ーー作戦決行日
昼時。
執務室に集まった部下を前にして、ロイが企み顔を深くした。

「さて、作戦を説明するぞ。
ハボック、 両少尉はパーティーに潜入。
先に会場スタッフとして潜入している者と合流後、闇オークション会場を見つけ出し、行方不明者の捜索及び証拠を押さえろ」
「「はっ!」」
「ブレダ少尉、ファルマン准尉は屋敷周辺を固めろ。誰一人取り逃がすな」
「「はっ!」」
「フリュー曹長には通信の傍受を続けてもらっている。
ホークアイ中尉は狙撃ポイントで有事に備えろ」
「はっ!」
「全軍の指揮は私が執る。ぬかるなよ?」























































































































































準備が進められ、その場に残ったのは潜入組。
最終確認だ、とロイはジャンと の前についた。

「さて、君達はフェール夫妻。南方でワイン業を生業としている。
今日は体調不良のベイ夫妻の代理だ。招待状、紹介状はこれだ。
エントランスで止められた際はこれを渡せば通れるはずだ」
「うっす」
「了解」
「主だった参加者の顔と名前は問題ないな?」
「問題ありません」
「・・・うっす」

問題ない返答でないジャンに、ロイは肩を竦めにこやかにその相方に向いた。

「ま、夫のフォローは任せるぞ、マダム?」
「分かりましたわ、御者」
「御者・・・」

招待状に目を通しながら表情を変えることなくしれっと返した に凹むロイ。
と、時計を見たリザが声を上げた。

「大佐、時間です」
「よし、では二人とも準備したまえ」

軍服で潜入できるはずもなく、ジャンと は着替える為それぞれ部屋へと別れた。
そして、ジャンの着替えを手伝っていたブレダがきっちりとタイを締めると不満気な声が上がる。

「うげっ・・・タキシードってこんな息苦しいのかよ」
「緩めんじゃねぇよ、ハボ」
「はっはっは、一生に一度しか着れんかもしれんぞハボック?」
「へーへー、せいぜい満喫しますよ」

着替えを終え、ブレダは自分の配置場所へと戻っていった。
ロイとハボックは執務室で とリザをの到着を待つ。
が、30分経っても二人が現れる気配はない。

少尉。遅くないっすか?」
「馬鹿者が。女性を待つゆとりが持てなくてどうする。
だからお前はーー」
「あー、はいはい。
どうせ女運ないですよ、俺は」

ため息をついたハボックは最後の一服、とタバコに手を伸ばす。
そして、それに火をつけようとした時だった。

ーーガチャーー
「お待たせしました」
「ご苦労、ホークアイ中尉。首尾はどうだ?」
「本人はかなり不服のようです」
「まぁ、そうだろうな。で、その本人は?」

リザの後ろにいるはずのもう一人が居ない事をロイが問えば、副官は隠れているだろう当人の腕を引いた。

、観念しなさい』
『これ大佐の趣味?もしそうなら切り刻んでやる』
『作戦はもう始まってるわ。言葉遣いに気を配ったら?』
『・・・ちっ』
『舌打ちしない。さ、十分に似合ってるんだから』
『・・・不本意過ぎて言葉もないわ』

心底嫌々と、姿が見えなくても分かる声音で はロイとジャンの前に姿を現した。

「「!!!」」

ロイは固まり、ジャンは咥えていたタバコが落ちた。

「・・・」
「これは、また・・・」

そこに立っていたのは、普段の様子とは一線を画した人物。
表情以外ながら、貴族の娘と言っても遜色なかった。
そう、表情以外なら。

「明日からもその格ーー」
ーースコーーーン!!ーー

目にも留まらぬ速さで、ロイの額を鉄扇が激突する。
あまりの痛さにロイは悶えた。

「ど、どこからそんなものを・・・」
「企業秘密です。この変態上司」

蔑みをこれでもかと詰め込んだ視線で見下ろした は、再び鉄扇を手元に戻す。
そして、今だに黙っているハボックに鋭い視線を向ける。
そんな をホークアイがたしなめるように肩に手を置いた。

?」
「・・・タキシードがとっても素敵よ、あ・な・た?」

棒読みの言葉が刺々し過ぎる。
そして笑顔でもオーラが黒いそれは途轍もなく恐ろしい。

、殺気を引っ込めて」
「・・・無理」
「い、いや・・・そっちも似合ってる」
「馬子にも衣装ってですか?光栄ですね」


悪態に即座にリザの声が先を制し、 はふい、と顔を背ける。
そして、よろよろと復活したロイが大仰に宣言した。

「さて、作戦開始だ」

額は未だに赤いままだったが。






































































































手配した馬車に乗車し、目的の屋敷へと二人は向かう。
その中では、やや緊張の面持ちのハボックが深く息を吐いた。

「ついに来たな」
「ダンスは練習通りにやれば問題ないですよ。
本来の目的は失踪者の捜索なんですから」

最新の失踪者のリストをめくっている は事も無げにそう返す。
緊張感の全く見えないそれ。
ハボックは隣のその姿を横目で見た。

(「普段と全然違ぇ・・・」)

緩くウェーブのかかった暗紫、結い上げられた毛先が鎖骨で揺れる。
化粧の施され、普段はあまり意識しない女性を強く意識する。

(「・・・まつ毛、長いんだな・・・」)

視線を落としているから余計にそう見える。
そして、グロスによって濡れているぷっくりとした唇。
控えめな色味ながらも、こちらを挑発しているようだ。
そして、色白の肌に乗る、真珠のネックレス。
そして視線はそのまま下へ。

(「意外と胸あったんだな・・・」)

色白さを際立たせる光沢ある紺碧のドレスからのぞく谷間に、心中で素直な感想を抱く。
そして、同色のドレスグローブが握っている書類と重なるように見える、キュッと引き締まったくびれ。
この一週間、自分はよくこの腰に・・・

「何ですか?」

ようやくその視線に気付いた と視線がぶつかり、問われる。
慌てたジャンはまるで言い訳するようにどもりながら答えた。

えっ!!あ、いや、別に・・・」
「作戦行動中ですよ?気もそぞろなのはいただけませんが?」
「わ、悪かったよ。ただ・・・」
「?」
「その・・・ホント似合ってるなって、そう思ってよ」

頬を僅かに染めたジャンは、馬車から街中へと視線を移しながら尻すぼみに呟く。
その横顔に目を瞬かせた は小さく嘆息した。

「・・・ま、ハボック少尉の言葉なら、少しは褒め言葉として受け取りましょうか」
「お、おう」

これは褒められてるのか?
判断に迷うそれにどう反応しようかと思っていた時、ふとこれからの作戦での行動にはたと思い至った。

「そういや、なんて呼べばいいんだ?」
「ファーストネームで良いのでは?
末端の兵まで名前は知らないでしょうし」
「そう、だな・・・」

再び は手元のリストをめくる。
対して、ジャンは気を紛らわせようと外に視線を投げる。
そして、

「・・・
「何ですか?」
「!」

小声のつもりだったが、相手にはバッチリ届いたようだ。
こちらを見据える にジャンはさらに慌てたように取り繕う。

「き、聞こえたのか!?」
「こんな近い距離では囁きだって届きますよ。どうぞ」
「?」
「変なことに気を割いている暇があるなら、失踪者の顔を頭に叩き込んでくださいね、ジャン?」
「お、おう」

ふわりと微笑みながらも、目の前に束になった失踪者のリストを突き付けられたジャンは仕方なく書類と格闘を始めた。
それから間もなく、馬車は目的地へと到着した。
到着したのだが・・・

「・・・ホントにここか?」
「そうなのでは?」
「お前、冷静だな」
「まぁ一般人にしては広いですよね」
(「ひ、広いってレベルかよ・・・」)

内心でうなだれたジャンは再び窓から外を見た。
二人を乗せた馬車は、門をくぐりさらに玄関までの道のりを辿り、すでに5分は馬車に揺られていた。
屋敷に圧倒されるジャンとは対照的に、 は窓の外をいつもと変わらない冷めた表情で見つめていた。
こんな表情の相方で、果たして潜入がバレやしないかと思いながらジャンは気重にため息をついた。

「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。
招待状を拝見致します」

ようやくエントランスに到着し、使用人からの言葉にジャンは予定通りにそれを手渡した。

「ええ、これを」
「・・・ベイ子爵のご紹介ですか」
「はい、南方でワイン園を営んでおります。
ジャン・フェールと申します。
本日は妻と一緒に楽しみにしておりました」

ジャンが に腰を回して、人当たりの良い笑みを浮かべる。
それに合わせるように、 も入り口の男達にふわりと笑みを見せた。

「この度はご招待感謝申し上げます。
と申します。
ノルド伯爵様にお目にかかれる本日を心待ちにしておりました」

暖色灯の下で妖艶にも見える笑みを向けられ、男達は僅かに頬を染めた。

「あ、いや。
こちらこそお会いできて光栄ですマダム」
「ご丁寧にありがとうございます。
さすが伯爵様お抱えの方々ですわね」
「さ、さぁ。ここは冷えますので中へどうぞ」
「お心遣い感謝致します」
「会場は中庭を抜けた先にございます」

入り口を無事に通過し中庭へ出た。
木々の手入れが隅々まで行き届いており、夜でもバラの香りが嫌に鼻についた。

「さて、ここからですね」
「・・・」

そのまま先に進もうとした矢先。
何かしらの反応が隣からあるはずだがそれがない。
何かあったかと見上げてみれば、微妙な表情でその相手は固まっていた。

「?どうしました?」
「え・・・あ、い、いや?」
「・・・何どもってるんですか」
「だ、だって馬車の中じゃ澄まし顔だったのによ、入り口の野郎どもにあんな顔向けるなんて・・・」

全然違う奴っつーか、びっくりしたっつーか、と尻すぼみになるジャン。
どうして反応するところがそこなんだ、と は面倒そうにため息をついた。

「はぁ・・・あのですね、あからさまに警戒色出してた相手に長話してちゃボロが出るのは時間の問題。
あのやり方が手っ取り早かっただけですよ」
「そ、そうなのか?」
「ええ。経験則から色目の一つでどうにかなる相手と判断しました」
「・・・さ、さよですか」
「任務である以上、完遂するなら愛想笑いを取り繕うくらい当然です」
「・・・」

誤解のあるような発言にぴしゃりと返せば、ジャンは閉口するしかない。

「落ち着きました?
なら、そろそろ向かいましょう。
いくら広い屋敷とはいえ、こんな中庭で突っ立てては怪しまれます」
「あ、お、おう!」










































































































中庭を進み、舞踏会場に到着した。
到着したのだが・・・

(「・・・どの時代だよ・・・」)

一言で言えば、豪華絢爛。
庶民出の自分にはどうにも場違い感が半端ない。
居心地の悪さに隣を見るが、どう見ても自分よりは何倍も落ち着いた様子の がどこぞの男と談笑している。

(「ま、話しかけられても俺にゃぁ相手はーー」)
「あら、楽しまれてませんの?」

突如かけられた声。
鼻にかかったようなそれに振り返れば、真紅のドレスに身を包んだ女がこちらに艶のある視線を向けていた。

「あ、い、いえ!初めて参加できたもので圧倒してまして」
「うふふ、そうでしたの。
私も初めはそうでしたわ、ですがそれも今のうちだけ。
いかがです?
今宵の出会いに乾杯してくださいません?」
「そ、そうですね。喜んで」

たどたどしい言葉で応じ、言われるがまま相手にグラスをかざしそれを口にした。
が、

(「っ!キッツ!!」)
「まぁ、結構いけるクチですのね」
「ええ、まぁ・・・」
「実は北部の新作が手に入りまして、ぜひあなたのような逞しい殿方にお試しいただきたくて」

女は話を続けるが、一気に煽ってしまった酒のお陰で全く内容が頭に入ってこない。
薄めようとしても、近くにあるのは酒ばかり。
どうにかこの場を脱しようにも、アルコールの所為で逃れる良い口実が全く思いつかない。

「ホントにお強いですわね」
(「やべ・・・これ以上回ったら仕事にならねぇ・・・」)
「そ、それは、どうも・・・」
「いかがです?もう一ぱーー」
「あら、ジャン。
そんな所に居たのね」

天の助け。
流れるようなしぐさで、ジャンの腕を取った がふんわりと笑みを浮かべながら二人の間に入った。

「ノルド伯爵様があなたから話が聞きたいそうよ。
あら、こちらは?」
「あ、いや・・・ちょっと話をしていてね」
「そうなの・・・主人の相手をありがとうございます。
申し訳ありませんが、少し外させても構いませんか?
代わりと言ってはなんですが私がお話し相手になりますので」

言葉上は取り繕っていても、その雰囲気は『さっさと消えろ』とばかりな不穏なもの。
それを察してか、やましい企みを挫かれてか、女はぎこちない様子で笑みを返した。

「い、いえ。お引き止めするのは申し訳ありませんので、お暇しますわ」

女を見送り、 はそのままジャンを連れテラスへと移動する。
夜風が酔った頭を幾分かはっきりさせてくれる。
ベンチに腰を下ろしたジャンは、深く息を吐くと、救いの手を伸ばした隣に立つ相方へと礼を述べた。

「悪ぃ、助かった」
「酔い潰れてないなら何よりよ、ジャン」
「す、すみません・・・」

笑顔で凄まれ、渡されたワイングラスの水を飲む。
こんなに水がうまいと思うのは初めてかもしれない。
あっという間に空になったグラスを横に置いたジャンの隣で、グラスを傾けていた がぽつりと呟いた。

「北部のアブソールト」
「は?」
「アルコール度数40度のウォッカですよ。
スピリタスだったら90度超えで一発KO確定でしたからラッキーでしたね」
(「ラッキーじゃねぇよ。
ビールだって10%いかねぇじゃねぇか・・・その4倍って・・・」)

うなだれるしかないジャン。
自分がどれだけ一般庶民かを痛感する。
と、先ほどからずっと琥珀色が注がれたグラスを手にしている にジャンは問うた。

「・・・それは?」
「レミーマルタン」
「れ、れみ?」
「コニャックですよ。一瓶くらいなら酔わないですから、私」
「・・・度数は?」

恐る恐る問えば、予想外すぎる満面の笑顔が返された。

「聞きたいですか?」
「いえ、結構です・・・」














































































































































《小話》
(「 、顔が変わらねぇ。
底抜けの酒豪かよ・・・」)
(「なーんて。
実は単なるお茶なんだけど、単純に騙されてくれて良かった」)





Next
Back
2020.1.4
2020.1.8修正