの穏やさを感じさせない、張り詰めた表情のかつての教え子が立っていた。

「学長、ご連絡していた呪骸をお借りできますか?」
「それは構わんが・・・」

随分と古い記憶を思い起こす顔だと正道は思った。
がこの場に来た目的は事前の連絡があったので把握していた。
しかし内容が内容、その上、面と向かった表情を見てしまったことも相まって正道の言葉は当然と歯切れが悪い。
そんな正道の内心を察したらしい は、張り詰めた表情は変わらないまま返答に棘を滲ませた。

「何か?」
「今になって近接の訓練などどういう心境の変化だ?」
「先日の任務で負傷したのでちょっと初心に返ろうかと」
「近接なら日下部に頼めば・・・」
「お忙しいとのことで断られています」
「・・・そうか」

淡々と反論を論破する勢いではどう諌めたところで止めるつもりは無いだろう。
それだけ長い付き合いとなってるだけに、正道は説得を諦め袖机を開けると用意していた鍵を机の上に置いた。

「要望通り、リミッターは全て外してある。どれも1級レベルだ」
「ありがとうございます」

いつもの穏やかさが欠けた事務的な口調で鍵を受け取った は早々に学長室を後にした。
後に残った疲れたようなため息は、誰に訊かれるともなく重くなった部屋の中を満たすのだった。





















































































































ーーそれでも前へーー




















































































































「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」

荒い息をつき、米神を汗が伝う不快感に顔をしかめ肩で乱暴に拭う。

ーービッ!ーー
「っ!」
ーーブンッ!ーー

その一瞬の隙に死角から鋭い拳が迫る。
が、回避が僅かに間に合わず頬に走る鋭い痛みに顔を歪め、続け様の攻撃を紙一重でかわせば耳朶を風のうねりが通り過ぎる。
絶え間ない攻撃の連続を時にかわし、時に受けを続け早数時間。
肺を締め付ける痛みに荒々しく息が上がるも、攻撃の手は疲労知らずの呪骸故に止む事はない。
と、背後に現れた気配。
予想外のそれに驚きで身体が固まるより早く、 は悪態と共に回し蹴りを見舞う。

「こ、のっ!」
ーーパシッーー
「危な」
「!」

呪骸が発するはずの無い声。
そして言葉とは裏腹に易々と片手で受け止めている男の登場に は目を見張った。

「なに、して・・・」
「おっつー」

呑気な挨拶をしてくる相手に、いつから居たのか、仕事はどうしたなどなど疑問が湧くも、だんだん面倒になり は深々とため息をつき本題のみを口にした。

「はぁ・・・ご用件は?」
「うわ、感じ悪」

放っておいてくれ、とばかりに は悟に背を向けた。
振り返ったこそには、動きを止めた呪骸がそこかしこに転がっている。
どうやら時間制限をつけられていたらしい。
今日だけは余計な気遣いだ、と苛立たしさ隠す事なく転がるぬいぐるみを片っ端から片付けながら闖入者の答えを待てば、器用に足元の呪骸を蹴り上げてキャッ チした悟が気安い調子を崩さぬまま の後を追いながら続ける。

「近接訓練してるって聞いてさ」
「邪魔しに来たなら成功ですよ、おめでとうございます」
「呪骸相手じゃ訓練にならんでしょ。僕が相手してあげるけど?」

思いがけない言葉に の手は止まった。
どういうつもりだ?
普段なら組み手の相手を自ら引き受ける類いの発言すらしないというのに。
疑わしげに睥睨を向ける だったが、それに返されたのは挑発的な笑み。

「・・・」
「あれ?最強がわざわざ手ほどきしてあげるって言ってるのに、訓練しないとかいう選択肢・・・無いよね?」

普段なら簡単に流せるその安い挑発に、言葉より雄弁な答えを返す は床を蹴った。




















































ーードガッ!ーー
「ぐっ!」

脇腹の鋭い蹴りを両腕で防いだというのに、ガード越しからもその威力は衰えず防御したままの体勢で数メートル飛ばされ、肺から息が締め出された。

「はーい、また僕の勝ち」
「っ・・・」
「ねー、そろそろ良くない?飽きてきたし」
「相手、すると・・・言い出したのは、五条さんです、よ」
「だって今更お前が近接したって大した成長できないでしょ」

鈍い痛みから立ち上がることができないまま、 はかろうじて片膝立ちのまま悟を睨みつけるも、サングラスをかけたままの男は続けた。

「女でパワーもタフネスも無し、呪力も平凡。
呪力操作と射撃の精密さと頭の回転に偏ってる思いっきり後衛型」
「・・・」
「しかも、もはや意地だけで立ってるだけで、これ以上訓練なんかできないっつーの」

言うだけ言うと悟はくるりと背を向ける。
そして が持っていたはずの鍵を指で弾いて飛ばした。

「鍵、学長に返しといてね〜」

軽い金属音が放物線を描き、 は空中でそれを苛立たしげにキャッチした。
いつの間にスリ取った、言われるまでもなく知っている事を、と反論の文句は息が整わないため音にしてぶつけられず、そしてそれを待つ相手でも無いだけにそ の場に一人残される。



『だって今更お前が近接したって大した成長できないでしょ』



乱れた息遣いしかない室内に、じわじわと放たれた言葉が自身を潰すように覆い被さっていくような気がした。

ーードサッーー
「・・・ほっといて下さいよ」

上体を起こしてられず、畳の上へと体を投げ出す。
手にした鍵を握り締め、膨れ上がりそうな声を押し殺すように奥歯を噛み締め は目元を腕で押さえつけるしかできなかった。




















































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2025.12.07