「よくここが分かったな」
「あんたが今の状況が分からなくなるような所にいるとは思えなかったし。
おのずと場所は限られるでしょ」
「ほぉ・・・」
「灯台下暗し、なんて東洋の言葉は正しいわね」
ーーまだまだこれ位じゃ足りやしないーー
ホテルの最上階。スカイラウンジのカウンターに二つの影があった。
変装していたも普段のラフな格好に戻り、その隣には教団が全力で探し、アレンも追っている探し人、クロス・マリアンがいた。
髪の色と身なりを変えるだけで、ここまで別人に見えるのだ。教団が見つけられる可能性は微妙なところだろう。
何より、まさか中央庁にほど近いところにいるなどとは夢にも思っていないだろうし。
はカラカラと回していたグラスを置いた。
そして、隣にいる男に向き直る。
「そうそう、クロス」
「なんーー」
ーーパァンッ!ーー
突然響いた乾いた音。
聞いてる側からすれば、とても小気味のいい音で、拍手の一つも送りたくなる。
しかし生憎と貸切状態ではそれを聞いているのは、バーテンを含めた3人だけ。
綺麗に決まった平手打ちを食らったクロスは、どんどん熱を持っていく頬に声なき唸りを上げる。
「っ〜〜〜!」
「ひとまず、私が教団を抜けることになった件はこれで我慢してやるわ。
私ってばなんて寛容なのかしら」
そう言って、再びグラスを傾け琥珀を流し込む。
対して、クロスは不意打ちを避け損なったことと、一方的な言いがかりに不機嫌さを滲ませて言い返す。
「お前、あれは俺もルベリエにーー」
「わざと、でしょ」
ーーコツンッーー
クロスを遮ったは、グラスを置いた。
「わざと私を教団から抜けるように仕向けたくせに。
グーじゃないだけ、ありがたいと思え」
腕を組んでカウンターに寄りかかったは、呆れた視線を投げてよこす。
図星だったのか、クロスはそのまま口を閉ざすとしばらくは黙ってグラスを傾ける。
そして、
「で、何の用だ?俺はこの世に存在してねぇことになってんだが?」
「よく言うわよ。あんなわざとらしい痕跡残しといて。
弟子に遺言まがいな言葉も残したそうじゃない、相変わらず人間失格な奴」
「おかげで騙された奴が多かったろうが」
にやりと笑うクロスに、は一つため息をつくと、男に向き直った。
「あんたに確認したい事が3つある」
「タダで教えろってか?随分、虫が良過ぎやしないか?」
「あんたに払うものがあるとでも?
それくらいの情報提供じゃ、今までのツケで賄ったって足りないわよ」
ふん、と鼻を鳴らすに、クロスの手が伸びる。
「可愛げのカケラもねぇ奴だな。
一晩相手すりゃ、何でも教えてやーー」
と、クロスの手が止まった。
普段なら、鉄拳やら矢やらが飛んでくる状況だ。
そして、そんなが怒り狂った事によって、いつもうやむやになる。
だのに、今回のはただ真っ直ぐにクロスを見つめ返すだけ。
気分を削がれたクロスは、仕方なくグラスに向き直った。
一方で、目論見が成功したはにやりと笑う。
「何も知らないと思ったら大間違い。前と違ってこっちだって調べられる事は調べてきてんのよ」
「・・・で?何を確認したいってんだ?」
こちらの要求に応じる形になったクロスに、は指を一本立てた。
「まず黒の教団に関係あるヴァチカンの枢機卿に関する事全て」
「・・・いきなり難問吹っかけんじゃねぇよ」
呆れたクロスの顔が返るが、は構わず二本目を立てる。
「次に14番目、ネアが貴方に持ちかけた話の全て」
「おいおい・・・」
「最後は・・・アレクに渡された物の隠し場所」
「・・・・・・」
の言葉に男の動きが止まった。
目に見えて表情を変えたクロスに、はいつもは見せない真剣な表情で見返した。
「言ったでしょ?調べたって」
「分かってんのか?お前が背負うかもしれねぇ使命を」
その言葉に、は真剣な表情からクロスを睥睨した。
「その言い方、やっぱりアレクは全てを解読してたのね。そして、それをあんたは全部聞いていた」
「あぁ、そうだ」
「ったく、父親のくせに人が悪い。
解読したくせに手帳に真実を残さず、ヒントだけ書いて娘にやらせるなんてね」
だが、今になってみれば分かる。
最初から真実が書かれていても、受け入れてはいなかっただろう。受け入れたとしても時間がかかった。
自分の性格を知っているからこそ、アレクはあえて未解読だと告げ、保険としてクロスに全てを打ち明けたのだ。
不機嫌丸出しのは心の中で父親への文句をブチブチと並べ立てる。
そんなを見ながら、今まで答える側だったクロスが問うた。
「お前はどの道を選ぶつもりだ?」
「あんたに教える義理があるの?」
全てを知っているからこそ、ははぐらかすことなく不機嫌のままに言い返す。
そんなに動じることなく、クロスは肩を竦めた。
「あるだろ。俺も一応、この世界で生きている人間だぜ」
「人間、ねぇ・・・」
あんたが?信じられないし、とばかりなジト目ではクロスを見返す。
「あんたが言うと、周りの人間の存在が否定されそうだわ」
「で?」
「でって?あんたが教えてないのに、私が教えるとーー」
「決めてるだろうが」
クロスの遮りには開きかけていた口を閉じた。
返されるのはが初めて見る父親の親友だった者の、とても真剣な眼差しだった。
「お前はもう、決めてるだろ。
あいつの娘なんだ。俺の所に来たのも、この戦争が終わった後の為の保険の一つだろうが。
それにお前は俺が見つからなかった時の可能性を考えずに行動する奴じゃない」
冗談抜きの言葉も初めて聞いた気がする。
終始、無言で聞いていたは目を瞬かせ、視線をクロスから外すとポリポリと頬を掻いた。
(「調子狂うなぁ・・・」)
どうも変な感じだ。
まさかこんなまともな会話が成立するなんて思ってもみなかった。
こちらの考えもお見通し。
以前読んだアレクの手紙がまざまざと思い出される。
は視線を戻し、不審気ながらも聞き返す。
「それ、褒めてるつもり?」
「そうだが?」
即座に返されたそれ。
は目に見えて嫌そうな顔になった。
「・・・あんたに褒められなんて気色悪い」
「おいおい、俺ほど素直に他人を褒める奴はいないぞ?」
「鏡見て物を言いなさいよ」
互いにいつものやりとりに戻る。
そして、しばらく逡巡したは、意を決して口を開いた。
「私は・・・」
自身の覚悟を、決意を言の葉に乗せて。
>余談
「平手でも本気で殴ったろ?」
「まっさか〜、5割くらいよ」
「嘘つけ。俺じゃなかったら間違いなく脳震盪脳だぞ」
「あらまぁ、随分貧弱な頭蓋骨だこと」
「・・・会わねぇ間に、口の悪さに拍車がかかったな」
「年寄り発言よ、中年ニート」
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2013.12.22