ーー数日後
任務を終えたは、本日のオフを台無しにされた不穏なオーラをまとう探していた後ろ姿を見つけ声をかけた。
「七海さん!」
振り返った建人は、声をかけた相手を認識したからか、殺気に近いオーラがわずかに引っ込み駆け寄ったに向き直った。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。よかった、まだこちらだったんですね」
「私に用件が?」
「はい、あの・・・」
「?」
キョロキョロと辺りを見回したは、誰も居ないことを確認し手にしていた小さな紙袋を建人に差し出した。
「お誕生日、おめでとうございます」
しかし、それを受けた当人である建人の口からは疑問符がこぼれた。
「・・・は?」
「いや、その、実は諸々含めているんです。
一級昇格のお祝いとか、救援に来ていただいたお礼とか日頃のお世話になっているお礼とかの諸々を含めさせてもらって、いつもありがとうございますとおめでとうございます、です」
まるで弁解するように口早に説明するだったが、建人の思考はまだ止まっていた。
「・・・私にですか?」
「?はい、あれ?お誕生日って今日でしたよね?」
「それは・・・ええ」
おずおずとやっと受け取った建人に、はやっとホッとしたように一息ついた。
しかし未だに固まっているような建人に慌てたように説明を重ねる。
「あの!アドバイス受けた手前、菓子折りも考えたんですが、七海さん甘い物そこまで好きじゃ無いですし。
日頃使えそうなものを選んだつもりですが、使えそうであれば良いんですが・・・」
「・・・」
続く無反応。
流石にも不安が勝り建人に聞き返す。
「えっと、もしかして怒ってますか?」
「これを私にですか?」
「え、はい。そのつも・・・!
あ、ダメなブランドだったんですね!すみません、やはり回収をーー」
「違います」
ひょいっと紙袋が上に上げられ、の手は空振りに終わる。
だが、先程から相手の反応が無さすぎて、どうしたものかと右往左往しながら挙動不審を繰り返す。
「・・・」
「あの、七海さん。実は負傷されているとかですか?」
「・・・・・・」
「怖いんで何か言ってくださいよ!硝子さん呼ーー!?」
目の前で静かに膝を折った建人に今度はスマホを取り出したが硬直した。
「・・・・・・え"」
「殴ってもらえますか」
「はい!?」
「とりあえず一発殴ってください」
「ちょっ!?やめてください!絶対妙な噂になるじゃないですか!」
女性の前でガタイの良い男が正座する絵面は他人事として見る分には大変面白いが、当事者としては大変よろしくない。
何しろ相手は尊敬する先輩であり、実力も階級も上。
こんな状況を厄介なかつての先輩方に見られれば、数カ月はこのネタでいじられる。
は必死にどうにかしなければと、建人と向き合い両肩を掴むと詰め寄った。
「あの!事情が全く分からなすぎて泣きたくなるのでとりあえず場所変えましょう!!!」
「・・・分かりました」
なんとか人気のない場所まで移動できた。
自販機横のベンチに腰を下ろす建人には飲み物を買おうと小銭を出しながら気を取り直したように話し始めた。
「それで、どうーーちょ!」
「どうかしていました」
「正座はもう止めてくださいってば!」
白いスーツで膝を付こうとする建人をどうにか阻み、ベンチに押し戻したは困ったように一つ嘆息した。
「やっぱり絶対何か呪い受けてますよね!?硝子さん呼んでーー」
ーーパシッーー
しかし、その場を離れようとしたの手首は大きな手で掴まれた。
行動を阻まれる理由が分からず、困惑顔を浮かべるに、表情を曇らせた建人がやっと口を開く。
「すみませんでした」
「え・・・なんで七海さんが謝るんですか?」
「つい大人気ない対応をしてしまいました」
「いや、何の話を・・・」
「てっきり五条さんに贈るものだと思ってしまいました」
「五条さんって・・・もしかして先日のご相談した件のことですか?」
「・・・」
沈黙という名の同意。
目に見えて肩を落とし消沈しているような建人にはそこまで消沈する理由が分からず、素直に答えた。
「あの、五条さん相手に悩むとかしませんよ。あの人は大概、高級菓子で事足りる人だしブランド贈っても感謝の前に文句並べ立てる人にモノ贈るのに悩むとか時間と労力と気力が無駄じゃないですか」
「私相手には悩んだというわけですか」
「・・・ぁ」
墓穴極まれりに自分を殴りたくなった。
やっと落ち着いたと思った矢先だったのに、今度は自分がやらかした。
掴まれたままの拘束から逃れるように身を捩るもそれは外れず、それが焦りに火を注ぐ。
は顔を真っ赤に染め捲し立てるように言い訳した。
「ち、ちがっ!いや、違くは・・・じゃなくて!その!」
「随分、悩まれたようですね」
「〜〜〜っ!もう!からかってますね!そんな人にはあげません!」
「感謝も込めてるのでしょう?」
「今ので台無しです!」
「折角なので祝って下さい」
「他の人から祝われた方がいいでしょう!」
「いえ、嬉しいですよ」
「!」
「ありがとうございます」
「・・・ど、どういたしまして」
風船から空気がみるみる抜けるように、小さくなった声で返事を返す。
自身の醜態に頭を抱え、建人の隣に腰を下ろしたことで拘束は解かれた。
そして建人は手にしていた紙袋から取り出した、小さな一輪の薔薇が添えられた箱をに向け聞いた。
「開けても?」
「できればご自たーー」
ーーガサッーー
話を聞いてくれ。
どうして上の階級になると人の話を聞かない人ばっかりなんだ。
げんなりさと恥ずかしさの板挟みで身の置き所がない。
そんな隣を置き去りに、建人が紙袋を開ければ出てきのはダークネイビーの縁をシルバーが囲うスクエア型の2対のアクセサリー。
普段の装いからも違和感がない組み合わせでもあり、それが何かの用途か分かった建人はその名を言葉にした。
「カフリンクスですか」
「・・・私、あまりこの手のものには詳しくないので恐縮なんですけど、これなら任務中も邪魔にならないと思いまして」
「着けても構いませんか?」
「・・・どうぞ」
断っても同じ流れが予想でき、諦めたは首肯を返す。
そして真新しいカフリンクスを手にした建人は手慣れたように両袖に留め、しばらく両袖を交互に見ると、満足そうに呟いた。
「デザインもシンプルで私好みですね。ちょうど欲しいと思っていたので助かります」
「そ、それは何よりです」
「改めて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそいつもありがとうございます」
やっと当初の目的を果たし、建人の挙動不審の原因も分かったことで、は自販機から飲み物を買おうとどれにしようかと品定めする。
と、
「悪くありませんね」
「?」
「正直、この歳で誕生日を祝われてもと思っていましたが、あなたから祝われるなら悪くありません」
「ふふ、それは何よりでした。
私、サプライズは無理なのでご意見伺っちゃいますから新鮮さは無いでしょうけど、来年も祝わせてくださいね」
「では、あなたの誕生日は私に祝わせてください」
缶コーヒーが落ちる音が自身の衝撃音と重なった。
驚いたようには建人に向いた。
「え・・・」
「今年はもう過ぎているでしょう」
「・・・」
まさか自身の誕生日を把握しているとは思わず固まっていれば、眉間にシワを寄せた建人が聞き返した。
「聞いてますか?」
「いえ、はい!」
「どっちですか」
「き、聞いてます!」
「よろしい」
動揺を悟られぬよう、建人の分を渡したは自身の分を一気に流し込む。
なんだか妙に動悸がうるさい。
しっかりしろ、と冷えた側面を首元に当てていた時、怯えていた同期からの頼まれごとを思い出した。
「あ」
「どうしました?」
「そう言えば、伊地知くんが今日のオフに任務を入れたお詫びに好きなお店に連れて行かせてください、と伝言受けてたの思い出しました。
どうされますか?」
「ではお言葉に甘えましょう」
「じゃぁ、伊地知くんに連絡返しますね。折角なんですから高級なお店選んでください」
「ええ。では戻りましょうか」
歩きだす広い後ろ背。
缶コーヒーを持つ袖口には贈ったばかりのカフリンクスが光る。
まるで最初からその人の為にあつらえたような違和感のない装いには小さく嘆息した。
「やっぱり七海さんはなんでも着こなしちゃうな・・・」
当人には直接言えない感想をぽつりとこぼしたは空き缶を捨て後に続いた。
>誰のお祝い?
七「そう言えば嫌いなものは無いんですか?」
「私ですか?特には・・・って!七海さんの誕生日のお祝いなんですから、七海さんが行きたいお店を選んでくださいね」
七「折角なら皆が楽しめる方がいいでしょう」
「いや、それじゃぁお祝いの意味が・・・」
七「あなたも楽しんで祝われる方が私としても嬉しいのですが?」
(「・・・この人誑し!」)
>意味
七「一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんですか?」
七「何故、カフリンクスにしたんですか?」
「・・・まだからかい足りないとかです?」
七「そうではありません。カフリンクスが買える店なら他にも候補はあったのではないかと思っただけです」
「あ、そういうことですか」
七「そういうことです」
「えーと、七海さん時計は高そうなのしてますし、タイピンは術式上無い方が良いでしょうし、ネクタイも同様かなと思って除外。
なのでベルトや財布、キーケースを考えてましたけど店先で目に留まったのがカフリンクスだったんです」
七「・・・」
「なんだか七海さんが付けても違和感なさそうだなと思って、使い方も聞いたら付け外し自由ですしちょうど良いかなと」
七「なるほど・・・」
七(「カフリンクスや薔薇一本を贈る意味は気付いてないようですね」)
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2023.07.03