「あれ、ウリエルじゃん。いつ降りてきたの?」
「久しいな、ロード。つい先ほどな」
ーー回顧〜美しい愛しき世界〜ーー
地上に降り立ったウリエルは、ノアの一族が暮らす街へとやってきた。
そして、目的の人物を探す道すがら一族の長子であるロードに出会った。
「ところでレメクはどこにいる?」
「多分、神殿じゃない?お祈りしてる最中だと思うよ〜」
「そうか。なら戻り次第、話があると伝えてくれるか?」
「オッケ〜」
どうやら間が悪かったらしい。
時間を潰そうと、ウリエルは湖畔を見下ろせる小さな丘へとやって来た。
気まぐれに吹く風にまるで愛でられるように、長い髪が梳かれていく。
「・・・美しいな・・・」
水のせせらぎ、風が紡ぐ葉擦れ、小鳥のさえずり。
この世界はこんなにも生命に溢れている。
きっとこんな沈んだ気持ちでなければ、もっと輝いて見えるだろう。
(「誰に壊せる権利があるというのだ?例えそれが主神だとて・・・」)
ウリエルはゆっくりと宙に腕を伸ばす。
すると、近くにいた小動物や昆虫達が挨拶をするように集まった。
「お前達は限られた命を、精一杯生きているだけだと言うのにな・・・」
主神の思いも分からなくはない。
純潔たる世界。
争いも諍いも、負の感情が淘汰された世界は確かに素晴らしいだろう。
だが、それはひどくつまらない世界ではないかとウリエルは思った。
禁断の果実を口にしたその日より、地上に住まうもの達には少なからず悪の心が巣食っている。
だが、そんな事は些細な事ではないだろうか?
確かに悪の心で治安は乱れ、人の心も荒んでいく。暮らしている自然を害することもある。
しかし、地上で生きる彼らは失敗から学び、さらにより良くしようと試みるのだ。
何より、彼らは限られた命を生きている。
その煌めきは儚いが故に、とても美しい。
代わりがきかない故に、尊い。
天上に住む者には決して持てないそれは、失われていいものではないはずだ。
「なんだ、来てたのかよウリエル」
かけられた声に、集まっていた動物達が一斉に離れていった。
それを僅かに残念に思ったウリエルは、声の主に首を巡らせる。
そこにいたのは、黒く波打つ髪を持つ青年。
「そう言うお前は何をしておるのだ、ジョイド?」
「決まってる、お前に会いに来た」
間を置かず返された返答に、ウリエルは呆れたように笑う。
「お前はとんだ酔狂だな。私は神の使い、地上に生きるお前達とは生きる世界も時間も違うというのに、私に恋慕してどうするのだ」
「俺はそうしたいと俺が望むからそうしているだけだ」
「自分に正直なのだな・・・」
このように真っ直ぐな感情を向けられると、自身の役目に疑問を持ってしまう。
果たして、主神の命のままに動くことが本当に正しいのだろうか?
ウリエルは視線を湖畔に戻した。
「なぁ、ジョイド・・・」
「ん?」
「この世界はとても美しいな・・・私はこの世界が愛おしいよ」
「なら、天界に帰らねぇでずっといりゃぁいいのによ」
隣に腰を落ち着けた青年の答えに、ウリエルは苦笑した。
「この世界を統べる主神の補佐をするのが、私の務めだ」
「堅苦しく考え過ぎなんだよ、お前は。自分の望みに従う事の何がいけないってんだ?」
「ああ・・・そうだな。そうできたら、良いのだがな・・・」
自分の望み。
それはきっと、主神の意に添わぬ事。
口にすれば、対立する事は必至。
だが、納得できていない自分がいるのも事実だった。
「・・・やけに殊勝だな?何か変なもんでも食ったのか?」
「阿呆め。そんな訳あるまい」
青年の的外れな心配に、ウリエルは笑う。
その時、遠くからロードの呼ぶ声にウリエルは立ち上がった。
「レメクが戻ったか。ではな、ジョイド」
「おぉ。終わったらまた話でもしようぜ」
「ああ、楽しみにしているよ」
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2014.1.14