とジャンが屋敷に潜入して3時間が経過した。
目的の屋敷を唯一見下ろせる建物の一室。
大量の無線機の前で通信の傍受を続けているフリューの後ろで、すでに何度目かの問いをロイは投げかけた。

「二人から連絡は?」
「まだありません」
「・・・中尉、状況は?」
『目標、変化ありません』

手にした無線機からも作戦開始から同様の回答が返される。
ロイは気難し気な表情のまま屋敷を再び見るが、相変わらず煌々とその場だけ切り取られたように夜の闇を寄せ付けないだけだった。

『大佐、遅過ぎませんか?』
「定時連絡から2時間、連絡がないなんて何かあったんじゃ・・・」
「・・・・・・」

部下二人からの言葉に、ロイはしばらく考え込む。
手元の時計は、すでに日付が変わろうとしていた。

「あと15分だけ待つ。それで何の連絡もない場合、作戦を変更する」









































































































































































時同じくした、屋敷の地下。
銃をに突きつけている伯爵の隣に仲間らしい男が現れ、銃は伯爵からその男へと渡った。
それは舞踏会場で見た、とジャンに情報を提供した給仕。
作戦の初期から失敗するように仕組まれていた事実に、は皮肉を口にした。

「なるほど、懐柔して手駒にしましたか。汚いやり口がそのまま顔に出てるわけです」
「おやおや、先ほどの淑女振りに似つかわしくない口振りじゃないか」
ーーガツッ!ーー
「っ!」

余裕たっぷりの伯爵がの右足を踏みつける。
感覚全てを奪われる激痛には蹲った。

「どうかしたかね?たいして力は入れていないのだがな。
さぁ、さっさと立ちたまえ」
(「っ・・・どうして・・・・」)

そうだ、なぜこいつは右足の怪我の事を知っているんだ。
は引き摺るように立ち上がった。
今の自分は元々の怪我と酒の所為で痛み止めの切れた状態。
さらには意識がないジャンと行方不明者の人質を取られている状態でろくな抵抗はできない。
とはいえ、このまま手をこまねくなんてこともあり得ない。
なら、ジャンの意識が戻る時間を稼いで状況を逆転できる可能性に賭けるのが今できる最善だ。

「・・・点滴で延命とは頭の良いやり方とは思えませんね。衰弱していては商品として価値があるとでも?」
「こんな時まで他人の心配とは感心だな。
だが彼女達に命の心配はない。
目覚めた時はクライアントの要望通りのお人形になっているからな」
「薬漬け・・・そんな専門的なこと、誰が・・・!まさか、あの町医者!」
「ほぉ、流石は黒狼。相変わらず頭の切れる女だ」

さらなる第三者の声。
だが、には聞き覚えがあった。
とはいえ、このような場所で耳にするはずがない相手の声。
しかしの思惑を他所に、聞き覚えのある声の主は記憶通りの姿での前に現れた。
腹の底から溢れ出す、どす黒い負の感情。
その場に居合わせた伯爵や給仕が思わず後ずさる。
それほどまでに憎しみが煮えたぎった眼光ではその男を睨みつけた。

「なるほど・・・黒幕はあなたでしたか。
元上官殿、ジャスティン・ラーダ」

の刺すような視線を受けても、男は堪えた様子はない。
互いを視線で殺すかのようなそれに、部外者の2名は閉口するしかできなかった。

「降格左遷で軍を辞めたと思いきや、それに飽き足らず恥の上塗りについにここまでやりますか」
「黙れ、誰のせいだと思っている」
「因果応報では?」
ーーブンッーー

即座の言い返しに、ラーダは素早く拳を繰り出す。
はそれを難なく回避するが、その瞬間、再び右足を打たれ再び激痛に蹲る。

「っ・・・相変わらず、卑怯なやり方しかできないんですね」
「弱点を突くのは兵法の基本だ」

軍人の風上にも置けない奴がよく言う。

「さて、お前にも商品の一つになってもらおう」
「まさかここから逃げられるとお思いで?」
「それはこっちの台詞だ。我々を捕まえられるとでも思ったか?
筋書きは出来上がってる。
薬物中毒の軍人が錯乱して発砲、パーティー会場は大混乱、多くの市民が命を散らすだろう。
そして良心の呵責に耐えられずその軍人は自殺。
分かりやすいだろう?」

とんだ三文芝居だ。
そんな安い台本でこの大掛かりな事件が闇に葬られるなど冗談じゃない。
だが、今の状況は全てにおいてひっくり返せる可能性が無いに等しい。
せめてこの男が消えてくれれば・・・

「・・・その軍人をハボック少尉にすると」
「ああ。これでマスタングの顔も潰れ、お前も消える。
私には得ばかりだ」
「・・・」
「さて、では最後の舞台の仕上げといこうじゃないか」

ラーダの指示で、とジャンは倉庫らしい部屋へと拘束された。
自分を知っている男がいるからか、無駄に頑丈にロープで縛り付けられる。
椅子にそれぞれの両足と、後ろ手は相方と共にうっ血するほど縛り付けられている。
これでは自分だけ抜け出すのは簡単じゃない。
だが、今回は自分だけで捕まっているわけではない。
相方の甘い拘束を起点にすれば脱出は可能だ。
となれば、その相方にはいい加減お目覚めいただかないと困る。
は小さく息を吐くと、可能な限りの距離を稼いで後ろにあるジャンめがけ頭突きした。

ーーゴヂン!ーー
「ぃ痛っ!」

相当な衝撃だったのだろう。
自分も後頭部がじくじく痛む。

「・・・れ?一体、どうなって・・・」
「目が覚めまして?」
!?って!どうなってんだこれ!?」

意識が戻ったとたん騒がしい。
そして無駄に動かれると、こちらもロープが引きずられるから止めてもらいたい。

「落ち着いてください、と言いたいところですが時間がありません。
犯人にバレました。
至急、大佐に連絡と合図を送らなくてはいけません」
「・・・そうだ、オレ・・・」

ようやく、状況を理解したらしい。
動きを止めたジャンには小さく息を吐くと、これからの行動を話し出した。

「ひとまず、ここから脱出です」
「どうやって・・・」
「そこは任せてください。動かないでくださいね」

指示通り、身動きを取らなくなったジャンの後ろで、は結ばれているロープの形を確かめながら最短で解けるよう手探りで作業を進める。
と、

「すみませんでした」

唐突にがジャンに謝罪を述べる。
今までそんなことを聞いたことがなかったジャンは、いぶかしげに肩越しに振り返った。

「・・・何だよ、急に?」
「今回の作戦の失敗は、どうやら私にも一因があるみたいなので」
「は?どういーー」
「殺しておくべきでしたよ、あの男は・・・」

その声はとてつもなく冷たい。
初めて聞いたそれは、まるで氷の刃をつきつけられているようなそんな錯覚に陥る。

「お、おい・・・?」
「まったく、自分の詰めの甘さに腸が煮えくり返りそうです・・・よ!」
ーーゴキンッーー

突如響いた鈍い音。
ジャンは指示など忘れ慌てて振り返った。

「なっ!おい!お前!!」
「静かに、してください。肩を外しただけです」

そう言った通り、はロープから無事に脱出できた。
幾重にも巻かれたロープを片腕で外すにジャンは心配そうに声をかける。

「おい、大丈夫な・・・!」

その先をジャンは言えなかった。
ちょうどが椅子に片足を乗せ、捲り上げたドレスからその両足が露になっていたからだ。

「女のいいところはーー」

そう言いながら、はガータベルドに括り付けれたナイフを取り出した。

「隠し物がしやすいってところですね」

ナイフでロープを切ると、ジャンはに駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」
「・・・心配するなら、肩入れてもらえます?」

久々にやったからか結構痛い。
おっかなびっくりなジャンの手を借り、無事に関節は入った。
拘束されている間、話に聞いていたような薬を打たれるなどはされなかった。
となれば、今は闇オークション真っ只中の可能性が高い。
行動するなら今しかない。

「私は黒幕を追います。すぐに大佐に連絡を」
「でもお前、その状態で・・・」
「四の五の言ってる暇はありません。
黒幕は私の元上官です、大佐にそう言えば全て分かるはずです」
「分かるって、どういう意ーーっ!」

言い終えたは、自分の胸元に手を突っ込んだ。
またもやの大胆行動にハボックは慌てて目を背けるが、当人は恥ずかしげもなくジャンの顔を強制的に自分に向かせた。

「何赤くなってるんですか」
「そ、それは・・・」
「どうぞ」

から差し出されたのは小型の拳銃だった。

「弾は3発です、考えて使ってください。
今回の相手は丸腰では分が悪いですから」
「お前はどうするんだ?」

装填を確認したジャンの言葉に、は先ほどのナイフをくるりと手元で回した。

「ナイフ一本あれば十分です」
「けどーー」

ジャンの言葉を遮るように、は邪魔なドレスの丈を裂いた。
見える素肌にジャンは再び閉口するしかない。

「あいつのやり口は私がよく知ってます。大佐への件、任せましたよ」

そう言って、ジャンが呼び止める間もなくは走り出した。



















































































































所変わり。
達の連絡を待っていたロイらは、状況が変わったと判断し作戦の変更のため待機している持ち場の兵士達へ作戦の変更を伝えていた。
そして、ロイが突入のタイミングを図っていた。
その時、

『大佐、誰か出てきました』
「何!?中尉、確認急げ!」
『あれは・・・ハボック少尉です』
「ハボックだと!?」

定時連絡の時間超過、作戦無視、相方はどこ行ったetc...言いたいことは山のようにあったが、まずは状況の確認が先だった。
ロイは緊急時の通信機から、相手に向かって怒鳴りつけた。

「おい、どうなってる!」
『大佐、黒幕はの元上官だそうです』
「なっ!?」
『潜入はとっくにバレてたみたいっす。
給仕の奴が寝返って、今まで拘束されてました。それと今が一人で先行してます!』
「分かった、作戦中止だ。
お前も準備して配置に付け」
『了解!』

通信を切ったロイは、今まで話を聞きこちらの指示を待っている曹長に向け頷いた。

「フリュー、全部隊にすぐに繋げ!」
「Yes sir!」
(「まさか、本当だったとはな・・・」)

全部隊に繋がる通信機を持ちながら、ロイは内心ひとりごちる。
数少ない信用のおける親友が調べた結果を作戦決行直前に聞いた。
それは到底信じられるものではなかった。
大総統直轄に秘密裏に組織されていた部隊。
命令は大総統からのみ下され、組織される兵士は皆、心技体全てが表の軍隊の少将以上の実力保持者。
周辺各国の政治的なきな臭い話には必ず関与している、という噂さえある秘密部隊が最近解散されたという。
時期的に見ても、実力を見ても、現在潜入しているその一名はその存在に真実味を持たせていた。
だが、今はその真偽より事態の収拾が先だ。

「全部隊、屋敷に突入。
参加者全員の身柄を確保しろ!」
「「「はっ!」」」

しかし仮に全ての話が真実だとして、捕縛対象がそれの出身者だとすれば・・・

「・・・部隊にどれほどの被害が出るか、予想がつかんな・・・」
「大佐?」
「いや、何でもない。私も出る」

























































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2020.1.10