一級術師、七海健人の機嫌はなかなかに悪かった。
例えるなら日本列島に訪れた史上最悪レベルの台風並み。
おかげで呪霊はあっという間に祓われていく。
つまり端的に表現すれば、現在、触らぬ神に祟り無し、状態である。
ーーHold Meーー
ーー遡ること数日前。
高専待機スペースでは、備え付けのコーヒを片手に準一級術師・はぼーっとしながら外を眺めていた。
「・・・」
一口、カップを傾けテーブルに置くを繰り返し、かれこれ2時間は経とうとしていた。
そして足を組み肘掛けに頬杖をつき、苦味を堪能しながら再び思案にふける。
(「どうしようかな・・・一級に昇格もしたらしいし。お祝いと日頃のお礼も兼ねて渡せば、まぁ・・・」)
頭の中では考えが浮かんで消えて切り替わってが目まぐるしく続いていた。
徐々に深くなっていく眉間のシワ、そしては頭を振り腕を組んだ。
(「いやいや、そもそもその日に渡したって普通じゃん?要求してくる人だっているんだし、それを考えれば・・・そう!後輩として尊敬する先輩にはーー」)
ーーポンッーー
「っ!」
「お疲れ」
突然声をかけられ、肩が盛大に跳ねる。
ゆるゆると振り返れば、そこには先輩である家入硝子が立っていた。
「しょ、硝子さん。お疲れ様です」
「悪いな、邪魔して」
「別に邪魔なんてしてませんよ」
内心の動揺を悟られぬよう平らな語調で応じ、新しいカップにコーヒーを注ぐ。
そして隣に腰を下ろした硝子にカップを手渡すと、席に戻りコーヒーに口を付けたに硝子は訊ねた。
「で?誰の誕プレに悩んでるんだ?」
「グッ!ゴホッゴホッ!」
「吹き出すなよ、準一級呪術師」
しれっと返してくる隣に咳き込みが落ち着いたはドリップマシーンの横、備え付けのティッシュボックスを手に再び席に戻る。
そして口元とテーブルを拭きながら、は隣にジト目を向けるも硝子からはにやにやとした企み顔が返された。
どうやら先程の問いは確信犯だ。
「・・・どういう術式使ってるんですか」
「使うまでも無いだろ、顔に書いてある」
「え・・・私、そんなに分かりやすいですか?ショックなんですけど・・・」
「お前がそう考え込むのは相手は限られるからな」
「・・・反応に困ります」
「どうせ再会の醜態やら、自分が贈ってもとかくだらないことで悩んでるんだろ?」
「うっ・・・」
完全に読まれきっている。
これでもポーカーフェイスには一定の評価がある方なんだが、術師としての実績が揺らぎそうだ。
いや、今はそれはどうでもいい。
このままでは晒された指摘が事実であると認めてしまうことになる。やんわりと否定だけはしておかないと。
「だって、良い年の大人ですよ?今更、プレゼントなんてーー」
「毎年、凝った酒贈ってきてる奴が何言ってんだ」
「そ、それは!硝子さんにはいつもお世話になってますし」
「はは。七海には世話されてないってか?」
「なっ!そんなことは!」
「じゃぁ、贈ればいいだろうが」
あれ?
どういうことだ、否定するどころか墓穴が墓穴を呼んでもはや隠しきれていないというかお悩み相談している流れになってきている。
「い、いや・・・ほら!七海さんはご自身のこだわりとかあるか・・・・・・って!相手は七海さんだなんて言ってません!」
「面倒な奴だな、んな悩むなら本人に聞けよ」
「はぁ・・・何を言い出すかと思えば。そうできたら苦労はしまーー」
「あなたが苦労するとは、相手は相当な問題児なんでしょうね」
届いた予想外の声に身体が硬直した。
斜め対面の席には、悩みの主であるその人が立っている。
硝子の方を向けばからかわれるだろうからと視線を思いっきり外していたことを利用された。
ちなみに、隣に座っていたはずの硝子の姿は影も形もない。
「な、七海、さん・・・」
「お疲れ様です」
「お、おつかれさま、です・・・」
内心の動揺をどうにか押し隠しながら、硝子の時と同じくコーヒーを淹れ、ついでに自身の分も新しくしは冷静さを装って話を変えようと話を振った。
「どうしてこちらに?打ち合わせですか?」
「家入さんからあなたが悩んでいるから相手をするように連絡を受けまして」
「へ、へー・・・」(「硝子さん、余計な連絡を・・・」)
「それで何を苦労されているんですか?」
「あ、いや・・・仕事の話ではないので・・・」
「後輩が悩んでいて素通りはできないでしょう、私で良ければ話を聞きますよ」
本人に話せと?
頭を抱えて座り込みたい気分だ。
とはいえ、それをこの場ですることなどできず、はどうにか当たり障りのない表現で口火を切る。
「えーっと・・・じ、実はですね、歳上でお世話になっている方がいらっしゃいまして」
「・・・ほぅ」
「その、日頃のお礼も兼ねて贈り物を考えているのですが」
「・・・」
「ただその方は私より稼いでいますし、ブランドとかにも私より詳しいし好みもあるだろうしでどうしたものかと悩んでいたと言えば悩んでいたと言いますか・・・」
「・・・・・・」
「あの、七海さん?」
しどろもどろの説明を続けていたが、羞恥と沈黙に耐えきれずが問い返す。
すると、それまで無反応だった建人はサングラスを上げ口を開いた。
「まず、贈答品とはそもそも特別な祝い事に際して贈られる品物のことを言います」
「え、はい」
「それ故、相手の好みや利用価値があるものを贈るのが社会的一般常識です」
「は、はぁ」
「ですので、相手の嗜好が不明なのであれば、万人受けする菓子折り程度が妥当でしょう」
「な、なるほど」
「参考になったなら幸いです。それでは」
「あ、あの!」
口早に一般的かつ見当違いな解説をした建人の後ろ背にはどうにか呼び止める。
「まだ何か?」
「その・・・七海さんなら何を贈られたら嬉しいですか?」
言葉の端が揺れぬよう、精一杯に動揺をひた隠した問い。
だがそれに気付くこと無く建人はきっぱりと言い捨てた。
「私は自分で揃える主義ですので、お気遣いは結構ですと返しますね」
「あ、はい。ソウデスヨネ」
「では」
>当然と抗議
ーーガラッ!ーー
「ちょっと硝子さん!」
家「うるせ」
「どうしてあんなことしたんですか!」
家「お前がうじうじ悩んでたからだろ。で、解決したか?」
「おかげさまで!悪化しましたよ!!」
家「八つ当たりすんな」
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2023.07.03