(「なんで俺が・・・」)

ジャンは内心でひとりごちる。
仕方なく同行することになったとはいえ、なんだかうまいこと押し付けられた気がする。
敵のアジトはもう目と鼻の先。
そんな時、

「銃はお持ちで?」

隣を歩くから声をかけられた。

「ん?ああ」
「見せてもらえます?」
「なんでだ?」
「さっさとしてください」
「・・・」

上からな物言いに、むっとしたジャンだったが素直に銃を渡す。
すると、は受け取った銃から弾倉を抜き、あっという間に分解した。
目の前で見せられた早技に「すげっ!」と思ったが、はたっと我に返った。

「なっ!おい、何すーー」
「あなた、バカですか?それとも自殺志願者ですか?
向かう場所を考えたらこんなものただの鉄屑でしょうに」

ジャンを遮り、容赦なくバッサリと切り捨てる
それに返す言葉もないジャンだったが、負けじと言い返す。

「ただの廃工場だろ?」
「その工場で精製されたものが揮発性の可燃物かもしれないって発想はないんですか?」

の指摘が図星だったジャンはもう言葉もなかった。
朽ちた残骸を背にし、は中を伺いながらジャンに小声で言った。

「じゃ、私の邪魔をしないようにだけお願いしますね」
「おい、まさか一人で・・・って!」

言うが早いか、は不用心にもつかつかかと廃工場の中へと歩き出した。

(「おいおいおい!フォローする身にもなれよ!」)

突っ込むジャンだが、その文句は当人に届かない。
の指摘もあり、バックアップに銃は使えなくなった。
そのため、できることと言えば黙って見ていることしかできない。

「すみませーん。軍の使いで来たんですけどぉ〜」
(「!?」)

頭がイカレタのか?
常軌を逸する行動に、ジャンは息を呑んだ。
しばらくして、工場の奥から男達が現れた。
数は3人。

「軍の使いだと?」
「女、何者だ?」
「ですから、軍の使いの者です」

は両手を後頭で組んだまま、まるで世間話をしているような気安さで話しをしている。

「ふん、やっと要求を飲む気になったか」
「ええ。ただその前に人質の安否を確認させていただきたくてお邪魔しました。
確認でき次第、そちらの要求を全面的に飲むと、司令官の焔の大佐が言ってます」
(「あいつ!何勝手なことを!!」)

の言葉に、ジャンはどのような行動をすればいいのか分からなくなった。
要求など、ロイは最初から聞く気などないのだ。
の言葉はまるっきりデマカセだ。
だが、ジャンの心情と同じように、テロリストの男達もの言葉を信じるつもりはないようだった。

「軍の言うことなんざ信用できるか!」
「そう言われましても・・・私はこの通り、銃も持ってませんし、誠意は示していると思いますけど?」
「調べろ!武器を隠してるかもしれん」

ナイフと銃を構えた男達がに近付いて来る。
しかし、はまったく動揺がないように言葉を続ける。

「そっちは屈強な男性3人、こちは女一人。警戒する理由はないと思いますけど?」
「いいから、てめぇは従ってりゃいいんだよ」
「あぁ、こっちにゃ人質があるんだからな」
「隅から隅まで調べてやるよ」

下卑に笑う男達の手が伸びる。
その間でも、の表情は揺るがない。

「そうですか、でもーー」

そして、男の手がに触れようとした。
瞬間、

ーーザシュッ!ーー

は背中にあった棒を掴み、真横に凪いだ。
手を伸ばした男の首が刎ね飛び、踏み込んでその後ろにいた男の喉笛を深く薙ぐ。
そして、呆気に取られていた男の背後を取ると、膝を蹴りつけ、跪かせその首筋にぴったりと血濡れた刃を突きつける。

(「マジ、かよ・・・」)

ジャンは目の前の光景に言葉を失った。
時間にして5秒かかったかどうか。
丸腰かと思っていたが、あの棒は剣だったのだ。
だが、敵に油断があったとしてもこうもあっという間に状況を優位に持って行くとは信じられなかった。
そして、鈍い音が二つ上がると、残った男はようやく状況を理解した。

「ーー汚い手で触って欲しくないんですよね」
「くっ!女、てめぇも軍人か?」

テロリストの恫喝に、は淡々と答える。

「ええ、一応」
「騙しやがって、クソッタレ!」
「騙してなんていませんよ。銃は本当に持ってませんし、軍の使いということもあってますしね。
勝手に勘違いしたのはそちらです。
さて、残りの仲間の人数と人質の居所を吐いてもらえますか?」
「ふん・・・」

従うつもりはない、という男には剣を握る手を僅かに動かした。

「別に答えずとも構いませんけど・・・」

ぷつっと首筋の皮が切れ、男は息を呑んだ。

「お仲間のようにのたうち回って苦しんで死ぬもよし、吐いて余生の前半を衣食住が保証された牢獄で過ごすもよし」

だが自分の命を握る女は、きっと眉一つも動かしていないことが分かるほど淡々としていた。

「私はどちらでもいいですよ?さて、どちらがお好みで?」

あまりにも淡々としているに、男の背が粟立った。
会って数分だ。
だが、この僅かな間に自分の背後に立つ女がどういう人物なのかを理解した。

「・・・奥の中2階の制御室、3人の仲間と一緒に人質もいる」
「どうも」
ーーガンッ!ーー

は柄で男の首筋に一発叩き込むと男はあっけなく昏倒した。
そして、その身を拘束することなくは奥へと進む。

「あ、おい!待てって!・・・・・・っ!くそ!」

後を追おうとしたジャンだったが、テロリストの確保を優先し、仕方なくに着いて行くことを諦めるしかなかった。












































































































気配を殺したは目的の場所に到着した。
ドアの物影で中を伺えば、口論している声が聞こえた。
耳に届くの声は2つ。

(「仲間は3人のはず・・・もう一人はどこに・・・」)

そう思いながら、は成り行きを見守る。

『無理があったんだよ!もう逃げ場はねぇ!』
『うるせぇ!もう少し時間を稼げりゃ助かるんだ、黙ってろ』
『焔の錬金術師がいるんだぞ!?そううまいこと行くわけねぇ』
『だから、この場所を選んだんだろうが。
人質を気にして、奴らもそう簡単に突入してこねぇ、大丈夫だ』
『そ、そうだったな』

交わされる会話には眉根を寄せた。

(「どういうこと?
こんな状況でも奴らは絶対に逃げられる確信がある。
焔の錬金術師がいてもなお、時間さえあれば助かると・・・」)

どういう手を考えているんだ?
人質を抱えた状態で無傷で逃げれるという勝算など、ある訳がない。
立て籠った時点で結果は見えているんだ。

『・・・そうだな。おい、他の奴らの様子を見て来い』
(「?今、誰と会話を・・・」)

声を聞き逃すほど、考え込んでいなかったはずだ。
3人目の仲間なのか?

『どうせ、使いの女でお楽しみなんだろ?』
『いいから、行ってこい!』
『分かったよ、ったく・・・』

近づいてくる足音に、は考え事をやめ柄を握り直す。
そして、

ーーキィ・・・ーー
ーーザンッーー

ドアに手をかけた男の腕が飛んだ。

「ぎゃあぁぁぁっ!う、うで、腕があぁぁっ!」
ーードシュッーー

騒ぐ男の首筋に強烈な峰打ちを叩き込み、は部屋に飛び込んだ。

「軍の者です。そのまま大人しくしてもらいますよ」
「てっ、てめぇ!」
「はい、そこの方も動かずーー」
「来るな!」

そう言った残りの男が、ナイフを抜き放った。
そして、

「人質がどうなってもいいのか!」

が見たのは、椅子に縛り付けられ猿ぐつわをかまされている少女。
ナイフを喉元に突きつけられた18歳ほどの少女は身を固くしていた。

「それは困りました。できれば人質は無傷だと嬉しいんですが」
「なら、武器を捨てろ!」
「仕方ありませんねぇ」

そう言ってはゆっくりとかがんで刀を床に置こうとした。
そして、置かれた瞬間、は刀を持った反対の手を男に向けて振った。

ーーザクッ!ーー
「ぐぁっ!」

狙い違わず男の手にナイフが突き刺さり、男は人質から離れた。
そのタイミングを逃さず、は刀を再び手に踏み込んだ。
男は眼前にある切っ先に動きを止める。

「甘いですね。こっちは殺しのプロですよ?もっと警戒をすべきです」
「貴様っ!」

怒りに染まる男だが、は物怖じせず続ける。

「動けば次は首を飛ばします。さて、お仲間のもう一人はどこに?」

まるで氷のような瞳。
仲間の腕を刎ね飛ばしても眉一つ動かさない目の前の女に、男は聞いた言葉が全て真実なのだと理解する。
そして、仕方なくその口が動き始めた。

「仲間だ?ふん、ここにいるだけで全員だ」
「隠し立てはいただけませんね。
私が容赦しないのはご理解いただけたのでは?」
「・・・この状況で、隠す必要がどこにある」

男の睨みつける視線に、まるで湖面のようなアメジストの瞳が見据える。

「・・・・・・」

互いの腹の底を読むように対峙する両者。
が、それを打ち切るようには肩を竦めた。

「ま、そういうことにしましょう」

しばらくして部屋のドアが開いた。

「おい、大丈ーー」
「あ、ちょうど良かった」

やってきたジャンに、はテロリストを縛る手を休めると淡々と告げた。

「大佐に連絡を。状況終了、人質は無事に救出、テロリストへの手当て終了後、それなりな手続きをと」

呆気に取られたジャンはただ頷くしかできなかった。










































































































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2019.1.24