病院に到着した。
が、着いて早々の格好を見るなり、救急に回されすぐさま手当てがなされた。
ジャンが手当てされている隣で、止血だけで言いと返せば担当医が烈火の如く怒り狂いそのまま手術室へ連行。
当然ながら右足は悪化しており、診断結果は骨折&重度の靭帯損傷。
全治一ヶ月半を宣告された。
「君は一体、何を考えとるのかね!!」
キィーンと響く声に、は耳の穴を塞ぎながら迷惑顔で言い返した。
「Dr.スクレー、鼓膜が破れます」
「破れるようなことをしているのは君だ!
これだけひどい状態で、鎮痛剤とテーピングだけで処置していただと!?
いくら仕事とはいえ、もっと身体を大事にしたまえ!!
まったく、こんな無茶な患者がいるとは!頭痛が治まらん!!」
「鎮痛剤をお持ちしましょうか?」
「真面目な話だ!」
ーーダンッ!!ーー
スクレーはベッド横のテーブルを力一杯叩く。
そんなに全力で叩いて、痛くないのだろうか。
ようやく解放されベッドの上でのびのびとしていれば、般若のような形相でさっきからこの調子が止まらない。
夜明け前に病院に入ったのに、全ての処理が終わったのは日も高く上ってから。
さっさと帰って休みたいというのにこれでは体を休めることもできない。
「はぁ・・・もう済んだことです、いいじゃないですか。
そう同じ話を蒸し返さないでください」
「いいわけなかろう!私は君の担当医師としてーー」
ーーコンコンーー
その時。
二人の会話を中断するノックが響いた。
主の断りを待たず、その扉が開かれるとが予想していた人物が入ってきた。
「取り込み中、失礼を」
「これはマスタング大佐。いらっしゃいませ〜」
これ見よがしにナイスタイミング、と表情にありありと乗せたは普段はしないだろう椅子を勧める。
あけすけなそれにロイは顔をしかめるが、小さく嘆息するとスクレーに向き直った。
「スクレー先生、悪いが部下と話がありまして。
席を外していただけませんか?」
「・・・分かりました」
憮然顔が未だ晴れないスクレーだったが、ロイの言葉に渋々退室する。
それをが晴れやかに手をひらひら振って見送った。
ひとまず、これで小言を聞かなくて済む。
「療養中に悪いが、聞きたいことがある」
「違うでしょう。
療養中で私が逃げられないと踏んだから、話を聞きたんじゃないですか?」
自身で訂正したに、ロイはふっと不敵に笑う。
そしてその表情を消すと、鋭い視線のまま質した。
「単刀直入に聞く。
君は大総統直下に作られた隠密部隊の所属というのは本当か?」
「中央のご友人の調べを疑うんですか?」
「質問に質問で返すな。答えはYesかNoかだ」
ロイの語調が鋭さを増す。
はぐらかされるつもりはない、という態度には肩を竦めて返した。
「Yes、です」
終始真面目な顔でを見ていたロイは、深く息を吐くと口元を隠すように手を当てた。
「事実、だったとはな・・・ただの噂かと・・・」
「ま、部隊はもう解体されてます。痕跡すら掴めません。
もちろん、それをダシに昇進も無理ですので諦めてください」
どうせハナからそのつもりだったろうことを読んだが釘を刺す。
が、釘を刺されるつもりはないのかロイはさらに確認を重ねる。
「今回の犯人は君の元上官だそうだが、あの男も・・・」
「ええ。私がいた部隊のお飾り隊長でした、自己保身に長けた無能な奴です。
あいつのおかげで一体何人死んだことやら・・・」
「あいつを使えばーー」
「無駄です」
はバッサリと切り捨てる。
当然と返されるのは何故だとばかりな上司の顔。
人の話を聞いていたのかこいつは。
「今回の一件、大事になりすぎました。
元々、影だった者が光のある表舞台に出ることは有り得ない」
影は影たれ。
あの部隊に所属していた時、常に言われ続けた言葉。
影場で生きてきたからこそ、それが光を浴びることはない。
仮にその光を浴びるとしたら、それは死以外なかった。
「・・・どういう意味だ?」
「言葉通りです。恐らく、遠からぬうちにーー」
ーーコンコンーー
再びノックが話を中断する。
恐らく人払いをしていたのだろう。
緊急以外取次ぎを許していないはずのそれに、ロイの顔が怪訝に変わった。
「失礼します」
「ホークアイ中尉、どうした」
「大佐、勾留中のラーダ少将ですが・・・」
「何かあったのか・・・?」
嫌な予感、それが的中したようにリザの声音が低くなった。
「留置所で自殺しているのが発見されました」
「!・・・身体検査は何度もしたはずだぞ?自殺できる道具も全て没収したはずだ」
「はい、そのはずだったんですが・・・」
過程は分からないが、今回の首謀者は死んだ。
が先ほど言った通りに。
これで事実は闇の中に消えてしまった。
「外部犯の可能性は?」
「今の所、それらしい証拠は見つかっていません」
「・・・そうか、報告ご苦労。引き続き捜査を続けろ」
「はっ。、抜け出さないようにね」
「分かってるってば」
念押しするリザに、がうんざり顔を向ける。
それに満足したのか、リザはすぐに部屋を後にした。
そしてロイから疑惑の乗った視線がに返される。
「・・・こういうことか?」
「だから先ほども言ったじゃないですか。
邪魔な尻尾と分かっていてそのままにしておくほどバカではない、といことですよ」
「随分、仕事が早いようだが?」
「それがあの部隊の特長ですから」
命令者を見ず、問いは口にせず、敵の言葉を聞かず。
ただ下された命令通り、迅速に、証拠を残さず完遂する。
それが危ぶまれば、仲間でさえ見捨てることも厭わない。
自身をただの道具として使っていたあの日々は、東部での毎日と比べると異質なほど異常に見えた。
それほどの日常に自分は身を置いていたというのに、おかしな話だ。
「だが、解体されたと自分で・・・」
「さぁ?まだいるんじゃないですか?
私も全てを把握している訳じゃないので」
「君もそっち側か?」
間髪入れず、ロイはへ問う。
詰問のようなそれにはおかしそうに笑い返した。
「私は部隊を壊した張本人ですよ?」
「明るみに出る前に手を打った、とも言える」
「あ、なるほど。そういう見方もありますか」
「私は背中をさらしても安全なのかね?」
「寝首を掻く趣味はありませんが?」
「今は、かね?なら大総統からの命令ならどうだ?」
「・・・・・・」
その問いには黙した。
実際どうだろうか。
今、自分はあの人からそんな命令を受けたら・・・
「私は、これまで多くの命を奪ってきました。
軍人なんて、公認の人殺しです。それで心を痛める資格はない。
でも、根底にはこの国の行く末を、と思い手を汚してきたのも事実です」
偽りはない。
だから、あのような影場の部隊に所属していた時も、自己保身しか考えていなかった屑のような上官より仲間の窮地を助けていた。
己の力が及ぶ範囲はとても狭かったが、それでも背中を常に預ける信頼の置ける仲間だけは自分の持ちうる力で応えてきたつもりだ。
ただの命令通り動く道具ではなく、先行き明るい未来に繋がるに恥じないようにと。
「確かに大総統には部隊に入る前から目をかけてくださった恩義があります。
ただし、それだけです。
私はもう、命令に従うだけの傀儡にはなりたくありません。
自分が仕えるべきと判断した人についていきたい」
「私はそのお眼鏡に叶った、と判断しても?」
ロイの発言にはぽかんと呆気に取られた。
おいおい、どう聞き違えばそう受け取れるんだ。
「馬鹿ですか?」
「ば・・・」
予想外の切り返しにロイの方が絶句した。
ダメージを受けている上司に構わず、は畳み掛ける。
「いつ私がマスタング大佐に仕えたいと言いました?匂わせる発言もした覚えはありませんが?
大佐の軽薄さは相手の油断を誘いますが、私にはわざとらしすぎて白けます。
任務完遂の要である作戦も綿密さに欠けますし、現場で動く者の臨機応変な対応を期待したその者の力量任せ。
何より、今回のこんなタイトスケジュールでは穴が出るのは当たり前です。
それに、作戦前に牽制をお願いしたのに効果がなかったのは余計にいただけません。
極めつけが、雨の日は無能だなんて、敵に簡単に付け込まれる弱点をさらしているのはどうかと思いますが?」
「私にはすべて褒め言葉に聞こえるが?」
なるほど、こりゃダメだな。
「はぁ・・・なんとかにつける薬はありませんね。
精神的に疲れたので出て行ってください」
「全くそうは見えないがな」
「お話しすることはもうありません」
「それを判断するのはわたーー」
ーーグイッ!ーー
言いかけていたロイの胸倉をは掴み自分に向けて引き倒した。
「・・・何のつもりだ?」
ーーにっこりーー
「?」
訝るロイに構わず、すぅとは息を吸い込んだ。
そして、
「きゃーーーっ!何するんですか、大佐!!」
ーーバタン!ーー
瞬間、ドアを開けたのは外で警備に付いていたリザ。
側から見ればロイがを押し倒しているかのよう。
副官からの視線がそら恐ろしく冴える。
仕組まれた状況証拠にようやく気付いたロイは必死に言い繕う。
「・・・大佐、職務中ですが?」
「や、いや違う!これは誤解だ!」
「リザ、仕事溜まってるんでしょ?持って帰って」
「待て!話はまだーー」
「大佐?」
ホルスターに手を伸ばすリザ。
抵抗は無駄だと判断したロイは、居心地悪さを変えるように襟を正した。
「・・・話はまた後日だ」
「もう話すこと、ないですけどね」
来た時は反対に、さっさと帰れとばかりな。
副官に追い立てられるようにロイは病室を後にし、リザからは抜け出さないように、
と表情で念押されは仕方なさそうに肩を竦めて返した。
そのまま一人になれるかと思いきや、入れ替わるように入って来たのはジャンだった。
「どうだ、具合は?」
「たいしたことありません。医者が大袈裟なだけです」
「よく言うぜ。全治1ヶ月半って聞いたぞ?」
「10日あれば骨は付きますよ。執務にだって支障ありません」
素っ気ないの反応にジャンは返しに迷う。
病室に沈黙が流れる。
は特に気にした風でもないく、外をぼんやり眺める。
が、ジャンの方は居心地の悪さに何か言葉を探そうとする。
「・・・な、なぁ」
「ハボック少尉はどうしてこちらに?」
「そりゃ、お前の警護」
「見え透いた嘘ですね」
「!」
即座の切り返しにジャンは言葉に詰まった。
その素直な反応に、窓から視線を戻したは薄く笑う。
「監視でしょう?大佐の指示で」
「それは・・・」
「疑うのは結構ですけど今更、軍を抜けませんよ」
自分の過去の経歴、今回の事件の主犯。
繋がりを疑われても仕方がない、当然の措置だ。
負傷してなければ、拘束だって有り得ただろう。
「冗談じゃ、なかったんだな。あの話・・・」
東方司令部に配属になった日に話した、冗談で済ませた話。
確かにあの話は全て事実。
穏やかな東部での日常とは相反する、血生臭く殺伐とした紛れもない自分の過去。
「怖いですか?」
「!」
困惑顔にが静かに問えばジャンの肩が跳ねる。
愚問だったな。
自分のような存在が東部で異物な事は、配属前から分かっていたことだ。
「ご心配なく。
奪い慣れてると言っても意味なく人の命を奪う殺人狂ではありませんから」
無駄に萎縮されても困る。
黙してしまったジャンに、は自分が言える、最大限の慰め?を返した。
「ま、やり辛いでしょうから、復帰したら異動願をーー」
「・・・言うな」
「はい?」
「嘘言うな!人の命を奪い慣れる訳ないだろ!!」
「え、そこなんですか?」
「そこ以外ないだろ!」
「どうしてハボック少尉が怒るんですか?」
「そ、そりゃぁ・・・」
たちまち勢いをなくしたジャンにの方が反応に困る。
自分の存在が恐れられるような部類の自覚はある。
だが、ジャンの怒りのポイントはどうやら違うらしい。
「その右足、オレのせいだろ?」
「どうしてそう思うんです?」
「遅れて来た日は医者に診てもらったんだろ?」
「私用です」
「階段から落ちたのも、痛かったからじゃないのか?」
「考え事していたと言いましたが?」
「はぐらかすなよ!」
再び声を荒げるジャン。
参った、彼はこちらの言い分に納得してないようだ。
一応、今言った事だって嘘ではないんだが・・・
そんなに彼自身に非がある事を自分の口から聞きたいのだろうか?
「ダンスの練習中にはよくあることです」
事実そうだ。
社交ダンスにおいて、相手の足を踏むなど素人は誰でもやる。
それに今回の作戦のように時間的余裕が皆無なら尚更だ。
むしろ、責任追及なら立案者にお願いしたい。
「・・・悪かった」
「謝る必要はありません。結果的に事件は解決しました」
「でも、お前はずっと我慢してたんだろ?」
「任務に支障はなかったはずです」
「オレはお前の話をしてるんだぞ?」
あ、ダメだ。
面倒臭くなってきた。
「はぁ・・・足は痛み止めでどうにかなってました。
悪化したのはハボック少尉のせいではなく、犯人側のを避け損なったからです。
お伝えしなかったのは、余計な気を割かずに任務に集中して欲しかったからですよ」
どうだ、満足したかとばかりなは半ば睨みつけるようにジャンを見やる。
と、
「ありがとな」
「?」
「そ、それと、問い詰めたりして悪かった」
「??」
ぽかん、とは呆気に取られた。
どうしよう、頭を打ったつもりはないのに思考が追いつかない。
何故にジャンは気恥ずかしげというか、気不味げというような表情なんだ?
「お礼と謝罪の意味がわかりませんが?」
「言いたくないこと聞き出したろ?
それに今回のこと、気遣いとか教えてもらったりとか、なんか・・・もういろいろとさ」
「いえ、こちらこそ?」
もはや疑問形で返すのが精一杯だ。
そんなにジャンは吹き出した。
「何かおかしいですか?」
「なんつーかさ、なんだかんだ言ってって優しいよなって」
「いえ」
その言葉に、間髪入れず否定が返される。
それまで困惑していたようなの表情は消え、昏い影が落ちる。
それは自分には手の届かない世界に向けられたもののようで、ジャンはかける言葉が見つからない。
そして、は再び口を開いた。
「いいえ、それはあり得ません」
それは自分に使われて良い言葉ではない。
そうでなければ・・・
「・・・なぁ、今度からは言ってくれよな」
ジャンは話題を変えるように昏い顔のに言った。
「何をです?」
「何をって・・・怪我してることとか、体調が悪かったこととかだよ」
「その必要があれば言いますよ」
「俺達、仲間だろ?
確かには凄腕だけど、仲間なら互いにフォローするもんだろ?」
その言葉には面食らった。
本来、軍とはその為に部隊が組まれている。
自身が今まで居た世界が異質だった事を改めて思い知り、は小さく息を吐いた。
「確かに、ハボック少尉の方が正論ですね」
「俺のことはハボックでいいって」
「あら、これは失礼を」
「口調もよ、もっと砕けてもいいんじゃねぇか?」
「もう癖ですよ、簡単には抜けません。
仕事上では都合がいいので直す必要もないですし」
「そ、そうか・・・」
期待した答えが返らず、ジャンはやや肩を落とした。
(「あの時は任務だから、か・・・」)
『どうぞ、ジャン』
『妬かないでね、ジャン?』
『お人好しが過ぎますよ、ジャン?』
思い出される昨夜の記憶。
どれもこちらに微笑みかけるのは、仕事だとしても妙に心地良かった。
もしあのまま何事もなく、本当にパーティーを楽しんでいたら・・・
「いつにしますか?」
「は?え、何が?」
物思いに耽っていたジャンが慌てて聞き返す。
どうやら先ほどからが自分に聞いていたらしい。
「ですから、ダンスの約束ですよ」
「!覚えてたのか!?」
「数時間前の事を忘れません、大佐じゃあるまいし」
「そ、そうだな」
「怪我してまで助けていただいたお礼はしないと」
柔らかく笑う。
まるで車内で自分だけに向けてくれた微笑と通じるそれ。
不覚にも鼓動を再び跳ねさせ、ジャンは勢いよく返した。
「じゃ、じゃあ!再来月末の非番の日でどうだ?」
「分かりました、ではその日で」
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2020.1.17