ーー五日目

「1、2、3、1、2、3、ターン&ターン、1、2、3、フィニッシュ」
「っしゃ、できた!!!」
「ミスステップ38個ありましたが、ひとまずOKですね。
では、休憩を挟んでマナーの続きです」

休憩を終え会議室に戻ってみれば、そこにいたのはさっきまでパートナーを組んだ人物ではなかった。

「あれ?少尉は?」
「ちょっと用事があると言って出ていきましたよ」
「で、代わりがファルマン准尉って訳か・・・」
「ダンスは別ですが、マナーに関する知識でしたら任せてください」

普段の細目をさらに細め、得意げに胸を張るファルマン。
訥々と要らぬ知識を流し聞きながら、ジャンは首を傾げながら椅子に座った。

「にしても、こんな時に何の用事なんだ・・・?」























































































































東方司令部より北西、やや廃れた区画であるそこに診療所の看板を掲げる小さな医院があった。
その診察室、こじんまりとはしても清潔感はあるそこで、壮年に差し掛かる男がほとほと困り果てたように長い唸り声を上げた。

「悪いことは言わん。すぐにーー」
「いえ、それは無理です」

すでに何度か同じやり取りとなっているのだろう。
押し問答のようなそれだが、相手は頑として譲るつもりはないようで、男は困り顔をさらに深めるばかりだった。

「だがなぁ・・・」
「あと3日持てば十分です。別に二度と歩けなくなる訳じゃないんですから」
「それはそうだが・・・今だって相当な痛みがあるはずだ」
「大したことありません。鎮痛剤とテーピングでなんとかなってます」
「疲労骨折に靭帯損傷は大したことない怪我ではないんだがな・・・」
「単に骨にヒビが入って、靭帯が緩んだだけでーーっ!!!

突如襲った突き抜ける痛み。
続きを言えなくなったは、涙ぐみながら目の前の男を睨みつける。
男はホラ見たことか、とばかりにの右足から手を離した。

「こう触れただけでも相当な激痛だろう?」
「・・・痛み止めが切れてるからですよ」
「うーむ、しかしなぁ・・・」
「これ以上、被害を広める訳にはいかないんです。上司も今回のタイミングに賭けています」

今巷で話題になっている事件。
自分はその捜査の途中で負傷したという事にして目の前の男に治療を依頼した。
ま、それ以外の目的もあって外に出ていた訳だが、わざわざ部外者に伝えるつもりはない。
しばらくして、男は観念したように深い溜息をついた。

「・・・はぁ、仕方ない。言われた通りのものを処方しよう。
ただし、この薬を打つならアルコールは厳禁だ。効果が半減するからな」
「分かりました。ご協力、感謝します」
















































































































ーー六日目

作戦決行まであと1日。
追い込みをかけていたは休憩の為、外の空気を吸おうと屋上へと出た。
と、そこに見えたのはサボリ魔の姿。

(「邪魔だなぁ・・・」)

とは思いながらも、先客は向こう。
とはいえ、サボりの皺寄せを食らう被害者がいるのも事実。
は小さく嘆息すると、その相手に声をかけた。

「中央には勘付かれてないんですか?」

人目も憚らず、読書に耽る上司にが問えば、本に栞を挟んだ男は向き直った。

「武器の横流しなんて、末端のできることじゃありません。
作戦行動中に横槍がないよう、牽制していただかないと困りますが?」
「君に言われるまでもない」
「そうですか、それは失礼を。変な勘繰りに時間を割いていたんじゃないかと思いまして」
「・・・」

その言葉にロイは黙した。対するは全てを見透かしてるかのような、余裕の表情。
と、話しを変えるようにロイはに聞き返した。

「ハボック少尉の指導はいいのかね?」
「脳内がオーバーヒートらしく、休憩中です」

話しに乗ったが答える。
当然、その態度に変化はない。
ロイはまっすぐ相手を見据えた。

少尉」
「はい?」
「作戦前に無断な行動は慎むべきではないかね?」
「あら、無断外泊はしてなかったはずですが?」
「今回の作戦はーー」
「藪を突いて何が出てくるか分からない、ですか?」

先を読んだようなの言葉に、ロイは鋭い語気で質した。

「昨日と今日の昼時、どこへ行っていた?」
「そんなに聞きたいですか?」
「ああ、ぜひとも聞いてみたいね。君のようなミステリアスな女性のことは特に、ね」

その場から動かないに、ロイは距離を詰めるも相手は怯む素振りも見せない。
さらに距離を詰め挑発する言葉に、はふっと笑んだ。

「後悔、しますよ?」
「ほぉ・・・それは余計に聞きたくなったな」

構えるマスタングに、は仕方ないとばかりに肩を竦める。
黙っていれば美人だというのに、その心中は全く読めない。
そして、その形の良い唇が開かれると、

「生理痛がひどかったので、痛み止めをもらいに行ってました」

ロイは理解するのに時間を要した。
数呼吸の後、絞り出せたのは疑問符の音だけ。

「・・・・・・・・・は?」
「軍医にもらっても良かったんですけど、作戦前に変に気遣われるのもどうかと思って町医者に行ったんですが・・・
そっちの方が逆に余計な気を遣わせてしまいましたね」
「・・・・・・」
「証拠にほら、飲み薬の痛み止めがここに」
「・・・・・・・・・・・・」

の手には錠剤があった。
それは自分も医者にかかった時に何度かもらった覚えのある痛み止めだ。
だが、そのもらいに行った理由が本当かどうかなど、男である自分には調べられる訳がない。
だが、

「なんでしたら確認されますか?」

ベルトに指を掛けるの不遜なまでの顔。
恥ずかしげもなく言ってのける部下の言葉に、上官である自分の方が恥ずかしくなる。

「いや、必要ない。すまなかった・・・」
(「全く、とんでもない部下がついたものだ・・・」)

そう独りゴチながらマスタングは頭を抱えた。
その様子を満足げに見下ろしたは、形式ばかりの敬礼を取った。

「では、疑いも晴れたようなのでこれで失礼します」
「・・・ああ、時間を取らせた」
「いえいえ、お気遣いなく」

嫌味ったらしい言葉を捨て台詞に、は去っていった。
それを見送ったロイは、深々と溜め息を吐いた。

「はあぁ・・・」

向こうは、探りを入れていることに気付いている。
下手をすれば、今回の作戦で失態を演じるのは自分かもしれない。
腹の底が読めないこの部下は、果たして自身の味方となるか否か。
ロイはまだ判断できないでいた。
















































































































屋上を後にし、はぼんやりと考えながら階段を降りる。

(「なーんか妙な所は目敏いんだよな。その割に立てる作戦は穴だらけなんだけどーーっ!」)

そろそろ痛み止めを打つかと思っていたその時、右足を激痛が走った。

ーーグラッーー
(「やばっ!」)

運悪く手摺を掴み損ねバランスを崩し、階段から落ちる。
が、そこは持ち前の運動神経ですぐに立て直し、空中で一回転を決め、後は着地するだけ。
左足でつけば問題ないと思っていた。
その時、

「なっ!」
「は?」

間の悪いことに、そこにジャンが歩いてくるところだった。
立ち止まったまさにそこが、の着地地点。

「ちょっ!どいーー」
ーーゴヂン"!ーー

言葉少なな警告虚しく、人気の無い廊下に響いた鈍い音。
ジャンを押し倒すような形で頭突きを繰り出してしまったは頭を抱え痛みに悶える。
頭が痛過ぎて足の痛みなど吹っ飛んでしまった。

「っ〜〜〜〜〜!」
「っててて・・・」

一時の後、痛みが治まったジャンは涙目になりながらに問うた。

「どうして階段の上から降ってきたんだ、・・・」
「っ〜・・・考え事、してたんです。着地点に障害物がなければこんな事には・・・」
(「俺は障害物かよ・・・」)

今まで失敗や失態のような、どこか抜けた姿を見たことがない。
それを初めて見たこともあってか、自身と同じ涙目で答えたにジャンは今になって笑いがこみ上げる。

「・・・何です?」
「猿も木から落ちるってやつか?」
「いつもなら足蹴にして排除してますが、さすがに潜入捜査する人の顔への一撃はまずいと、最後の理性が働いたんです」
「そりゃ・・・どうも」
「では、先に戻ってください。」
は行かないのか?」
「化粧室まで付き合うつもりですか?」
「先に戻ってます」

足早にその場を後にしたジャンをは見送る。
赤らめた耳が完全に見えなくなったのを確認し、は手近なトイレへと入った。
人の気配はない。

「っ・・・」
(「あと3日・・・それだけもてばいい・・・」)

じくりと痛むそこを押さえ蹲ったは痛み止めを打つため、重い体を引きずるように動かすのだった。


























































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2019.10.2