「んー・・・」
大量の書類を前にして、は背筋を伸ばすように伸び上がった。
自分の分は終わった。
まだ周りの同僚の数人は格闘中だが。
「あら、終わったの?」
「ん。リザの方は?」
「さっきやっと見つけ出したわ」
「相変わらず頼もしい」
執務室に現れた同僚兼気心知れた友人には素直に賞賛を送る。
そして、少々疲れたようなリザに常備されたコーヒーをカップに注ぎ彼女に渡した。
「で?今回はどこでサボってたの?」
「書庫の棚を移動させて作ったあるはずの無いスペース」
「・・・今回は手が込んでたわね」
「そんな暇あるなら仕事して欲しいわ」
「「「同感」」」
リザの憂いに、その場にいた、ファルマン、ブレダが同様の返事を返す。
知識の無駄遣いだ。
国家錬金術師というご大層な肩書きの割にやる事がセコい。
その軽薄さが本来の姿ではない事をはすでに知っている。
だが猫かぶりの不真面目さのしわ寄せをくらうのは大変よろしくない。
(「つい数ヶ月前食らったばっかだしな」)
はため息をつきながら、不味いコーヒーを傾ける。
今から約3ヶ月前にあった連続誘拐事件。
犯人の屋敷へ潜入捜査をした。
が、作戦がずさんな為に犯人に作戦当初から筒抜け。
一応忠告したが、その効果のほどは皆無。
無駄な怪我も負う羽目になった。
(「ま、ここ最近は大きい事件も無いし。
明日はやっと非番、ようやくーー」)
「あ!少尉、マスタング大佐がお呼びでーーひっ!」
「・・・・・・」
かけられた声に、凄みを増したの鋭い視線がフリューに刺さる。
小刻みに震えるまるで子犬のような仕草。
当たる相手が違う、とは頭を振った。
「失礼しました、フリュー曹長。
通信機の修理お疲れ様です」
「あ、いえ・・・」
「で?先ほどのお話しは本当ですか?」
「・・・は、はい」
「ですよね・・・」
嫌な予感しかしないが、一応上司。
行かなければ後が面倒なことも明白。
リザの方も見ても諦めろ、とばかりな顔。
直前のお灸に期待して行くか、とはカップの中身を一気に煽り待ち人が待つ部屋へと向かった。
ーーShall we dance?ーー
ーーコンコンーー
『入れ』
「失礼します」
扉を押し開け中へ入る。
予想通りの憔悴を隠している白々しい上司がそこで待っていた。
「お呼びだそうですが?」
「明日は非番だそうだな?」
「それの確認にわざわざ呼び出したのなら、リザに抗議して帰りますけど?」
「すまん、私が悪かった。用件は別だ」
即座に平謝りしたロイには面倒そうにため息をついた。
「で?」
「実はきな臭い話を仕入れてな」
「だったら捜査してください」
「時間がない上に軍部の顔を知られていてな」
「・・・また潜入捜査しろと?」
「適任者にしか言わん」
「ちょー迷惑です」
清々しい笑顔でが言い放てば、ロイはがくりと肩を落とした。
「そう言うな」
「同じ轍を踏ませようとしてる無のーーゴホン。
えー、前回の負傷で適任者の要件からは外れています」
「私の力の及ぶ範囲でそちらの要求を一つ聞こう」
「!」
「外国でのバカンスでも一軒家でも構わないぞ」
「・・・気持ち悪いですね」
「普通に酷いな!」
「日頃の行いです」
「んぐっ!」
言葉もないロイ。
だがこのままでは話が進まない。
何よりさっさと帰りたい。
「とりあえず、話だけ聞きます。
内容いかんによっては私以外の適任者に振ってください」
「・・・実はーー」
東部、南地区。
そこは煌びやかな店が並び、細い路地にも隠れ家的な洒落た店も多い。
治安も良く、観光客も多く東部にでも賑わう地区。
そこから少し離れると大衆酒場や長年の続いた小さな酒場の喧騒がどの店からも響く。
その中間、カジュアルながらもパリッとした装いの男がいささか緊張の面持ちで大きくため息をついた。
(「あーやべ、早く来すぎた」)
待ち合わせの場所に到着したジャンはそわそわと辺りを見回す。
約束は8時だが、現在は6時。
まるで翌日のイベントを待ちきれない子供のようだ。
(「いやいや、今日はそもそも単なる約束してたからだし。
そ、それに助けてもらった礼もちゃんとしたいし・・・
・・・って!何言い訳みたいなこと言ってんだ俺は!」)
無言で百面相しながら頭を抱えるジャンに周囲の視線が刺さる。
このままでは不審者扱いだ。
時間を潰すか、とジャンは手近なカフェで時間を潰すことにした。
ーーカラーンーー
「あら」
「?」
「お早いお着きですね」
「え」
届いた聞き慣れた声。
カウンターに座っていたのは待ち合わせ相手。
「まさかこんな早く来られるとは思いませんでした」
「は?え?へ??」
「まぁまぁ、落ち着いてください。
マスター、コーヒーもう一つお願いしますね」
勝手知ったるようにオーダーを済ますと、とジャンは隅の席へと陣取った。
「お前、いつ来たんだ?」
「ついさっきですよ」
(「イケメン彼氏のセリフかよ!」)
「な、なんでここに・・・」
「この店、行きつけなんです」
「そ、そうか・・・」
動揺が抜けない自分と違い、相変わらず淡々と返す。
ジャンは再び小さく息を吐き、ちらりと目の前の人物を見やるを
潜入捜査の時とは違うが、これから向かう場に合った格好。
宵闇のようなロングドレス、編み込まれた髪を後ろでひとまとめにアップにされた髪型。
薄く化粧の施されたそれは、普段の職場で見る姿とはまるで別人だ。
「お待ち、ブラック2つね」
「ありがとうございます」
「今日は彼氏とデートかい?」
「!」
「ま、そんな所です」
「いやいや、若いっていいねぇ〜」
「どうも」
顔見知りらしい砕けたやり取り。
サラリと出た言葉にの表情は変わらない。
無駄に意識しているのは自分だけか、とジャンは僅かに肩を落とす。
「?どうかされました?」
「あ、いや・・・仲良いんだな」
「マスターは噂好きなので、この格好をからかいたいだけですよ」
「そんな事ねぇよ・・・似合ってる、し」
「ありがとうございます、ジャンも素敵ですよ」
「!」
不意に呼ばれた名。
まるで本当にデートしているようなそれ。
先ほどまで落ちていた気分は一気に復活した。
しばらくそこで時間を潰し、少々早いが予約した店へと向かった。
分かってたことだが、肩肘張る店は苦手だ。
出される料理は全て小綺麗に飾られ、ずらりと並ぶフォーク、ナイフ、スプーン。
対面のは品良く食事を口に運んでいる。
自分は忘れかけたマナーを思い出しながらの食事でどうにも味気ない。
「どうしました?」
「あ、いや・・・」
「気分でも悪いですか?」
「そんなんじゃねぇよ、お前は何でも卒なくこなすと思ってよ」
「私だって最初は面倒でしたよ。仕事で必要になったから覚えたまでです」
「あ、悪い・・・」
「昔のことです、気にしなくて良いですよ」
シャンパングラスを掲げたがふわりと笑う。
いやでも動悸が高鳴った。
「な、なぁーー」
「あ、楽団の演奏が始まるみたいですね」
の視線の先で少人数の演奏家が奏で出す。
優雅な音色に包まれ、ペアになった男女がゆっくりとテンポに合わせボールルームに進んでいく。
「どうします?もう少し休まれますか?」
「あ、いや・・・行こうぜ」
数ヶ月経って、忘れた箇所もあったが踊り終えた。
やはり普段使わない筋肉なだけあり、一曲踊っただけで倦怠感がヤバイ。
「ふぃ〜」
「お疲れ様でした」
「いや、そりゃこっちがだろ。
ありがとな、付き合ってくれて」
「どういたしまして」
相変わらず余裕ある表情で、ふわりとが笑う。
その背景に眩しい光が輝いてるように見える気がする。
「どうしました?」
「あ、い、いや!」
「そうだ。この後時間ってありますか?」
「へ!?」
「都合がつくならもう少し付き合って欲しいんですけど・・・」
都合の良い聞き間違いか?
それとも夢か?
自分の妄想はここまで鮮明に・・・
「・・・」
「ジャン?」
「あ、ある!大丈夫!問題ない!」
「それは良かった。じゃあ場所を変えましょう」
の案内で店を出、その足は小洒落た店から離れていく。
そして・・・
「着きました」
「ここって・・・」
「さて、行きましょうか」
「あ、おい!」
着いたのは大衆酒場。
賑やかな声が外にまで響いていた。
いつのまにか、は凝った髪型を崩しゆったりと顔の横に流していた。
「さて、ビールで良かったんですよね?」
「いやいやいや、どうしてここに来たんだ?」
「さっきの様な肩肘張ったお店は苦手なように見えたので」
「!」
図星。
着慣れない服、慣れない食事マナー。
場違いなような、背伸びが過ぎたという自覚が確かにあった。
「・・・お前、よく見てるな」
「私もお礼がしたかったので、折角なら行き慣れた場の方が良いと思いまして」
「礼?なんかしたか、俺?」
「ええ、いつも変わらずに接してくれたから」
「?なんだそれ?」
「そういう所ですよ」
柔らかな笑みにジャンは質問を重ねられない。
顔に熱が集まるのを誤魔化すように、届いたビールのジョッキをジャンは傾けた。
(「だーっ!何だよ!それ!そんな顔!仕事で見たことねぇ!っつーの!」)
ーーダンッーー
「おー、兄ちゃん良い飲みっぷりだ!一杯奢るぜ!」
一気に中身を空ければ見知らぬ男から新たなビールが目の前に置かれる。
先ほどの残像が目の前にちらついていたジャンは再びそれを煽った。
それを続けだんだんと、何杯目か分からなくなってきた。
傾ける度に周囲はやんやと騒ぐ。
隣に居たはずのはマスターと話しているようだ。
「・・・」
あの笑顔が自分以外に向けられていると思うと面白くない。
と、こちらに気付いたのかがジャンに笑いかけた。
「豪快ですね、飲み比べでも始めるんですか?」
「お前はー、飲んでるのか?」
「ええ。あなたほどじゃないですけど」
「俺はーまだ飲めるぞ!」
「あはは、ならこの店で一番になってください 」
「なったら?」
「はい?」
「一番になったら何かあるのか?」
ずい、とジャンはに距離を詰める。
鬼気迫るそれには、若干引きながらも答えた。
「えー、じゃあお願いを一つ聞きましょう」
ーーダンッ!ーー
「俺に勝てる酒飲みはかかってきやがれ!」
「おおー!」
「よっしゃ!」
「上等だ!」
ジャンの啖呵で、店内は大盛り上がりとなる。
羽目外してるようなそれには口端を上げた。
鉄の肝臓らしく、ジャンの前で次々と敗者が出来上がっていく。
「おーし、もう俺がゆーしょーかぁ!?」
「面白そうだな。オレも参加するぜ」
呂律が怪しい時、一人の男が勝負に加わった。
体格はジャンと同じくらい、身なりは大衆酒場には小綺麗過ぎるそれ。
嫌でも直前の事を思い出してしまうそれに、ジャンは不機嫌さを隠さずに言った。
「途中参加だー?なら樽一つ開けてから勝負だ!」
「ひゅー!言うぜ兄ちゃん!」
「そうだそうだ!樽を空けてからが勝負だ!」
「良いぜ、そんじゃ見てろよな」
挑戦してきた男は、そう言うなりビール樽を担ぎそのまま飲み始めた。
当然、店内のボルテージはどんどん上がっていく。
そして、あっという間にそれを飲み終えた男は空の樽をテーブル代わりにジャンの前に置いた。
ーードンッーー
「ふぃー、さて勝負つけるか!」
「受けてたつぜ!」
一騎討ちが始まった。
やんややんやと、ジョッキを空けていく度に大盛り上がりだ。
ビールをどんどん店主が作って二人の前に置かれていく。
ヤバイ、飲み過ぎた。
その自覚はあるが、相手はまだ退こうとしない。
ここまでくるともう意地だ、絶対負かしてやる。
そう思い、目の前のジョッキを勢いよく傾ければやんやと喝采が上がる。
「ぷはーっ!まーだやるのかぁー?」
半分閉じた目で相手を見据えれば、同じくジョッキを空にし赤い顔の相手がこちらを見返してきた。
「おー、兄ちゃんやるなぁー。だーがー、勝つのはオレらぞ!」
「おーし!なら次の一杯でしょーぶら!」
「のっら!」
完全に呂律が回っていない。
男が店主に向かって手を挙げた。
すると、店主はジョッキにビールを注ぐ。
そしてビール2つを持って、ジャンと男の前に置いた。
「んじゃ、これを先に飲み切った方が優勝者ってことにしようかね。
負けた方はきっちり支払ってもらうよ」
「おうよ!」
「上等ら!」
そして、互いが目の前の酒に手を伸ばす。
ーーパシッーー
「ちょい待ちです」
その時、がジャンの腕を掴んだ。
当然、対戦相手の男が絡んできた。
「こらぁ!女が男の勝負にー、入ってくんじゃーねーぞ!」
「フェアな勝負ならそのつもりですよ」
「、どーしたんら?」
「なんらぁ?お前いい女らな。オレに構ってーー」
ーードゴンッ!ーー
「はい、ちょっと酔っ払いは黙っててくださいね」
はジャンの対戦相手の頭を鷲掴んで、テーブルに叩き付ける。
男はピクリとも動かなくなった。
淑女然とした格好の涼しい顔でやらかした事に、店内は一気に静かになった。
そしては最後のビールを運んできた店主に向いた。
「さて、マスター。少々お尋ねしたいことがあります」
「な、なんだね」
「負けた方が支払いを持つと言うことでしたが、こちらは普通のビールでよろしいですか?」
「どう言う意味だ!」
「あなたが飲んでも問題はないですよね?」
「!」
の言葉に店主の顔が強張った。
対しては淡々としたまま続ける。
「あら、顔色が優れませんよ」
「お、オレは何も知らん!」
「質問の答えではありませんね。
飲めるか否かとお尋ねしています」
「ぐっ・・・くそっ!」
店主はすぐに身を翻して店の奥へと逃げ出した。
人垣を押しのけ、外へと続く扉を開けようと店主が手をかけた。
ーーガチャン!ーー
「な!?」
しかし、まるで施錠されているように扉は開かない。
そして、背後で靴音が響き男の肩が跳ねた。
「残念ですが、証拠の品は押さえさせていただきました」
「まさか、お前軍の関係者か!」
「ええ、一応。
ハボック少尉の事はご存知だったようですね」
「くっ・・・」
「シン国から密輸した違法薬物を扱うのに、あえて目立つ店を使うのは良い考えでしたが時期が悪かったですね」
ーードゴーーーン!ーー
突然、爆音が店主が開けようとした扉を吹っ飛ばした。
「ごほっ!な、何が!?」
「確かに、この私が東部にいる間に行動を起こすのは愚かだったな」
「そんなつもりで発言したのではありませんが」
「いやいや、ご苦労だったな」
「突入が遅過ぎです」
「相変わらず可愛げがないな・・・」
扉の破片を踏んで現れたのは、ロイ・マスタング。
しらっとしたの冷たい視線を受けたまま、ロイは部下に指示し店主を拘束した。
「さて、申し開きはあるかね?」
「くそ・・・お、オレは命令されて仕方なく・・・」
「あなた、コレを使い続ければどうなるか知ってますか?」
店主の前に立ったは淡々とした口調のまま、押収した証拠品を目の前に突きつけた。
「少量なら酩酊状態から幸福感を得られ、恐怖心や不安を感じなくなります。
ですが効果が切れた瞬間、喪失感と絶望感、極度の強迫観念に襲われます。
そして、依存性が極めて高い」
ーーゴッーー
「むご!?」
「そうそう、この薬物の禁断症状もご存知ないですよね?
この薬物、とっても耐性が付きやすくてどの方もオーバードースするんです。
その理由は、薬が切れる間際に体の感覚が異常に鋭敏になる症状から逃れたいからなんです」
「!?」
「どの感覚が鋭敏になるかは個人差があります。
自身の鼓動が鼓膜が破れるほどの騒音に聞こえたり、触れられただけで切り刻まれたような激痛だったり・・・」
店主の口に証拠品を押し込んだまま、口調は淡々としたままにこやかに語る。
対峙している同僚達でさえ、おぞける様に表情を竦ませる。
男は逃れようとするが、拘束された状態では抵抗もできない。
の細い指が耳や腕をなぞる度に、店主の体は跳ね冷や汗を浮かべる。
「そんな依存性の高い薬物を売り捌いておいて、『命令された』だけだから許されるとでも?
あなたも甘い汁を散々吸ってきたでしょうに。
それとも今口の中に入っているものを飲み込んで、廃人になりますか?
少しは禁断症状を体験できると思いますよ?」
「ひっ!」
「そこまでだ、少尉」
「・・・」
「連行しろ」
「はっ!」
ロイの指示で男は連行されていった。
そしてその場にとロイが残される。
ロイから見えるのは後ろ背だけ。
表情は窺い知れない。
だが、直前のやり取りを見る限り相手に対して怒っていたように感じた。
「本当に飲み込んだらどうするつもりだ」
「中身は小麦粉です、むせるぐらいでしょ」
「そ、そうか・・・」
振り返った部下はいつも通りの、しれっとした表情で返してきた。
心配無用だったか?
「店内の制圧は?」
「ハボックのお陰ですぐ終わったそうだ」
「何よりです」
「先ほどの話だが・・・」
話を戻せば、表情の分かりにくい部下の眉がぴくりと動いた。
「どうしてあの薬の事を知っていた?」
「黒歴史のお陰様です」
「まさか・・・」
「シンの裏社会では、拷問で使用されていました」
「・・・」
事もなげにはそう言い捨てる。
だが、その言葉の意味する所はそれをしていたか、見ていたかのどちらか。
の昏い表情を見る限り、後者であろう。
かける言葉が見つからないロイに対し、は小さく嘆息しくるりと踵を返して店内に向け歩き出した。
「喋り過ぎて疲れました。
非番返上で付き合ったんです、約束は守ってもらいますよ」
がらんとした店内を進み店先に出る。
入り口近くのベンチでは、酔いがまだ抜けていないぐったりとしたジャンがうなだれて座っていた。
「大丈夫ですか?ハボック少尉」
グラスに注いだ水を目の前に差し出せば、ジャンはそれを一気に煽る。
それで酔いが幾分覚めたのか、ジャンはは問うた。
「・・・、どーいうことなんだ?」
「大佐が薬物密輸の現場を押さえたいとのことで、協力を要請されました」
「俺、知らねぇんだけど・・・」
「ハボック少尉には言うなと命令受けてまして」
「・・・」
「騙すような形になったのは申し訳ありません」
の謝罪にジャンは更にぐったりとうなだれた。
(「・・・名前呼んだのは仕事だったからかよ」)
舞い上がった自分が馬鹿みたいだ。
復活の兆しがないジャンに、は相手の顔を覗き込む様に見上げた。
肌が触れそうな距離、上目遣いに無駄に鼓動が跳ねる。
「・・・」
「怒ってます?」
「べっつに・・・」
ふいと顔を背ける。
そうだ、一応怒ってるんだ俺は。
決して照れ隠しなんかじゃない。
顔が熱いのは酔いが残ってるからだ。
などと自分に対して言い訳するジャン。
そんな事とはつゆ知らず、どうしようかと思っていたははた、と思いついたようにジャンに手を差し出した。
「?」
「実は待ち合わせの茶店、夜も開いてるんです。
生演奏もしてるので行きませんか?」
「つっても、明日はーー」
「大佐には明日も非番にする条件で今回の任務を受けました」
言われた意味が分からずポカンとジャンは呆気に取られた。
「・・・え」
「ですから、明日も非番です」
「お前がだろ?」
「ハボック少尉もですよ」
「・・・」
こてんと首を傾げた。
今まで以上にジャンの顔に熱が集まってくる。
「今度は私から誘わせてくださいーー」
「Shall we dance, Mr.?」
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2020.2.29