ーー約束ーー






















































































































同行できた任務は数時間で完了となり、高専に戻ってきた頃には夕方に差し掛かろうとしていた。

「ふぅ・・・」

任務内容は定期ポイントの見回りと集まっていた低級呪霊の祓除。
すでに何度か同行させてもらっていたこともあり、特に大きなトラブルもなく少しだけ参加させてもらい任務の感覚を新たに得て解散となった。

(「さて、帰ったらあの惨状を片付けないとか・・・」)

部屋に至るまでの山道を歩きながら内心でひとりごち、出掛けの光景が思い出されて溜息がこぼれた。
つい先月越してきたばかりの部屋。
これから学生として4年間使うことが分かっていたから自分なりに使いやすいように整理していたし、何より掃除もきちんとしていただけに、あれだけ容赦なく 豪快に汚されるとは思わなかった。
二度とあの人は自分の部屋には招くまいと固く心に誓い、重い足取りで帰路へとつく。
と、視線を移せば弓道場の脇に差し掛かっていたことに気が付いた。

「・・・」

部活を辞めたのはつい数ヶ月前。
ただ今も時折触れていることもあり、ふと足が止まる。
帰ってやるべき大仕事が控えている今、弓を引いている場合ではないのだが少しばかり現実逃避したく、吸い寄せられるように足が方向を変えたのだった。

ーーターーーンッ!ーー

日が傾き始めた空に響く乾いた音。
そろそろ的を見据えるのも難しくなってくる時間だ。
最後の一射を引き、残身、弓倒しを終える。
鈍った感覚もなく、ほぼ以前と変わりない成果だ。
は満足気に長く息をつくと、これから取りかかる大仕事への気合いを入れ直すように勢いよく体勢を反転させた。

「よしっ、もどーー!」
ーードンッーー
「おっと」

が、振り返った瞬間、顔面に衝撃が走り目の前に星がちらつきたたらを踏んだ。

「っ〜〜〜・・・」
「すまない、声はかけたんだけど気付いていなかったんだね」

響いた声に顔を上げれば、生理的に浮かんだ涙で歪んだ視界からこちらを苦笑いで見下ろす、本日初遭遇の2つ上の残りの先輩の姿。
確か、任務に行っているはずの人が何故この場に居るのか理由が分からず、 は動揺と相まったまま訊ねた。

「え・・・夏油先輩、どうして・・・」
「いや、コンビニに行った帰りに音が聞こえたから気になってね」
「そう、だったんですね・・・っ」
「すまない、少し赤くなってしまったね。大丈夫かい」
「はい、大丈夫です。こちらこそすみません、全然気付きませんでした」
「すごい集中していたしね・・・いや、それも当然か」
「?」

感心した傑にならうように も視線を移せば、それは先程まで自身が狙っていた30M先の的に向いた。

「ほぼ全部真ん中なんて、すごい技術だね」
「そんな、これは慣れれば誰でも身に付けられるものですよ」
「そうかい?じゃぁ、私もやってみようかな」
「え・・・夏油先輩、経験あるんですか?」
「無いよ」

ないんかい。

「どうやるんだい?」
「え、と・・・その前に矢取りに行ってくるので少しお待ちいただけますか?」

傑に断りを入れた は的に中った矢を回収しに行く。
そして戻ってみれば、何故かノリノリで予備の弓を手にしている傑の姿。
対照的にそこまで乗り気ではない は本当にやるのか意を再確認するように傑に言葉を重ねた。

「その、私、あまり人に教えるが得意ではないので」
「大丈夫大丈夫、当たらなくても怒らないから」

正直、そういう意味じゃないんだが。
今日はとことんこういう日なのか、と早々に諦めた はため息を内心でこぼす。
できれば近い距離の巻きわらを的に練習してから本番をやってもらおうとしたが、あえなく却下され仕方なく構えを取ってもらおうとざっくりと説明を始める。

「足は逆ハの字に、角度的には60〜70度くらいです」
「結構開くね」
「ひとまず、弓は持ちやすいように持ってください。肘はもっと上げてもらって、弦はもう少しこの辺りを引く感じで」
「おぉ、らしい格好だね」
「それで、えっと目線は的を狙ってもらえばいいんですが、矢を持ったら気持ち少し上を狙う感じで」
「よし、やってみようか」

こんな大雑把な説明でいいんだろうか。
学生時代は他に教える人が居たから任せきりだったこともあり、自分が教える立場となる機会は少なかった。
何より人付き合いは得意な方ではなかったこともあり『物を教える』というのが苦手だ。
の説明で見かけはそれらしいポーズとなった傑だったが、矢を番え弦を引いていた格好から腕を下ろした。

「?どうかされーー」
「良ければ手本を見せてくれないか?」
「・・・え」

一瞬、言われた意味を理解できなかった。
が、まさかそういう流れになるとは思わず、慌てた は上擦った声で聞き返す。

「わ、私がですか?」
「それ以外居ないだろ?」
「いや・・・さっき見ていたんじゃ」
「間近では見てないからね」

経験も無いのに間近で見たところで何かが変わるとは思えないんだが、などとという反論を先輩相手にできるわけもなく。
どう断るべきか視線を彷徨わせるも、頑として譲る気配のない傑に観念したように、 は小さく嘆息した。

「分かりました・・・」

人からまじまじと見られてやるのは相当、気が引けたが腹を括るしか無い。
的が見えにくくはあったが、先程の感覚は鮮明に残っていた。
目を閉じ、雑念を払うように長く息を吐く。
足元を整え、一度的に視線を向ける。そして染み付いた動作で弓を定位置に構え矢を番えると、的を見据え耳元に響く弦のしなりを聞きながら十分に引き絞り、 放った。

ーーターーーンッ!ーー

再び上がる、的を射抜いた乾いた音。
間近でそれを見ていた傑は改めて感嘆の声を上げる。

「おお、凄いな」
「・・・き、緊張しました」
「あれだけ当てておいて緊張とかするんだ」
「しますよ。見られてるって分かってるのと自分一人でやってるのとでは話が違います」
「よし、じゃあ私もやってみるか」

緊張から開放され脱力した の隣に立った傑は、見様見真似で弓を引いた。
が、

ーーザクッーー

未経験者なら当然というべきか、的から大きく逸れた砂場へと矢が刺さった。
直前の勇んだ意気込みに反した為か、隣の先輩の表情は消えている。

「・・・」
「あの、そもそも初めてで的のある位置まで届くってことが凄いんですけど」
「フォローしなくていいよ」
「いや、本当に・・・」

事実を言っても、的に当たらないことが相当不服らしい。
そもそも、これが部活なら弓を的に向けて引くのは相応の基礎練習を経てからになる。
本来はいきなり的に当てさせるというのが土台無理な話なのだが、今の相手の心情的には何を言っても納得してくれそうもないだろう。
とはいえ、初めてで的の距離まで届かせてしまったということは、もう少しだけ修正をすればまぐれでも一射くらいは当たるかもしれない。
一人思案を深め黙してしまった に、今度は傑の方が声をかけた。

「どうしーー」
「もう一度構えて下さい」
「え?」
「もう一度」
「あ、はい」

淡々とした の勢いに押される形で傑は再度弓を持ち構える。
矢を番え弦を引こうとしたとき、 は止めるように傑の右手に触れ再び声を上げた。

「今、どこを見られてます?」
「的の上の方かな」
「では、的の黒い外枠のさらに上、砂場になっている箇所を見てください。
大体、的の外枠から3cmほどです」
「いや、3cmって」
「大体の目安です」

困惑する傑を置き去りに触れていた手を外した は数歩下がった。
傑は再度、引き絞り矢を放つ。
が、やはり今度も的からは外れ砂場へと当たった軽い音が上がる。体勢を戻そうとした傑だったが が再び近づき次の矢を置いた。

「体勢はそのままで。もう一度構えてください」
「・・・いや、もうーー」
「少し失礼します」

矢を番えさせたまま、 は傑の背後に回ると持ってきた足場に立ち、傑の後ろから抱きしめるように上体を密着させた。
突然のことに傑は振り向こうとした。

「なっ!ちゃーー」
「視線はこっちじゃなくて的のそっち、向いててください」
「ちょ!」
「あともう少し胸を張って、右肘を外側、左手は少しだけ力を抜いて大丈夫です」
「いや・・・」
「力んではコントロール利かないのでリラックスしてくだい」
「リラックスって、こん・・・っ!
「あと、腰は変に捻らず深呼吸して自然体の状態になってください」

顔の向き、上体の位置、左右の腕の調整、最後は腰元を掴んで体勢を整える。
動揺を大きくする傑とは対照に淡々と は修正を加えていく。
そして、少し離れたところで全体を確認した は一つ頷いた。

「よし、あとは夏油先輩のタイミングでどうぞ」
「・・・っ」

そう言われた傑だったが、先ほどよりぎこちなさが目立ちながらも番えた矢で的を狙う。
そして、十分に引き絞られ一射の鳴弦が空気を裂いた。

ーーターーーンッ!ーー
「!」

黄昏に響く高い音。
矢は的の枠ギリギリを貫き、間違いなく当たった矢羽はしばらく揺れ動きを止めた。

時間が止まっていたような感覚に、放った傑自身も呆けたように呟いた。

「あ、たった・・・」
「やりましたね」

傑の背後から も声を弾ませる。
改めて自身の手元と的を交互に見つめた傑はやっと現実感を伴ったように表情が晴れていった。

「うわ、マジか。当たったよ」
「流石ですね、おめでとうございます」
「いや、 ちゃんの教え方がいいからでしょ」
「夏油先輩のセンスが良いんですよ。やっぱり運動神経が良い方って何でもできて羨ま・・・」

と、 は唐突に我に返った。
背後からとはいえ、先程は身体を押し付けるようにして体勢を整えた。
のみならず無遠慮に身体中を触りまくった上に、今は台に乗って上から見下ろす形で嬉しそうな無駄に整っている顔と至近距離。

「ん?どうかしーー」
「す!すみませんでした!」

ビターン!と壁に激突する勢いで離れた に傑の方が困惑した。

「え?」
「し、失礼しました!ちょっと、いや熱中してしまうと周りが全然見えなくて!先輩相手にやりたい放題してしまいました」

相手の顔が見れない。
先輩に対して有無を許さぬ言動にセクハラまがいの行為なんてやば過ぎる。これからの高専生活が幕開け前に終わる。
一人ダメージを受けているような の様子に、傑は声を上げて笑った。

「はは!気にしなくていいよ」
「気にします!」
「こういうのは触ったことなかったから、良い経験になったよ。ありがとう」

傑から使っていた弓を返されながら、素直な言葉を向けられる。
それを正面から受けた は、先ほど下がった血が逆流したようで頬を染めながら弓を受け取った。

「ど、どう、いたしまして」
「それは照れるんだ」
「はい?」
「いや、気にしないでくれ。と言うか、あの勢いで離れられるとちょっと傷つくかな」
「あ、すみません、つい・・・」

その後、弓を変えしばらく何度か引いていた傑だったが、いよいよ的が見えなくなってきたためお開きとなった。
矢取りを終えあらかたの片付けを終えた は思い出したように傑へ振り返った。

「そういえば今日、お誕生日なんですよね」
「知ってたんだ」
「えーと・・・はい」

向こうが任務帰りかもしれないと思うと、恐らくサプライズだろう先輩二人の計画をバラすのも悪いと、ケーキの方は言わない方向でとりあえず頷くだけに留め る。
そして、本来なら高専に戻ってから渡す予定だった任務帰りに寄った店で買った花を傑に差し出した。

「あの、こんな場所であれですが・・・お誕生日おめでとうございます」

透明なフィルムに包まれた一輪の赤いチューリップ。
目を瞬かせる傑に、 は沈黙の間を埋めるように口早に続けた。

「すみません。今日が当日だとは知らずで、ちゃんとしたプレゼントが用意できなかったので、ひとまずですが・・・」
「いや、その気持で十分だよ。ありがとう」

朗らかにそう言った傑が受け取ると はホッとしたように緊張を解いた。
 渡し終えた は最後の片付けである的に中った矢を一本ずつ拭き掃除を始める。
が、花を受け取った傑はしばらく考え込んでから手元を動かし続ける へ問うた。

「・・・これはどっちの意味かな?」
「はい?」
「いや、何でもないよ」

質問の意味が分からない は首をかしげるも、傑ははっきりさせずにはぐらかした。
追及するものでもないかと は手元の作業を手早く続ける。
と、

「あ」
「?」
「ケーキ、美味しかったよ」
「・・・え?」
「ん? ちゃんがほぼ作ったって聞いてるけど」
「・・・私が手伝ったってご存知だったんですね」
「硝子から聞いたからね」
「・・・」

の手が完全に止まる。
はぐらかした数分前の気遣いが台無しだ。
その切り口だと確かにそういう事実になるのだが、ここでYESと答えるにはバレたあとが面倒なことが分かりきっている。
なので、 は矛先を変えるべく言葉を濁した。

「いや、ケーキの話はそもそも五条先輩が言い出したことでして」
「でもちゃんと食べれるレベルになったのは君のおかげだって硝子から聞いてるよ?」
「う、いや・・・」

余計なことを、と思ったがこれでは言い逃れの道が見当たらない。
どうにかして発起人へと話を終着できないかと悪足掻きしてみたが、そんな画期的な言い訳は見つからない。
諸々諦めた は、後の面倒は未来の自分に任せ、仕方なしとばかりに小さく頭を下げた。

「よ、喜んでいただけたなら、幸いです」
「はは、不承不承感満載でウケるね」
「うっ・・・」

素直な白状で事実が明るみになっても(自身の誤解は解けても)、面倒は相変わらず残っていることに言葉が続かない。
だが、そんな の心情を察しているような傑は声を上げて笑った。

ふは!すまない、少し意地が悪かったね」
「・・・からかわれたのは分かりました」
「ごめんごめん。最近、少し考え事が多かったから、気晴らしになったよ」

その時、ヒヤリとした感覚が走る。
笑っているはずなのに陰りがある気がする疲れた笑み。
心を掠めた一抹の不安に は、思わず傑との距離を詰め声を張った。

「あの!」
「?」
「あ・・・えっと」
「どうかしーー」
「つ、次はもう少しちゃんとしたのを作ります!」
「え?」
「今日は五条先輩の思いつきで慌てて作ったようなものでしたし」
「あの出来でも十分じゃないかな?」
「いえ!来年は惨状にされる前に私がちゃんとしたのを作りますから」
「惨状って?」
「だから楽しみにしててください」

これまで他人に、特に他人の祝い事に関心が無かったはずが、今日に限っては自分らしからぬ言葉が続く。
意気込む に目を丸めていた傑だったが、後輩からの気遣いに先程より陰が晴れた笑みを返した。

「はは、そうか。うん、なら期待しておこう。
おかげで最高の誕生日になったよ、ありがとう」
















































ーーアレのその後
「わあ!すごい!いいですか、こんなにたくさん」
家「おー、食え食え。おかわり自由だぞ」
七「・・・どうしてこんなに大量のホットケーキなんて焼いたんですか?しかも無駄に分厚い」
五「んだよ、文句言うな。恵んでやってるだけありがたいと思いやがれ」
家「 、お前も好きだけ取れよ〜」
 「は、はーい・・・」(「あんなエグい量もこのメンツじゃ処理できちゃうって・・・怖っ」)
夏「じゃ、私もご相伴にあずかろうかな。ところで悟」
五「ん?」
「私の部屋の台所が生クリームまみれな説明が欲しいんだが?」
 (「やっぱりか・・・」)



※赤いチューリップ:愛の告白、あなたは私の運命の人


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2024.08.20