ーー目覚めの呼び声ーー































































「でも、アレンはずっと寝てるんだよ?」
「どうやって叩き起こすんだ?」
「叩き起こす必要はないわ」

眠っているアレンを目の前に、は拳を握る神田に呆れた一瞥を投げアレンを見下ろす。
しばらく見下ろしていては、神田の隣にいるジョニーに振り向いた。

「ジョニーは今の状態をどう見てるの?」
「ボク?」

話を振られたジョニーはわずかに驚き、目を瞠った。
だが、心配そうにアレンを見下ろしながら、自分の考えを口にしていく。

「多分、だけど・・・ノアメモリーとアレンの自我が戦ってるんじゃないかと思う。
アレンはノア化しないようにずっと一人で戦ってきたから・・・」
「そう・・・恐らくそれが正解でしょうね」

それだけ言うと、は手近の椅子を引き寄せ、アレンの横へと腰を下ろした。
そして、

「私はこれから14番目と話すから、二人共出てって」
「え?でも・・・」
「ふん、誰がてめぇの指示を受けるか」
「ま、殺されてもいいなら止めないけど」

振り返ることなくが言っても、二人はその場を動こうとしなかった。
それを気配で感じ取ったは、ベッドに横たわる少年に微笑みながら内心呟いた。

(「良い仲間を持ったわね・・・」)

そんな仲間を持ったアレンに。
そんな仲間と認めれた神田とジョニーに。

「あ、それと何があっても邪魔しないでよね」

付け加えたはすっと目を閉じ、古の言葉を紡ぐ。

『Seal Adhara』

薄暗い部屋が淡い光に照らされる。
の背中から伸びていく光の羽。
部屋に居た二人は息を呑むが、それに構うことなくはアレンに声をかけた。

『ネア、私の声が聞こえるな』

の呼びかけにアレンの瞼がピクリと動いた。
それを確認したはさらに続ける。

『お主に話があってきたのだよ』

言い終えたはしばらく出方を待つ。
すると、それまで眠っていたアレンはゆっくりと瞼を開け、彷徨わせていた視線がを捉えた。

「ウリ、エル・・・?」
『そうだ、久しーー』
ーーガシッ!ーー

瞬間、アレンの灰色の右手がの首を掴んだ。
あまりの突然すぎる状況に、部屋に居たジョニーと神田の纏う気配が一気に張り詰めた。

ちゃん!」
「ちっ!」
『動くな!』

鋭い一喝。
放たれた古の言葉に、二人は本能的に動きを止めた。
背後の二人が早まった行動を取らなかったことに、ひとまず息を吐いたは再びアレンに視線を落とす。
そこにはの首を絞める自身の右手を、イノセンスが宿る左手で押しとどめているアレンの姿があった。
会って早々の行動を見たは、過去の推測が確信へと変わったことで、深々とため息をついた。

『はぁ・・・やはり、お主は主神と通じていたのだな』

の悲し気な呟きに否定は返らず、アレンーーネアの視線はすっと細くなった。

「ウリエル様、貴女を亡き者にすれば私がノアの一族を・・・レメクに代わって率いることが約束されているのです」
『それをお主は信じ、7000年前、主神を倒すべき作戦を教えた、か』
「はい。だが戦いの最中、私は倒れてしまった。
しかし、貴女が与えた力で私はノアの輪廻に戻る事ができた。
でもようやく身体を得た時には、またあのレメクが一族を率いていた・・・」

悔し気に語るネアに、同じ痛みを感じているようなは顔を歪めた。

『だから、35年前にもレメクを・・・』
「あの時、ウリエル様はおられなかった・・・なら、この手でと思ったまでの事」
『そうか・・・』

ようやく本人から聞けた真実に、は噛み締めるように目を閉じた。
と、

「なぜです?」

悲しみの滲んだ問いには再び目を開く。
そこには、今までの憎しみや悔しさではない、深い悲しみを堪えているネアの姿があった。

「なぜ今頃になって、貴女が・・・
消えたものとなっていればーー」
『できぬよ』

ネアの言葉を最後まで聞くことなく、はきっぱりと言う。

『言っただろう?私はこの世界が愛おしいと。それが再び滅びようとしている。
見過ごせるわけあるまいよ、お前もその中に含まれていると言っただろう?』
「・・・私は貴女を裏切った」
『だが、為すべきことはしたのだろう?』

咎めるでも非難するでもなく、そう言ったはふわりと笑う。

『ネア。お主に与えた力、それを向けるべき相手を間違えるな。
その破壊の力、レメクと対をなすお主だからこそ与えたのだぞ』

7000年前に与えた力。
ノアの一族を率いるレメクには、創造する力を。
その弟には、対をなす破壊の力を。
二人が共に手を取り、より良い未来を創り出せることを願って与えたのだ。

『それにお主が輪廻に戻った時、分かったのだろう?
レメクはもう7000年前と違う事に。
だからお主はその手で滅ぼそうとした』
「違う!」

全てを拒絶するような声が響き渡った。
それを動じることなく受け止めると違い、ネアはまるで自分に言い聞かせるように続けた。

「私は!・・・私は自分の願いを果たそうとしただけだ!レメクに成り代わると言う自分の願いを!」

あまりにも必死な様子のネアに、はもう十分だとばかりに少年の頬へと手を当てた。

『なぁ、ネア。もう一族に捕われるな。
お主にはマナと共に生きていたいと言う願いがあったのではないのか?』
「!」

その言葉にネアは心底驚いたように目を瞠った。

「・・・なぜ、それを」
『クロスから聞いたよ。
転生したお前を、ノアと知ってもなお弟として変わらず接したと。
この世界では血を分けた本当の兄弟だったとも』
「・・・兄は、もうおりません」
『履き違えるな」

瞬間、初めての語気が鋭くなった。
取り囲む空気ですら、まるで鋭利な刃物をまとっているようだ。
はたしなめるように続ける。

『それはお前の願望の前に犠牲となったからだ』
「っ・・・!」

断言された言葉を突き付けられたネアは、首を絞めていた右手の拘束が緩む。
それを気にする事なく、はまっすぐにネアを見つめたまま続けた。

『一族を率いる事などなくとも、マナの居場所はお前の隣にあったのではないかと思うがな・・・』

自身はマナかどのような人物だったかは分からない。
だが、目の前にいるネアのことは赤子の時から共に時間を過ごしてきた。
だからと言って母親などという大層な自覚はない。
ただ、ネアが一族よりもマナを選んだということは、彼にとってそれだけの価値ある存在だったのだろう。
そして、きっと一族にも受け入れてもらおうとしたに違いない。
口に出さずとも、一族を大事にしたいという気持ちが一番強かったのは彼だったから・・・

「・・・何を望まれるのです?」

ポツリと呟かれた声。
ネアはまるで迷子になった子供のように不安気な面持ちでを見つめて言った。

「ウリエル様は私に消えろと・・・この宿主から、私を消すおつもりですか?」

ネアの言葉を聞いたほ、安心させるように笑みを深めた。

『いや、それを決めるのは私ではないよ』
「?」
『アレンと代わってくれるか?私はこの宿主にも話がある』

の台詞に、ネアの探るような視線が絡み付く。
だが返されるの視線が昔と寸分も変わらないことで、ネアはこれでは言う通りにするしかないとばかりに諦めて目を閉じた。

「・・・分かりました・・・」

その声が合図のようにアレンの灰色の肌がどんどん引いていき、代わりに血色の良い色白の肌が現れ始める。
それを見守っていたも、あっという間に元の姿に戻った。
そして完全に灰色の肌が引いてしばらくすると、目を瞬いた少年が呆けた声を上げる。

「・・・あ、れ?」
「久しいわね、アレン・ウォーカー」

の声にアレンの視線が向けられる。
数呼吸の間、を見つめていたアレンだったがようやく自分を見下ろすのが誰か理解できた途端、跳ね起きた。

ーーガバッ!ーー
さん!」
「アレン!良かった気が付いたんだね!」
ーードンッーー

の後ろにいたジョニーは勢い良くアレンに飛び付いた。
それを危なげなく受け止めたアレンだったが、まだ状況を完全には理解できていないようだった。

「え!?ジョニー!・・・って、なんで神田もここにいるんですか?」
「うるせぇ、モヤシ」
「アレンです」
「さて、話を戻すか」

くだらないいがみ合いが始まりそうになったことで、は先手を打つ。
そして、アレンに引っ付いているジョニーの襟首を持って引き剥がしたはアレンに向き直った。

「話は聞いていたわよね?」
「は、はい・・・あ!ごめんなさい首を絞めたのは僕の意志じゃなくて・・・」
「分かってる、今はそんなことはどーでもいいの」
「は、はぁ・・・」
「貴方の考えを聞かせてもらうわ、アレン・ウォーカー」

の言葉にどういう意味だ、とばかりなアレンの表情が向けられる。
それには面倒そうながらも続けた。

「私の力で、ネアを消す事は確かにできる。
でも、宿主である貴方に判断を任せろとも言われていてね」
「言われた?」
「クロスからよ」
「!師匠が!?教えてください、師匠は生きているんですか!?」
「そりゃもうバッチリとね。だから言いたいことはその時にぶつけてやって」

今は話が進まないから置いていて、と言い聞かせたは結論を求めた。

「で?どうするつもりかしら?」
「消すって・・・どういうことなんですか?」

躊躇うようにアレンが問えば、足を組み直したはそれに答える。

「言葉通りよ。その存在をこの世界から亡くす。
けど、ノアのメモリーを持っている以上、後々の世で覚醒することもあるでしょうね」
「・・・・・・」
「ネアが消えれば、ノアの一族からストーキングされる事もなくなる。
勿論、AKUMAの襲撃も・・・まぁ、伯爵は黙ってはいないでしょうけどね」

さあ、どうする?というにアレンは黙り込む。
すぐに答えは出ないだろうと分かっていたようなは、また日を改めるかと口にしようとした。
瞬間、

「・・・消さない方法は、ありますか?」
「アレン!?」

アレンの言葉にジョニーは誰よりも驚きを大きくする。
衝撃の一言を発した少年には態度を変えることなく問い返した。

「どういうこと?」
「えーっと、だから・・・僕のアレンの自我と14番目をそのまま残せる方法があるのかなって」

冗談のつもりでは言っていないのだろう。
その証拠にアレンの瞳は真剣だ。
ただ、言った方法が叶うかどうかの不安に揺れているだけ。
だからこそ、はため息を一つ吐くと胡乱気な顔で質した。

「自分で言っている事、分かってるわよね?
常に互いを奪い合う可能性を残してるのよ?」
「共存、ということもできるんじゃないですか?」
「!」

予想してなかったアレンの切り返しに、は初めて驚きを見せた。
しかし、当のアレンは必死に言葉を探すように続ける。

「確かに、勝手に宿主にされた事とか、教団を裏切る形になったこととか、状況を引っ掻き回してるって言われたりとか・・・
いろいろ、あったけど・・・」

その時のことを思い出してか、アレンはわずかに顔を曇らせ、握ったリネンにシワが寄った。

「でも、この14番目がマナを大切に思っていたことは本当で、やり方は間違ってたけど、マナを幸せにしたくて今まで行動してきたとも思うから・・・」

言いながら胸に手を当てたアレンは、を意思の強い瞳で見返した。

「だから、僕は14番目を消す事は望みません。もちろん、僕自身も消えるつもりはありません」

穏やかな語調ながら、きっぱりとアレンは断言した。
終始、黙って聞いていただった。
が、

「・・・ぶっ」
「?」

盛大に吹き出した。

「ぶっぁあはははははっ!ホント、クロスの言ってた通りだ。
なんつー、我が儘なエノキ少年だ!」
「エノ!?アレンです!!」

爆笑してバシバシと膝を叩くに、変なあだ名を呼ばれたアレンは憤慨するが、笑い声は収まるどころか余計に大きくなる。
完全に蚊帳の外となっている神田とジョニーは呆気にとられて、突っ込むこともできないでいた。
しばらくしてようやく笑いを収めたは、笑過ぎたために溜まった目尻の涙を払いながら息を吐いた。

「はぁ〜・・・お腹痛い。
恐らく、その選択をするんじゃないかってクロスから聞いてはいたけど・・・
まさか本気で言うとはね・・・ぷくくく、あれもよっぽどの親バカね」
「なんか、僕は釈然としないんですが・・・」

再び肩を揺らすに憮然としているアレンは不満顔だ。
それをちらりと見たはそれまでの笑いを消し、居住まいを正した。

「アレン・ウォーカー」

急に変わったの雰囲気に、アレンも思わず背を伸ばす。

「貴方の選択、確かに聞き届けたわ。
貴方がそれを望むなら、私はネアにそう命じてみる」

そう言いながら、はアレンの胸に指を付いた。

ーートンッーー
「ただし、私もこんなことやった覚えがない。
この先、何が起こるか分からないけどその覚悟はできてる?」
「・・・立ち止まるな、歩き続けろ」
「?」

紡がれた呟きに、は疑問符を浮かべる。
すると目の前の少年は、ネアとは違う『アレン』の明るい笑顔を浮かべ、続けた。

「マナが僕に残してくれた言葉です。これは14番目、ネアがマナに残した言葉でもあるそうです」

そしてアレンは自身の左手を握り締め、誓約を立てるように言った。

「僕はこの選択をして、歩き続けます。例えどんなことがあっても」






































>余談
「さて、とりあえずの話は終わったけど・・・神田、ジョニー」
「あ?」
「何?」
ーードスッ!ドスッ!ーー(頭に手刀)
「っ!てんめぇ・・・」
「っ〜〜〜!!」
「邪魔すんなっつったでしょ?」






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2014.2.23