深夜。
黒の教団本部に人知れず、訪問者が現れた。
だが、それに気付く者は誰一人としていない。
知ることとなったのは、訪問者が会おうとしている目的の人物だけ。

「はぁ〜い、コムイ。
相っ変わらず寝不足で辛気臭い顔してるわね」

執務机に生気の抜けた顔で突っ伏していたコムイに呆れた声がかけられる。
コムイが視線を巡らせれば、そこにはいつもシャンとした表情のが腰に両手をあててこちらを覗き込んでいる姿があった。
どこから入ってきたかなど、今更彼女に突っ込む気がないコムイはこれまた聞く側のやる気を削ぐような疲れ切った声を上げた。

「・・・ちゃん?
どーしてここに・・・っていうか、君には色々聞きたい事ができたんだよ。
今さ、世界中のAKUMAが急にーー」
「分かってるわよ。
さっさとエクソシスト全員集めて。もちろん、中央庁に勘付かれないようにね。
あー、それとバクと私のこと分かってる中央庁の息のかかってない班長クラスも一緒にね」

いつぞやのように一方的に用件を告げるに、コムイはたっぷりと間を置いて答える。

「・・・・・・今?」

実は世界中のAKUMAが妙な動きを見せたと、たった1日で報告が殺到した。
すでに通信部では回線がパンク。
急遽、回線を増設したがそれでも捌き切れない報告がどんどん上がってきている。
みんな擦り切れる寸前のボロ雑巾状態。
だからの申し出はどうしたものかとコムイは迷う。

「私のこと、粗方説明はしてるんでしょ?」
「それは、まぁ・・・」

コムイは言葉を濁す。
約一ヶ月前、から聞かされた驚愕の真実。
全エクソシストそして元帥には事情を話してある。
もちろん、信頼のおける科学班の数人にも。
だが、今の状況ですぐに集めろというのは、あまりにも酷な話だ。

「じゃあ話しは早いじゃないの。さっさとして」
ちゃん、僕を過労死させたいの?」

泣きが入るコムイに、は眇めた視線を投げ腕を組んで言った。

「ふ〜ん。
じゃあ、過労死するのとリナリーがバクに嫁ぐ姿を見せつけられるのと、どっちがいい?」
ーーガダッ!ーー
「すぐに招集させていただきます!」

コムイの疲れは剛鉄入りのシスコンパワーで吹き飛んだ。



































ーー来るべき日に向けてーー




































半日の時間はかかったが、ようやく指名された全員が集まった。
はついでとばかりに神田、アレンにジョニーも連れて来たため、一角では再会を喜ぶ姿が見える。
と言っても、それはリナリー、ミランダ、クロウリー、ラビ、ティモシー、アレンと科学班くらいだ。
神田はいつも通り仏頂面でその横でマリが宥めすかしている。
の登場にエクソシストのチラチラ投げられる視線に気付いていただったが、当然の如く気にするわけもなく、元帥やブックマンと言葉を交わす。
余談だが、本来だったらもう一人いるはずの元帥は面倒だからとホテルで酒をかっくらっていたりする。

「どーもお久しぶり、エクソシストの方々・・・とプラスα。
コムイから私のこととか、おおよその説明を聞いて、戦う意思があるものだという前提で話を進ませてもらうわ」

遅れて登場したコムイを待って、は話しを始める。

「『来るべき日』になったら、地上組と天界組に別れてもらう。
まずリナリーと、えー・・・クロウリー、チャオジー、ティモシー。
この4人と全ファインダー、本部及び全支部のバックアップで現存するAKUMAの破壊、及び有事に備えてもらうわ」

手元の紙を見ながら、たどたどしながらも名前を読み上げる
名を呼ばれた一人であるクロウリーは言われた意味を理解した途端、驚きの表情でに問い返す。

「ちょっと待つである!
4人で世界中のAKUMAを片付けるのであるか!?」
「そう聞こえなかった?話の腰を折るな」
「も、申し訳ないである・・・」

容赦なくピシャリと言い返され、クロウリーは縮こまる。
ラビに慰められるクロウリーを無視しては話を続けた。

「4人に念押ししておくわ。
たとえ危機に陥ったとしても、応援のエクソシストはいない。自力でなんとかするしかないの。
それを頭に叩き込んでおいて」
「・・・どうしてオレら4人を選んだっすか」

終始、憮然顔だったチャオジーの言葉にもそれに劣らずな高圧的な態度を返す。

「不満顔ねぇ。そんなに知りたいなら教えてやるわ。
天界での戦いに、経験不足の足手まといは邪魔なだけ。
特にそこのオールバックはノアを毛嫌いしてるそうじゃない。連携に不安を残すつもりはないの」
「なっ!」
「それにーー」
「!?」

突如、はチャオジーの目の前からふっと消えた。
そして、

ーートンッーー
「!」

首筋に触れられた感触に、チャオジーの動きがピタリと止まる。
その背後には、の細い指がチャオジーの首筋を突いていた。

「この程度の動きも見切れないようじゃ、捨て駒にもならない。
だから外したのよ、文句は言わせない」
「くっ・・・!」

悔し気に歯軋りをするチャオジー。
しかし、その周囲では・・・

(「「「「「「「「「・・・見えなかった」」」」」」」」」)

なんて心境のエクソシストがいたりする。
そんな周囲に構わずは、何かを思い出したような声を上げた。

「おっと、忘れて・・・た!」
ーードッ!ーー
「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」

突然、チャオジーの身体にの腕が刺さる。
あまりのいきなりな衝撃的光景に、周囲の緊張が一気に高まった。

さん!突然何をっ!?」

その中でも、大きな反応を見せたアレンは自分を嫌っていると分かっているチャオジーに駆け寄ろうとする。
が、の行動の意図を理解している一人であるラビがそれを阻んだ。

「あー、大丈夫さアレン」
「何を言ってるんですラビ!!」
「少しは落ち着かんか、みっともない」
「ブックマンも!これが落ち着いてーー」
ーードサッーー
「チャオジー!!」

倒れる音に弾かれたようにアレンが視線を移せば、床に崩れ落ちているチャオジーがいた。
その隣ではパタパタと手を振るの姿。
そして、二人の間には小さな砂の山ができあがっていた。

「そういえばこいつ、フィードラの寄生蟲を仕込まれてたんだったわね。
横槍が入らないよう、念には念を入れて置かないと」
「「「「「「「「「・・・・・・・・・」」」」」」」」」
「で?どこまで話したっけ?」

まるで何事もなかったようなの振る舞いに、コムイが口を開いた。

「いや、それより前に説明してほしいんだけど・・・」
「説明?何の?」

こてん、と首を傾げるにバクは蕁麻疹を起こしかけの顔で、ヒステリックな声を上げる。

「決まってるだろうが!どうしていきなりチャオジーの身体に腕をーー」
「だから、寄生蟲を潰しただけよ。医療班にどうこうできる代物じゃなかったんだから、感謝して欲しいわね。
詳細が聞きたいなら、そこにいるブックマンとJr.にでも聞きなさいよ」

面倒そうにバクに応じる
そんな答えに、かつての上司はお約束のヒステリーを起こした。
どうにか気絶だけは免れたチャオジーだったが、息も絶え絶えだ。
ソファに運ばれる、自身と同じ体験をすることとなったチャオジーにラビは同情の視線を送る。

「チャオジー、大丈夫かな?」
「ふん、ぬるい鍛え方してるからだ」
「ユウもいっぺん体験するといいさ。
シャレになんないくらいめっさ痛いから」

わいのわいのと違う方向で話が盛り上がる。
リナリーは脱線してしまった話を戻そうと、に向かって手を挙げた。

「えーと・・・さん、わたしも天界組に同行しても・・・」
「ああ、勘違いしないで。リナリーは経験不足とは思っていないわ。
ただ、ダークブーツの機動力・・・と、これはそこのトサカもだけど」
「と、トサカ・・・」

外見の特長で呼ばれたクロウリーは、まだ違う意味でショックを受け落ち込む。
が、は気にすることなく続けた。

「これは地上戦の要。
危機に陥った地域があっても、方舟と二人の機動力でカバーアップできるからの配置よ」

単に感情だけで選ばれたのではなく、分析された上でのことにリナリーを始め、名前を呼ばれた3人は素直に首を縦に振った。

「そういことなら、分かりました」
「まかせとけ!」
「頑張るである」

やっと話の路線が戻ったことで、は本来の話を続ける。

「今名前の上がらなかった残りのエクソシストには神の社へ乗り込んでもらう」
「強ぇのか?神って奴は?」
「ええ。だから世界は一度滅んだのよ」

ソカロには答え、弦月を出現させると皆に見せつけるように前に出した。

「それと3日前、ハートを手に入れたの」
「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」

前置きもない告白に、皆に再びの衝撃が走る。

「弦月に取り込んで、今は少しずつ自分の力に馴染ませてるとこ」
「おい、待て!」
「ちょ、ちょっとちゃん!?」

今度はバクとコムイが話を中断するように声を上げた。
一向に話が進まないことに、はうんざりとした苛立ちの視線を向ける。

「・・・今度は何?」
「何、じゃないだろ!?」
「そんな話、僕達聞いてないけど!」
「そりゃそうでしょ、今初めて言ったんだから。
逆に知ってる方がおかしいわよ」

堂々と言ってのけるだが、バクとコムイは頭を抱える。
当然、は構わず続ける。

「皆に覚えておいてもらうのが、神を倒せば同時にイノセンスを失う事でもあるってこと。
まぁ、そうは言ってもまずは主神の所に辿り着かないといけないんだけど、そう簡単じゃないわ。
常に守護者が控えてる」
「守護者・・・?」
「守護者は二人。ミカエル、ガブリエルと呼ばれる二人の天使。
そして、天界を守護している天界軍1000名」

言い終えたは腰に片手を当てた。

「天界組にはこれらを抑え込んでもらうわ」
「ふん、雑魚の相手とはな」
「それはどうかしら?」

軽口を叩くソカロには腕を組み固い声を発する。
そしてソカロだけではない、未だに状況を甘く見ているような全員に向け言った。

「天界軍一人当たりの強さは7000年前で最低でもLv.4と同等。
そしてミカエルは天界随一を誇る、剣豪ーー」

の言葉に神田がぴくりと反応する。

「そしてガブリエル。
こいつが本気で戦う姿を見たことはないけど、恐らくミカエルと同等かそれ以上の実力のはず。
天使の実力を言い表すなら・・・そうね、元帥が5人束になってかかってきてるのと同じね」

の言葉に、部屋の中は水を打ったように静まり返った。
少しは理解されたことで、はこの場に皆を集めた最後の作戦の概要を口にした。

「主神は私とノアで叩く。
あなた達が負ければ挟み込まれた私達が負け、私達が負ければ主神によってあなた達は捻り潰されて負ける。
最後の戦いにはお決まりの、勝つことだけしか生き残る道はないってわけ」
「待って下さい!」

誰もが口を噤んでいる中、声を上げたのはアレンだ。
もう不機嫌さのレベルが上限一杯のは、低い声で返した。

「何?」
「戦うだけしか、道は残されていないんですか?」
「言われている意味が分からないんだけど?」
「話し合いでも解決できるじゃないかって言ってるんです」
「・・・ふん、やっぱり悪魔は所詮、同族の味方だ」
「黙ってろ、そこのデコッパチ」

チャオジーにぴしゃりと言ったは、手近の壁に背中を預け続けた。

「アレン、ネアは何て言ってた?」
「それは・・・」

の言葉にアレンは言い淀んだ。
これでは、はじめからの言わんとしていることを理解しているようなものだ。
しかしアレンはそれでも食い下がる。

「でも!戦う以外にも解決する道があるはずです!
その主神だって、世界を滅ぼす事は望んでいないはずです。だからーー」
「そんな滅ぼすことを望んでいないはずの奴が、7000年前に一度世界を滅ぼしたって私言わなかったかしら?」
さん!」

まるで駄々っ子のようなアレンの様子に、完全に面倒になったは片手を振り振り応じた。

「あーはいはい。もう、分かったわ。
向こうが聞く耳持つなら、貴方の言う『話し合い』で解決できるように持ちかけてやるわよ」

これで文句ないな、とばかりなの態度にアレンはさらに口を開きかけた。

さん!僕は真剣にーー」
「いい加減にして。これ以上文句を続けるなら、あんたに用はないわ。
ネアに代わってもらってもいいのよ?」
「っ!?」

の瞳が紅く染まっていく。
一触即発。
高まる殺気に誰もが息を呑む。
と、その時。二人の間に人影が入った。

ちゃん、落ち着いて。
君はここに喧嘩をしに来たわけじゃないはずだよ?」
「コムイ。余計な口、挟まないで。
言って分からないガキには身体に教え込んでやるしかないんだから」

男を見ることなくは言うが、コムイは退かなかった。

「君がわざわざここに来た目的を忘れたわけじゃないだろ?
それに一ヶ月前も話したじゃない。
僕達はちゃんの話を信じて、本当の敵を倒す事も全てに協力するって話になったんだからさ」

穏やかながらも、的確なコムイの言葉。
それを受けたはたっぷりと間を置いてからようやく、瞳を閉じ応じるように息を吐いた。

「・・・はぁ、分かったわよ」
「アレン君も納得してくれるね?
今回が本当の最後の戦いになる。相手を唯一知るちゃん抜きに、この作戦は成功しない。
勿論、エクソシストの誰が抜けても同じ事が言えるけどね」
「・・・はい、すみません」

コムイの言葉に応じるようにアレンも恐縮するよう身を引いた。
皆やっと詰めていた息を吐くが、未だに不機嫌さが直っていないは口を開く。

「で?他に文句のある奴は?」
ちゃん・・・」

困り顔のコムイが言い募るが、は鼻を鳴らすだけだった。

「今説明した話はコムイも言った通り、この聖戦と掲げられた戦争の最後の戦いになる。
ここにいる以上、その覚悟はある者として話したわ。
もちろん、強制するつもりはない。その気がないなら迷惑だから今名乗り出て」

ぐるりと皆を見回した
しかしこの場にいる全員、誰一人としてその意志を示す者はいない。
それを確かめたはくるりと背を向けると、ヒラヒラと手を振った。

「じゃ、そういうわけなんで鍛錬を怠らないことね。
11ヶ月後、アララト山の麓の村で待ってるわ。エクソシスト諸君」



































>余談
「え、それだけさ?」
「これ以上、私に何を求めんのよ」
「なんかこう・・・必殺技的な?」
「人事を尽くして天命を待つって言葉、知らないわけ?」
「オレらその神を倒すんじゃ・・・」
「みみっちいこと気にしてんじゃないわよ。ちっさいわねぇ」
(「「「「「横暴・・・」」」」」)




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2014.5.4