ようやく酔いがさめたジャンが復活し、再び会場へと戻った。
今度は談笑の輪には入らず、壁の花を決め込む。
二人の視線の先では、人の輪の中心で目的の人物が楽しげに話をしていた。
と、

「お飲み物をどうぞ」
「・・・ええ、ありがとう」

にこやかな笑みを浮かべる給仕にグラスを手渡され、は自身の手にしていたグラスから新しいグラスへと持ち替える。
そして、それを口にするでもなく隣のジャンへと渡した。

「どうぞ、ジャン」
「え?また酒・・・!」
「ペリエですから」

一応訂正し、視線でグラスを指す。
ジャンはグラスを受け取ると、その底には小さなメモが貼り付けられていた。

『地下のワインセラー』

ジャンは深く息を吐いた。
対してもメモを手近な燭台のろうそくの火で焼き消す。

「私が伯爵の相手を」
「なら、俺は捜索か」

襟元を正すジャンに、は不敵な笑顔でドレスグローブの手を差し出した。

「親玉の顔を見に行きましょうか。
堂々とね、ジャン?」
「おう!」

気合の入った返答を述べたジャンは、の手を取ると目的の相手に向け歩き出した。





























































































































































「お初にお目にかかります、ノルド伯爵。
ベイ夫妻の代理で参りましたジャン・フェールと申します」
「これはこれは、ようこそ我が舞踏会へ。楽しまれておりますかな」
「ええ、勿論。妻も楽しんでおります」
「はじめまして。この度はご招待いただきまして、感謝申し上げます」

話の途切れを見計らい、人当たりの良い笑みを浮かべながら二人は目的の人物へと挨拶を交わす。
伯爵へ淡く笑みを向ければ、男はすぐさま相好を崩し礼を取った。

「これはまた美しい・・・
伯爵のティザネア・ノルドです。お会いできて光栄ですマダム」
「まぁ、お上手ですわノルド伯爵」

困ったようにはにかんで返せば、伯爵はさらにとの距離を詰めた。

「いやいや、本当のことですよ。
今夜の招待客の中で一際、輝いていらっしゃる。
このような美しい伴侶を得れたとは、羨ましい限りですな」
「お褒めいただき恐縮です。確かに幸運です」
「もぅ、ジャンたら・・・
伯爵、ベイ夫妻から参加できないことの謝罪と遺憾をお伝えするようにと言伝を受けております」
「そうですか。
確かに残念でしたが、そのおかげで貴女のような美しい方にお会いできた・・・」

伯爵はの手を取り、その甲に唇を落とす。
瞬間、の米神がピクリと動いたことにハボックは気付くが、伯爵の視線が上がったと同時に、はただ恥ずかしそうに顔を染めた。
と、舞踏会場に優雅な音楽が流れ出す。
参加者がフロアへと向かう中、伯爵がの手を取ったまま笑いかけた。

「どうです?一曲、お相手願えますかな?」
「ええ、勿論。妬かないでね、ジャン?」

伯爵から見えぬ位置で、目配せしたにジャンも応じたとばかりに笑みを繕う。

「仕方ない、飲み物を探してくるよ」

ワルツの弦楽器が優雅に音を奏でる。
ゆっくりとしたテンポに合わせ、皆がゆっくりと談笑しながらパートナーとダンスに興じていく。

「ご主人とはどちらで?」
「両親の紹介ですわ。私とジャンの両親が絵画好きで、その運びで」
「そうでしたか。しかし、近くで見てもお美しい。
それにダンスもお上手だ」
「伯爵のリードがあってこそですわ」

当たり障りのない会話を続けているうちに、ワルツが終了する。
再び会場内が談笑の喧騒に包まれていく。
同じようにダンスを終えたと伯爵も互いに礼を返した。

「いかがですかな、もう少々ご一緒しませんか?」
「え、しかし・・・」

若干の困惑を表情に浮かべるに、伯爵は声を潜めて呟いた。

「よろしければ私のコレクションをご披露したいのですが」

いかにも含みのある言葉。
だが、その安い言葉を待っていたは内心でほくそ笑む。

(「かかった」)
「・・・せっかくの申し出です。お受けしますわ」

表面上は葛藤が勝った罪悪感めいたものを浮かべながら、伯爵に連れられ会場を後にした。
そして、会場から離れること数分。
別塔と思われる回廊に到着した。
人払いがされているのか、その場にはと伯爵だけの足音が響く。

「まぁ、素晴らしい美術品の数々ですわね」
「そうでしょうとも。東部でこれだけのものを揃えているのは、おそらく私だけでしょう」

自慢げに飾られている美術品をこれみよがしに語る伯爵。
不自然にならないように適当に相槌を打ちながら、の視線は若干険を帯びる。

(「・・・盗難届の出されているもが相当ね」)

直近までの美術品の盗難届のリストも頭に入れていたおかげか、目に付くものは盗品の山。
舞踏会なんて時代錯誤な羽振りの良さからして、相当貯めこんでいる可能性が高くなるばかりだ。
窃盗として挙げられる物証は揃ったが、本来の目的の手がかりがまだ掴めていない。

「折角こうしてお会いできたんです。乾杯しませんか?」

いつの間にか回廊が終わっていたようだ。
そして、その近くのテラスにはワインクーラーに入れられているボトルと二つのグラス。
本音を言えば遠慮したいが、ここで断れば情報を引き出せない。
ならば・・・

「ええ、喜んで」

薄い琥珀色のシャンパンが注がれる。
そしてグラスを掲げた伯爵は、にさわやかに笑いかけた。

「今宵の出会いに」
「乾杯」

グラスが軽い音を立てる。
笑顔の裏でしている悪事に嫌悪感を抱きながらも、それをおくびも出さずはそれを飲み下した。











































































































一方、と分かれたジャンはメモにあった地下のワインセラーへと忍び込んでいた。
しかしすでに数周回ったが、特に不審なところは見当たらなかった。

(「どうなってんだ・・・話と違うぞ?」)
「おや、こんなところに何か用でも?」

その言葉にぎくりと身を固めた。
逆光でよく見えないが、軍人らしい服装のシルエットが唯一の出口に立っていた。
東部の人間は入れない。
なら、相手は中央の軍人だ。

「い、いや、道に迷ってしまって・・・
そしたら、ワインセラーを見つけて思わず年代物のワインに見入ってしまって」
「明かりもつけずに、ですかな?」

即座の切り返しに、ぐっと言葉に詰まる。
ここに相方が居れば良い言い訳ができただろうが、あいにく自分にはその才能は皆無。

「少々、お話を聞かせてもらいましょう」

言葉を続けられずにいると、男はゆっくりとこちらへと近づいた。

(「やべ・・・」)

思わず手が腰に伸びる。
と、

ーートンッーー
「おっと、妙な真似はやめろ」

背中にあたる固い何か。
こういう状況なら決まっている。
素直にジャンは両手を上げる。
そして、背後の男は隠し持っていた銃を奪いジャンの前へ回った。

「!お前は・・・!」

同時に、近づいてきた軍人も背後の男の隣に立った。
とジャンに情報提供した給仕の隣に。

「さて、ネズミはしっかり捕らえておかねばね」

軍人のその言葉を最後に、ジャンの意識は途絶えた。










































































































その頃。
と伯爵は違う回廊へと移動していた。

「美しいでしょう。私は美しいものを集めるのが好きでしてね」
「私も手元にこのような美術品があればいいのですけど・・・
なかなかそのような機会に恵まれていなくて・・・」

物憂げにため息をつく。
すると、伯爵はならちょうど良いとばかりにに近づいた。

「ほぉ・・・そこまで熱心に求めてらっしゃるのなら、とっておきの場所にご招待しましょう」
「まぁ、ここ以外にもそんなところがおありなのですか?」
「ええ。同じ美術品を愛でる者同士、そしてその美しさ。
あなたにならお見せしてもいい」
ーースルッーー

身体のラインを撫でる伯爵に、表面上は顔を染めながらも内心毒づく。

(「このオヤジ・・・」)
「どうしますかな?」

普段なら速攻で沈めている。
いや、できることなら手を取られた時点でやっていた。
だが、今は作戦行動中。
であるからこそ、はにっこりと伯爵に笑い返した。

「伯爵のお誘いです。ぜひ」

長い階段を下りる。
ろうそくしか光源のない、危うい足元に気を配りながら辿り着いたのはひとつの扉。
そして、伯爵がそこを押し開けば目の前に広がるのは闇ばかりだった。

「さあ、着きましたよ。明かりをつけるので少々お待ちを・・・」

しばらくして、部屋に明かりが灯された。

「!これは・・・!!」

部屋に並べられていたのは、きらびやかなガラスケース。
しかし、その中に入っているのは行方不明の女性達。
そしてその身に着けているのは、これまで見てきた美術品の作品中と同じ格好に着飾っており、皆の腕には何故か点滴がつながれていた。

「どうだね、素晴らしいだろう。私の美しい商品だ。
もっともすぐに金に変わるがね」

銃を構えている伯爵に、は鋭い視線を返した。
それすらも楽しいのか、伯爵は見下した視線のまま鼻を鳴らした。

「君も余計なことに首を突っ込まなければ、私のコレクションの一つに加えてやったのだが・・・」
「なるほど、私達が潜入するのはバレていた、という訳ですか・・・」
「ふん、妙な真似をしないことは褒めてやろう。
どうやらお前の方が賢いようだ」
(「お前の方が・・・?」)
ーードサッーー
「!」

引っかかる言葉と同時に、の死角から何かが倒れる音が響く。
視線を向ければ、そこに倒れていたのは頭から血を流しているジャンだった。
一瞬、最悪の事態に身を固くしかけた。
だが、ジャンの胸が動いていることに僅かに肩の力を抜いた。

「さて、では取引といこうか。少尉」

セーフティを外した伯爵の言葉に、は仕方なく両手を挙げた。




















































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2020.1.9