赴任して3ヶ月ほど経った、とある日の早朝。
カップを傾ければ、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
ああ、良い香りだ。
この一杯なら毎日でも飲みたい位だ。

「ふ〜ん・・・」

が、いかんせん目の前に飛び込む新聞の内容がいただけない。

「『連続女性失踪事件、今月で3件目!行方不明者10名に』
『ずさんな捜査、軍内部に内通者の存在か?』
あることないこと、書かれちゃってまぁ・・・」

再びカップを傾ければ、程良い苦みとコクが喉を通り過ぎる。
さて、時間か。

「そろそろ火がついて、駆り出されるかな」

面倒そうに呟き立ち上がる。
今日は何故か嫌な予感がする、そんな気がした。
空はとても高く青く晴れ渡っていた。














































































































東方司令部、大佐室。
召集がかかり仕方なく行ってみれば、机の前ですましポーズのロイが話し始めた。

「知っての通り、美しい女性ばかりの失踪が立て続いている。
このまま事件が続けば、私はおちおちデートもできーー」
「大佐?」

リザの冷ややかな一言。
それにぴたっと身動きを一瞬止め、ロイは大袈裟に咳払いをした。

「いいか!住民は不安に怯えている!なんとしてでも早期解決するんだ!!」
「・・・」

取って付けたような宣言。
遠くを見つめ気合いを入れるようなガッツポーズすら白々しい。

「解決つっても手掛かりあるんすか?」
「失踪後、ある屋敷で必ずダンスパーティーが行われている。
同時に、闇オークションも開かれている噂がある。
中尉」
「はっ」

リザから手渡された書類には、一人の男についての調査書が細かく書かれていた。

「容疑者はティザネア・ノルド伯爵。
表向き古美術品の収集、売買を生業にしているけど、裏では軍から横流しされた武器売買の他、人身売買の疑いもあるわ」

追加の補足情報を聞きながら、取るべき策に当たりがついたは気重に呟いた。
やれやれ、面倒この上ない。

「潜入捜査、ですか」
「その通り。だが一筋縄にはいかないようでな」
「何か問題でもあるんっすか?」
「その伯爵が、中央少将と繋がりの深い富豪の屋敷なの。だから東方(うち)での警備を断られてね。
それに潜入するなら中央に顔が知れていないメンバーでなければいけないわ。
パーティーに参加するには必ず参加者の紹介でなければならないし」

なんだそれは、余計に面倒だ。
屋敷に忍び込んで証拠を押さえれば終わり、とは安直すぎたか。

「参加者の絞り込みは?」
「軍の保護を条件に一人、協力に合意した。日時も判明している」
「後は誰が参加するか、っすね」
「そこでだが・・・」

そこまで言って、ロイからの視線がに刺さった。

少尉」
「はい?」
「社交ダンスの経験は?」
「・・・まぁ、ありますけど・・・」

言いながら、は表情をどんどん曇らせていく。

(「うわ、これってもしかしなくても・・・」)

嫌な予感・・・というか、確信には嫌悪の表情を浮かべるが、ロイはいつもの爽やかな笑みを浮かべるだけ。

「よし、ならば一人は決まりだな。
さて相手は誰がいい?」
「誰がいいって仰いますが・・・大佐以外に社交ダンスの経験がある方なんて東方司令部にいるんでしょうか?」
「なんだ、そんなに私をご指名したいのかね?」
「そう解釈できるオメデタイ頭の中を覗いてみたいものですね。まぁ、できたところで理解不能でしょうけど。
女性の気を引くことに関してだけの能力値が無駄に高いんですから、それくらいできると思ってそう言ったまでですが?」

両腕を組み、仁王立ちから凄むにぐっと言葉に詰まるロイは助けを求めるように視線がリザに向かう。
が、返されるのは同じような冷ややかな一瞥。

う、うおっほん!
まぁ、相手と言っても部隊に割ける人員は限られているんだがな」
「・・・で?」
「君も察しが悪いな。ここに呼び出されて、まだ分からないのかね?」

この場にいるのは、ロイ、リザ、ジャンそしてだ。
ロイは中央に顔を知られている。副官であるリザも然り。
だとすれば、残るは・・・
皆の視線が残る一人に集中する。

「・・・・・・お、俺っすか?」

ひくりと顔を引き攣らせたジャンに、は額を押さえため息をついた。

「ちなみに、パーティーの日時は?」
「今から一週間後だ」

マスタングの言葉に、はぴくりと眉が跳ねる。

「・・・一週間でハボック少尉に誰がダンスの指導を?」
「適任者が私の目の前にいるが?」
「ついに盲目になりました?私には見えませーー」
少尉」

ロイの遮る言葉に、は目に見えて視線を険しくするがそれを受ける本人は素知らぬ顔で言葉を続ける。

「上官命令だ。
一週間後までに、潜入捜査に適する人材にパートナーを指導したまえ。
容疑者に不審を抱かれないよう、徹底的にな」

反論できないそれに、は仕方なく敬礼を取った

「・・・了解しました」





















































は丈の長い布を腰に巻きながら、ヒールの高い靴を床に置いた。

「さて、時間がありません。ちゃっちゃと進めましょう」

そう言って、レコードを探し始める。
そんなの後ろ背に、椅子に座っているジャンが聞いた。

「何すりゃいいんだ?」
「まずはステップを覚えていただきます。
最低でもワルツ、クイックステップの2つはものにしてもらわないと」
「ま、体力は自信あるからな・・・けど、俺にできんのか?」
「できるできないの問題じゃありません。
やっていただきます」

選び終えたレコードをセットしながらジャンにピシャリと言い返す

「んなの、仕事の合間にできるわけ・・・」
「大佐には一週間の間、業務の軽減をお願いしました。
弱音吐く暇あるなら、つべこべ言わずに身体を動かしてください」

睥睨の視線がジャンに刺さるが、当人は困ったように頬を掻いた。

「つってもよ、俺、そもそも社交ダンスがどういうものかもよく分からねぇんだけど・・・」

その言葉に、は深々とため息をついた。
これはかなり骨が折れそうだ。

「・・・分かりました、ちょっと待っててください」

しばらくしてが連れてきたのはロイとリザだった。

「私をわざわざ呼び出すとはね」
「適任者が他に居なかったまでです。ホークアイ中尉には許可をもらいましたから」

そう言って、は靴を履き替えるとジャンに向き直る。

「ハボック少尉」
「ん?」
「これからワルツ、クイックステップの2つをお見せします。
しっかり見てまず形だけでも覚えてください」

そう言って、は視線で合図をリザに送る。
が、一方的に言われたジャンは呆然と呟いた。

「マ、マジかよ・・・」
「では音楽お願いします」

しかし、そんな男の泣き言を他所に、優雅な音楽が司令部の訓練場に響き始めた。




















































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2019.7.15