ーー北海道出張ーー
数時間後、任務は恙無く終了した。
後味の悪い任務ではあったが、派遣された術師のレベルが高すぎたこともあって負傷者もなく引き継ぎの手配も終え、一行は帰りの飛行機に・・・乗って帰るな
んて北海道まで来て勿体ないでしょ、という某最強に引き摺られる形で建人と
はクラシカルなバーのカウンターで飲む事となった。
「今回は場所が入り組んでたけど、
の事前調査のおかげでスムーズだったね」
「寄り道さえなければ日帰りでも片付けられた任務です」
カウンターに突っ伏してしまっている
を挟んで、恨みがましく建人が応じる。
対して、全ての原因となっている悟はあっけらかんと返した。
「ま、いーじゃないの。
折角任務終わったのに、これ以上ハードに仕事することもないでしょ」
「は?」
疑問符を浮かべる建人に悟は先ほどから動かない
から外したサングラスをくるくると指にひっかけ回し遊ぶ。
「あれ、七海知らなかった?
は出張で大阪、名古屋、京都、福岡から北海道ってな感じで飛び回ってたのよ。
断わりゃいいのにバカだよね〜。そんなに働きすぎじゃ低級呪霊にも足元掬われちゃうでしょ」
「・・・」
悟の言葉に建人はしっかりと酔い潰れた
の顔を見下ろす。
外されたサングラスの下は落とされた照明下でも分かるほど、はっきりしたクマが目元に残っていた。
術師がサングラスをする理由はその性質故ということもあり、何ら珍しいことではない。
については普段しないことは知っていたが、任務続きとなるとサングラスをしていることは建人も把握はしていた。
だが、別の理由まで隠されていたとは分からなかった。
終日共に居て気付けなかったことにほぞを噛む建人をよそに、相変わらず手元の暇つぶしを弄びながら悟はからかう口調のまま続ける。
「七海に追い付こうと頑張る姿は健気だねぇ」
「からかわないでください。
彼女は十分に頑張ってますよ、過ぎるほどに・・・」
「本人はそう思ってないみたいだけど?」
分かってないなぁ、とばかりな小馬鹿にしていることが分かった返しに、かちんときた建人は反論するように言い返した。
「・・・昔から、過小評価のきらいがあるだけです。
無駄に責任を背負い込もうとするのは悪い癖ですが」
「そういう自己分析の甘さが捨てられないと昇級は無理かもね」
「彼女の優しさは今の階級に見合ってますよ」
悟の言葉悉くを両断して返す建人。
それに手元の暇つぶしを止めた悟は無遠慮にずいっと距離を詰めた。
「七海ってさ、実は
のことすごい好きだよね?」
「あなた以外なら基本的に誰も好意的に見ていますよ」
「酷っ!」
「ありがとうございます」
「褒めてないから!」
「喧しいので静かにしてください」
太い腕で悟の顔を押し返したまま建人は自身のオーダーを飲み干すと、椅子の背もたれにかけた上着を手にした。
「あれ?どこ行くの?」
「少し外します、すぐに戻りますので」
そう言い残した建人の姿はあっという間に店から消える。
からかう相手が消えたからか、悟は隣で動かない
へと声をかけた。
「そーんで、いつまでタヌキ寝入り続けるの?」
「・・・目が覚めたのはつい先ほどですよ。人聞きの悪い言い方やめてください」
悟の言葉を受け不機嫌そうにむっくり起き上がった
はあくびを噛み殺す。
そして空いた隣の席へ一瞥をくれ、視線を前に戻し更に続けた。
「それに私が聞いていない形になっていた方ができたお話だってあったんじゃないですか?」
「おぉ、いい勘してるね。はい、感謝の一杯」
「・・・ありがとうございます。ついでにそっちも返してください」
どう見てもカロリーお化けな色をしたカクテルグラスを受け取るも、そのまますっと横に置く。
そして手慰みには飽きたらしい素直に返されたサングラスを受け取り、バーテンダーへチェイサーをオーダーした。
一応、『聞いていない形』と返したが、この場に居るはずのない最強実力者が居合わせたことに理由が無いはずがない。
さらに直近で起こった異常事態の状況と合わせれば、理由についても察しはついていた。
若干、自身も一枚噛んているような巻き込まれ感が否めないが、すでに異常事態の場に居合わせている事もあってこればかりは仕方ないと思うしかない。
しばらくして手際が良い店員らしくすぐに運ばれたそれを一気に飲み干すと、
は小さく嘆息した。
「それと私が起きてることを知ってて、あのような事を言うのは止めてください」
「どの事?」
「・・・もういいです」
このすっとぼけた返しに答えが返された試しがなかった。
意地になるだけ体力気力の無駄だと、早々に諦めた
はサングラスを掛け直す。
騒がしい文句が続くと思ったが、そんな
の予測を裏切って悟から同じ語調で続きが返された。
「奥手な後輩へ先輩からの優しい応援のつもりだったけどな〜」
「古来から『小さな親切余計なお世話』とある通り、迷わーー」
「おーい、なーなみ。遅いっつーの、どこで踏ん張ってたんだよ」
反応したかと思えば、平然と人の話の腰を平気で折ってくる。
マジで何なのこの人。
サングラス越しにジト目を向ける
だが、悟の関心の対象は完全に建人へ移っていた。
対して、建人はこれでもかとばかりな苦々しい顔を返した。
「少し外すと言ったでしょうが、勝手に捏造しないでください。
目が覚めましたか」
一転して、
には気遣う表情を見せる建人に、先程の不愉快なやり取りをひとまず横に置いた
は小さく頭を下げた。
「すみません、久しぶりだったので思いのほか回ってしまいました」
「下戸のくせにこんな所に連れ込んだ人が全ての元凶ですから気にしなくていいですよ」
「酷い奴が居たもんだね、あとで僕が叱っといてあげるよ」
「「・・・」」
お前なんだが?どの口が言うんだ。
二対の冷たい視線にさらされても悟はいつもの調子を崩さず、ノンアルの甘ったるいカクテルを傾ける。
建人も
も長い付き合いから構うだけ無駄だと分かっていてか、阿吽の呼吸で切り上げる方向に話を進めた。
「ではホテルに引き上げますか」
「そうですね」
「えー!これから別腹のデザート買いにコンビニ行こうぜ」
「お一人でどうぞ」
「すみませんチェックお願いします」
悟の駄々をぞんざいに放置し、建人と
は予約したホテルに向かいチェックインを済ませようとした。
「え・・・」
だが、今しがたフロントからの予想外の返答に流石の
も疑問符しか出てこなかった。
「どうかしましたか?」
「いや、それが・・・一部屋しか予約が取れていないと・・・」
「一部屋の予約だったんですか?」
「いえ、五条さんが増えたのでもう一部屋追加で変更したはずで・・・」
フロントから少し離れた場所に立つ建人に説明した
は午前中の記憶を手繰る。
間違いなく二部屋予約したし、変更が完了した旨の返答も電話で受けた。スマホに残る通話の履歴も記憶通り。
自分は帰る予定だったのでこれで問題なしのはずだった。
それなのに、事前にシングル二部屋に予約変更が完了していて、どうしてこんな奇妙な事が起こるんだ?
・・・と、そんな奇妙なことをしでかしたであろうその人に視線が集まる。
「「・・・」」
「おーっと、ついに七海も最強・五条悟に惚れちゃったかな?」
「・・・」
「七海さん、流石にこの場で術式発動はホテルにご迷惑ですから。
せめて掃除しやすい外に出てからにしましょう」
「結構エグい事言ってるよ
」
分かりやすいほど怒りマークを浮かべネクタイに手をかける建人に
は形式上は制止の言葉を続ける。
とはいえ、このまま突っ立ている訳にもいかず、長いため息をついた
はスマホを取り出しながら次の行動へと移った。
「仕方ありません。他のーー」
「あ、僕はここのラウンジのパフェ食べ終わったら帰るから」
「でしたら、七海さんはこのまま泊まってください。私も一度高専にーー」
「え?どうやって帰るの?」
何を言ってるんだ、そんなの決まってるだろ。
とばかりに、
は悟へ眉根を寄せた表情を返した。
「どうって、最終便の飛行機でーー」
「残念。飛行機は天候不順で運休だよ」
「は?でも五条さんは帰ると」
「夜間寝台特急列車のチケットで帰るんだもん」
「・・・一名分、でしょうか?」
「当ったり前じゃん!その列車限定のケーキがあってね〜」
「・・・・・・」
頭痛がするのはきっと気の所為ではない。
頭を抱えるしかない
は、とりあえずペラペラと聞いてもいないことを語る話を右から左へ流す。
そしてすぐに頭を切り替え、新たなホテルを探し始めようとするも悟は
のスマホを取り上げた。
「あ!ちょっと!」
「別にやましい事ないなら泊まればいいじゃん。
たかが一泊でしょ?それに部屋はツインだしベッドは十分広いよ」
「「・・・」」
なんで予約が取れている一部屋の間取りを知ってるんだ。
確信犯であることを隠すこともせず、悟はスマホを取り戻そうとする
の手をことごとく躱しながら、ずいっと無遠慮に建人との距離を詰めた。
「まさか七海はこんな夜中に後輩一人をほっぽり出すなんて先輩甲斐無いことはしないよねぇ?」
「・・・」
(「なんでわざわざそんな煽るような言い方を・・・」)
そもそも、その『先輩甲斐』が皆無な人に言われても説得力のカケラすら無いが。
そんな
の内心を多分に含めた呆れた視線が悟に向けられる。
当人はもちろん気付いてるだろうが、どうやら米神が波打ってる建人との睨み合いでお忙しいらしい。
さて、そろそろ仲裁しないと唯一尊敬している先輩が場所も気にせず本気で術式を発動してしまいかねない。
これ以上、面どーー厄介な事態になる前にと
が口を開けようとした。
その時、
ーーパシッーー
ーーグイッーー
「え?ちょ、七海さん!?」
「さっさとチェックインしますよ、こんな歩く迷惑拡散機に構っていては我々の貴重な睡眠時間が無駄になります」
「わー、酷っ」
(「めっちゃ声怒ってる・・・」)
これは私がフォローしなくてはいけないやつなんだろうか。
内心どうしたものかとまごついてる間に予約した部屋へと到着する。
未だに怒りが収まらない様子の建人の後ろ背に、かける言葉すらなかなか出てこない。
しかしこのまま何もしないと言うのもできず、所在なさげだった
は、ひとまず肩から呪具の入ったバッグを下ろし遠慮がちに声をかけた。
「あの、七海さん。
今からホテル探す間だけお邪魔させていただくので、七海さんはゆっくりーー」
「必要ありません」
「ですけど・・・」
「余計な経費をかける必要もないでしょう。この部屋の広さならソファーでも十分です」
「・・・七海さんをソファーに寝かせる気はないのですが?」
「女性をソファーに寝かせるとでも?」
新たな争いの火蓋が切って落とされる。
しばし、両者は睨み合うも連日の任務疲れも相まって先に
が折れた。
「はぁ・・・気を遣いすぎです。
五条さんに何を言われたのかは知らないですけど、自分の健康管理くらーー!」
ーーカチャーー
と、いつもなら気付けるはずの接近を許した上、サングラスを取られてしまう。
身長差から見上げる形で不服気な視線を返せば、静かな怒りを抱いているような建人が見下ろした。
「そんな顔で言われても説得力に欠けますね」
「・・・顔は生まれつきです」
ふい、とそっぽを向く
に建人は一つため息をつき続けた。
「兎も角、まだ残ってる酔いを覚ましてください。水は買ってきてありますから」
いつの間に、と思ったが席を外した時があったことを思い出し納得した。
相変わらず紳士な気遣いだ。
外に出る理由を無くされては仕方なく、
は降参したように深くため息をついた。
それを同意と受け取った建人はすれ違い際、悟から奪い返してくれたスマホとサングラスを手渡し受け取った
は礼を返す。
「・・・ありがとうございます」
「私は先にシャワーを浴びますので」
「はい、いってらっしゃいませ」
終始、いつもの調子を崩さない建人が隣を歩き去った。
ハプニング事態とはいえ、成人男女が一つの部屋で夜を明かす。
邪な気持ちが無い、とは言い切れない自分が居るのも確かで、だからこそ調子を崩さない建人に対して後ろめたい気持ちが募る。
何事も卒なくこなし、紳士的な気遣いができる性格が問題にならない術師はレッドデータブック並みの希少種。
周囲から聞こえる好意的な噂も復帰してから途切れたことがないのは気付いていた。
そういう一定層からの予想に容易い反応と、今日のことが唯一尊敬する先輩にバレれた時の格好のからかわれネタになるだろうことを思うと気が重いことこの上
なかった。
(「身体は疲れてるけど、寝れるんだろうか・・・」)
ドア越しに水音が響く中、
は本日何度目か分からない深々としたため息を吐くしかできなかった。
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2024.08.20