天界へと戻ったウリエルは主神に奏上した。
地上を滅ぼす事をどうにか思い留まってもらうように・・・
しかし予想していた通り、ウリエルの願いが聞き入られることはなかった。
ーー回顧〜届かぬ想い〜ーー
「その件はすでに指示している、話すことなどない」
「しかし!」
なおもウリエルは必死に食い下がる。
しかし、主神は聞く耳を全く持たなかった。
「諄い、下がれ」
「っ!」
鋭い言葉に、ぐっと言葉に詰まるウリエルだが、まだ下がらないことに主神はすっ、と目を細める。
「・・・吾輩に逆らうか?」
息をするのも憚られるように、空気がピンと張り詰める。
その時、
ーーガシッーー
「!」
ウリエルの腕を何者かが掴んだ。
驚いたウリエルが何かを言う前に、その何者かが先に言葉を紡ぐ。
「まさかまさか、とんでもな〜い。
では、御前を失礼しま〜す」
そして反論を口にする間もなく、ウリエルは部屋の外へと引き摺り出されていった。
主神の間を離れ、長い回廊へと出た。
未だに引き摺れたままのウリエルは、自身の腕を掴んでいるその後背に怒声を上げる。
「何をするのだガブリエル!私はまだ主神に話がーー」
「おーい、礼はあっても文句の言われるとこじゃないでしょーよ。そこは」
「ちっ!」
腕を振り払ったウリエルは盛大に舌打ちをついた。
浅黒い肌に映える額の金輪、男にしてはやや長い焦げ茶の髪。
そして、ウリエルを面白いものでも見るような鮮紅の瞳。
「聞いてるぜ、地上にお熱なんだって?」
からかうようなその言い草に、ウリエルは苛立ちを隠さぬまま言い返す。
「貴様は自分の使命を果たさず、与太話にかまけているのだな」
「言うねぇ〜、使命を果たしてないのはそっちじゃないのか?」
「・・・・・・」
へらへらと笑いながらも突かれた指摘に、ウリエルは口を噤む。
それを見たガブリエルは、先ほどより声のトーンを落とした。
「なぜ主神に逆らう?変な気を起こすなよな」
「貴様には関係ないことだ」
「あれま・・・こっちは心配して忠告してやってんだぜ?」
「心配?心配だと!?」
ガブリエルの言葉を聞いたウリエルは、語気を強め、射殺せるほどの鋭い視線で男を睨みつける。
「馬鹿も休み休み言え。貴様がそんなことするわけなかろうが。
主神の御言葉を伝える以外に紡がれる言葉が真実だった試しなど一度たりともなかった貴様が・・・
大方、面倒事を増やされたくないだけだろうが」
「なんだ、分かってんじゃねえの。じゃあ、話は早い」
肩を竦めたガブリエルはウリエルを壁際へ追い詰め、耳元で囁いた。
「限られた命に肩入れするのはやめろ。
これ以上、主神に逆らえば神格を堕とされるぞ?その意味が分からねぇお前でもないだろうが」
「余計な世話だ」
頑なに切り返したウリエルは逃れるようにガブリエルから離れる。
その美しい金糸の後姿を見たガブリエルは呆れたように言った。
「お前がそこまでする価値のある世界か?そうじゃねぇから、主神は海に還すって言ってんだぜ?」
それくらいわかんだろ、と言うガブリエルにウリエルは暫く黙する。
そして、小さく、だがはっきりと自身の想いを口にした。
「・・・果たして、それは正しいことなのか?」
回廊に響いた声。
瞬間、ガブリエルは硬直したように固まった。
たった今、耳にした言葉が信じられず、乾いた笑みを浮かべながら聞き返した。
「おいおい・・・主神を、疑うのか?」
「貴様には分かるまいな。
例え禁断の果実を口にした罪だとて、限られた命だからこそ、美しく、尊く、愛おしいのだ」
そう言って、ウリエルはガブリエルに背を向けたまま歩き出した。
迷いのないその足取りに、ガブリエルは滅多に見せない、真剣な声音で問う。
「ウリエル!お前、自分が何を言ってるか分かってるのか?」
その言葉にウリエルの足が止まった。
そして、
「あぁ・・・勿論だよ」
ガブリエルが見たのは、肩越しに返された口元の笑みだけだった。
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2014.1.14