屋敷にいたティキは朝から姿の見えなかった人物の姿を見つけると、呆れたように声をかけた。

、お前どっか行くなら書き置き残すぐらいしろよな」

探すのめんどいんだよ、とぶつぶつ文句を並べるティキ。
だが、

「・・・・・・」

いつもなら、こちらの言葉に何らかの反応があるはずだ。
文句を並べれば何倍にもなって返ってくる。が、それがない。
不審に思ったティキは再びに呼びかけた。

「聞いてんのか、?」
「ジョイド」
「!」

その呼びかけにティキは弾かれたようにを見た。
この屋敷にいても、まして他の場所に行ったとしてもその名を知れるはずがない。
教団さえ知らず、ノアの一族でしか知るはずがないその情報がどうしてその口から出てくるんだ?

「お前、どうしてその名を・・・」

唖然とするティキに答えず、は淡々と続けた。

「茶番は終いだ。伯爵の所へ案内しろ」

































































ーー茶番への幕引き、ケジメへの狼煙ーー

































































所変わり、シェリル・キャメロット邸。

「来ましたカv」

男の呟きが合図のように、庭園に近付いて来る2組の足音。
ティキに先導されるように、はしっかりとした足取りで歩みを進める。
その視線の先、庭園には全員ではないがノアの一族の多くが顔を揃えていた。
ノア特有の灰色の肌ではないのは、近くに人間がいるからだろうか。

「千年公〜、前から話してたーーって、!」

先導していたティキを追い抜いたは歩みを早めた。
すでにの話しを聞いていたのだろう。容赦ない殺気が向けられる。
だがそれをまったく意に介すことなく、はすっと目を閉じると、一瞬のうちにその姿を変えた。
流れる金糸が風に踊り、一同を見据えるは鮮紅の瞳。
その姿にノア達がどよめく中、はまっすぐに目的の人物に前に辿り着くと、座っている相手を見下ろすようにしながら口を開いた。

「こうして言葉を交えるのは7000年振りになるか、レメク?」

エクソシストの前に現れる時のような格好ではない、人間姿の千年伯爵には尊大に告げる。
すると、伯爵はにっこりと笑い返した。

「その様子ですと、記憶を取り戻しましたカvその名で呼ばれるのは、かなり久しぶりですネv」

それを受けたは、気分を害したように眉間に皺を寄せた。
過去の男とは違う、かけ離れた態度に。

「随分、ふざけた奴になったな」
「貴女こそ、まさか生きていたとハv」
「主人、こいつエクソシストでは・・・」

そんな二人の間に一人が割入った。
瞬間、の視線がすっと細められる。

「控えろ、ラストル」
「!」
「貴様の口出しを許した覚えはない」

の鋭い言葉に、ラストルと呼ばれたルル・ベルは膝をつきに降頭した。
周囲は唖然とし、当人のルル・ベルですら驚きの表情を見せる。
そんな外野に構う事なく、は呆れたように伯爵に向き直った。

「会わない間に、礼儀知らずが増えたとみえる」
「仕方ありませンv長い時間が経ちましたかラv」
「だから確認しに来たのだ。レメク、お前がやろうとしていることを」

そう言ったに、伯爵はにこやかな表情を変えずに言った。

「変わりませンv神を倒しこの箱庭に幕を引きまスv」
「その神がどこにいるか分かっているのか?」
「勿論v」

話しながら伯爵はティーカップに手を伸ばすと、紅茶を流し込み続ける。

「表の歴史に紡がれた方舟の漂着地、そこが神の社に続く入口でスv」

伯爵から聞いた言葉に、は悲しげに目を伏せた。

「・・・過去の私は、そこまでお前に教えてしまったか」
「ええ、その社を開く鍵モv」
「・・・」
「ですから、今は第8使徒を探しているのでスv」

その言葉には記憶を辿るように黙し、しばらくして頷いた。

「そうか、ラースラはまだ転生していなかったな・・・」
「イノセンスで倒されてしまいましたかラv」

暫くの間、まるで悼むように目を閉じた
だが再びその目が開かれると、用は済んだとばかりに踵を返した。

「会えて良かった。お前の目的も、分かったしな」
「おヤv再会を祝ってお茶でも飲みませんカ?v」
「結構だ」

伯爵に背を向け、颯爽と歩き出す
だがその前を阻むように3人のノアが現れる。

「どちらに行くのかな、お嬢さん」
「名乗るくらいしたらどうだよ!」
「そうだ、名乗れ!」
「・・・・・・」

立ち塞がる3人に心底呆れたは、一つ溜め息をついた。

「本当に無礼な連中に成り下がったものだ。躾け直すべきだと思うが?」

後半を肩越しに振り返った男に向けては言い放つ。
それを受けた伯爵は、カップを持ったまま笑顔で言い返してきた。

「私も貴女の力を確認したいですネv
あの時より弱いようなら新たな世界に貴女の居場所はありませンv」
「・・・傲慢になったものだ。これでは貴様に礼儀を叩き込んだ方が良さそうだな」

は目の前に向き直る。
そして、身構える3人に向け口を開いた。

「分を弁えよ、デザイアス、ボンドム」
「「「!!!」」」

紡がれた厳かな命令が、まるで鎖のように3人を縛る。
しかし、ボンドムと呼ばれたデビットとジャスデロの二人はどうにか構えを取った。
それを面白い物でも見たかのように、は目を眇めた。

「ほぉ・・・抗うか」
「「舐めんじゃねぇ!」」

同時に地を蹴った二人の拳がに襲いかかる。
が、

ーーブンッーー
「「!?」」

空気の割く音が響く。
は動いていないし、避けてもいない。
自分達の拳が勝手にを避けた動きを取ったことで、二人のノアは驚愕の表情を浮かべた。

「我に汝らの拳も能力も効かん。そんなことも忘却の彼方とは、嘆かわしい・・・」
ーードシュッーー

そう言った瞬間、は一人のノアの足元に矢を打ち込んだ。
集中が途切れたのか、はっとしたようにを見るワイズリーに鋭い視線が刺さる。

「覗き見が趣味なのは変わらんな、ワイズリー。昔のように痛い目をみたいか?
悪いが、今は加減してやれんぞ」
「わ、悪かったのぉ・・・」

降参だとばかりに両手を上げたワイズリーに、は鼻を鳴らす。
そして、再び伯爵に向き直る。

「ジョイドの屋敷にまだ暫く厄介になる。また、近いうちに会いにくるよ」
「楽しみにしてますヨv」

その言葉を肩を竦めて応じたは歩き出そうとした。
が、その足を止めくるりと向き直る。

「そうそう、忘れる所だった。デザイアス」
「!」

名を呼ばれたシェリルの肩が跳ねる。
はそれを気にする事なく続けた。

「汝の手元にある二人だがな、私が預からせてもらうよ」
ーーパチンッーー

そう言っては指を鳴らす。
その行動と言われた意味を計りかねたシェリルは、視線を険しくした。

「・・・なんの事だ?」
「我の用事に入り用でな。汝の懸念など取るに足らぬことよ」
「・・・」

まるで全てを見透かすようなそれに、シェリルは何も言えなくなった。
それをは微笑で返すと、肩越しに手を振った。

「そうそう、今度訪れる時にはロードと共に来てやるぞ」
「な、何!?」
「ではな」

























































キャメロット邸を後にしたは、馬車に揺られていた。
もう見た目はいつも通りと変わらない。
足を組み頬杖をついて窓の外を眺める横顔も、いつも通りと言えた。

「お前、なのか・・・?」

対面に座るティキの問いに、ちらりと視線だけを投げたは、

「そうだ」

の一言。
あしらうでもなく、素直に答えを返されたことでティキはますます不審顔になった。

「けど、口調も態度も・・・変な物でも食ったか?」

ティキの言葉に目を瞬かせたは、ふっと表情を柔らかくして笑った。

「・・・その阿呆ぶりは昔と変わらんな」
「昔?」
「口調は記憶が馴染めば元に戻ろう。
7000年の空白はそう易々と埋まるものではないのでな」

たくさんの疑問符を浮かべる男に、は最初の質問にだけ答えた。
だが、それだけでは到底納得などできる訳もないティキは問いを重ねる。

「は?どういうことだ?」
「この肉体はであることに変わりはない。その時の記憶もまだしっかりと残っておる。
勿論、お主と屋敷で過ごした記憶もな。
ただ、この身体に流れる血に原始の記憶と力が備わっているだけの事」


























































が去った庭園では、ちょっとした一騒動となっていた。
ノアの皆が伯爵に詰め寄り、先ほどのやり取りの詰問が飛び交っていた。

「千年公、本当にエクソシストを仲間に引き入れるのかよ!?」
「あいつは敵だろ!」
「殺すべきだ!」

ノアが口々に伯爵に言い寄る中、砂糖を紅茶に足した(すでに20個を越えている)伯爵は腹の底を読ませない笑みを浮かべた。

「彼女はエクソシストではありませんヨv」
「はぁ?じゃあ、一体・・・」

広がる疑問に、伯爵は口端を上げた。

「あの方はーー」



























































の言葉の意味を計りかねたティキは、不審さを露にした。

「お前・・・何者なんだ?」

構える対面の男に、はそれまでの表情から僅かに悲しみの色を浮かべた。

「忘れてしまったのだな、ジョイド・・・」

の寂しげな呟きを拾ったティキはますます困惑した。

「どう言う意味だ?」

いや、と言ったはティキに向き直った。
そして・・・
















































「我が原始の名はウリエル。千年伯爵そしてノアの一族に力を授けし者。
そしてーー」


















































「ーーこの世界にイノセンスを持ち込んだ神の御使いだ」


























































Next
Back

2014.1.14