ーー北海道出張ーー
建人がシャワーから出てみれば、
がソファーに沈み込むように眠っていた。
それほど時間を要したわけではないが、この短時間で熟睡してしまうとは、悟から聞いていた通り、相当な強行軍だったのだろう。
だというのに、眠っている手に持っているスマホには報告書送信完了画面が開いている状態になっている他、次の任務の指示への返答だろう通知表示が届いてい
た。
(「全く、油断も隙もありませんね」)
小さく嘆息した建人は、眠っている
をベッドに運び移す。
クマが色濃い疲れた顔、それに以前会ったときより痩せたような気がする。
そういえば、最後に顔を会わせたのはいつだったか。
普段は一つにまとめている髪を下ろしていた長い髪が顔にかかっているのを払いリネンを掛けてやる。
(「あなたのことです。どうせ問題の少年ともすでにある程度、関わってしまっているのでしょうね」)
が酔い潰れている間に面倒な相手から受けた提案が思い出される。
いや、提案と言うには少々、語弊があるか。
引き受けさせられたというか、悪く言えば丸投げとも言える拒否権が無い依頼。
あの男が現れた時点で相応の何かがあるだろうとは思っていたが、先日から噂となっていた渦中に自身までも巻き込まれるとはため息しか出てこなかった。
(「・・・そう言えば時期的に、あの連絡があった後になりますか」)
建人はこの場に居合わせた寝息を立てる後輩を見下ろす。
一月ほど前。
仮想怨霊の発生と非術者救助の緊急任務に派遣されたのは、手の空いていた術師ではなく今年入学したばかりの高専一年生3名。
結果として、うち一名死亡、負傷者二名を出した。
引き継ぎを受けた術師が上層部に相当抗議したらしい噂は聞いていたが、恐らくそのとばっちりが今回の激務ということなのだろう。
(「あなたは優しすぎますよ」)
復帰した今でも、呪術師というものは碌な連中ではない、という認識は変わっていない。
保身しか頭に無い上層部に関しても言わずもがなであり、建人自身、表立って楯突くことは避けあくまで仕事として割り切って任務に当たっている。
そんな中、学生の命を奪ったことを糾弾する、人として正しい姿。
自身と同じ傷を、過ちを繰り返させまいとしているそれは自分には眩しすぎる。
今日の任務でも目の当たりにしていた。
『私はこの方達を一旦、外へお連れします』
『は?どうせ引き継ぎの連絡したんなら別にいいじゃん』
『その引き継ぎがすぐに来ないから言ってるんですよ』
『んじゃ、ついでにこの荷もーー』
ーードスッーー
『ぐえっ』
『証拠物件は専門家がきちんと管理してくださいね』
『
さん、あなたの仕事はーー』
『対象はこの先の雑居ビルです。この残穢なら見逃すこともないでしょうから、後はお願いします七海さん』
『・・・』
『あと、ちゃんと帳下ろしてくださいね。どっかの誰かさんはちゃらんぽらんなんですから』
『うわ、七海が面と向かってディスられてるw』
『五条さんのことですから』
『あなたのことですよ』
後輩である贔屓目抜きに、仕事ができる術師であることはすでに承知していた。
その上、無茶ぶりをしてくる相手からの要求にも応じてしまう能力の高さに加え、問題が発生した時の頭の回転の速さは階級程度で評価されるものではない。
彼女が居るから任務がスムーズに回っていることも多々目にしている。
それほどまでに彼女のサポート力は抜きん出ており、術師としての実力不足を悔やむ必要など無いというのに、本人にとっては未だにそうではないらしい。
「・・・・・・」
自身が高専から去り4年、その間に強くなったということは復帰後共に任務をして痛感していた。
最近ではそれが過ぎるのではないか、と思うことも多々。
だが昔に比べ表面上からは第三者の気遣いを抱かせない取り繕う能力も格段に上がっていた。
共に高専生だった頃は、今のような穏やかな表情は少なく、いつもピンっと張り詰めたような他者を寄せ付けない一線を引いた印象だったというのに。
いや、違うか。
彼女をそんな風に変えることになってしまったきっかけは、きっと自身の親友とも言える同期が殉職した任務だろうことは想像に固くない。
自身は術師としての道を諦めたきっかけだというのに、どうして彼女はこのような地獄を歩き続けられたのだろうか。
折れることのないしなやかな強さ。
階級主義や凝り固まった価値観の劣った鑑識眼の連中からの冷評を意に介さず、真っ当な面々から寄せられる期待と信頼。
負傷の際も、動ける時は教壇に立ち生徒からの人気も高い。
さらに補助監督となっている同期の存在も大きいのか、彼女を担当したい補助監督は事欠かないという話がある。(噂では争奪戦があるらしい)
それ故に、笑顔の裏に隠された大きな傷を知る数少ない一人だろう建人が思うのは、不安と心配だった。
共に負った大きな傷から立ち直ろうとした、今にも崩れそうな姿は今でも鮮明に覚えている。
悲痛な声で事切れた相手の名を呼んでいた慟哭、先輩からの言葉に望みを絶たれ絶望した息遣い。
最後の別れだと思った、桜舞う廊下で告げられた突き放す言葉と笑顔。
その裏に隠された彼女の優しさに気付いたのは、愚かにも復帰後だったのは今でも悔やまれるが。
戻って来て、改めて思う。
昔も今この時も、自身を顧みること無いこの華奢な身体に抱えきれない大きな悲しみを背負う彼女を、守りたいと思うのは傲慢だろうか。
穏やかな寝息を立てる
に建人の手が頬に触れようとした。
その時、
ーーピコンーー
「!」
まるで牽制するかのようなタイミングでスマホが着信を告げる。
思わずぎくりと身を固くした建人は小さく息を吐くとテーブルに置いていたスマホを手に取った。
『GLG、五条悟先輩からのありがたーいお言葉』
「・・・」
見る気が失せた。
が、この遊びのようなテンションで実は任務を押し付けてくる場合もないことはないため、仕方なく内容を確認するべく、画面ロックを解除した。
すると、
『寝込みを襲う狼に注意してv』
(「余計な世話だ!」)
ーーボスッ!ーー
苛立ちをぶつけるように、自身のスマホを勢いよくソファーへ投げつける。
事あるごとに関係を邪推してくる相手だけに、面倒この上ない。
正直なところ、これ以上の関係を望んでいる気持ちはある。
だが、自分は一度逃げた。
彼女の優しさに甘えて、そのことを許す気にはなれない。
しかしもしも、彼女が望むことを許してくれるなら更に進んだ関係に手を伸ばすことができるのかもしれない。
とはいえ、復帰し6年。
共に任務をこなしてきたがそのきっかけとなる一歩は悉く邪魔されてきている。(筆頭は言うまでもないが)
今日も今日とてそのきっかけだろうが、タイミングが悪すぎる。
巡りの悪さを呪うべきか、行動に移せない自身の意気地を恨むべきか、どちらにしろ自問自答する今日の夜は長くなるだろうと建人は本日何度目か分からない深
々としたため息をつくのだった。
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2024.08.20