ーー二日目

「動きが鈍い」
「うっす!」
「ステップミス」
「う、うっす」
「肘、上げる」
「っす!」
「背筋伸ばす」
「っす」
「足元見ない」
「・・・っす」
「テンポ、遅れてます」
「・・・・・・」
「・・・休憩にしましょう。30分後に再開です」











































































































(「お、鬼だ・・・」)

ソファに倒れ込んだジャンはもはや文句も音にならなかった。
士官学校でもこのようなしごきは受けたことがない。
軍務とは違う筋肉の酷使に、すでに身体中が悲鳴を上げている。

「どうしたハボック。
体力自慢の君にしては息が上がっているな」
「大佐・・・」

いつの間に入って来たんだ。
こちらをしたり顔で見下ろして来る姿に殺意が湧く。
それすらも分かっているように、ロイはにやにやと笑いながら続けた。

「折角の社交界デビューだ。
しっかりやりたまえ」
「・・・大佐、面白がってますね」
「勿論だとも。しっかり少尉をリードするんだな」
「リードって・・・こんな状態で無茶なことを言わんでくださいよ」
「無茶でも彼女はやろうとしてるだろう。
少しはその姿勢を見習ったらどうだ?」
「そりゃあ、少尉は出来るからいいでしょうけど・・・こっちは素人っすよ?
それにあの容赦のなさ、俺の事、嫌ってるみたいじゃないっすか」

口を尖らせるジャンのぼやき。
それをきょとんとしながら聞いていたロイは、含みのある微妙な笑みで見下ろした。

「ほぉ〜ん・・・」
「・・・なんすか?」
「だからお前は女心というものが分からんのだ」
「は?どういうことっすか?」
ーーガチャーー

その時、部屋に戻ってきたは思わぬ来客に目を瞬く。
そして敏くその場の空気を読み、ドアノブを手にしたまま上官に問うた。

「・・・お取り込み中でしたか?」
「いや、終わったところだ。続きを頼むぞ少尉」
「はっ」
(「どーいうことだよ!」)












































































































ーー三日目
「1,2,3,1,2,3,ターン&ターーっ!!」
「わ、悪い!」

ジャンに足を踏まれたはその場に踞った。
練習中に何度もあったこととはいえ、なかなか立ち上がらないにジャンはその肩に手を伸ばした。

「っ・・・」
?おい、大丈ーー」
ーーパシッーー

だが、それが届く寸前ではジャンの手を払うと、何事もなかったように立ち上がった。

「問題、ありません。ちょっと休憩にしましょう」
「それは良いけど・・・本当に大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だって言ってるじゃないですか」
ーーパタンーー

あっという間にその場を後にした
まるで余計な心配だ、とばかりなその態度にむくむくと怒りが湧いて来る。
ジャンは苛立ちをぶつけるようにソファを蹴りつけた。

「ったくよ〜、何だってんだ・・・!」
ーーパタンーー

突如、開いたドアにジャンは固まった。
入れ替わるように入ってきたのはリザだった。

「ホ、ホークアイ中尉っすか・・・驚かさんでくださいよ」
「あら、誰かの悪口でも言ってたのかしら?」

強張ったジャンの顔を見たリザの言葉に、慌てたハボックは言い繕う。

「そ、そんな訳じゃ・・・」
「どう、調子は?」
「・・・聞かんでください」

一気に気分が沈んだジャン。
それを見たリザは柔らかく笑った。

「だいぶ形にはなってきたって聞いたけど?」
「へ?誰からっすか?」
からよ」

思いもよらない答えに、ジャンはぱかっと口を開けた。

「マジっすか・・・」
「あの子、本人にはあまり言わないから」

そう言って、差し入れだろうコーヒーを受け取ったジャンはソファに腰を落ち着かせた。
相変わらず不味いコーヒーだ。
そして、当人がいないことをいいことに、前々から聞きたかったことを問う。

「確かホークアイ中尉は少尉と同期なんすよね?」
「ええ、そうよ」
「昔からああも器用だったんすか?」
が?まさか」

またもや予想外の答えに、ジャンから間抜けな声が上がった。

「へ?」
「士官学校時代しか知らないけど・・・あの子は努力を惜しまなかったわ。
まぁ大っぴらに努力する姿は人に見せなかったけど」
「・・・隠れて努力してたと?」
「あからさまが嫌いなだけって言ってたわね」

言いながらコーヒーを傾け、リザは続けた。

「それに社交ダンスだって一朝一夕に身に付けられるものじゃない。
まして、人に教える程となればそれなりな練習をしたはず」
「・・・」
「それに、今だって仕事が終わった後に練習しているわ」
「ええっ!?」

リザの言葉にジャンは驚きの声を上げる。
自分は疲労困憊でほぼ直帰だったのに、そのようなことをしていたのか?

「嘘だと思うなら、今日覗いてみるといいわ」












































































































時刻はすでに日付けが変わっている。
ジャンはそっと会議室を伺った。
中には薄明かりが灯り、床が鳴る音が響く。
そこにいたのは音楽がない中、鏡を前に一人ステップを踏むの姿。
どれほど練習しているのか、髪が湿り気を帯びているのが分かり、米神を汗が伝っている。

(「マジかよ・・・あれだけ練習して、仕事して、その上自主練って・・・」)

内心で呟いて、成り行きを見守るジャン。
と、右足を軸にした瞬間、は顔を歪め蹲った。
そこは今日の練習でジャンが踏んでしまった所だった。

!」

思わず飛び出たジャンには驚きの表情を向けた。

「ハボック、少尉?・・・帰ったはずじゃ・・・」

どうしてここにいるんだ、とばかりなにジャンはそれに答えず詰め寄った。

「そんなことより、やっぱりその足ーー」
「大丈夫ですよ」
「でも!」
「それより、早く休んでください。
私より疲れているはずなんですから」

ジャンの言葉を聞き入れることなく突き返す
日中と同じ態度にむっとしたジャンは、何事も無かったように立ち上がったに近付くと、

ーーグイッ!ーー
「なっ!」
「疲れてるのはも同じだろ。家まで送る」

横抱きされた。
文句を続けようとしただったが、ジャンのいかにも怒ってます、な表情に諦めたように溜め息をついた。

「はぁ・・・分かりました。
下ろしてもらえます?荷物を取ってきますから待っててください」
「おう」

素直にを下ろしたハボックを残し、はすぐに部屋を出て行った。
それを待つ間、手持ち無沙汰のハボックはテーブルの上に何かが置いてあるのに気付いた。

(「ノート?」)

誰かの忘れ物だろうか、とそれを捲ってみた。

「!」

そこにあったのはハボックがダンスでよくミスしてる箇所が書き出してあった。
事細かに改善法も書いてあり、ついでにハボックの癖とアドバイスもびっしりと書き込まれてあった。
これは間違いなくのノートだ。
そして大佐やホークアイ中尉の言葉が思い出される。







『無茶でも彼女はやろうとしてるだろう。
少しはその姿勢を見習ったらどうだ?』
『士官学校時代しか知らないけど・・・あの子は努力を惜しまなかったわ。
まぁ大っぴらに努力する姿は人に見せなかったけど』







ハボックはノートを閉じた。
この3日間の自分を顧み、ソファに座ると深々とため息をつく。
しばらくして、

「お待たせしました」

が荷物を持って戻ると、ハボックはバツの悪そうな表情でを出迎えた。
それに目を瞬かせたは首を傾げた。

「?どうかされましたか?」
「いや、じゃ送るぜ・・・って、そういやどこに住んでんだ?」

ハボックの言葉を聞きながら、はテーブルのノートを荷物にしまう。

「軍の合同寮ですよ。司令部に近いですし」
「あのベッドが硬い寮かよ・・・」

自分も赴任したばかりの頃に使っていたが、あまりにも寝心地が悪くすぐに引っ越したのを覚えている。

「まぁ、今回の任務が終わったくらいに引っ越すつもりでしたから」

では、帰りましょうか、というの先導でハボックもその後に続く。
本当は肩を貸したかったハボックだったが、の足取りはしっかりとしたもの。
まるでその手は不要とばかりな姿に、仕方なく並んで帰るしかできなかった。
そして、しばらく歩いた時だった。

「ありがとうな、
「・・・どうしたんです?突然・・・」

隣からの礼に、は面食らった表情で見返した。
それを受けたハボックは神妙な顔で続ける。

「いや、その・・・今回の作戦、俺言い訳ばっかだったしよ・・・」
「仕方ないと思いますけど?
大佐のプランニングの甘さの皺寄せを押し付けられているとも言えますし。
最初に比べれば、この3日でマシにはなったと思いますよ」
「!そうか?」
「素人の付け焼き刃にしては」
「そ、そうか・・・」

褒めてるのか貶しているのか分かりづらいの言葉に、ハボックはどんな反応をすればいいのか分からなくなった。
そんな微妙な空気の中、寮に到着した。

「明日からは社交マナーを覚えてもらいますのでそのつもりで」
「おぅ!よろしく頼むな!」

ハボックからいつもと違う、意気込んで返されたことでは返答が一拍遅れた。

「・・・えと、送っていただきありがとうございました」
「ああ、また明日な!」

とりあえず、送ってもらった礼を返せば、無駄に元気良く返したハボック。
そして颯爽と走って帰っていた。
そんな後ろ姿を見送りながら、は盛大に首を傾げる。

(「なんであんなに気合い入ってるんだろ・・・」)

まったく腑に落ちないだったが、まぁ、いいかと思い直した。
部屋は4階だ、今日は早く寝てしまおう、と階段を上り始める。
が、

「痛っ!」

右足に走った激痛に顔を歪めた。
しかし、はそのまま足を引き摺るように再び足を進めるのだった。






















































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2019.8.10