任務続きだった日々もようやく区切りをみせ、久しぶりに訪れたオフ。
自宅でやるべきことを済ませ時間が空いたことで、コーヒーを淹れた はカップを片手にソファーへと腰を下ろした。
コーヒーを口に運び、しばし苦味を堪能する。
そして、何度か深呼吸をし気持ちを落ち着かせると、テーブルに置かれた封筒へと手を伸ばすのだった。





















































































































ーー拝啓、あの時のあなたへーー




















































































































白地の味気ない封筒の表に宛名は無い。
裏を返せば、懐かしい整った字体で差出人の名が書かれていた。
何度か手元でソレをどうしてやるのが正解か迷うように、表に戻したり裏に返したりを繰り返す。

「はあ・・・」

重々しいため息が、リビングにあっという間ににじんで消えていく。
この封筒を受け取ったのは数ヶ月前。
寒い日だった。
いつものように任務に出て、いつものように終えるかと思っていたが、最初の任務地である廃ビルに入ってからまとわりついていた視線。
こちらを探っているのは気付いていたが、いかんせん、仕掛けてくる気配が一向に無い。
複数相手ということは最初の方で分かっていたが、こちらを尾行している割に残穢は残すわ距離のとり方は雑だわで、どう対応すべきか迷ってしまい任務中も正 直気が散っていた。
だが、最後の任務で帳に細工をし、相手が術師でこちらを害するつもりなら拘束か手を下すと決め、いざ行動に移してみれば尾行していた相手は年若い二人の少 女だった。
懐かしい名を名乗り、少し話しをしたあと受け取ったのが目の前にある封筒だ。

「・・・」

改めてしばし、手元の白を見下ろす。
こうして時間ができて、手にもしているが、この先の行動へ未だに踏み切れない自分がいた。
宛名がなく、問題ある差出人の名前がある時点で、本来なら然るべき場所に提出すべきもの。
だが、わざわざ手渡されたものでもある。
然るべき手順を今更踏んだところで、どういう経緯で受け取ったのか、中身についての追求などなど、根掘り葉掘り面倒な詮索をされるのが目に見えていた。
その上、高専上層部から自身の心象が悪いのは自覚済み。
それならやはり、バカ正直に正規の手続きを取ったところで自分が損をするなら受取人らしい自分が封を切っても問題ないだろう。
という結論に至りながら、ここ数ヶ月は忙しさにかまけて手にすることも封を切ることもできずにいた。
・・・いや、忙しさを言い訳にこうして行動に踏み切るのを先送りにしていた。

「・・・なんで、こんなもの残したんですか」

答えが返されないことは分かっていても文句を言わずにはいられない。
自分はこういうものを受け取れる関係ではなかったはず。
いや、そういう関係であろうとしていたはずだったのに。
暗黙の了解ではなかったのだろうか。

「・・・はぁ」

は諦めたように最後のため息をつくと、糊付けされていない封筒のフタを開け中身へと手を伸ばした。























































































































外の空気は未だ冷たいながらも、僅かに春の匂いを含ませていた。
手すりに背中を預けながら、新しく淹れ直したコーヒーを片手に はガラス越しの室内の手紙に視線を注いだ。

「・・・」

ひどい人だ。
今更、あんなことを自分なんかに残して何を考えているのか。
そう思うのに、それと同時に少し嬉しく思っている矛盾した感情が対立している。
自分本位の気持ち、それが僅かでもあの手紙に込められたのであれば、良かったと思うと同時にどうしてもっと早く伝えてくれなかったのかと憤りが募る。
もう取り戻せない故に、気持ちの整理がつかなかった。

(「何やってるんでしょうね、私達は・・・」)

互いに告げなかった想い。
だが、言葉にしなかっただけで確かに存在してしまったはずのもの。
あった事実は消えず、残された側はソレをどうすればいいのかわからない。
本当は忘れるつもりだった。
形あるものが残っていなければ時間と共に、きっと他の人と同じようにあの人のことも少しずつでも忘れられると思っていたのに、こうしてあったはずの証拠を 残されてしまった。

ーーごめんね、これは私から君への呪いワガママだ。最期の最期まで付き合ってくれーー
「・・・はぁ」

あの日、偶然が重なった事故のような時間は、結局忘れられなかった。
術師としての自身の力量から長生きはできる方ではないことは分かっていた。
だからきっと、苦しいのは生きている僅かの間だけだとそう考えていた。
だが、現実はそんな予想に反し、大勢の犠牲者を出した大規模な呪術テロさえも生き延びて今に至っている。
忘れようとしたはずのその時間は重さを増すばかりで自分の手には余る。
時間があるからこそ、余計な考えばかりが巡ってしまい、このままでは厄介な相手に気取られそうだ。

ーーピコンッーー
「?」

メッセージの通知音に部屋に戻ってみれば、小さな液晶に表示される尊敬する先輩からの名と、今夜の予定を訊ねる短い問い。
怒涛の忙しさが落ち着いてきたのは向こうも同じだったらしい。
渡りに船だ、こういう時は気晴らしに限る。
は空いている返事と先んじて待ち合わせの時間について聞き返し、返事が来る前に身支度をすべく視界に入った手紙を引き出しへと放り込ん だ。















































ーー今はただ引出しの奥へ





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2024.08.20