フランス、パリ市街。
舞踏会場のエントランスには、ひっきりなしに馬車から人が下りてくる。
そして、新たな馬車から3人の男が降り立った。
きっちりとしたタキシードに身を包んだ、コムイ、バク、リーバーである。
ーーそろった面子、この愚鈍共が!ーー
がコムイの元を訪れてから一週間後。
指示された場所にとりあえず来てはみた。
周囲には煌びやかな装いの、一見して上流階級の貴族と分かる者ばかり。
いくら服装はその場に合っているとは言っても、あまりにも場違いな雰囲気にバクは隣にいるコムイに耳打ちした。
「おい、本当なのかコムイ?」
ここに来る羽目になった理由を暗に確認するバク。
コムイは本日何度目か分からないそれに、もう何度目か分からなくなった同じ答えを口にする。
「本当だってばバクちゃん」
「バクちゃん言うな!」
「はぁ・・・」
気重にため息をついたリーバー。
上司二人のお付きだが、どうしてか自分が引率者にしか感じられない。
それにコムイから事情を聞かされた経緯も相まって、足が重かった。
騒ぐ2人を放置し、リーバーは受付に黒の教団ということを告げる。
「お話しは伺っております。さぁ、こちらへどうぞ」
ボーイに案内され、薄暗い廊下を歩く。
そして、ボーイはとある扉の前で足を止めた。
「どうぞこの扉より先にお進みください。
扉を抜けた先のフロントへお名前を仰っていただければ、全て話しが通っております」
では、と言ったボーイは踵を返して去っていった。
扉の前に取り残された3人。
「・・・やっぱり罠か?」
「だったらこんな回りくどいことしないと思うけどな〜」
「行くしかないんじゃないっすか」
三者三様の意見を言いながら、とりあえずドアを開けることにした。
すると明るい光に一瞬、目がくらむ。
しばらくして視界が戻ってくると、3人の目にようやく景色が飛び込んできた。
が、
「「「は?」」」
言葉を失った。
目の前にあるのはどう見てもホテルのロビーな風景。
単なる舞踏会場の扉の先にこのような場所が通じているはずがない。
挙動不審にキョロキョロと辺りを見回す。
「おい、どういうことだ!?」
「わー、どういうことだろうねー?」
「呑気にしてる場合っすか!?」
ロビーできゃんきゃんと騒ぎ出す3人。
それは見兼ねたホテルマンが声をかけるまで続いた。
そして案内されたのは、とあるスイートルームの一室。
目の前には無駄に大きい、意匠が散りばめられた重厚な扉が3人を出迎える。
「・・・本当にここか?」
「だってフロントが言ってたのはこの部屋っすよ・・・」
「まぁ、入ってみようよ」
リーバーの後に隠れるバクに、気安く請け負ったコムイはその扉をノックしようとする。
と、
ーーガチャッーー
勝手に開いた。
「随分かかったわね」
現れたのは白シャツ黒パンツのラフ姿の。
まるでこちらの装いが間違っているようだ。
呆気にとられる3人に構わずは腕を組み、小馬鹿にするようにドアに寄り掛かった。
「ドア開けて部屋番号聞いて上がってくるだけでしょ?
よくもまぁこんなに時間がかかったもんだわ」
「あのね、ちゃん?罠かもって普通は勘ぐると思うんだけど・・・」
「私がそんなこと考えてるなら、とっっっっっくに手を下してるわよ。
呼び出すなんてまどろっこしい真似する意味が分からないわ」
弁明するようなコムイにはふん、と鼻を鳴らす。
そんな二人のやり取りを聞いていたバクはようやく回復すると、に詰め寄った。
「
!お前、一体今までどこにーー」
だが、素早く片手を挙げたに先を遮られる。
「まずは腰を落ち着けてからよ。長い、とても長い話になるからね」
は3人を部屋の中へ通した。
さすがスイートルームだけあり、部屋の中だというのに廊下がある。
「本当はこんな所じゃなくても良かったんだけど」
歩きながら3人を先導したは、そう言いながら溜め息を一つつく。
「あいつがどーしてもって煩くてね・・・」
の言葉に3人は首を傾げる。
そして、客間だろう空間に足を踏み入れたそこに居たのは・・・
「「「!?」」」
「よぉ」
ワイングラスを片手に、ソファにふんぞり返る男。
周囲の目を引く赤い髪、半顔を隠す仮面姿はとても馴染みのあるものだった。
「クロス元帥!?」
「どうしてここに!?」
「生きてたんすっか!?」
驚愕の3人が詰め寄る中、追い討ちをかけるように、今度は後ろから声が上がった。
「動揺するのも無理はない」
「なんせ、うちらでさえぶったまげたさ」
その声に振り返れば、
「ブックマン!?」
「ラビ!無事だったのか!」
再会を喜ぶように、リーバーとラビは手を打ち鳴らす。
そんな二人を横目に、ブックマンはコムイとバクへと歩み寄った。
「ノアの一族に捕まっていたところを、そやつに助けられてな」
ブックマンの言葉に、クロス以外の視線がに向く。
それを受けたは肩を竦めて返した。
「たとえ間違いだらけの歴史だとしても、語り継がれるべきだと思ってね。
それに今から話すことの真偽をつけられるのは、恐らくブックマン以外にいないだろうし」
そう言って、は手近のテーブルに歩み寄る。
そこには束になっている書類の山。
それを片手に取ったは、皆がいる客間のテーブルの中央に置いた。
「では各々方、再会の挨拶とか諸々全ては後回しにして座って。
まずはこの書類に目を通してもらうわ」
の言葉に、訝し気な表情が晴れないながらもコムイらも指示に従う。
そして、クロス以外が書類を手にした。
「それね、リーバー班長の手を借りて遺跡の古文を解読したものよ。
概ね合ってたけど、不足があったから補足しておいた。
そこには7000年前にあった『暗黒の3日間』が起こるに至った経緯が記されているわ」
事も無げに言ってのけただが、意味を理解したバクは書類に食いついた。
「何っ!?」
「それはつまり・・・」
の言わんとしていることを確認するようなコムイに、は不敵に笑い返した。
「そう、今まで明らかになっていなかった、この戦争がそもそも起こることになってしまった原因よ」
「「「「「!!!!!」」」」」
皆が書類を凝視する中、は複雑な面持ちのリーバーに話を振る。
「リーバー班長も全文を目にするのは初めてでしょう?」
「ああ・・・」
「おいおい、ちょっと待て。どうしてお前がそんなことを知ってる?
教団を裏切って伯爵側についたんじゃないのか?」
詰問してくるバクには、呆れたように切り返した。
「そういう話し、後回しって言ったんだけど?」
「信用できない奴の話しに割ける時間はない!」
「なら聞くけど、私がいつ裏切ったの?
そんなこと明言した覚えはないんだけど?」
「お前の行動がーー」
「私が教団抜けたのは、ただ調べたいことがあったから。
それが目の前にあるものよ」
ぐっと言い返せなくなりながらも、さらにバクは続ける。
「そもそも、この解読だって確か本部のジェシカがやっていたものだろう?
それに補足などどうやって・・・お前、本当になのか?」
バクの言葉に、は目を瞬かせた。
そしてその視線は未だ複雑な面持ちの男に向けられる。
「なんだ、言ってなかったの?」
その疑問を投げるが、当のリーバーは無反応。
は仕方ないとばかりに、口を開く。
「教団を抜けた後、しばらく科学班にいたんだけど?」
「は?」
「え?」
「マジさ!?」
「・・・」
リーバーとクロス以外が驚きの反応を見せる。
それを受けたは、本当に気づいてなかったのか、と深々と溜め息をつく。
そして花瓶の飾りだろうリボンを解き、自身の髪を左に流しながら結い始めた。
「味方に出し抜かれてどうすんのよ。
まぁ極力、接触しないようにもしてたしね・・・コムイ、メガネ貸して」
「おい、俺に言えばいいだろうが」
「あんたなんかの借りるか、汚らわしい」
「失礼な奴だな」
の対面にいるクロスに返す容赦ない応酬。
それを見たバクは内心で呟く。
(「こういうのを見るとだよな・・・」)
そうしている間に、髪を結い終えたはコムイのメガネをかけた。
「こうすれば分かるかしら?」
「「「「!!!!」」」」
バク、コムイ、ブックマン、ラビに衝撃が走る。
その人物は科学班に行けば何度か目にしたことがある姿。
そしてつい先日、スパイ嫌疑をかけられながらも教団から脱走した人物でもあったからだ。
「「「ジェシカちゃん!?」」」
「鈍感もここまでくると称賛に値するわね・・・」
呆れて呟いたは、コムイにメガネ返却し髪を解くと最初の姿に戻った。
「さて。話をする前に、まず私の正体を明かしておきましょうか」
気になって仕方がない人がいるようだし、とは前置きし話し始めた。
「私はエクソシスト、・であったことに変わりはない。
ただこの身体に流れる血には、原始の記憶と力が備わっているわ」
「・・・原始の記憶と力?」
復唱するようなリーバーに、は頷いた。
「表の歴史でも私の事は語られているの。原始の名はウリエル。
世界の滅亡をこの世に伝えるべく遣わされた、神の使者よ」
放たれた言葉に、その場にいたクロスとブックマン以外が固まった。
「ハ、ハハ・・・
まさか、天使なんておとぎ話の世界じゃないか・・・」
「あんたの造詣が深い魔術だって、十分ファンタジーだと思うけど?」
「・・・やっぱりお前だな」
容赦ない切り返しに、バクは渋い顔を浮かべる。
そして、固まっていた一人であるラビは隣にいるブックマンに聞いた。
「ジジィ、知ってたんさ?」
「ああ。だがウリエルの話はノア以上に裏の歴史にも語られる部分は少ないのだ」
「そりゃそうよ。本来なら私はここにすら存在しないはずなんだから」
「存在しないって・・・どういうことなんだい?」
コムイの問いには、んー、と顎に手を当てる。
「簡単に言えば、ノアと一緒ね。
ただ、私は過去のメモリーが覚醒した訳じゃなくて、記憶そのものを受け入れたの」
「「「「「?????」」」」」
クロス以外が大量の疑問符を頭上に浮かべる。
それを見たは、予想していたのか半眼を見せた。
「・・・ま、口で言っても分んないわよね。
手っ取り早く直接、視てもらうか」
「おいおい、本気か?」
立ち上がるに、それまで黙って酒を飲んでいたクロスが声を上げる。
だが、は面倒そうに手をひらひらと振った。
「書類読むより簡単でしょ?
それに事の起こりだけなら、そう負担にはならないだろうし」
クロス以外が不思議顔の中、は皆の顔を見渡せる位置に立った。
「一体、何をするんだい?」
代表するようにコムイが訊ねれば、は覚えがあるような表情をする二人に視線を向けた。
「バクとリーバーなら知ってるでしょ。
北米支部でユウ達がノアにされたのと同じ事をするのよ」
「でも、こんな時に襲撃を受けたら・・・」
その時の現場にいたリーバーの言葉に、クロスはいつの間にか火を付けたタバコの煙を吐き出した。
「問題ない。こいつなら空間を切り離すぐらいの安全策はやってんだろ」
「・・・ま、あんたも一応は結界張ってるようだし・・・ね!」
ーーバシッ!ーー
はそう言って、クロスのタバコを奪い取るとすぐさま灰皿に押し付けた。
そんなにクロスの恨めし気な視線が向けられる。
「おい・・・」
「タバコ吸う暇あったら結界でも強化しとけ、不良中年が」
ケンカ腰のやり取りだが、話している内容は人間にできる芸当ではない。
どういうことだという疑問の視線を一身に受けたは、面倒そうに頭を掻いた。
「どうして、そんなことが・・・」
「あーもう!だーかーらー、視てもらうって言ってるでしょ〜が」
は再び皆の顔を見渡せる位置に立った。
そして、
「さぁ、私の目を視て」
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2014.1.14