時刻はもう少しで日付が変わるかと言う頃。
最近ではノアの一族が成りを潜めAKUMAの活動も目立った動きを見せなくなった。
だが、それは何かとてつもない事態の前触れのような気がしてならない。
手探りで暗闇を歩かされているような不安な胸中のまま、長い会議を終えたルベリエは執務室の扉を開けた。
と、

「今宵は良い月夜ですね」
「!」

誰もいないはずの執務室から響いた声に、ルベリエは身を固くした。
そして、夜空の雲が途切れ窓に差し込んだ月光がその者の姿を照らし出す。
その姿を目にしたルベリエは驚きと苛立ちがないまぜになった声を上げた。

「貴様!」
「今晩は、監査役長官殿」


























































ーーカマかけられたハゲ、奇怪の定義ーー


























































革張りの椅子に座るは世間話をするような気安さでルベリエを出迎える。
まるでこの部屋の主が自分であるかのようなその態度。
だがこの場所、中央庁やこの部屋でさえ警備は万全のはずで誰にも気付かれずにこの場所に辿り着くなど不可能なはずなのだ。

「一体どこから・・・」
「愚問ですね。今の私なら警備の目ぐらいどうってことありませんよ」
「・・・どういう意味だ?」

鋭いルベリエの問い。
それを受けたは、肘掛けに肘をつき身体の前で指を組んだ。
そして、

「あー、今日は確認したいことがあって参りました。
ネアの意志を継ぐ一人である貴方の、ね」
「!」

ルベリエの問いかけなど、最初から聞かなかったようには自分の用件を話し出す。
だが、が質問に答えなかったよりも新たに話された内容を聞いたルベリエは驚き、次に視線を険しくした。

「どうしてそれを・・・」
「あら、カマかけてみたら本当でした?」
「っ!貴様・・・」
「冗談ですよ、散々こっちを追っかけ回してたんだから、コレくらいでキレるなハゲ」
「私はハゲではない」
「あー、はいはい。真面目に返すなっての」

面倒そうに手を振り、は足を組み直す。

「先ほどの問いですが、クロスから聞きました」
「!では、14番目は・・・」
「ええ。ネアもアレンも無事ですよ」
「どういうことだ・・・?」

不審気にルベリエが問えば、は不敵に笑い返した。

「14番目の意志は達せられた、ということです」
「ふん、戯言を・・・」
「勝手に一人で先走らないでもらえますかねぇ。何も全てなんで一っ言も言ってないんですけど?」

馬鹿にするようにが言えば、ルベリエは苛立ちを見せる。
だが、ルベリエが口を開く前にが先に続けた。

「14番目の目的は伯爵を倒すこと。
そのためにあらゆる協力を求められたのでしょう?伯爵を消し、世界終焉の回避を条件に。
ですが、そもそもその取引自体が不完全なものなんですよ」
「・・・なんだと?」

僅かに驚きを見せるルベリエに、は余裕の態度のまま続ける。

「だって世界終焉を行うのは伯爵ではないんですから」
「・・・貴様、ただのエクソシストではないな?」
「今更ですか・・・」

ルベリエの指摘には『残念すぎるヤツが目の前にいるいるよ、うわぉ〜』な視線で壮年の男を見やる。
そんな目は口ほどに物を言う視線を理解したルベリエは、眉間にシワを寄せて言い返す。

「貴様がイノセンスを伝えた末裔だという調べはついている」
「・・・微妙。
まぁ、正解だけど不正確って感じですね」

その回答に睥睨してくるルベリエに構わず、は立ち上がった。

「それに答えてあげてもいいですけど、まずはこちらの質問に答えてもらいましょう」

そう言って、今度は執務机に座ったは質問を口にした。

「リンクをアレンにつけているのはなぜです?」
「貴様が知る必要はない」
「別に知りたかないですよ。
私はどうしてそんな無駄なことをしてるのか、って聞いてるんですよ」

問われている意図を計り兼ねているいるようなルベリエに、はまだ分からないのかとばかりに問いを重ねる。

「まさか保険のつもりですか?アレンがノア化しない為の?
はっ!果てしなく無意味な行為ですね」
「・・・何を言っている」
「さっき言ったじゃないですか。14番目の意志は達せられた、と。
例えノア化したとしても、もう人間に敵対することはないですよ」

の断言に、ルベリエは不信感をさらに高まらせた。

「貴様・・・何者だ?」

正面から視線がぶつかり合う。
だが、は再びルベリエの問いかけをスルーした。

「さてと、わざわざこっちに来てやったのはさっきも言った通り、確認したいことがあったんです」
「おい・・・」
「貴方はアポクリフォスがどのような存在かを知っている」
「!」

はぐらかされたかと思えば、いきなりの確信を突いた言葉にルベリエは目を瞠る。

「なのに、それを中央庁に報告していない。
アポクリフォスがハートを守るものだと分かっているなら、その近くには必ずハートがあり、伯爵に勝てるカードを手に入れられるというのに」

は少しの表情の変化を見逃さないよう、ルベリエを見据えたまま続ける。

「いつか、Jr.に言ったそうですね。伯爵を倒し、この戦争に勝つために自分はいると。
特にルベリエ家は、100年前の教団設立時から身内を犠牲にしてまでもこの戦争の勝利にこだわってきた筋金入り。
言ってることとやってることが違いませんかねぇ」
「・・・何が言いたい?」
「貴方は独自に調べていたのでしょう?
この戦争に勝つための必勝の何かを。そしてアポクリフォスの事を知り、エクソシストの強化・増強を図って奴を倒そうとした。
でもちょうど良いタイミングで14番目という駒が現れた。
ノアを裏切ったユダ。伯爵の敵。
貴方にはさぞ素晴らしい駒に見えたでしょうね」

そう言いながら、の表情はまるで軽蔑するような眼差しでルベリエを見返す。
だが、ここで私情に走っては話しは進まないと、絡み付くしがらみを払うように一つ息を吐き続ける。

「クロスから話を聞いた貴方はアレンを利用してアポクリフォスを倒そうとした。
けど、貴方の動きを察したアポクリフォスによって、リンクを殺されかける先手を打たれた。
これによってアポクリフォスを討つ計画が後ろ倒しになり、この間にアポクリフォスはアレンのイノセンスを吸収しようと追跡を始めた」
「イノセンスを吸収だと!?」

初めて動揺を見せたルベリエの声にもようやく真面目な顔で答えた。

「貴方の計画は始めから穴があったんですよ。そもそもアポクリフォスはイノセンスでは倒せない。
・・・さて、ここで質問に戻ります。
貴方はアポクリフォスの存在を知っていた。が、それを上に報告していない。
その目的は?」
「・・・・・・」

しかし、その問いに答えは返らずだんまりを決め込んだルベリエには呆れ返った。

「あんたは貝ですか、まったく・・・その歳でそんなことされても気持ち悪いだけなんですよね。
なら、話を変えます」

そう言って、ぴんと指を立てたは口を開いた。

「イノセンスがあるところに奇怪現象が起こるのは周知の事。
でもそもそも奇怪現象って、何を基準に奇怪と呼ぶんでしょうね?」
「?」

まるで言葉遊びのような問いに、ルベリエは疑問符を浮かべた。
だが、それを予想していたようなは不敵に笑い返す。

「例えば・・・
神を信じ、敬う行為も、ある意味奇怪と見えませんか?」
「なっ!」

の言葉に衝撃を受けたルベリエは、まるで魚のように口をぱくぱくと開閉させるが、驚きが大きすぎるのか言葉として音にならない。
それをいいことにはさらに続けた。

「無宗教の人間にしてみたら、居もしない存在にさもいるように祈りを捧げ、身を削る。
もし、それが世界中に蔓延していたら?
それは大多数の心理によって奇怪と映らなくなるのは当然の流れじゃないでしょうか?」

指を振り振り言葉を紡いでいたは、それを下ろすとさも楽し気に肩を竦めて笑った。

「結果、それは奇怪ではなく、当然事となる」
「貴様・・・自分が何を言っているのか分かっているのか?」

ようやく回復したらしいルベリエが、声を絞り出すように反論すればは呆れ果てたとばかりに言い返す。

「愚問ですね。それに勘付いていながら、14番目に加担している貴方がそれを言いますか」

そう、もしも宣教という行為にイノセンスが関係していたら・・・
ヘブラスカのようにイノセンスを保管する能力があるなら、攻撃力を持たない代わりに、別の能力を有しているなら?
この仮説は容易に説得力のある話に変わる。

「さて、質問その2。
常に教皇の傍に控える枢機卿がいるそうですね。しかも5人。
そうそう、記録保管所の最奥への許可も上位枢機卿5名の承認が必要だったはず。
あと私の記憶違いでなければ、大元帥も5人だったような気がするんですよねぇ」

腕を組み、米神を指で叩きながらさも不可解ですよねぇ、という顔のはにやりと笑うとルベリエに問いを振った。

「この出来すぎた偶然の一致、ご説明願えません?」
「・・・貴様は知る資格はない」
「あぁら、言いますね。
私が何者か、記録保管所でちょっとは掴んでいるんじゃなかったんですか?」
「何・・・?」

の切り返しに胡乱気な表情となったルベリエ。
だが、言い忘れたのか、とばかりに肩を竦めた。

「自分で言ってたじゃないですか。イノセンスを伝えた末裔。
不正解とは言ってませんよ?」
「なら、貴様は何者だ?」
「答えたらこっちの質問に答えるんですか?それなら教えてやってもいいですよ」
「答える内容にもよるだろう」

決して自分の情報は明かそうとしないその姿勢に、面倒になったは額を押さえた。

「はぁ〜・・・やっぱり、そう来ますか。
これだから頭でっかちの官僚はよけいに好かないんですよ、まったく・・・
このまま中央庁の手先として動く都合のいい駒のままで終わる気ですか?
私に協力するなら、将来明るいと思いますけど?」
「小娘の講釈を信じろとでも?」
「小娘、ね・・・」

その小娘に散々出し抜かれていたのはどこの誰だとか、あんたの忠犬を助けてやったのは誰だと思ってるんだとか言いたい事はたくさんあった。
が、今それをやっても時間の無駄だ。
仕方なく、机から下りたは瞬き一つでその姿を変えた。
闇でも光る金糸、射るような鮮紅の瞳。
そして、その背中から伸びる白銀の両翼。

『図に乗るなよ、人間』
「!!」

腰に片手を当てたはただ一言、言い放つ。
から放たれる威圧感に、ルベリエは無意識に膝をついた。
そして、まるで小馬鹿にするようなの視線に、ぐっと悔し気な表情を浮かべたルベリエは歯軋りする。

「くっ・・・イノセンス、か・・・」
「イノセンスでこんな芸当、できるわけないでしょうが。
私の正体が知りたかったんでしょう?」

呆れ顔だったは、落ちてきた髪を後ろに払うと自身の名前を尊大に口に乗せた。

「私の原始の名はウリエル」
「!?」
「これだけ言えば、貴方には十分でしょう?」

それだけ言ったは腕を組むと、机に寄り掛かり続けた。

「さて、こちらは答えてやったんですから、今度はそっちの番です」
「断わると言ったら?」
「そうですね。中央庁にまだ私の存在を知られるには早すぎるので、それ相応の対処を」

淡々と言いながらはにっこりと笑った。

「情報を握り潰すのに、どうするのが手っ取り早いかはお分かりでしょう?」
「・・・・・・」

笑っているのに、放たれている内容は恐ろしく物騒極まりない。
それ故に、余計に説得力がある脅し。
口を噤んでいるルベリエを見下ろしながら、は笑みを引っ込めると怒りを殺すように続けた。

「一つ言わせてもらえれば、私は貴方が嫌いです」

セカンド計画で飽き足らず、サード計画までに手を出した。
そしてその犠牲となった、アルマやユウ、そして祖父のハーシェル・・・
本音を言えば、こんな奴と話すくらいならすぐにマリアナ海溝にでも沈ませてやりたいくらいだ。

「・・・けどーー」

そう、それでもこいつもこの世界に生きる生命の一つ。
自分のカケラの一部を宿している。

「世界が消えるのを望まない。
・・・その気持ちは貴方自身の本音だろうと思ったのでお話ししました」

きっと『』としてならこの場に、というか、こいつと会うということすらしてない。
『ウリエル』としての想いや信念があるからこそ、こんな行動ができる。
そして、こんな奴でも信じてみようという気になれる。

「・・・・・・何を知りたい?」

ルベリエからの言葉には先ほどとは少し違う、質の異なる笑みを浮かべた。

「教皇へ会わなければなりません。
5人の枢機卿と教皇のスケジュールを教えていただけますね?」
「・・・いいだろう」

ひとまず上々な返答を聞けたは、まるで手品のように折り畳まれた紙をその手に現した。

「協力の報酬は、将来が明るくなるだろうこの計画書ですけど・・・見てみます?」

ぴっとの人差し指と中指に挟まれた紙に、ルベリエは不審気な顔ながらそれに手を伸ばした。


























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2014.4.14