アジアから汽車に揺られること4時間。
いくら1等客室だからといって、長時間座りっぱなしだと身体中が凝り固まる。
やっぱり受けるんじゃなかった、と内心毒づいていた時、入り口のドアがノックされた。

ーーコンコンーー
『失礼します』

現れたのはまだ年若い、教団に入って日が浅いことが分かる、コートをきっちりと纏った男だった。

「ファインダーのジョージと申します」
「アジア支部のよ」

窓辺に寄りかかり、客席に足を投げ出したは、素っ気なく挨拶を返す。
のあまり友好的でない対応に、ジョージはやや焦ったように荷物から報告書を取り出した。

「で、ではこれまでの報告をーー」
「座って」
「はい?」
「座って報告して」
「は?あの、しかし・・・」

遮ったにジョージは目を瞬く。
自分は単なるファインダーで、この1等客室にいるのだって、エクソシストであるがいるから立ち入れるに過ぎない。
だから、ファインダーである自分がエクソシストと同じ席に座るのはどうしても気が引けた。
が、

「聞こえなかった?」

さっさとしろ、とばかりには鋭い視線で対面の席を指す。
恐縮しながらジョージは の対面に腰を下ろすと、気を取り直すように報告を始めた。





































































































ーー優し過ぎる同行者ーー










































































































「・・・以上、3つの部隊が調査に出て、いずれも連絡がつかなくなりました」
「坑道ね・・・」
「はい、15年ほど前から落盤が続いたために廃坑になったと」

渡された資料をめくりながら、は思案顔になる。

「・・・これだけじゃイノセンスが関係あるかは分からないわね」
「はい。村人の話では亡霊がでるとのことですが・・・どれも噂の域を出ません」
「直接行って、確かめるしかない訳か」

これ以上、報告から得られるものはないと判断したは早々に報告を切り上げさせ、渡された資料に目を通し始めた。
は座席に寝そべりながら、資料を眺めていると、居心地悪そうにしているジョージに問うた。

「あんたって中東支部から来たって言ってたわよね?」
「はい」
「じゃあ、バーコードはまだ支部にいるってことかしら?」
「は?」

資料から目を離さぬまま話すに、ジョージは首を傾げた。

「・・・あの、エクソシスト様。バーコードというのは・・・?」
「決まってるでしょ、ルイジ中東支部長よ」

の言葉に、容姿を揶揄してのことだったのだと納得したジョージは頷いた。

「はぁ・・・いらっしゃると思いますが、支部長にもご用件が?」
「ええ。2、30発ほど殴り飛ばす用事がね」
「・・・・・・」

耳にした物騒な発言に、ジョージは今聞いたことは聞かなかった事にしようとひっそりと決めるのだった。
カイロから汽車に揺られること6時間。
ようやく坑道の最寄り駅に到着した。

「で?目的地にファインダーはいるの?」

さらに機嫌の悪くなったの言葉に、ジョージは慌てて頷いた。

「は、はい。新たな部隊が編成され、エクソシスト様と一緒に向かう予定です」
「ふ〜ん、あっそ」

言うが早いか、はそそくさと歩き出す。

「じゃ、あんたはさっさと支部にでも戻るのね」
「は・・・?い、いえ!私もーー」
「こんにちは旅人さん」

の後を追いかけようとしたジョージだったが、かけられた幼い声に足を止める。
振り返れば、自分の腰にも届かないほどの小さな女の子が花を差し出していた。

「炭鉱の街ルゥエーズにようこそ。お花はいかが?」
「え、えっと・・・」

つつましい花が向けられる。
炭坑が廃坑となり、このような幼い子供までも働かなければならないのか。
ジョージは同情に近い感情が湧き膝を折った。
健気な思いを無碍にするのは憚られ、少女に申し訳なさそうに眉根を下げた。

「ごめんね、お嬢ちゃん。今はーー」
ーーチャキッーー

その時。
ジョージの視界に光の矢が現れる。
振り返れば、いつの間に戻ってきたのか、は光の矢の切っ先を少女に突きつけていた。

「・・・え?」

不思議そうな表情を浮かべる少女の視線がゆっくりとを見上げる。
しかし、は迷う事なく矢を握る腕を振り上げた。
何をするつもりか悟ったジョージは、叫ぶ。

「なっ!エクソシスト様!!」
ーーザンッ!ーー
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」

絶叫が響き渡った。
ジョージの制止など聞こえなかったかのようには一閃させる。
辺りにはイノセンスが発動した威力で土煙が立ちこめた。

ーーカサッーー
「・・・・・・」

足に何かが当たった音にジョージが視線を下げる。
そこには先ほどの少女が持っていた花の籠が転がっていた。
拾おうとして、伸ばす指先が震える。
目の前で見せつけられた凶行。
面識などない。
だが、あのような幼子を容赦なく殺す必要なんてなかったはずだ。
震えは競り上がり、身体中に伝わる。
そして、ジョージは無意識に込み上げた涙をそのままに、に怒りの声を向けた。

「何をしてるんですか!?まだ小さな子供をーー」
ーーチャキッーー
「っ!?」

いきなり眼前に光の矢を突きつけられたジョージは息を呑む。
先ほど、少女の命を容易く奪ったソレ。
の剣呑な瞳が煌めき、矢に添えられた手が離される。
蒼白となったジョージは思わず目を瞑る。

ーードォーーーーン!!ーー

瞬間、爆風が襲う。
煽りを受けたジョージは地面を転がった。
しばらくして状況に付いていけないジョージはよろよろと立ち上がった。

「・・・一体、何がーー」
「あーあ、ったく。
私も舐められたもんね。雑魚の分際で私を殺ろうだなんて」

それほど離れていないところに、団服の埃を払っているようながうんざりとひとりごちる。
そして、惚けているようなジョージに気付いたは、じろりと据わった視線を向けた。

「自覚した?こんなところまでAKUMAがうろついている以上、あんた一人ができることはない。
だからさっさと消えろって言ってんの」

呆然としていたジョージは、ようやく状況を理解した。

(「そうか、さっきはAKUMAが・・・」)

あの少女も、恐らく自分の背後にもきっとAKUMAがいたから彼女が攻撃をしかけた。
自分はそれに気付かず、ましてや命を救ってくれた恩人に怒りをぶつけようとしてしまった。
これでは、エクソシストをサポートするファインダー失格だ。

「ちょっと、聞いてるの?」
「は、はい!ありがとうございます」

がばっと頭を下げるジョージ。
だが、返されるのは沈黙ばかり。
恐る恐るジョージが顔を上げ見れば、礼を言われる意味が分からない、とばかりな怪訝な表情のと視線がぶつかった。

「・・・何言ってんの?頭でも打った?」
「え?ですが、先ほどは助けていただきましたし。
それに、噂ではもっと冷酷な人だと聞いていたもので・・・」

まさか助けていただけるとは思ったもいなくて、と続けるジョージ。
それを聞いたは、なるほどね、とようやく合点がついたようだった。

「何か勘違いしてない?」
「は?」
「そもそも、私はあんたを助けたつもりはない。AKUMAがそこにいたから破壊しただけ。
それに、その噂は間違ってないわ」
「え?」

きょとんとするジョージに、は淡々と過ぎるほど・・・
そう、仲間に向けるには厳し過ぎる視線を刺した。

「私は自分の前を阻む敵はどんな相手でも容赦しない。
もしAKUMAが昨日までの仲間の姿でも、親でも親友でも躊躇う事なく破壊できる」
「・・・それは・・・」

それはなんて悲しいことなんだろう、とジョージは思った。
エクソシストとして戦っている彼らを尊敬や賞賛、そして少しの嫉妬の眼差しで見ていたが、見方が変わる。
なんて孤独な戦いをする人達なのだ。
彼らが身を置いている戦いとは、聖戦なんて言葉で片付けられていいものではない気がした。

「私は慈善家じゃない、戦争をしてるの。
だから戦場に弱者は必要ない、足手まといも戦えない奴もよ。
それがないくせに、志だけ無駄に高い奴が勇み足の結果AKUMAになり、いずれ私の前を阻む。
あんたのような奴は特にね。
だから、そんな不安因子の芽は早々に摘むに限るから、躊躇わずに矢を向けるわ。」

さっきみたくね、とは言い捨てる。

「そんな・・・」

呆然と立ち尽くすジョージに、は足元の鞄を手にすると颯爽と歩き出す。
と、は立ち止まった。

「忠告しとくわ」
「?」
「あなた、ファインダーに向かないわ。
さっさと辞めることね」
「・・・」

捨て台詞にジョージは返す言葉を持たず、ただ見送る事しか出来なかった。


















































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2019.7.31