(「くっそ、感情に翻弄される・・・」)




































































ーーただの思い過ごし。今はまだ、そう言い聞かせるーー




































































ノアの一族と介したは再びティキの屋敷に戻ってきた。
しかし本物の弦月を手にし、過去の記憶が一気に流れ込んできた反動か。
不意打ちのようにフラッシュバックする、遥か昔の記憶がもたらす感情にこちらの処理が追いつかないでいた。

(「『今の』私が体験した事でもないっていうのに・・・」)

手近の幹に寄りかかり、頭を押さえる
情報量の膨大さに頭痛が収まらない。
だがそれ以上に厄介なのが、突き動かされるほどの感情。
願いが届かないやるせなさ、負けられない決意、失われた喪失感、再生の喜び、そして離れなければならなかった悲しみ。
自分が今立っている立ち位置が記憶と混同する。

(「これがウリエルの言っていた代償って奴、か・・・」)

意識を手放すことも許されない。
苦しみが、怒りが、悲しみが、悔しさが、ひっきりなしに襲いかかって来る。
荒れ狂う感情におかしくなりそうで、それから逃げ出そうとした。
と、その時。
視界の端に湖が映った。

「っ・・・」

はふらつく身体を引き摺るようにして、歩き始めた。













































































「おーい、どこ行った?」

屋敷に着いて早々、風に当たってくると言ったの姿が見当たらない。
先ほど、シェリルの屋敷で聞かされた暴露話には驚いたが、同時に納得もできた。
ノアに力を与えた張本人。
それを覚えていたから、ノアメモリーが殺戮を拒んだ。
だが、自分にはそれだけでないような気がしないでもないような・・・

「・・・あいつ、どこ行ったんだ?」

千年公からは、念の為、護衛も兼ねるように指示があった。
まぁ、ノアさえ屈服させることができるのだ。
それに、元々の戦闘能力も高い。
エクソシストや中央庁が出しゃばっても返り討ちが関の山だろう。
その時、

ーーバシャン!ーー
「・・・バシャン?」

遠く響いた水音にティキは湖がある方角を向く。
季節は晩秋。
水浴びには時期を完璧に間違えている。

「あいつ、もしかして・・・」

まさかな、とは思いながらティキはその足を早めた。














































































湖は身を切るような冷たさだった。
一気に体温を奪われる。
が、おかげで感情の昂ぶりが徐々に収まりつつあった。
しかし、

「おい! 、お前何してる!」
「来るな!」

の鋭い声に、ティキの動きが止まる。
ようやく押さえつけられてきたというのに、なんでこいつはこのタイミングで・・・
凍える寒さと感情とを押し隠し、は続けた。

「今は・・・放っておいてくれ」

やっとなんだ。
暴風のような感情が鎮まって、冷静さを取り戻せてきたのは・・・
だが、過去の記憶と深い関係のあるこいつがいれば、再び抑えが効かなくなる。
こちらに背を向けるにしばし、動こうとしなかったティキ。
しかし何を思ったのか、自分も湖に飛び込むと腰まで水に浸かることさえ構わず、に近づいた。

「あのな、んなこと出来るわけねぇだろ。
身体は人間なんだろうが、風邪でもひいたらーー」
ーーパシッ!ーー
「触るな!」

触れられた手をは勢いよく払い除けた。

「向こうに、行っててくれ。ジョイド」
「・・・・・・」

絞り出すようなの呟きに、ますますティキの顔が不審に染まる。
何時もなら、その言葉を行動に移して、実力でその結果を実現しているというのに・・・
明らかに様子がおかしいのは分かったが、自分が聞いた所で、素直に言いやしないだろう。
そう判断したティキは・・・

「なら、向こうに行くわ」
「・・・あぁ、そうしてくれ」
「じゃ、失礼」
ーーヒョイーー

を強制的に担ぎ上げた。

「なっ!おい、人の話を!」
「却下だ」
「触るなというのがーー」
「嫌なんだよ」
「!」

ティキの言葉に、暴れていたの動きが止まる。

「・・・なんでだろうな。それは嫌なんだよな〜」

繰り返された台詞にの言葉の端が揺れた。

「・・・思い過ごしだ、そんなもの・・・」
「あぁ。そうかもな」

きっと寒さのせいだ。
だから言葉も震えて、こんなに胸が苦しい。

(「お前は本当に変わらない・・・」)

嬉しいのか、悲しいのか、もう訳が分からない。
だから言ったのに、放っておけと、触るなと・・・

「・・・お前は阿保だ」
「寒中水泳する奴に言われたかないな」
「ついでに酔狂だ」
「そりゃ、お互い様だろうが」

呆れ返るティキの声を聞きながら、は長く息を吐いた。

「寒い、早く屋敷に連れて行け」
「それなら湖に入んじゃねぇよ」

触れ合う部分だけ、僅かに温かい。
今はそのことだけを考えることに決め、他の感情は頭から締め出した。
















































>余談
「ところで、なぜ肩に担ぎ上げた?」
「お姫様抱っこを希望だったか?」
「戯け、そんな訳あるか」
「横抱きにしたら、鉄拳が飛んできそうだったからな」
「・・・いつの間にか、知恵をつけたな」
「本当に失礼な奴だな・・・」







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2014.1.14