ーー約束ーー






















































































































先行した二人を追い、さっさと開けろと言う横暴な悟に渋々部屋を開け自身も部屋へと戻った。
我関せずスタンスを取っている硝子が一人くつろいでいる中、 は手持ちのレシピ本を引っ張り出しざっと目を通しながら、過去どう作ったか記憶を手繰り寄せる。
それにしてもスポンジケーキとは、数回しか作った事がない。
元々自身が甘いものをそんなに食べないこともあり、うまくいくかどうかの自信の度合いも微妙だ。
とはいえ、さっさとお引取り願うには一発で成功して退室していただくしかないため、ひとまず本を見ながら必要な材料を確かめていく。

「えっと、まず材料が・・・薄力粉、卵、砂糖、バター、と・・・ひとまず揃ってる。
道具はっと・・・買ったのはこれで全部ですか?」
「あぁ、テレビで見たのをそのまま買ってきた感じだからな」
「さすがにこの泡立て器では無理があるので、ハンドミキサー使いますね」
「その辺は任せる。あと、そこで突っ立ってる言い出しっぺもこき使ってやれよ」

部屋の主よりもくつろいでいる硝子の言葉に、身長差から見下されている構図になっている相手を は煩わしそうに見上げる。

「・・・」

それは逆に面倒だから嫌です。
とは言えず、使うにしたってさっきの惨状を目の当たりにしてはさせることも限られてくるんだが、という諸々言いたいことを含ませた表情と空気が気に入らな いのか、悟が威圧を込めたようにメンチを切ってくる。

「んだよ」
「まだ何も言ってないじゃないですか」
「いいからさっさと指示出せっての」
「ちょっと待ってくださいよ。
えっと・・・まずは卵を常温にして、粉をふるって・・・」
「俺がやってやる」
「あ、じゃぁおね・・・」

レシピ本から顔を上げ、自身は別のことをするかと思ってた矢先。
生卵を手にした悟が電子レンジの中に直入れしよとしたのを見てしまった の手から本が滑り落ちた。

「あらよっと」
ーーバンッ!パシッ!ーー
「おい、何すんーー」
「正気ですか?」

ふっざけんな、誰が掃除すると思ってんだ。
凶行を阻止すべく、電子レンジの扉と悟の腕を掴んだ は先輩の肩書に構わず睨みつける。
当人は自分がいかに恐ろしい行為をしている自覚がない顔でこちらを見返していた。
だが、すでに我慢の限界に近い が呆れたように苦言をこぼした。

「よくこのレベルでショートケーキなんて作ろうとしましたね」
「あ"ん?」
、時間ないぞー」
「はぁ・・・じゃ、まずは小麦粉と砂糖を計量してください」
「楽勝じゃん」

なんて言葉通りに行くはずもなく。
考えなしに勢いよくボールに入れられた小麦粉があっという間にキッチンを真っ白に変え、舞った粉で悟がくしゃみをしてさらに粉が舞い、一人離れた場所で見 物していた硝子は腹を抱えて笑い転げた。
しかし、これはまだまだ序の口だった。
粉まみれを皮切りに、卵は握り潰す、湯煎がボヤにまで錬成され、ハンドミキサーで硝子まで被害者を増やして大騒ぎとなり、生地を混ぜていたボールは滑って 吹っ飛ばす、砂糖と塩を間違えるベタな失敗などなど。
特級の才能はハプニング生成に事欠かないらしいことを意味なく証明してくれた。
一人でやったほうがはるかに短時間かつ余計なハプニングも起こらずスムーズに済むはずが、多大な時間と予備の材料まで浪費しながら、どうにかあとはオーブ ンで焼き上げるところまでこぎ着けた。

「最後にこの溶かしたバターを入れるので、五条先輩はさっきと同じ要領で混ぜてください」
「おう」
「静かにですよ、ゴムベラは折れるような力で持たないんですよ、力任せにボールふっ飛ばしたりしないで、片手はちゃんとボールをしっかり掴んでください よ」
「うるせぇな!何度も同じこと言うなっつーの」
「何度も同じこと言って、18回もひっくり返してるんですから黙って従ってくださいよ」
「うっせ」

ぎゃいぎゃいと一方が騒ぐだけの中、淡々と指示を出しながら、一切の信用をしていない は片手はしっかりとボールがふっ飛ばされないように掴みながらもう片手で溶かしたバターが入った器をゆっくりと生地へと流していく。
と、

「おい、
「すみません、今手がーー」
「電話、補助監督からだ」
「いや、ちょ、今は・・・」
「仕方ねぇな」

そう言いながら硝子は腰を上げ、作業をしている の携帯を持ち耳に当てる。

「ありがとうございます、硝子先輩。
はい、 です。
・・・え、これからですか?いえ、分かりましたすぐに用意しますので、それでは後で」

手短に会話を済ませ、そのまま硝子に電話を切ってもらう。
そして、ボールを押さえながら用意していた丸い型を引き寄せ、悟の手を止めさせ生地をチェックしていると硝子からかかってきた番号に見覚えがあったのか に聞き返した。

「任務か?」
「はい。以前、同行できる任務があれば連絡いただけるように話してまして、学長の許可が出たそうです」
「はあ?まだ途中だろ」
「あとは焼くだけですよ。
焼き上がったあとは飾り付けだけですから、続きは夏油先輩の部屋でもできます」
「んだよ、途中で放棄とかなってねーな」
「・・・」

人を助っ人として呼びつけた挙句、勝手に部屋に上がり込んでキッチンを短時間でとんでもない状態にした相手に自分はどうしてそんなことを言われなければな らないのか。
構うだけ自分も同レベルになりそうだと、悟の横暴な文句を流した は敷紙を引いた円柱の型と生地の入ったボールを両手で持った。

「じゃ、あとはこの中に全部入れてください」
「なんだ、楽勝だな」
「気を抜かないでくださいよ」

不慣れな手付きながら、全部の生地を型へと流し終える。
そして、すでに準備が整っているオーブンへ入れると、温度とタイマーを再度確認した はようやく肩の力を抜きほっと一息をついた。
だが、すぐさま紙とペンを手にすると素早い動きで文字を書き連ね、くつろいでいる硝子へと紙を手渡した。

「・・・硝子先輩、これあとの手順です。
このタイマーが鳴ったら、中のスポンジを型から外して、夏油先輩の部屋の冷蔵庫で冷やして、その間に生クリームを作って、スポンジをカットして飾り付けし てください。
この部屋は後で自分で片付けますからそのままで構いません。というか、何もしないでください。
それと、生クリームに入れる砂糖の分量はメモ書き以上に増やさないようにご注意を」
「おう。五条に読み聞かせてやるよ」

早口で残りの作業の説明を終える。
他に言ってなかったことはなかったかと、最後に再度レシピ本を上から下までチェックし、もう何もないと本を閉じた。
が、オーブン前で生地を眺めている悟に新たな不安が芽生えた は念を押すように、当たり前の常識が通じない先輩に向け忠告した。

「あのですね、分かってると思いますがタイマーが鳴ったからってオーブンからすぐ出そうとすると熱いんですからね。
素手で取り出そうとしないでくださいよ」
「言われんでもそれくらい分かるわ」
「途中で開けるのも無しですからね」
「いちいち分かってること言うなっつーの」
、遅れるぞ」

念には念をこれでもかと入れ続ける に硝子がいい加減打ち切るよう号令をかける。
全く信用できない、という表情の は補助監督を待たせていることもあり、急いで身支度を整える。
そして、最後に顔に跳ねた粉や生地を落とし終え硝子に向いた。

「何かあれば連絡してください」
「そこまで心配いらないだろ」
「・・・そう言えるほどの信用度があれば良かったんですが」
「ちゃんと念押ししてやる、さっさと行ってこい」
「はい、行ってきます」
「おー、気をつけろな」

気怠げな声に見送られ は自分の部屋を出て行った。
本当なら焼き上がるのを終えるまで見届けたかったが、もう仕方ないと思うしかない。
最後の最後まで信用値は皆無だったが、できる限りの伝言も託したし、あとは天に運命を委ねるだけだ、と は暖かくなってきた廊下を小走りに駆け出して行った。




















































Next
Back
2024.08.20